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 陽輔は、直哉に再会するまでの、今持っている情報を全て告げた。

 そして今しがた、直接院内と研究棟へ入ってみたが、ましろは瑠香を連れ、研究員達にも行き先を告げず、姿を消している事を告げた。

 すると、今まで黙って話を聞いていた直哉は、ピクリと身体を動かした。

 そして静かに、低い声で、陽輔へ質問を投げかける。


「ん?ちょっと待って、兄さん。危うく聞き流す所だったが、今、直接中へ行ったと聞こえたが?」

「あぁ、謂った。」

「『あぁ、謂った。』じゃなくて!!まさか、そのまま何の変装もせずじゃないよな?」

「変装?あぁ、ちゃんとしたさ。リネン室から白衣を失敬してな。お陰で、怪しまれずに研究棟までは行けたんだが・・・何せ広くて。複雑な作りになっていたから、途方に暮れていたら、絵に描いた様な“純朴理系女子”に声を掛けられて。だから、直ぐに怪しまれない様に、自然な流れで外に出た。誰も追って来なかったから、平気だろう。」


 陽輔はそこまで謂って、得意げな顔をする。


(はぁ~遅かったかぁ・・・全くこの愚兄は・・・もっと早く来るべきだった・・・)

 直哉は、盛大に溜め息をつき、頭を抱えた。

 そんな弟を見て、今度は愚兄が吠える番だった。


「ナンだ!その大仰な溜め息は!!追って来なかったし、ましろの院内用端末の番号も入手した!!多少は向こうの様子も探りを入れないとだろ!?俺だって、やる時はやる男だ!!!」

「何処から来るんだ?その自信!!あぁ、接触した相手が女だったからか?しかも、男に慣れていない、研究一筋タイプだったんだろ?」

「流石に鋭いな!仕事柄、そのへんの推測はたけてるって所か?」

「推測も何も、どうせまたお得意の『暗黒騎士の微笑みダルクシュヴァリエ・スーリール』でも無自覚に発動させて、相手が見惚みとれている隙に退散して来たんだろ!?」

「はぁ!?何だ、その中二病丸出しな、忌み名!技の名前か?!俺自身の異名なのか!?ましろだけならまだしも、お前まで!!」

「オレが名付け親じゃない!!小学生の頃、うちの学年の女子達が、面白がって兄さんをそう呼称してたんだ!お陰で!!変な名で呼ばれてたんだぞ!!他にも『暗黒魔王の微笑みダルクサタン・スーリール』とか、後は・・・」

「もう良いっつうの!!」

 直哉は、思わず脱線した事に少し顔を赤らめ、咳払いをし、話を元に戻した。


「そうじゃなくて!!もし、相手が男だったり、一連の関係者だったらどうするつもりだったんだ?!下手をしたら、その場で処分されてたかもしれないんだぞ!!もしそんな事になったら、誰が真実を見つけ出すんだ!!今後は、軽率な行動は絶対にしないでくれ!!それと、無理はしても良いが、無謀な事だけはするな。後、オレには絶対に情報を隠さない事と、オレを信じろ。」


 久しぶりに再会した弟は、自分よりも遥かにイイ男になっていた。

「あぁ。確かに軽率だった。瑠香の事があったから、焦ってたんだ。すまなかった。」


 続いて、直哉が手持ちの状況を報告した。

 チーム全体で調査し明らかになった事と、チームには内密に、単独調査で明らかになった事に、微妙ながあると気付いた。

 だからと謂って、全て単独で調査すれば、敵だらけの自分は良いカモになり、調査を邪魔したい奴らの思う壺だ。

 だから、ある程度組織と共に行動し、単独で調査している事も筒抜けなのを前提に、自分が掴んだ情報も、核心に触れていない、当たり障りの無い情報のみチームへ隠さず報告していた。

 他にも、偽情報を流しカマをかけ、チームの中で誰が心を売った奴なのかも、調査済みだった。

 今までは、過剰に調査妨害はされていなかった。

 しかし、ここ数日、危うく軽くて怪我、一歩間違えれば・・・と謂う“事故”が直哉の直ぐ近くで起こり出していた。

 最近単独で調査した中に、核心に触れてしまった情報があった様だ。

 向こうが手を出して来てくれたお陰で、逆に情報の信憑性を高めてくれる結果になった。

 も、焦っているのだろう。

 お互いに一枚岩では無いと謂う事だ。


 陽輔と直哉は、今自分達が持っているカードを全てオープンにした所で、次にどう出るかを決めなければいけなかった。

 けれど、急に直哉は口数が少なくなっていた。

 陽輔は、手に入れたましろの端末番号を、早速非合法の機材に入力し、GPSで追跡していた。

 間違いなく、今も研究棟に居る事が分かった。

 とりあえず、今度は二人でましろにコンタクトを取り、瑠香を連れ戻し、深く係わっているましろを特務調査部こちら側に付かせ、ましろ本人と、彼女の廻りの人間も保護下に置き、証人として全てを白日の下にして貰おうと、陽輔は提案した。

