第6節 謎めいた少女! 望月絵利果
「ギザ十をキャッチした後、日没までに消費しなければ死亡……するの?」
「今し方話した通り、生還した前例は過去に多数ある」
「だけど、行方不明になった実例もあるんでしょ。長話してる場合じゃなかったのにっ。早く消費しに行かんとっ」
慌ててリュックを担いだ俺は、架台から離れて空を見上げる。太陽の位置からして、日没までの時間には充分余裕がありそうだ。望月さんは横棒を跨いで、俺の傍に来る。
「古森君。なぜそうも焦っている」
「念の為急いだ方がいいでしょ。俺がひとっ走りして代わりに消費してこようか」
「一連の作業を一人で行わなければ無効なのだ。願いを叶えたいから、遠慮しておく」
彼女は搭屋のドアの方に歩き出した。俺は右胸の内側ポケットを開いて、ギザ十が入っていることを確かめる。メモ紙も一緒に仕舞い、ファスナーを閉じた。望月さんの後に続く。
彼女はドアを開け、ノブを握って待つ。先に俺が入室。後から入った望月さんが、閉めた。
「古森君。悪いが四階に下りて、待っていてくれ」
「えっ。ここで目ぇ閉じるとかじゃダメなの」
「ダメだからこの場を去れと言っているのだ」
「俺は見ないってば。階段の方を向いて待ってるよ」
「何度も言わせるな」
止むを得ず、指示に従った。四階で耳を澄ます。間もなく、階上から足音が聞こえてきた。
「もういいぞ」
俺を置いて、足早に階段を下っていく望月さん。揺れるポニーテールが、死角に潜った。
思ったより手際がいいな。空き巣のプロもびっくりかもね。
俺は、屋上へのドアの元に一旦戻ってみた。ノブを捻って押してみる。確かに施錠済みだ。手を離し、階段を駆け下りていく。
それにしても、俺焦りすぎだろ。十円玉を使った、おまじないみたいな儀式で、人間が死ぬわけないだろ。尤も、無視はできんよ。行方不明の件がやけに印象的だ。万が一、望月さんの身に何かあったら、……いーや、あってたまるか!
俺は一階に下りた。左折すると昇降口だが、前方の望月さんは直進して渡り廊下へ。走って彼女に追いついた。
「望月さん、どこ行くの」
「あそこに自販機が見えたから、丁度いいと思ってな」
望月さんの指し示す先に、飲料の自動販売機がある。程なく差し掛かり、歩みを止めた。
要らん心配だったか。でもギザ十だぞ。新星さんの時みたいに、偽金扱いされる恐れが。
望月さんは、己の懐から十円玉を取り出した。鈍い茶色に褪せた表面が、年季の入っている証。
「これがオテント様で使った物だ」
硬貨投入口から、チャリンと入れる。お釣りの取り出し口に落下せず、投入金額の数値は、十と表示された。
今朝の自販機、新星さんのギザ十、この自販機。悪いのは、どぉーれだ。
財布からコインを追加した望月さんは、ペットボトルの清涼飲料水を購入。その場で飲み始めた。俺は安堵すると共に、羨望の眼差しを送る。又、改めて彼女の姿を観察する。
これで全ての条件を満たしたんだろう。願いが叶った……のか? 特に変化は無いぞ。
半分ほど飲んだ望月さんは、口を離した。若干息遣いが荒くなる。
「どうだ古森君。私は、痩せただろうか」
「んー。見た限りでは、変わってないよ」
「そうか? 私は何だか身軽になった気がするのだが。あ、良かったら、これ飲むか」
俺は、飲みかけのペットボトルを差し出された。
「えっ。いいの」
「空腹の中、長話に付き合わせた、詫び代わりだ」
望月さんの表情や仕草に、恥じらいは微塵も見当たらない。
「じゃあ、遠慮なく……いただきます」
受け取り、控えめに口をつけた。せっかくなので、ラッパ飲みで味わい、堪能する。
まだ手を繋いだことすらないのに。望月さんは何とも思ってないのかな。
最後の一滴まで飲み干すと、ペットボトルを分別箱に入れた。二人で昇降口に向かう。
「古森君。どうした、じっと見て。私の顔に何か付いているのか」
