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 笹本メディカル医院 研究棟 ~菜月ましろ研究室~


 空が漆黒から、徐々に白んで来た頃。

 徹夜で自分の研究室に泊ったましろの携帯端末とPCに、同時に珍しい相手からのメッセージが届いた。

 きっと、研究所に泊りこんでいる事も考慮して、二つの端末に同時にメッセージを送って来たのだろう。

 相手は陽輔だった。

 こちらからの連絡は、スルーは当たり前。

 どうにか待ち合わせを取りつけたとしても、約束の時間には堂々と遅刻し、用件だけ聞くと、呼び止める声に無反応なまま、姿を消してしまう。

 一度連絡が掴めなくなると、暫くはそのままだ。

 それでも、最近は自分の所在を明らかにする様になった。

 私が瑠香を、あのボロ屋敷に同居させる様になってからだった。

 院長の息子でなければ、一度でも係わるのは勘弁して欲しいくらいの相手。

 だが、どことなく、面ざしが似ているせいもあるのか、頼まれると断れない。

 千草に対する愛情のせいなのか・・・陽輔への罪悪感からか・・・

 

 ましろは、大きく溜め息をついた。

 どちらにしても、と思う。

 陽輔かれから自分への連絡は、100%面倒事なのを知っているからだ。

 メッセージの内容は、二つとも同じ。

 実に興味深いものだった。


〈瑠香が怪我をした。想いの破片あちらでだ。なのに、現実リアルに怪我をしていたんだ。堕ちている時に現実リアルで俺がずっと傍に居たから、怪我をする様なモノが近くに無かったのは確認済みなんだ。俺の想像だが、想いの破片あちら現実リアルがリンクしだしているのかもしれない。俺はその辺ド素人だから、あくまで想像でしかない。実際に怪我もしているから、急ぎで、親父あいつにも内密に、瑠香を診療して欲しい。何より優先して頼みたい。くれぐれも親父あいつには報告するな。は二度とご免だ。〉


 と謂う内容だった。

 陽輔は、私が瑠香を任せた理由を知らない。

 嘘は、嘘の中に、ほんの少しだけ真実を加える事で、より真実味を濃くする。

 と謂う訳だ。

 真実を混ぜる事で、嘘だと見抜くまでに必然的に時間もかかる。

 どこまでが真実で、どこからが嘘なのか。

 騙す相手を撹乱するには、もってこいの常とう手段。


(いつの間にか、当たり前にをつける様になってたな・・・)

 溜め息と同時に煙草の煙を吐く。


 ましろは、笹本千草に心酔していた。

 医療と工学分野の飛躍的な発展は、彼の存在と功績無くしては語れない。

 しかも、自分とそんなに年も変わらない人物が、熱意で次々に偉業を成し遂げていく様は、ただ見ているだけでも、小気味よく、心が躍った。

 最初は、単純に憧れだった。

 千草の存在や、彼の行おうとしている医療と工学技術に興味も湧いて来た。

 それはある種、自然の流れ。

 いつしか、自分も彼の傍らで、医療と工学技術に従事したいと思いだす様になっていた。

 ましろの家は決して裕福ではなかった。

 むしろその逆で、学費は勿論、その日食べる米すら無い事も、当たり前にあった。

 母は四六時中、身を粉にして働き、父も、時々帰って来ては、大金だけ置いて、再び家を空ける様な毎日。

 それが、ましろの日常だった。

 けれど、ましろは一瞬でも惨めだとか、ましてだ何て思った事は無かった。

 そうならない様に両親が、傍に居られる時は沢山の愛情を注いでくれた。

 だから、他人から見たら、不幸にしか見えないのだろうが、ましろは幸せだった。

 医療と工学技術を学びたいと告げた時、両親とも、嫌な顔ひとつしなかった。

 むしろ、彼女がいつ、あちらの道に進みたいから助けて欲しいと、自分から願い出るのかを待っていてくれたのだ。

 いつでも渡せるように、多額のお金も用意してくれていた。

 驚きと、嬉しさと、感謝で、感情がグチャグチャになってしまったくらいだ。


 あの頃が一番幸せだったのかもしれないと、今でも時々思う。

 別に後悔している訳ではない。

 自分の信念と、千草の為に、何の迷いもなく歩き続けていると自負している。

 今では、自分に憧れを抱き、支えてくれる研究員達も沢山いる。

 自分の役目は、彼らを、純真無垢に導く事だと思っていた。

 けれど・・・と、ましろは無意識に自分の両方の掌を眺める。


(この掌は、真っ赤に血で染まってしまった・・・とっくに後戻り出来ない所まで来てしまっている・・・あんなに幼かった、何も知らない陽輔と瑠香も巻き込んでしまった・・・)


 ましろは、ぐっと掌を握り締めた。

 爪が食い込んで、皮膚を裂いてしまうくらいに、強く・・・


(もう、後戻りは、出来ない・・・)


 再び強く、固く、心を閉ざした。

 ある種、人である事を放棄したのだ。


 そろそろ彼のを決めなければならないと思っていた所だ。

 選択は二つ。

 にたって貰うか、何もかも、新しい自分に生まれ変わり生きて行くか。

 瑠香の父親である太陽あさひは、生きている。

 ましろの管轄下にある、彼女以外立ち入り禁止区画へ軟禁していた。

 あの日。

 廃屋で彼の身柄を拘束し、その存在を削除Deleteした。

 あくまでデーターの上で、の話だった。

 彼がここに居る事を、千草は知らない。

 千草が立ち入らない区画で軟禁しているからだ。

 千草は、太陽あさひに興味もないだろう。

 勿論私にも。

 彼がこの世の中で興味があるのは、ただ一つ。

 太陽あさひの妻である、さくらの存在のみ。

 彼女の存在が、研究の発展を生み、削除Deleteの確立に役立った。

 それで、沢山の人を救う事が出来た。

 しかし同時に、闇が生まれたのも事実。

 削除Delete失敗により、廃人となってしまった人々の行きつく先は、黒い噂と囁かれている人身売買・臓器売買なのである。

 ましろは、その闇ルートを確立させるのに、手を貸していた。


 彼は、無名の研究員だった頃から、何も変わらないのだろう。

 医師として、多くの人を救いたいと願う一方で、さくら救えたら、それでも構わないと思う心もまた本心だった。

 一部の人間には、その、一歩間違えれば危ない思想すら、隠す事をしなかった。

 そして、あの日。

 最初の犠牲者が出てしまった。

 千草は一人、重い十字架を背負う事を覚悟した。

 彼もまた、ましろと同じように、後戻り出来ない闇に足を踏み入れてしまったのだ。



 






 

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