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薬が効いたらしく、あれから本当に、ただ純粋に睡眠を取る事が出来た。
こんな風に目が覚めた後、ゆったりした気分に浸ったのは、いつぶりだろう・・・
窓から射し込む、まだ柔らかい陽射しに包まれたまま、もう少しこのまま
けれど携帯端末の着信音が、それを許してはくれなかった。
相手はましろだった為、尚更無視できなかった。
(陽輔・・・本当に直ぐに、ましろさんに連絡入れたんだ・・・)
〈怪我の具合はどぉ?陽輔が手当てしたなら、心配ないんだろうけど。そろそろ
(内緒?連絡入れたの陽輔なのに・・・変に勘が鋭いから、面倒だな。それに、ましろさんからの履歴も消しておいてって・・・)
腑に落ちない事ばかりだったが、ましろからの指示だった為、謂われたとうりにする他なかった。
(ましろさんとの待ち合わせ時間まで、まだあるな・・・朝食でも食べよう。でも、今リビングへ行ったら、ましろさんから連絡が来たかどうか、聞かれるんだろうな。上手くしのがないと・・・)
普段、陽輔とは顔を合わせない様に食事を取っている。
いつもと違う行動は、只でさえ違和感を与えてしまう。
でも瑠香は、しのげる自信があった。
昔から本心を、他人は勿論家族にも、自分自身にも、誤魔化すのは得意だったからだ。
リビングへ下りると案の定、陽輔が先に居た。
瑠香は、冷蔵庫から適当に食材を手にしキッチンへ立つ。
これから、どんな検査があるのか分からないので、軽めの朝食を作る。
こうしてチッチンヘ立って、陽輔に背を向けていれば、表情を見られずにすむ。
(出来れば、背を向けたまま会話が終わればいいのだけれど・・・)
陽輔の執拗な追及をしのげる自信はあった。
が、出来れば陽輔には、嘘をつきたくないと思っている自分がいる事に瑠香は、はっとした。
(今まで、その場しのぎの嘘。本心を隠す嘘。何も考えず、スラスラ出て来ていたのに・・・)
つい、料理の手が止まる。
(むしろ、相手の為についているのだから、正義だとすら思っていたのに・・・何だろう?この鉛を飲まされた様な息苦しさ・・・)
今は手当てされ、包帯が巻かれている手を、思わず強く胸元に押し当てる。
キッチンで、さっきまで食材を切る、小気味良い音がしていたのに、急に静寂と重苦しい空気を感じ、陽輔は思わず振り替える。
瑠香はキッチンで、ただ立ち尽くし、物思いにふけっている様子だった。
その様が気になり、瑠香の傍へ向かう。
「朝食かぁ?この材料だと、野菜のリゾットか?ましろの所で、検査もあるだろうし。無難なメニューだな。で?ましろから連絡来ただろ?」
(早速、直球で来たか・・・)
「え?あぁ、まだないんだよね。きっと
陽輔は、瑠香が謂い終わるか否かのタイミングで、近くに置いてあった彼女の携帯端末を素早く奪い取る。
「ちょっと!!人の端末!!」
「本当にましろから連絡来ていないのか!?また、診療に行かないつもりだろ!!」
(ましろさん。履歴を消すように謂ったのって、こうなるの分かってたから・・・あの人やっぱり苦手だ・・・)
「いい加減、返してくれる?私が嘘付いて、何の得があるの?そんなにまだ、信用ないんだ、私。別に良いけど。私も、全部見せてる訳じゃないし。」
「いや、別にそんな事は。すまん。ちょっと、やり過ぎた。」
瑠香の端末を、気が済むまでチェックした陽輔は、まだ納得してはいない様子だったが、素直に手渡した。
(これで気まずくなったから、しばらくは距離をおいてくれるはず。その隙に、ましろさんの待ち合わせに向かってしまおう。)
瑠香は、作りかけのリゾットを再び作り始める。
陽輔は、黙って自室へ戻ったようだった。
正直、陽輔があのまま
きっと、履歴は単純に私が消しただけだったから、本格的に調べられたらデータの復旧は簡単だったはずなのだ。
陽輔は、自室に仕事上、その作業が出来る機材を複数持っている。
それこそ、合法から不法まで。
けれど、私が敢えて冷静に対応したからこそ、それ以上踏み込んで来なかったのだろう。
いや・・・恐らく・・・と思う。
踏み込んで来られなかったのだろう。
(久しぶりに、気まずくなったな・・・)
陽輔は出逢った頃から、これ以上踏み込んで欲しくないと一線を引くと、それ以上は絶対に踏み込んで来なかった。
瑠香も、陽輔の仕事は手伝ってはいたが、彼の中にけして踏み込まないようにしていた。
自分の為にも、彼の為にも、それが一緒に居るルールだと直感で感じたのだ。
一人になってから、再び作り出したリゾットがようやく出来上がった。
あんな事の後で、まったく食欲はないけれど、折角作ったのだから、食べて支度をして、ましろさんとの待ち合わせ場所へ行かなくてはと、瑠香は現実に引き戻る。
出来たてのリゾットは、見た目は、まあまあうまく出来上がったと思う。
瑠香の母は、料理がうまかった。
母が料理を作るのを見るのも、手伝うのも好きだった。
今では検索すれば、料理のレシピでも丁寧に教えてくれる世の中だ。
だから、大概の料理は作る事が出来た。
と謂っても、瑠香は最近ようやく端末を使う様になったのだが。
自分で作った温かい食事は、思えば久しぶりだった。
料理を作っているとつい、母と一緒に料理を作った事を思い出してしまうので、なんとなく作る事を避けていた。
(一人の食事は慣れていたはずなのに・・・何だろう・・・このリビングってこんなに広かったっけ・・・?)
