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 瑠香の端末復旧は、簡単だった。

(瑠香がこっちにうとくて助かった・・・)


 陽輔は内心、ホッとした。

 データの復旧に時間を取られれば、その分全て出遅れる。

 既に瑠香が姿を消してから半日。

 ましろと待ち合わせをして、あいつの車で移動した事までは、予想とデータ復旧から確信となった。


(ったく!!ましろのやつ。わざわざ履歴を全部削除しろだの、端末はアサヒに預けろだの。余計な知恵までつけやがって!おかげでこのだ。俺がデータ復旧して追跡して来る事も考慮済みだろう。早く追いつかないと。ましろに、これ以上無茶をさせない為にも・・・)


 ダメ元で、直ぐにましろの研究所へ向かった。

 受付でましろへの面会を申し出たが、本人からの指示が既に廻っていたのだろう。

 予想はしていたが案の定、門前払いに終わった。

 正直嫌だったが、病院の方からアプローチしてみる事にした。

 こっちにはまだ手が廻っていなかったらしく、中に入る事は出来た。

 最初は父親と不仲な息子、しかも突然の訪問で不自然に思われた様だが、院長の息子と謂うは強かった。

 初めは制止されたが、少し強く出ると、相手が折れてくれた。

 手荒な事も辞さない覚悟だったが、それには及ばずに済んだ。

 大事おおごとになり、今の時点で親父に出張でばって来られても、俺が係わっている事を知られた挙句、証拠を全て消されても困る。


(親父は、俺と違って何時でも沈着冷静で用意周到な奴だ。取り乱した所など、ただの一度も見た事がない。そして、いざという時、誰でも、何でも、切り捨てる事の出来る人だ。感情の何処かが欠落しているのではないかと、幼い時は本能で『恐ろしい』と感じた・・・きっと、息子の俺でさえ、必要なら平気で切り捨てるだろうと。でも、そんな畏怖の念もありながら、尊敬もしていた。だから、医療の道へも進もうと思えた。母さんの事さえ無かったら、きっともっと早く、近くで防げたかもしれない、この一連の出来事。逃げたがちゃんと自分の所へ廻って来ただけの事だ・・・)


 陽輔は、そんな事を考えながら、勝手知ったる病院内を探索し始めた。

 ましろは、いざと謂う時の為に、医師免許も取得していたが、自分は医師より研究者が向いていると、あまり診療はしていない事を知っていた。

 確か、研究棟の主任をしていると聞いていた。

 想いの破片かけらの研究と、それを使った精神・心理治療を主に任されているとも話していた。

 だから、研究棟の何処かに瑠香も連れて来ているはずだ。

 リネン室から拝借してきた白衣を着た事で、全く怪しまれず研究棟へ侵入出来た。

 どうやら、想いの破片かけらの治療でも入院する事があるらしく、病室が幾つもあった。

 全て個室使用らしく、一部屋に一人のネームプレートしかない。

 病状が深刻だと、錯乱状態や、幻覚を見るらしく、その辺りも考慮して個室使用なのだろう。

 一人で探るには、部屋数が多すぎる。

 それに、主任ともなれば、そこそこ大きな専用の自室が与えられているはずだ。

 けれど、俺が追跡して来る事を前提に進めているましろが、直ぐに居場所が分かる自室へ連れて来ているとは考え難い。

 フロアーの案内図を見ると、研究棟は、複数のブロックに分かれている様だ。

 医療棟の位置把握は頭に入っていたが、研究棟は全くの未知の領域だった。

 間違いなく、この棟の何処に瑠香がいる確信があるのに、辿り着けない。

 早くも手詰まりとなり、途方に暮れていると、背後から声を掛けられてしまった。


「あの、何かお困りですか?」


(しまった!!長居し過ぎたか!!背後の気配すら、声を掛けられるまで気付かないなんて!!)

