2COLOR

 現実リアルへ戻れた安堵に包まれ、自分の置かれている状況把握に、後れを取った事にようやく気づく。


 なぜ、そんな状況になったのか・・・

 全く見当もつかず、驚きと、焦りと、気恥ずかしさに急激に包まれ、思わず暴挙に出る事になる。

 瑠香は同居人、陽輔ようすけにいたのだ。

 自分のベッドの中で、まるで抱き枕の様にされている自分の姿。

 思わぬ現状に、軽くパニックになり、陽輔を強く引きはがすと、平手打ちを食らわせ、蹴り倒し、ベッドから叩き落としたのだ。

 そして、追い打ちをかけるように、暴言を浴びせかけた。


「なっ!!何で部屋ここにいるの!?しかも、こんな事して!!バ・・・バカなの!!」


 瑠香はそれだけ一気にまくしたてると、思わず背を向けた。

 今度は、陽輔がパニックになる番だった。

 さっきまで、心地よい温もりを感じながら、夢を見ていたと謂うのに、いきなりの暴挙行為にあい、自分を襲う痛みにパニックになっても、仕方無いだろう。

 十分、同情に値する。


 程なく、陽輔は平静を取り戻し、謂わば自分へ掛けられた濡れ衣を晴らすべく、状況説明をした。


「あっ!!ち・・・違う!!別に、何もしてないから!!珍しく、アサヒが俺を呼ぶから、部屋ここへ来てみたら、瑠香おまえが窓辺で居眠りしてて、あのままにはしておけなくて!!」

(やっぱり、あのまま窓辺で落ちてたんだ・・・それは、私の落ち度だけど、でも!!)と瑠香はまだ納得いかない。


「ベッドに運んでやって、オレもちょっと酔ってたから、ほんの少しさせて貰うつもりが、いつの間にか、寝落ちしてて・・・」

(ん?ちょっ、ちょっと!?ナンでそこで仮眠を取ろうとした?天然なのか、バカなのか・・・)と、もはや、突っ込みどころがそこかしこにあって、溜め息しか出ない。


「な、何もしてないから!!ホントに!!いや、抱き締めてはいたから、何もって謂うのはちょっと違うのかも知れないけど、それ以上は、ホントに何もしてないから!!」と慌てふためき説明する。


(だっ、抱き締めてたとか!!改めて言わんでいいってば!!)


 瑠香は、抱き枕状態を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。

 勿論、怒る気力も削がれてしまった。

 そんな必死な陽輔を横目で見て、言葉の信憑性が高い事を直感する。

 第一、と改めて思う。

 私に、異性としての興味などわく人物など皆無だろうと。

 純粋に、心配してくれたと謂うのに、パニクって少しやり過ぎたと、反省する。


「あの・・・私も、驚いて・・・ちょっとやり過ぎたかも・・・」と、素直に謝った。


 そして、何気なく視線を落とした先、自分の掌のありさまに、瑠香は驚愕し、鳥肌がたった。

 想いの破片あちらでしか負わない傷のはずなのに、実際に掌には斜めにザックリと、何か鋭利な物で斬った様な傷があり、かなり出血していたのだ。

 さっき見た光景と同じ、色彩いろのない視界。

 鼻を突く鉄の錆びた様な臭いと、ヌルリとした感触。

 まるっきり同じ掌。

 それに、痛みも加わっていたのだ。

 実際に傷を負っている。


 急に黙ったまま、フリーズする瑠香に違和感を感じ、陽輔は瑠香の元に近寄る。

 フリーズしている原因を瞬時に読み取り、陽輔は直ぐに手当てをする。


「瑠香!!ナンだ、その怪我!!どうしたんだ!?寝てただけじゃないのか?黙ってないで説明しろ!!イヤ、その前に傷の手当てをしないと!!ちょっと待ってろ!!」


 陽輔は、さっきまで慌てふためき、弁解していた人物とは、まるで別人の様に瑠香の手当ての準備をする。

 流石は、父親が有名な笹本メディカル医院研究所・院長の息子だけはある。

 その事を引き合いに出すと、途端に不機嫌になり、面倒なので瑠香は手当てされるがままでいる事にした。

 本当は、父の跡を継ぐべく医療の資格も取得した。

 けれど、父親と目指す医療の道の違いから、家を出て、母親の旧姓“朽木”を名乗る事にしたのだ。


 的確に、真剣に処置をする姿は、本人曰く『女に不自由はしない。来るものは拒まず、去る者は追わずだ』と豪語するだけあり、まあまあな男前っぷりなのだが、如何いかんせん私の前では終始、天然振りを発揮する。