望月さんは口元に手を当てる。彼女の唇に視線を注いでいた俺は、否定するのが精一杯。
靴を履き替え、校舎の外に出た。日が差す、前庭のアスファルトを、並んで歩く。今朝ほどではないが、風は強めだ。
「古森君は、オテント様について、理解できたか」
俺は一考した後、素朴な疑問を挙げてみる。
「あのさ、太陽に見つめられている時、って条件あるでしょ。具体的にどういう状況なの」
抽象的な表現だよな。そして擬人法が使われてる。太陽が監視でもしてんのかよ。
「儀式をする学校の屋上から見て、太陽が地平線に沈んでおらず、自分と太陽との間に雲等の障害物が無い時、と私は解釈している。小中と、女子の間でもその見解で一致していた」
「てことは日中でも、太陽が曇に隠れてる時は、オテント様しても効果が無いんだね」
実効のある儀式だとすればな。
「古森君は、今月の初めに引っ越したそうだが、どの辺りに住んでいるのだ」
「万葉高の学生寮。独り暮らしだよ」
「ほう、そうなのか。さぞかし大変だろう」
「まぁね。高校の敷地外にあって、徒歩だと結構時間掛かるから、チャリ通学」
「だが家が近いのは羨ましいな」
俺は駐輪場に直行する。望月さんは校門の方へ行かず、付き添ってきた。
「望月さんは四ツ葉町から、電車とチャリで通ってんの」
「徒歩も含めてな。自宅からは自転車で四ツ葉駅へ、電車で万葉駅へ、歩いて学校へという道のりだ。万葉駅から学校までは、大した距離ではないから、徒歩で充分だ」
望月さん歩きなのにチャリ置き場まで付いてきてくれたのね。どうりで俺の一台だけだ。
俺は自転車に跨り、望月さんの歩行速度に合わせて地面を蹴る。
「古森君。言うまでもないが、私たちが屋上に忍び込んだことは、誰にも内緒だぞ」
「もちろんだよ。学生寮に住んでる身としては、校則違反なんてご法度だからね」
彼女の足が止まった。俺は振り向く。
「……すまない。私は、君の事情を知らずに連れ込んだようで」
「なーに、気にせんでくれ。俺は任意同行に応じただけだよ」
校門前に出た。片側一車線の道同士が交わる、丁字路だ。双方の道とも、信号機は、車用と歩行者用の両方が設置されている。辺り一帯には、民家や商店等が立ち並ぶ。現時刻に於いて、車の往来はごく僅かだ。
望月さんが、直進する方向を指差した。
「万葉駅は向こうだから、私は真ん中の道だ。古森君は?」
「右だよ。ここでお別れか。じゃ、また明日」
辞去した彼女が、横断歩道を渡る。サドルに跨っている俺は、校門前にとどまり、暫しの別れを名残惜しむ。
クラスメイトの一人。明日になれば必然的に顔を合わす相手。分かっていても、無性に寂しさが募り始めた。なびく自分の髪を、風の赴くままにする。
やがて、望月さんはケータイを右耳に当てた。通話を始めた模様だが、俺は聞き取れない。
誰と話してるんだろう。家族かな。友達かな。それとも……。
彼女の姿を、肉眼で確認できなくなるまで眺める。こちらへ振り向く兆しは無い。
“一秒でも長く見ていたい”――そんな感情を純粋に抱いた相手は、望月さんが初めてだった。
彼女が街中に、消ゆ。俺は地面から足を離し、おもむろにペダルを漕ぎ始める。
望月さんといっぱいお話しちゃった。可愛かったな。きっと明日も可愛いんだろうな。五十年後の姿は、……想像せんでおこう。
まだ初日かぁ。予定より帰りが遅くなったとはいえ、随分長く感じたわ。もうね、疲れた。腹減った。帰ったらメシ食って休もう。今日は夜更かしせずに早く寝るぞ。
今朝新星さんと出会った場所に、差し掛かる。自動販売機を、横目で注視。通過後、右胸に左手を当てた。利き腕の右手ではなく、敢えて、左手を。
――オテント様、か。
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