第一章 セピア色の軌跡

第7節 見つかった! 夢中になれるもの

 翌朝、四月十日の火曜。曇り空の下、俺はマイペースで自転車を走らせていた。


 もし昨日曇ってたら、俺はオテント様を知ることもなかったんだろうな。

 他人に軽々しく教えない方がいい、って忠告はされた。……けどね。だけどね。

 どうしても教えてみたい人が居るんだわ。昨日オテント様のやり方が書かれたメモ紙を初めて読んだ時から、ずっとあの人のことがチラついてる。どうにも落ち着かん。


 後方から来た自転車が俺の横で減速し、並走を始めた。来た方向と行動からして、相手が誰なのかは、振り向くまでもなく見当が付いた。


 この人、毎日俺と一緒に登校する気なのかな。

 本来なら喜ばしいことかもしれんけど、単独行動を好む自分としては、独りで通いたくもある。周囲から、あらぬ疑いをかけられたら困るしな。


「朝から死にそうな顔してどないしたん」

「元々こんな顔だっての。幸薄そうとは、よく言われる。でもこう見えて、生への執着は誰にも負けないくらい強いんだよ」

「性への執着? やらしいなぁ」

「そっちの性じゃないっ」

「なんぼ女の子に精を出したい年頃やからって、面と向かって下ネタは言わんといてぇ」

「話題を下ネタへ強引に変えたのは君の方でしょ」

「ほな何、あんたは女の子に精を出したくないん」


 もはや、本来の意味じゃなくて卑猥な表現にしか聞こえん。


「そりゃあ、自分好みの人が居れば」

「そう。皆に言いふらさなあかんわぁ。五組の古森珠夜っちゅう男子は、女の子に精を」

「勘弁してください。日陰の身になってしまいます」

「いややわぁ、真に受けんといてよ」

「昨日言ってた、魔法使いになりたいってのは?」

「ホンマよ」


 真面目な顔で答える新星さんだった。本日も、常盤色のブレザーは外套と化す。


 乙女はロマンチストが多い、か。ここにも一人居たわ。昨日の別れ際はしょんぼりしてるように見えたけど、気のせいだったみたい。相変わらず、ほんわかする喋り方だぁ。

 それにしても、何で新星さんは俺と一緒に通いたがるんだろうか。まだ二日目だから、知り合いが少ないのかもな。昨日の下校時は、寝てる俺を置いて帰ってたんだから、深い意味は無さそうだ。たまたま知り合って通学路が被ってるから何となく、という程度の理由だろう。



 俺たちは万葉高校に着いた。駐輪場から昇降口へ向かう。ブレザー姿だけでなく、学ラン姿とセーラー服姿の生徒たちにも混ざり、本格的な高校生活の始まりを身に染みて感じる。


「上級生も来てるね。そういや今日始業式か」

「楽なのは今日までな。明日から早速授業が始まるらしいわ」


 筧先生も言ってたな。明日からは忙しくなりそうだ。話すとしたら、今日がいいな。


 校舎に入り、階段を上る。六組の教室前に来た時、俺は立ち止まった。


「新星さん。今日の放課後、話があるんだけど、いいかな」

「え、何なん、話って。今しいよ」

「ここだと人目に付くから話しにくいんだよ。長くなるし」

「……二人っきりで、っちゅうことか」

「うーん。まだはっきりとは決まってないけど、第三者が同席するかもしれん」


 新星さんは怪訝な顔をする。


「よう分かれへんなぁ。ちなみに、ええ知らせと悪い知らせの、どっちなん」

「前者だ」

「そう。ええわよ、楽しみにしてるわ」

「じゃあ放課後になったら五組の教室に来てくれ」

「うん、またなぁ」


 新星さんの入室する様子を見届ける。紫のリュックが、最後尾の机に置かれた。彼女の席を羨んだ俺は、廊下を進む。


 新星さんの方はこれでよし、と。


 俺は五組の教室に入ると、荷物を自分の机にさっさと納めた。立ち上がり、左端の最前席に歩み寄る。席の前方でしゃがみ、腕組みをして机に乗せ、目の前に座っている女子を見上げる。自分としては、結構大胆な行動だ。他の生徒には聞こえぬよう、小声で話し掛ける。