 きっと世の中の女性は、“ギャップ萌え”だと言ってうっとりするのだろうけど、私は、興味がない。

 陽輔に、ではなく人間ひとに興味がない。

 係わって、巻き込むのも、巻き込まれるのも、ご免だ。

 最初からそうだった訳ではない。

 昔は、厄介事に自分から率先して巻き込まれに行く様な、危なっかしい面があった。

 けれど、母を失い、それをきっかけに父との関係も変わってしまった。

 何もかもに絶望し、何も望まなくなった。


 『神様は居る』のだと、確信した幼い頃。

 そう、神様はただで、別に望みを叶える為に存在いる訳ではないと確信した。

 人を救うとか、導くとか、そんな事はしない。

 ただの傍観者としているのだと。

 そしてきっと、私達がもがき、抗うのを薄ら笑っているのだと。

 時に気紛れに、苦しみの中にある私達に、幸せで甘美な夢を与え、 刹那の希望を持たせる。

 その後に、絶望を用意して・・・


 一方陽輔も、両親や家柄の事で、いろいろあり、逃げるようにして家を出て、中古で手に入れたこのボロ洋館に元々一人で住んでいた。

 そこへ、父の研究所の方で秘書をしている菜月ましろが、深夜に突然ぐったりした瑠香を連れて来たのが、陽輔との謂わば馴れ初め。


 瑠香と陽輔は、人間ひとと係わらず、距離を取って生きて来た。

 そんな二人を、ましろはどんな策略があるのか分からないが、同居させたのだ。

 ましろは陽輔に、瑠香の容体を告げ、研究所での監視が必要だと謂った。

 そのためにも、ボロ洋館ここで同居させて欲しいと願い出た。

 そして、彼女の事を監視して欲しいと謂いだした。

 これから時々起こすであろう発作に対応できる様々な医薬品も、陽輔へ託した。

 陽輔に頼んだのには、医療の心得があり、簡易な手当てならボロ洋館ここでも出来ると踏んでの事だった。

 

 陽輔は、ましろが本当はまだ、何かを隠している事は分ったが、敢えて踏み込まない事にした。

 そして、人間ひとと係わる事を遠ざけて来た陽輔だったが、同居の事、監視の事を承諾した。


「また、向こうに行ってたのか?最近、頻繁に堕ちるみたいだけど、怪我は初めてか?利き手じゃなかったのが不幸中の幸いだったな。何かまた、新しく上書きがあったんだな?あ・・・すまん。話したくなければ、別に・・・」

「怪我は今回初めて。だから、動揺した。話したくない訳じゃないから大丈夫。むしろ、第三者に聞いて貰って整理したいかな・・・」


 瑠香は、今日の上書きの部分を話した。

 話す事で、記憶を固定する。

 人に話さない時は、データへ書き込み保存している。


「その傷と、体調の事もある。ましろに連絡して、診て貰った方がいいな。後で俺から連絡しておく。お前に、診察日時を送るように伝えておくから、すっぽかさずに、診療を受けろ。いいな?」

 いつになく、真摯な眼差しで謂われ、ただ頷くしかなかった。


「まだ起床するには早い。もう少し睡眠を取った方が良い。また、向こうに行きそうで、眠れないか?」

「あ・・・うん。正直、眠るのが怖い。」


 そう伝えると陽輔は、また医療道具の中から錠剤を持って来て、瑠香に手渡した。


「これは、ましろから渡されていた薬だ。向こうへ堕ちずに睡眠が取れるらしい。」

「ましろさんに貰っていたの?ましろさんは、私がいずれって知ってたのかな・・・?」


 瑠香の表情が、少し曇ったようだった。


「まぁ、あいつは専門分野だし。以前から、最近の瑠香の症状は伝えておいたんだ。そうしたら、一揃えで薬を置いていったんだ。」


 瑠香は、掌の薬を眺め、飲むのを躊躇ていた。

 だが、また堕ちる事の方が嫌だったので、飲んで眠る事にした。

 夢も見ずに、ただ今は、泥の様に眠りたいと、切に願ったからだ。


(ましろさんに診て貰った時に、この、もやもやした思いも消えればいいな・・・)


 程なくして薬が効いたのか、すんなり眠りに導かれ、想いの破片むこうへ堕ちずにすんだ。



 


 


 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る