 振り返ると同じ白衣を着た、絵に描いた様な『純朴理系女子』だった。

(助かった。女か。この手の人間の受け流し方は簡単だ。不幸中の幸いだったな。)


「えっ?あぁ・・・すみません。困っていたんで助かりました。人に聞こうにも、誰も通りかからないし・・・まだ、この研究棟へ配属になって間もないので、迷子になってしまって・・・僕、男のくせに酷い方向音痴で。」


 頭をかきながらそう告げ、柔らかく微笑み、数秒見つめる。

 声を掛けて来た純朴理系女子は、陽輔の顔を見て頬を赤らめ、明らかに見惚れていた。

 その様子を見て、陽輔は切り抜けられると確信し、ここは一旦身を引く事にした。

 陽輔の頬笑みは、ましろ曰く『人たらしの微笑み』やら『天然ホスト』やら『堕天使の悪戯いたずら』と、まるで“中二病”の異名の様な例えをされていた。


 フリーズしてしまった相手の肩を軽く揺すり、声を掛ける。

 けれど、その異名は強力な技としてしてしまうのも事実だったりする。


「あの?どうかしました?僕の顔に、何か付いていますか?」

「えっ?!あっ、ごめんなさい。不躾ぶしつけでしたね・・・男性なのにお綺麗な顔立ちだったので、つい。それに、同じチームの人とか、研究所にいる男性は、もっと冷徹で、研究とデータにしか興味のない、無感情でマシーンみたいな人ばかりなので。貴方は、ちょっと雰囲気違うなぁ~って。」


(以外に洞察力もあるのか。ちょっとやっかいなタイプだったか。早めにここから離れないとだな。)


「へぇ~そうナンですか?まぁ、仲間には変わってるって、良く謂われますけどね。そうだ、菜月主任の居場所分かりますか?自室に行ったんだけど、居なくて。」

「主任に御用だったんですね?あぁ~自室にはほとんど居ませんよ。探すより携帯端末へまず連絡入れた方が近道ですよ。主任、一か所に長く留まっていないので、捕まえるの大変なんです。来たばかりなら、主任の番号知らないですよね?」

「あぁ~そうだった!!そう謂えば、ちゃんと登録しておけって謂われてたんだった。失敗したぁ・・・」

「仕方ないですよ。来たばかりだと覚える事の方が多くて、つい、そう謂う細かい事、後回しになっちゃいますもん。今、お教えしましょうか?」

「えっ!?良いんですか?そう謂うの、申請とかしないとやりとりしちゃいけないんじゃ・・・君が後で困る様な事になるのは、嫌、ナンだけど・・・」

「あぁ、本当はダメなんですけど、お困りな様なので、特別に。でも、内緒にして下さいね?」


 そう謂って彼女は、自分の端末から、ましろの院内用の端末番号を転送してくれた。

(これで、GPS検索で居場所が分かる。それに、この番号は、ましろが俺には教えていなかった番号で、俺が知っている事をましろは知らない。とりあえず、ここから離れても問題無くなる。)


「はぁ~良かった。声を掛けてくれたのが君で。ここへ来て、こんなに直ぐに失敗がバレて、ここで研究出来なくなるナンて、泣くに泣けない。それに、ライバル達に足元をすくわれる様な材料は、無いに越した事ないからね。有難う。君のお陰で本当に助かったよ。」

 そう謂いながら、また微笑み掛ける。


「お役にたてて良かったです。」

 そう答え、再び潤んだ瞳で見つめ返す彼女。


「じゃぁ、急がないと主任にどやされるから、早速連絡入れてみるよ。」

(俺のって、こんなに効き目あったのか・・・今まで無自覚にさせてたな、きっと。)


 そして、陽輔は今教えて貰った番号へ掛けたをしながら、その場を足早に移動した。

 非常階段へ、とりあえず逃げ込む。

 残された彼女はそんな陽輔の後ろ姿を見つめたまま、まだその場にたたずんでいた。

 すると陽輔が非常階段へ姿を消して間もなく、彼女の端末が震えだした。

 はっと我に返って、慌てて震える端末を耳に当て、驚愕する事になる。


「今、この中に、部外者が立ち入っているから、普段見かけない人物や不審者がいたら、警備室へ情報をあげろって。資料取りに行って、なかなか戻らないから連絡入れたんだけど、大丈夫?資料見あたらない?手伝いに行こうか?」


 相手は、同じ研究チームの友達からだった。


「ううん、大丈夫。今、そっちに戻る所だよ。まだ、ここの広さに慣れなくて。でも、直ぐ戻るから平気だよ、有難う。ねぇ?因みにだけど。ここ数日で、この研究棟へ配属になった男性っている?」

