第4節 エゴイスト! 古森珠夜
俺は屋上を見渡す。廊下や教室等の屋根に位置する部分は、白いコンクリートが平面状に続いている。渡り廊下の屋根も同様で、屋上伝いに隣の棟へ行くこともできるようだ。
外周及び中庭側をぐるりと囲うストライプフェンスの高さは、自分の胸元程度。
校舎から突出しているのが、ドアのある搭屋。階段へ続く部屋だ。各棟に一つずつ存在する。
ドアから出て右手側、つまり五組の教室側には、貯水タンクがある。搭屋の隣に、鉄骨で組まれた架台が設置されており、球状のタンクが乗っているのだ。架台を含めた全長は、搭屋よりも高い。玉座を陣取る魔王の如き、圧倒的な存在感。他に目立つ物体が無いので、尚更だ。
ほぼ全貌が明らかになった、万葉高校の屋上。余計な飾りを取り払った、高い所にある広い場所という空間が、俺の心を勇ませる。
ラストダンジョンの最上階に辿り着いた気分だな。で、クリアする為には――。
俺をこの空間に招いた人物は、まだ姿勢を変えず佇立している。
こちらのラスボスさんから、話を聞き出す必要があるわけか。
「あのさ、ここで会話してると、声が階段の方に聞こえるかもしれんよね。先生が近くまで来るとは限らんけど、バレたらいかんから、念の為もう少し離れよう」
望月さんを見ながら、五組の教室側へ歩き出すと、間を置いてから彼女が付いてきた。
はて。望月さんの言動からして、場合によっては口を割りそうな雰囲気だぞ。そもそも何がしたいんだ? 俺を招くわ、事情は秘密だわって。
途中から彼女に背を向けて歩いていた俺は、貯水タンクを過ぎた所で立ち止まった。
おまじないは、置いとこう。鍵の掛かってたドアを開けた方法として、考えられるのは……。
もしかして、ピッキングでもしたのかな。仮にそうだとしたら、望月さんは搭屋に入った後、内側からピッキングで施錠する予定だったはず。ところが俺と鉢合わせした。だからひとまず屋上に招いたんだろう。現在は、俺にどう説明するかを考え中、ってとこかな。
背後を振り返ると、五歩くらい後方で止まっている、望月さんの姿。俺は辺りを見回した。
「立ち話もなんだから、そこに座ろうか」
貯水タンクの架台を指差す。下の方に、四隅の支柱となる足をH形に四本で固定している、太めの横棒がある。椅子代わりに手頃な高さだ。
この屋上の中央付近では、他に座れそうな物や段差等が見当たらない。フェンスの下に段差はあるが、外側から丸見えで他人に見つかりやすい為、好ましくない。相手はスカートをはいている女子なので、まして地べたに座らせるのは気の毒だと思った。
俺が横棒に腰掛ける。続いて望月さんも貯水タンクの下に来て、向かい合わせで座った。各自のリュックを足元に置く。互いの間隔は、双方が同時に手を伸ばせば、届きそうな距離だ。
彼女の足は閉じられている為、パンツは拝めない。只、プリーツスカートと黒いソックスに挟まれた、白くむっちりとした健康的な太股が、俺の平常心をたやすく崩壊させた。
エロ画像やエロ動画なんて、ネットで見放題なのに、たかが太股でこんなにも興奮するとはね。生のリアル女子高生は、破壊力が桁違いだな。おっと、見とれてる場合じゃない。
ピッキングの件は、俺に知られたくないだろう。もちろん、口外されたら困るはず。とはいえ、俺に対する信用度が増せば、打ち明ける腹積もりかもしれん。
よーし、俺がそんじょそこらの男子とは違うってことを、アピールしてみよう。
「俺は、口が堅い方だよ。秘密は厳守するわ。そもそも、ろくに話し相手が居ないもん」
望月さんは上目使いに見つめてくる。俺は、ここぞとばかりに語りだした。
「うちの高校の一年生で、俺と同じ三ツ葉中出身の人は、二十人くらいでね。うちのクラスでは俺だけだよ。他のクラスには居るんだけど、さほど親しい間柄でもない。同級生でさえそんな有様だから、まして上級生は知り合いすら皆無だよ」
まだ、望月さんの答える気配は無い。