冷めないうちにと思い、リゾットを口へ運ぶ。
けれど考え事と、言い争いながら作った料理は、味気なかった。
そして、決定的に・・・
「はぁ・・・
決定的に、不味かったのである。
*************************************
同刻 陽輔の部屋
陽輔は、表向きはフリーの医師を
氏名は、母方の姓を名乗っていたので、父との関係は秘密裏のまま活動出来ていた。
依頼は様々だった。
人探し、恋人のフリ、伴侶と死に別れた老人の話し相手・・・
瑠香がこの屋敷へ来る少し前。
匿名の依頼があった。
内容は、耳を疑う様なものだった。
陽輔の父親の黒い噂について。
笹本メディカル医院が、自身の研究所を使って、人身売買・臓器売買に加担している証拠を、もう少しで掴めそうだが確証が無い。
相手を直接揺さぶってみるので、依頼主の自分に何かあった場合、必ず、娘に手を出して来るはずだと謂うのだ。
自分の事はどうでも良い。
娘の事だけは、どうか守って欲しい。そして、出来る事なら、キミ自身で真実を解き明かして欲しい、と。
そして、娘だと謂う写真が一枚同封されていた。
明らかにキナ臭い、しかも身内のとんでもないスキャンダルに、自ら頭を突っ込むなど、馬鹿な奴のする事だ。
だから、依頼に対してノーリアクションでいた矢先だった。
深夜。
ドシャ降りの雨の中。
ましろが瑠香を連れて来たあの夜。
写真の人物だった事に驚きと、動揺が走った。
ましろが彼女を連れて来たと謂う事は、自分が動く前に黒い噂がまた一歩確証へと近づく結果になってしまったと謂う事だ。
見て見ぬフリが出来なくなってしまった現実。
逃れられない、チンプに謂うなら『運命』だったのだろうか・・・?
幸い、ましろは、自分がそんな依頼を受けている事を知らなかった。
その事を利用し、瑠香を受け入れ、敢えて傍で調査する方が得策と考えた。
何も知らない事を装い、ましろの要望を受け入れた。
仮に、研究所に関連があるなら、ましろが知らないはずないと踏んでいた。
何せ、父親の秘書をしていて、研究所では、かなりの権限がある役職についていると謂っていた。
しかも、父とましろは、ただの上司と秘書の関係も超えている事も、陽輔は知っていた。
ましろは総てを知っている唯一の身近な人物。
崩し所は彼女になるだろうと、踏んでいた。
だから、つい、焦って瑠香とあんな風に気まずくなる結果を選択してしまった。
冷静さを明らかに欠いていた。
瑠香の端末は、ここで同居するにあたって、陽輔が用意した物だった。
瑠香の身の回りの荷物は、ましろが全て持って来たのだが、極端に人との係わりを避けていたせいなのか、今時、携帯端末を持っていなかったのだ。
最初は、いくら言い聞かせても、言い訳をして端末を持ち歩かなかった。
彼女には内密に、端末には遠隔操作・GPS機能を常に稼働させている状態にセットしてあった。
匿名依頼の件もあったので、用心に細工をしておいたのだ。
さっきも、瑠香に気づかれない様に、二つの機能が稼働しているかを確認済みだ。
だから、陽輔の部屋にあるPCで、まだ、この屋敷からは出ていない事は見てとれた。
あんな事の後なので、暫くは距離を置く他ない。
陽輔はこの数分後、激しく後悔する事になる。
部屋に戻ってからずっと、瑠香の端末をPCでモニタリングしていたが、あまりにも変化が少なく、明らかに動きがおかしい事に気づき、慌てて自室を飛び出した。
しかし、時は既に遅かった。
彼女の姿は跡形もなく、端末はナンと、愛犬のアサヒの首にネックストラップでぶら下がっていたのだ。
「クッそ!!あいつ!!つーか!!こら、アサヒ!!お前、
引きつった笑顔で、ご機嫌を取りながら、自分にはまるで懐いていないアサヒに近づき、瑠香の端末を奪おうとする。
しかし瑠香には、あっと謂う間に懐いたアサヒは、きっと彼女にこの端末を死守する様に謂われ、その指示に忠実に従っているのだろう。
脱兎の如く、ボロ洋館の中を縦横無尽に駆け回り出したのだ。
途中からは、明らかに忠誠心より、遊びに移行している様子だった。
陽輔は、アサヒと数十分に渡り追いかけっこをした後、ようやく端末を預かり、自室の機材でましろから本当は来ていたであろうデータを復旧させ、居所を掴む作業にとりかかった。
陽輔は、かなり焦っていた。
この、後手後手に廻っている感じが、余計に焦りを呼ぶ。
しかし、こう謂う状況だからこそ、慎重にいかなければ最悪の事態を招く事を直感で読み取っていた。
相手は、自分の父親。
公的機関にも指定されていると謂う事は、国のお偉方の係わりも深いはずなのだ。
果して、自分だけで切り崩せるものなんだろうか?
依頼主は、俺自身で真実を解き明かせとも謂う。
しかも親父と、俺の事を知っている・・・?
自分にも何かあったら、この件は闇に葬られてしまう。
相手は、記憶操作も、神隠しも簡単にやってのけてしまうのだから。
保険になる様な手段を、用意しないとダメだと改めて悟る。
けれど、今思いつく手段は一つしかなかった。
ただしそれは、新たに人を巻き込む事になってしまう。
分かってはいるが、切れるカードがあまりにも少なすぎる。
陽輔は、覚悟を決めるしか無かった。
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