「望月さん」

「どうした古森君」


 望月さんも自然と声を潜め、俺に顔を近づける。


「オテント様のことを、ある人に教えたいんだけど、いいかな」

「誰に」

「六組に居る知り合い」

「男子か?」

「いや女子」

「なぜ教えたいのだ」


 至近距離で見つめ合っている。心拍数の上がる俺は、生唾を飲み込んだ。


「その人の願いを叶えさせてあげたいんだ」


 彼女の返事を待つ間、何度か目を逸らした。少し間を置いてから、望月さんの唇が開く。


「わざわざ教える必要はあるのか。古森君が自分でオテント様をして、叶えてあげれば済むのではないか。第一いかなる方法で屋上に行くつもりだ。まぁ私が、ドアの鍵を開けてやってもいいが。そもそも君はオテント様の効果を信じていないのだろ。どういう風の吹き回しだ。明日は雪女でも降ってくるのか」


 返答に困った俺は、視線を机に落とした。


 確かに、俺の言動は、昨日の発言と矛盾してる。


「……その人の願い事は、非現実的なものなんだ」

「どのような願いだ」

「魔法使いになりたいんだって」

「ほう。その人はなぜ、魔法使いになりたいのだ」

「さぁ。理由は俺も知らんよ。只、その人は実のところ、冗談で言ってるだけのような気もする。となると、俺が勝手に願いを叶えてしまったら、本人は、魔法が使えるようになって困るかもしれん。だから事前に教えてあげた方が無難でしょ。儀式も本人にやってもらう。だってさ、夢とか願いってもんは、たとえオテント様の力を借りるにしても、自分で叶えた方が、喜びもひとしおだろうから」

「……古森君」

「何でしょう」


 俯き加減の俺は、口をへの字に結んでいる。


「別に私は、怒っているわけではないのだぞ。むしろ感心している」


 おずおずと顔を上げた。望月さんの、柔和な表情が出迎える。


「願いの叶う手段を知っていながら、自分の願いではなく、他人の願いを叶えようというのだからな。昨日得意気にエゴイストな自分のことを語っていた古森君とは、思えないほどだ」


 ますます矛盾してるな。でも俺が叶えたいのは、新星さんの願いだけじゃないぞ。


「よほどの事情があるのだろう。理由は聞かずにおいてやる。何となく想像が付くしな」

「え、何だと思うの」

「もしかして今の古森君は、夢中になれるものが見つかったのではないか、とな」

「……望月さんっ」

「ちなみに、なぜ私に相談してきたのだ。オテント様のことを伝えたいなら、勝手に伝えればいいだろ」

「望月さんの許可を得てからにしようと思ったんだ」

「他人に教えたいからといって、私の許可は必要無いと思うのだが。まぁ、君が得たいというなら与えてやる」

「あと、ドアの鍵は、望月さんに開閉してほしいんだ」

「いいだろう。鍵の件は、私に任せてくれ」

「そうか、ありがとう。あの、もう一つ頼みがあるんだ」

「私にできることなら、構わないぞ」

「オテント様のことは、望月さんが、その人に直接教えてくれんかな。結構長い話だし、俺は一度聞いただけだから、全てを正確に伝えられるか自信が無くてさ。昨日君に書いてもらったメモ紙は、今日持ってきてる」

「分かった。くどいようだが、一歩間違えば危険な儀式だからな、私が話すべきだろう」

「その人には、今日の放課後、うちの教室へ来るように言ってある。また屋上にでも連れてってさ、頼むわ」

「あぁ。ところで、ギザ十は持っているのか」


 俺は、右手の親指を立てて、自分の右胸を数回指す。


「持ってますとも!」

「そうか。古森君、ひとまず席に着いた方がいい」


 望月さんの視線の先へ振り向く。いつの間にか壇上に立っていた、髪を下ろした筧先生と目が合う。自らの高校時代を懐かしむような表情だ。他のクラスメイトは全員着席済み。チャイムが鳴る。教室内に生徒らの失笑が漏れる中、そそくさと自席に戻る俺だった。朝礼が始まる。


 二日連続で恥かいた。

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