 今、考えられる最善の策は、それしかないと思ったからだ。

 しかし、一向に重く口を閉ざしたままの直哉へ、陽輔は真摯な眼差しで告げた。


「お前は、昔から変わらないんだな。難しい事を一人で解決しようと、頭をグルグル廻らせ、苦しむ。助けを求めれば直ぐに解決するって分かっているのに、絶対にそうしない。自分がぶち当たった壁は、自分でどうにかしようと懸命になる。」

「な、何?急に?」

「いいから聞け。自分で何とかするのも大切だ。俺ら、だからな。直ぐに助けを求め、逃げるヤツは、大切なものを守れない。それどころか、手に入れられないし、持っていても失う。でも、お前はさっき俺に謂ってくれたろ?『オレを信じろ』って。もっと良いセリフが思いつけば使ったんだが、思いつかないからしゃくだが、えて使わせて貰う。俺を信じろ!!まだ、俺に見せていないカード、あるだろ?」


 直哉は、うつむいていた顔をあげ、瞳を見開いた。

(あぁ、この愚兄は・・・これだから嫌いなんだ・・・これだから勝てないんだと思い知らされる・・・)


 暫く黙っていた直哉は、ようやく口を開き、その口からはとんでもない事が開かされた。


「全く・・・これだからこの愚兄は・・・オレがここへ来たのは、では無く、手を退いて欲しかったからだ。その為に説得に来た。兄さんが、何も知らない間に深く係わっている事を知ったから・・・オレ独自で調べた結果、係わっている面子に、ヤバイ奴がいる事が分かった。一般人が踏み込んで良い案件じゃない。」

「もう、遅い。俺は絶対に降りない。結末を見届けるがある。お前だけに、こんな重い十字架、背負わせたりしない。」

「そう謂うだろうと思った。どうせ無理に止めても、返ってこちらの斜め上を行くんだから・・・オレの監視下に置いた方が得策だな。」

「そう謂う事だ。俺様の取扱説明書とりせつは、しっかり分かっているみたいだな。」

「オレが独自で調査し、辿り着いた人物がいる。黒幕は、この人で間違いない。全てが、線で繋がる。」


 そう謂って、写真とプロフィールを陽輔へ渡す。

 そして、陽輔は驚愕する。

 そこには、幼い頃に数度しか会った事の無い、顔見知りの写真とプロフィールがあったからだ。

 その人物は、陽輔と直哉の母方の祖父、朽木龍一朗くちきりゅういちろうその人だった。

 何のコネも無く、自力で政界の重鎮に君臨してしまった人。

 いずれは、国のトップに立つだろうと、誰もが囁いた。

 が、えて彼はそうしなかった。

 何故なら『トップに立つより、影からそのトップを方が、断然愉しいから』だと、悪びれる事無く近しい者には語っていたそうだ。

 その、冗談とも本気とも取れる話のお陰で、政界全体に、畏怖を植え付けるには十分だった。

 今は老齢になり、隠居暮らしをしていると、もっぱらの噂だが、未だにその存在感と力は健在で『日本の闇の番人』とも言われている。

 確かに、外交にもパイプが太く、お得意の人心掌握術で黒いモノも、白くしてしまう人物。


(う・・・嘘だろ?政界・財界・医療機関・各機密機関・闇ルート・・・下手をすれば、海外マフィアへも繋がっているって謂うのか!?しかし、直哉の謂うとうり、全てが・・・線で繋がる・・・)


「ここへ辿り着いた途端、オレの廻りでキナ臭い事が起き出した。警告だろう。オレがだって調査済みでの、行為だ。本当に容赦がない。うちのチームは、この情報にまだ辿り着いていない。チーム内に居る裏切り者が妨害している様だ。ただ、裏切り者経由で、オレが情報を掴んだ事が、敵には伝わっているはずだ。正直、どっから切り崩したら良いか分からない。」