「ん?新しく?う~ん・・・知らないなぁ~噂も上がって無いと思うけど?どうかした?」

「ううん!!知らないなら良いの。変な事聞いてごめん、忘れて。直ぐ戻るから!!」


 そう謂いながら、早々に端末を切る。

 完全に巻き込まれたと自覚する。

 間違いなくさっきの人物が、だったのだろう。

 しかし、ここはちょうど監視カメラのない場所。

 自分が口外しなければ、幸い自分の失敗も表沙汰にはならない。

 それに、さっきの人物が何より表沙汰にはされたくないだろう。

 主任に会いたかったが、受付ではそれが叶わず、何処で入手したのか、ここの白衣まで手に入れ、侵入するくらいだ。

 見つかれば、タダでは済まない事くらい、誰でも分かるはずなのに。

 それなのに、そのリスクを冒してまでの行動。

 悪い人には思えなかった。

(べっ、別に、あの微笑みに堕ちてしまった訳じゃないから!!)

 と、自分に言い訳をする。

 そして、暫くは、静観する事にした。


*************************************


 非常階段を駆け下り、無事に駐車場の愛車まで辿り着く。

 さっきの『純朴理系女子』が、自分の素姓に気付かず追って来なかったのか、えて泳がせたのか、確認のしようもない。

 けれど、今はここを一刻も早く離れた方が良いだろう。

 バックミラー越しに出て来た入口を覗くと、侵入者扱いへと変わった自分のせいで、院内の人の動きが慌ただしくなりだしていた。

 一度帰宅し、立て直さなければならない。

 エンジンを掛け、駐車場をあとにしようとした時、陽輔の端末が鳴り出した。

 相手は、苦し紛れに連絡を取った相手だった。

 メールでの返答だった。


〈こちらも、一度連絡しなければならないと思っていた所だったので、都合が良かった。外で会うのは立場上問題がある。なので、本日そちらのボロ屋敷へ伺う事にする。詳しい話はその時に。〉

 と謂うものだった。


(相変わらず、さり気無く失礼だな!!しかも、俺の方が年上なのに、上から目線だし!!ん?本日って、今日か!?ヤッバ!!それに、家に一度も来た事ないはずなのに、場所分かるのか?!まぁいい、急ごう。)


 陽輔は、慌てふためき自宅へ車を走らせた。

 自宅への道を走りながら、改めてこれで良かったのかと、自問自答する。

 本当に久しぶりに会う相手の顔を思い浮かべ、結局巻き込んでしまった事への罪悪感と、ただ単に、苦手な相手との再会に憂鬱になっていく・・・

 こんな時に限って道は空いていて、自宅への帰路はあっと言う間だった。

 すると、既に入口の門が開いていて、ボロ洋館には似つかわしくない高級車が一台止まっていた。

 傍には、煙草の煙を燻らせながら、明らかにイライラしたオーラを全開にした若い男が立っていた。


(うわぁ~不機嫌全開、イライラMaxじゃん・・・自分がもっと早めに連絡入れなかった事は、頭に無い訳ね・・・はぁ~マジかぁ~)


 高級車の隣りへ愛車を停車させ、すぐさま相手へ駆け寄り、声を掛けようとした。

 しかし、相手の方が早かった。


「相変わらず、時間にルーズだな!!連絡入れていたのに、留守ってどんな神経なんだ!?能書きはいいから、早く中に入れろ!!」

 開口一番、立て板に水の如く、一気にまくし立てる。

 陽輔は息を大きく吸い、反論しようとした。

 しかし、それは叶わなかった。


「反論は中で聞く。今は早急に中に入った方が良い。監視されているとも限らないんだ。」

 陽輔は、相手の言葉を聞き、何も言わずに、素直に聞き入れる事にする。

 男に、家の鍵を放り投げ先に入る様に促し、開け放ったままだった門を閉めに行く。

 そして侵入者があった時に作動し、部屋の端末へ警告する様に、門とその周辺にも細工を施す。

 慣れた手つきで細工を施し、陽輔も早急に家の中に入る。


 ここからが正念場だ。

 巻き込んだからには、全てが白日の下にさらされるだろう。

 後戻りは、出来ない。



 

 





 

  

 












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