第9節 処女を貫く! 汚れ無き魔法使い
語り終える望月さん。横は向かず、終始話を聞いていた新星さん。俺は口を挟まず、望月さんの話に耳を傾けながら、目を左右に何度も往復させていた。
新星さん、どんな反応するかな。
「珠やん、昨日ウチから受け取ったギザ十、まだ持ってる?」
「うん。大事に持ってるよ」
「このガッコは、生徒がオクジョに行けるんやろか」
「既に気づいてると思うけど、屋上へ続く階段はある。只ね、望月さんがうちの担任に聞いてみたところ、生憎屋上は生徒の立ち入りが禁止だってさ。ドアには鍵が掛かってる」
「そう……。難儀やなぁ。皆の条件を満たさなぁ、願いは叶わへんのやろぉ」
新星さんはメモ紙を机に置いた。右手を顎に当てて、考え込む仕草。
「その様子だと新星さんは、オテント様の効果を信じるのかな」
「どっちとも言えへんわ。実際にしてみて効果が現れたら信じる」
「さっき殴ってきたくせに、今は意外と冷静なんだね」
「詳しい話を聞いてみて、期待外れなんよ。願いが叶うかは、よう分かれへんなんて、胡散臭いわぁ。そやかて、行方不明の件は気になるんよ。ともあれ、この儀式いっぺんしてみたいわぁ。十代の人間と、ガッコのオクジョっちゅう条件もあるんやし」
この人、現実的な考え方もするんだな。共感できる意見だ。
「なぁ、絵利果」
呼ばれた彼女は、両肘を机につき、組んだ両手の上に顎を乗せている。
「口外を控えるような話やのに、何でウチに教えてくれたん」
望月さんは、顔を新星さんに向けたまま、俺をチラチラと見る。
「ある少年に、緩菜さんの願いを叶えさせてあげたい、と熱望されてな」
あぁっ、望月さんっ。
「やっ、やぁん。その少年っちゅうのは、一体誰のことやろかぁ。なぁ珠やん」
もう気づいてるじゃねーかよ。
新星さんは席を近づけ、俯く俺の顔を覗き込み、優しく話し掛ける。
「珠やんは、ウチの願いを叶えたいん? なぁ、恥ずかしがらんと、言うてみ」
「……うん」
「いややわぁ! さぶいぼ出るわ! さすが童貞やな」
「童貞なのは関係無いでしょっ」
「ふぅん。古森君、童貞なのか」
望月さん、それは軽蔑の眼差しですか。分からん。この人の心はイマイチ読めない。ていうか俺は他人の胸中なんて読めん。超能力者じゃあるまいし。
「あんたは何で、ウチの願いを叶えたいんよ」
「君が魔法使いになりたいって言うからだよ。最初は冗談かと思ってたけど、どうやら本心みたいだし。どんな魔法なのか、俺も興味あるんだ。もちろん、本当に願いが叶うんだったらの話だよ」
「緩菜さんは、なぜ魔法使いになりたいのだ」
俺も知りたい。新星さんが魔法使いになりたがる理由。
「ひと言でいうと、便利やろうからよ」
新星さんは、冷めた顔で語り始めた。
「ウチな、小学生の頃からケータイ持ってるんよ。自分が望んだんやなくて、親から持たされてな。犯罪の被害防止の為やって。要するに、誘拐とか、万が一に備えてのことよ」
幼い頃から、さぞかし可愛らしい女の子だったんだろう。両親、特に父親は心配するわな。
「ほんでな、ケータイ持ってると、いずれはネットを始めるやろ。『
零ちゃんねる――インターネットのウェブサイトの一つ。日本最大の規模を誇る、電子掲示板サイトである。匿名の人々が、あらゆるジャンルに於いて、本音や裏話等をぶつけ合うことから、テレビでは見聞きできない、つまりテレビには存在しないチャンネル――いわば
「緩菜さんも、ちゃねらーか。人は見かけによらないな」
ちゃねらー――零ちゃんねるユーザーの、通称である。
「そやろか? 絵利果は見てるん」
「私は、それなりに」
「珠やんはいかにも、ちゃねらーっちゅう感じよな。オタクっぽいもん」
「オタクっていう呼び方は、やめて。確かに、毎日閲覧してるけどさ。俺のことはいいから、話の続きどうぞ」
「よう零ちゃんとかで、童貞が三十歳になったら魔法使いになれるっちゅうやろ」
「しかしそれは、いわゆる都市伝説だろ。三十路になっても性行為の経験が無い男性に対する、皮肉を込めたブラックジョークではないのか。私はそう認識している」
「ウチは、物心ついた頃にその伝説を知ったから、頭ん中に染み付いてるんよ。一部の、鳥類や哺乳類でいう、刷り込みに、近いもんがあると思うわ」
自身の生後初めて見た、生き物を、自分の親だと思い込んで、一生涯持続する習性だろ。雀百まで踊り忘れず、か。この人、目のでかさは日本人離れで、脳内は人間離れしてやがる。