「だったら、尚更、ましろからじゃないのか?アイツも、全てに繋がるカードだろ?」


 直哉は、頭をフル稼働させ策を練り、シミュレーションする。

 だが結局、どれも危ない橋を渡らなければ得られないと謂う結末に辿り着く。

 ならばここは一つ、野生の勘と、機関からスカウトが来る程のハッキング・スキルを持つ愚兄を味方につけ、行動する方が得策だろう。

 無自覚に発動するも使って貰い、切り抜けてみるか。

 直哉は、策を練るより、兄を『信じる』事にした。


「おい、直哉。お前、今、何考えてた?メガネの奥のまなこが怪しく光ってますけどぉ?」

「あぁ、気にしないで。さて、じゃぁ、行きますか・・・っと、その前に、少し調べて欲しい事がある。」

「行くって、何処に?後、調べるって、何を?」

「決まってるだろ?研究棟だよ。瑠香さんとましろさんもそこだろ?」

「あぁ、GPSで見る限り、間違いない。ただ、俺の機材でも、どの部屋に居るかまでは、調べられなかった。流石に、2人で行き当たりばったりに探す訳にはいかないだろ?」

「オレが単独で調べた結果、研究棟には、公式とされている設計図には表記されて無い『隠し部屋』が存在する。俺も、兄さん程じゃないが、はある。それを使って実際の建物内の位置情報も入手したんだ。しかし、オレ達が知らされた設計図を3D化した物と重ね合わせてみると、部分があった。オレが指摘したが、取り合って貰えなかった。」

「その公式と非公式な設計図は、手元に無いのか?」

「あぁ。裏切りどもの管理下にあって、手が出せなかった。だから、兄さんに手に入れて貰いたいんだ。」

「なるほどね。あの建物の建設・施工会社は分かるか?」


 そう陽輔が問いかけると、直哉は再び表情を曇らせ、新たに、自分達に近しい者の名を口にした。


HAYATOはやとグループの、隼人はやと建設だ。グループトップで、自ら社長の席についている、朽木隼人くちきはやと。母さんの弟で、オレ達の叔父の会社だよ。」

「あっ、そう。だったら、尚更『不可視の部屋』も作らせたはずだ。秘密は、なるべく少人数で共有した方が良いからな。公式・非公式、両方の設計図があるはずだ。じゃぁ、両方、今ここで頂きますか。ちょっと待ってろ。」


 陽輔は、敢えて素っ気なく、何でも無い事の様に告げ、あっと言う間にHAYATOグループのサーバーへ侵入した。

 そして、必要な情報を入手してしまった。

 2種類の設計図・監視カメラの位置・セキュリティー機材の種類・建物内の

 使えそうな情報は全て頂き、勿論、侵入の痕跡は一切残さずやってのけた。


「全く。肩慣らしにもならなかったぞ・・・さて。どの情報からお出ししますか?お客様?」


(はぁ~・・・この人は・・・瑠香さんの事を思えば、気が気じゃないだろうに。わざとおどけて見せる。まるで道化師ピエロだ・・・見ているこちらが、辛くなる時すらあるのに・・・これ以上誰かを巻き込まない為に・・・兄さんとオレで、終止符を打つ・・・)

 直哉は、改めて決意を強くする。


 陽輔が入手した2種類の設計図を3D化し、重ね合わせてみた。

 やはり、一致しない部屋の存在が分かった。

 他の部屋より、かなり広い。

 しかも図面によると、壁が厚く、特殊加工も施してある。

 研究施設内の人間達にもオープンにしたくない・・・極一部の人間しか係わっていない研究を行うには、もってこいの仕様なのが見て取れた。

 しかも未承認の、削除Deleteと想いの破片かけらに関する症例・実績データを取るには、おあつらえ向きな部屋だろう。

 の事があっても、内密に処理出来る。


(見つけた!!瑠香達は間違いなくここに居る。)

 陽輔は、確信した。


 二人は『不可視の部屋』にようやく辿り着いた。


「直哉お前、暗記モノ得意だったよな?」

「えっ!?あぁ、まあ兄さんよりは。」

「じゃぁ、この部屋の場所を含めて、他の部屋も覚えるの担当な?プラス俺、方向音痴だから、案内も宜しく!!」


 そう告げ、悪びれる事なく、満面の笑顔を向けられ、直哉は内心、少し不安になった。


「はぁ~相変わらず方向音痴なんだ・・・じゃぁ、兄さんはセキュリティー関係と、野生の勘と、腕力を担当して貰うから。」

「はぁ!?俺の方が担当部門多いじゃん!!腕力は、お前が担当しろ!!むしろ、お前の方が専門だろ!!武道一通り黒帯のくせに!!」

「オレが全面的に担当しても良いが・・・部屋の位置、オレの頭にしかない訳だろ?途中で負傷したら、二人とも辿り着けない。それに、派手な乱闘にはならないはずだから、兄さんで平気だよ。むしろ、オレが前線に立つ事にならない内に、辿り着かないと、それこそ全て台無しになる。」

「・・・分かった。ナンか、うまく言いくるめられた感じがあるが、納得しよう。とりあえず、ましろと瑠香を確保だな。」

「あぁ、そうしよう。オレら二人で、決着をつけよう。」


 陽輔と直哉は、準備を整え、笹本メディカル医院・研究棟へ向かった。

 そして、今まで自分達は、本当に、何も知らなかったのだと謂う事を、思い知らされるのだった・・・



 


 

 

 

 


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