9COLOR

 瑠香は、ましろに指示された様に、端末に届いた履歴を全て削除し、端末自体も愛犬に、待ち合わせ場所へ訪れた。

 ましろは、愛車の中で待っていた。

 瑠香が運転席側の窓をノックした。

 そうするまで、瑠香が近づいて来る事に、全く気が付かなかった。

 瑠香は、ましろの様子に何処か違和感を抱いた。

 何処が?と問われても『何となく』としか言い表せない程度なのだが・・・


「あぁ、瑠香さん。どうぞ?乗って。」 

「有難うございます・・・失礼します。」

 瑠香は、素直に助手席へ乗車する。


「缶だけど、温かいミルクティーあるの。どお?結構甘いやつだけど、平気?」

 そう言って、缶のプルタブを開け、瑠香に手渡す。

 車内にミルクティーの薫りが、甘く漂った。


「私も、甘いミルクティーの方が好きですよ。頂きます。」


 瑠香は、渡された温かい缶を両手で包みこんだ。

 缶や、紙カップの温かい飲み物は、好きだった。

 手で、包みこんだ時の温かさが、心を緩ませてくれるから・・・


 ましろは、その場からゆっくりと車を研究所へ向けた。

 暫く走ると、ましろが口を開いた。

 そして、瑠香の心臓が、どきりと跳ねる様な事を口走りだした。


「陽輔から連絡貰ったけど、瑠香さん、最近想いの破片かけらへ堕ちる事が増えて、実際に怪我までする様になったんですって?じゃぁ、そろそろ何か、思い出したでしょ?」


(えっ?!思い出したって?それに『そろそろ』って?な・・・何の事謂ってるの?怖い・・・ましろさんは、何か知ってるの?)


 瑠香は、得体の知れない恐怖に包まれた。

 自分にまつわる・・・けれど、自分知らない事を、他人のましろが知っている様な気がしたからだ。


「ましろさん・・・私の事で、何か知ってるんですか?」

「う~ん・・・その質問だとザックリし過ぎてるかなぁ?」


 ましろは、明らかに、戸惑いと動揺を受けている瑠香を目の当たりにして、悪びれる風も無く、むしろその様子を楽しんでいる様にしか見えなかった。

 楽しむと謂うか、ワクワクしている・・・まるで、新しい玩具おもちゃを手にして、何をしよう、どう遊ぼうと思いを巡らす様な・・・

 純真無垢な子供の眼差しで、実に楽しげに問いかけてくる。

 それが、余計に瑠香の恐怖心をあおるのだった。


「瑠香さん。少し前に、友達の削除Deleteに付き添って、うちに来たのは覚えてる?」


 数か月前に、笹本メディカル医院へ友達に付き添った事は覚えている。

 しかし、友達の施術が終わった後、一緒に帰っては来なかった。

 どうやら友達を待っている間に、気分が悪くなり、倒れてしまったらしいのだ。

 瑠香の事は、病状が良くなり次第、責任を持ってましろが送り届け、友達には、先に帰宅して貰ったのだと、後から聞かされたのだった。

 そして、倒れた時に一通り検査をすると、経過観察が必要だと診断され、笹本メディカル医院にも近い、陽輔の家にましろのツテで住む様になった。

 体調が悪く、数日眠り続けたらしい。

 そして、目覚めた時には、陽輔の住む洋館の部屋だった。

 しかし、今にして思えば、全て、ましろや陽輔から、聞かされた事ばかりだ。


「瑠香さん、大丈夫?顔色悪いけど?そんなに怖がらなくても平気よ。ほら、温かいミルクティー飲んで、落ち着いて?」


 瑠香は、動揺してしまい、いつもの注意深さが欠落していた。

 だから、冷静だったら絶対に口にしない、少しでも信用のない相手から貰った物を、うっかり口にしてしまった。

 陽輔を通して出逢ったましろへ、いつの間にか心を許してしまっていたのだろう。

 動揺した瑠香へ、ましろは追い打ちを掛ける様に話を続けた。

 後から思えば、それも思惑の一つだったのだろう。

 そこに、まんまと付けこまれたのだ。


「瑠香さん、陽輔と幼い頃に既に出逢ってる事は思い出した?」

「!!!」

「じゃぁ、ご両親の事は?何処まで思い出したのかな?本当の事を。」

「ましろさん!?さっきから、何を言ってるの?何を知ってるの!?」

「あぁ~まだ、ほとんど何も取り戻してないのね?取り戻そうとする本能と、そうさせない様にしている防御本能がせめぎ合って、想いの破片かけらへ堕ちる事が増えたって所かな・・・そして、現実リアルと想いの破片かけらの境界線が薄れて、怪我までする様になったみたいね・・・想定の範囲内か・・・私の研究室へ着いたら、詳しく確かめましょう?痛みは無いから、平気よ。」

「お、降ろして下さい!!」

「ダメよ。って言うより、降りられないでしょ?もう。そろそろ身体が自由にならなくなるはずだし。真実が知りたかったら、大人しく私と来た方が賢明よ?取り戻したいんでしょ?想いの破片かけら達を。そして、色彩いろを。」


(えっ!?どうして・・・私に色彩いろが見えていない事を知っているの?倒れた時に検査をしたから?さっき、現実リアルと想いの破片かけらの境界線が薄れて・・・って言ってた。その事とも関係があるの・・・?)


 瑠香は、あれこれ考えを巡らせたが、次々に疑問だけが沸き上がった。

 不安が渦を巻き、みるみる大きくなり、息苦しくなるのを感じる。

 気付くと、身体に力が入らなくなり、意識・思考も廻らなくなっている事に焦り、我に返った。

 ましろの言う様に、急激な倦怠感と、眠気に襲われ出し、シートの上で身じろぐ事すらままならない状態だった。

 手には全く力が入らず、逃げ出す事は不可能だった。

 不用意に口にしてしまった飲み物に、薬が混入されていたのだろう。

 瑠香は、わずかに力の入る目元に、精一杯の憎しみを込め、ましろを睨む。

 怒りで、目の前が赤くなる様な錯覚を感じた。

 口元も、歯ぎしりが聞こえて来そうなくらいに、悔しそうに噛み締めている。


「そんなに恨めしそうに睨まないで。さっきのミルクティーに、睡眠誘導剤を入れたけど、それも、研究所に着く前に、想いの破片かけらに居て貰う為なの。そうやって、強い感情と一緒に、ある程度、最新の現実リアルをリンクさせる為に。正直、飲んでくれないと思ってたわ。貴女の性格だと、私との関係性くらいじゃ、飲食物は口にしないと思ってたから。正直複雑な気分。もうすぐ意識が完全に堕ちると思うけど、悪い様にはしないわ。って言っても、このやり方じゃ、信憑性しんぴょうせいが無さ過ぎよね。けど、貴女の疑問には全て、答えが出るはずよ。だから、今は、せめて少しでも優しい夢を見ていて・・・」


 ましろが最後の言葉を告げる前に、助手席のシートに力なくもたれ掛かり、瑠香は深い眠りへ堕ちてしまった。



 


 

 


 

 

 


 

 

  

 


 



 















 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る