「緩菜さんは女子なのだから、童貞云々は、関係の無いことだろ」
「処女も三十歳になったら、魔法使えるんやないかと思たんよ」
「なぜ魔法に拘るのだ」
頬杖をつく新星さん。まぶたが目を若干覆った。
「ウチな、幼い頃は、よう男子からちょっかいを出されてたんよ」
「あぁ、私も経験がある。昔は、何かと男子に嫌がらせをされていたものだ」
「絵利果もそうなん? 悪ガキ男子って、何であないな態度なんやろな。腹立ったわぁ」
やっぱり二人ともモテモテだったんだな。幼少期の男子って、そういう生き物だから。俺の場合は、女子を構うより、インドアの娯楽に没頭してきたけど。
「童貞魔法使い伝説を知ったウチは、その男子らを、魔法で懲らしめたいと思うようになったんよ。尤も、童貞を羨む気持ちもあったわ。憎たらしい反面、羨ましい、そないなジレンマが、当時小学生のウチに、大きな影響を与えたんよ。処女も魔法使いになれたらええのに、ちゃう、なれるかもしれへんってな」
新星さんは両手で握り拳を作り、机に置いた。
「いつしかウチは、処女を貫くと決意したわ。恋もしいひんようになって、ウチに言い寄ってくる男子らも全員フった。恋愛してると、やがて処女を卒業することになるから。今や、恋愛は汚らわしい行為っちゅうイメージよ。
恋愛しないっていう点は俺と似てるけど、理由は全く別だな。
話を聞いてると、点と点が線で結ばれていく感じだ。この人、俺の心に五芒星でも描く気か。
「男子が言い寄ってくるということは、やはり緩菜さんはモテるのだな」
「ガッコの中だけやなくて、外でもな。ウチ街中歩いてるとな、ようナンパされるんよ。もちろん断ってばかりやけど。中にはしつこい奴とか強引な奴とか居てな、魔法で懲らしめて追っ払えたら、さぞ快適やろうって思うわ。そやから余計魔法使いに憧れるんよ」
「成る程。緩菜さんのルックスなら、黙っていても男が寄ってくるだろうからな」
黙ってる方がいい女、ってやつかもしれんけどな。喋るとアレだから。
「絵利果はどうなん。ウチの想像やと、昔から結構ちやほやされてきはったんやないのぉ」
「私は、街中で声を掛けられたことは何度かある。学校では、さほどモテなかった」
「へぇー。モテることを全面的には否定しいひんのな。隅に置けへんなぁ」
「緩菜さんも否定しなかっただろ」
「だって事実なんやもん。変に謙遜するのも嫌やし。そやからって、自慢するつもりで言うてるんやないわよ。まぁ、十五年後は今ほど需要が無いやろうけど、魔法があると心強いわ」
話のレベルが高すぎる。俺が割って入る余地は無い。早く話題変われ。
「ナンパ対策に限らず、魔法が使えると色んなことに応用が利きそうやんな。ちゅうても、どないな魔法が使えるんか、分かれへんから、何とも言えへんわ」
そろそろ俺入っていいかな。よし、今だ。
「俺は別に、新星さんの願いだけを叶えたいわけじゃないよ。自分の願いもだ」
「あんたの願いって何なん」
言葉に詰まる。新星さんの、吸い込まれそうな瞳。俺は逃げるように顔を背けたが、望月さんに捕まった。
「私も興味あるな。古森君の願い。てっきり緩菜さんの願いだけ叶えるものと思っていたぞ」
美少女二人にじっと見つめられ、敢え無く観念した。
胸張って言えることじゃないんだけどな。……控えめに伝えてみるか。
目が泳ぐ俺。右手の人差し指と親指で輪を作り、白状する。
「これ」
俺のジェスチャーを目にした新星さんは、眉間に皺を寄せ、望月さんに問い掛ける。
「何やろ。アリさんでも摘まんではるんかな」
「金だよ金っ。大金が欲しいのっ」
俺がアリに関するどんな願いを叶えようってんだ。
「なぁんや。しょうもない。どうせならお金で解決でけへんようなことを願えばええのに」
「同感だ。ロマンより安定を採るか。近頃の男子は不甲斐ないことだ」
酷い言われようだな。世の中金だろーが。女子と男子では、価値観が違うのかな。
「最も実用的な願いだと思うのに」
「確かに、堅実ではあるな。……む、まて古森君。その願いは叶わないぞ」
「えっ、何でダメなの」
「オテント様では、物欲に関する願いは無効なのだ。金銭は物に含まれる」
メモ紙にはそんな注意書きもあったな。金儲けには使えないってことか。畜生。
「じゃあ、他の願いでも考えておくわ」
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