「しかも俺、今時の若者なのに、ケータイ持ってないんだ。必要無いから。自宅にパソコンはあるけどね。メル友は居ないよ。中学校卒業後は、他の高校に行った知り合いとも全然連絡とってない。俺さ、今月の初めに引っ越してね。昔の知り合いと接する、機会も無いよ。たとえ街中で見かけても、俺は相手に気づいてないフリしてその場から去るタイプだし」
望月さんは、生返事をしながら、俺の話を聞いている。
「煩わしい人間関係は、必要最低限にとどめたいんだわ。独りではできないことのみ、周りに頼る感じかな。うちのクラスでも、俺のライフスタイルは、そう簡単に変わらんと思うよ」
望月さん、さすがに引いてるかもね。女子って、俺みたいな男子は嫌うだろうからな。
「俺ってさ、楽しいことを見つけても、積極的に他人に知らせたりせず、独り占めしたい性格なもんでね。独りを好む人は、他人と関わるような行為を避けたがるんだよ」
但し相手が、俺好みの美少女であれば、その限りではない。今現在のように。
「大体さ、俺みたいな人間が、望月さんの秘密を外部に漏らすことで、俺にとってメリットがあるのかな? むしろデメリットばかりじゃないかな」
一旦、間を置いてみた。俺は付け加える。
「どうでしょう。口だけなら何とでも言えるし、今日出会ったばかりの俺の話なんて、信憑性に欠けると思われるかもしれん。信じるかどうかは、望月さんの判断に任せるよ」
今日はすこぶる饒舌だな俺。放課後の屋上で、望月さんと二人きりだもんな。初日で浮かれてるのもある。しゃべりすぎて喉乾いてきた。真上に水があるのに飲めんがな。皮肉なことだ。
望月さんが顔を上げ、重い口を開く。
「古森君は、私と関わることに、抵抗は無いのか」
「抵抗があったら、屋上に入らんかったし、こんなに長々と熱弁せんよ」
「そうか」と言って、望月さんの口元がほころびた。
「分かった。私が屋上で何をしていたかは、教えてやる」
「お。話してくれるんだ」
「先程から私は、明かすべきか迷っていた。まじないはともかく、ドアの鍵を開閉する手口についてな。やはり伏せておく。帰る時は内側から施錠するわけだが、君には見ないでもらう」
「ん、……そう」
おまじないより、ドアの開閉手段の方が気になるわ。一歩前進したから、良しとするか。
「まぁ、いいよ。とりあえず聞こうか。おまじないについて」
俺としては散々しゃべったのに、たかがおまじないの内容一つ聞けるだけか。それにしても、他人に対して、自分のことを今回ほど曝け出したのは、人生初だな。腹減ってきたから、手短に頼みたい。こちとら昼メシ食ってねーんだぞ。望月さんが食ったかは、知らんけど。
両手を膝に置いた望月さんは、単刀直入に切り出す。
「なぁ古森君。『オテント様』を、知っているか」
「おてんとさま? 太陽がどうかしたの」
「そうではなくて、私が聞いているのは儀式の方だ」
「儀式? 一体何のこと」
「知らないようだな。私がまじないと言ったのは、オテント様のことだ」
「初耳だわ、そんな儀式。そのオテント様ってのと、学校の屋上は関係あるの」
「条件の一つだ。学校の屋上でなければ、効果は無い」
「条件? ……望月さん、そのオテント様について、詳しく聞きたいな」
いかん、オカルト好きの血が騒ぐ。探究欲が食欲を凌駕してゆくっ。
「少しばかり待っていろ。口頭で説明するより、書いてまとめた方が分かりやすいと思う」
望月さんはリュックからメモ帳を取り出した。左手でペンを走らせる。左利きらしい。
「何を書いてんの」
「オテント様のやり方だ」
望月さんの気が散らないよう、俺は黙って待つことにした。制服に包まれた豊満な女体を、まじまじと観察する。張りのある青白い肌。思わず、近づいて触りたい衝動に駆られる。
ほっぺたプニプニ突っついてみたい。許されるのであれば他の部分も。
書き終えたようだ。望月さんはメモ帳から切り離し、俺に差し出す。
「ほら、これを読んでみろ」
受け取った一枚のメモ紙に目を通す。箇条書きで文章が並んでいる。丁寧な文字だ。
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