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朝から降り始めた冷たい雨は、まるで絹糸のように、
朝からの雨が嘘のような、気持ちの良い夜風に誘われ、部屋の窓辺へ近づく。
漆黒の空に、蒼白い満月が佇んでいた。
と謂っても、私の視界の景色には
だから、本当の
その月を眺めていて、そのまま寝落ちしたついでに、想いの
最近、あちらへ行きやすくなっている様な気がするのが、気がかりだった矢先の出来事。
最も気になるのが、本来、
私は、
タチの悪い事に、ひとしきり全てをハッキリ目の前に
見る度に、あやふやだった言葉・想い・音・匂い・温度・・・様々なものが五感に刻みこまれる。
鳥肌が立つほど不愉快な、気持ちの悪い感覚。
時には、
私は、一度も
けれど、何度も堕ちて、その度にどんどん濃く、深く、刻みこまれる嫌な感覚の中で、少しずつ思い出した。
恐らく、自分が知らない内に、記憶を
きっとその影響で、私の視界から
今ならまだ、
このままだと、想いの
それを避けるべく
案の定諦めると、すんなり堕ちた。
段々と濃くなる輪郭。
屋敷の塀ずたいに、ずらりと並ぶ大きな花輪。
どうやら、葬儀が営まれているようだ。
喪服を身に纏った参列者達の長い列。
誰もが固く口を閉ざしたまま、ただ静々と時は過ぎていく。
(あぁ・・・よりによって、またあそこに堕ちたのか・・・今は正直キツイな・・・)
私の思いとは裏腹に、容赦なく目の前の想いの
喪服の参列者達に混ざり、謂っては何だが、身なりの良くない青年と、幼女が居た。
参列者達は、その二人に気が付くと、一様に動揺し、道を空け、その結果喪主である、年老いた父親に、あっと言う間に対面する事になった。
年老いた父親は、二人に対面した時、一瞬、何が起きたのか理解出来なかった様で、その場でただ茫然と立ち尽くした。
しかし、次の瞬間。
まるで般若のような形相に変わり、青年の胸倉を掴み、降りしきる雨の中へと引き摺り出し、突き飛ばす。
青年は、雨に打たれ、泥まみれになりながら突き飛ばした相手を、ただ静かに、ゆっくりと見上げる。
(今回は、私の中に青年の想いが、はっきりと流れ込んでくる・・・胸がヒリヒリ
相手は、自分の最愛の人の父。
自分にとっても
今は、憎しみの対象でしかない自分。
しかし、それでも構わないと思っていた。
いや、むしろ、その方が良いとさえ思っていたくらいだ。
恨み、つらみの感情は、強ければ強い程、執着へと変わる。
自分を恨む事で“生きる事への
だからあまんじて、その冷たく鋭い、憎しみの刃で刺され続けた。
その行為が正解なのかは、全く分からなかったが、そうするより外なかった・・・
憎しみに満ちた顔と声で、泥まみれの青年へ絞り出すように言葉をかける。
「何しに来た。二度と私の前に現れるなと言ったはずだ。
それだけ告げると、踵を返し立ち去ろうとする。
けれど、青年は直ぐ様土下座をして、こう告げた。
「私は参列しなくても構いません!でも、娘の瑠香だけは、母親に、ちゃんとお別れをさせてやりたいんです!!お願いします!!あの子だけは!!」
そう懇願するが、父親は、全てが許せない様で、青年の懇願もただイラつかせただけだった。
再び胸ぐらを掴み、今度は殴りつけようとしたが、それは叶わなかった。
瑠香と呼ばれた幼女は、小さな身体をいっぱいに広げ、老人と青年の間に割って入り、涙を浮かべた眼差しで、ぐっと精一杯睨み付け、叫ぶ。
「父さんをイジメるな!!父さんをイジメるな!!お前ナンか、キライだ!!」
そう言って、立ち塞がったまま、瑠香は泣きじゃくった。
泣きじゃくったまま、決してその場を退こうとはしなかった。
幼い子供に、そんな事をされては、流石にその場には長く留まっていられなかったのだろう。
老人は、振り上げた拳をぐっと堪え、その場を足早に立ち去る。
青年は、泣きじゃくる瑠香を、ただきつく抱き締めるしか、成す術がなかった。
苦しい程抱き締められ、彼女は、泣きじゃくるのを止めた。
そして、小さな小さな手で、父親の頭を撫でてやったのだ。
自分が転んで、怪我をして泣いていると、よく、母親がしてくれた様に。
優しく、温かく・・・
ただ黙って、撫でてくれた様に・・・
青年は娘のその行為に、大きく目を見開き、胸が押し潰される程に傷み、今度は優しく抱きしめ、その場に泣き崩れた・・・
ここまでは、新たに上書きされる事もあるが、何度か見た世界。
青年は、私の父の若い頃で、幼女は、幼い頃の
あの葬儀は、
数度、想いの
今日は、
そろそろ
すると、
(この子は、初めて見るな。一体、誰?)
少年は、傘もささずにずぶ濡れな二人へ、引き摺る様に持って来た大きな傘を、青年へ手渡し、瑠香には、何かキラキラしたモノが一杯に入った硝子瓶を手渡し、何かを告げていた。
しかし、さっきまで、はっきりと流れ込んできた想いは影をすくめ、少年の言葉は、何も伝わって来ない。
瑠香は、恐らく見知らぬ少年だったのだろう。
はっきりと警戒しているのが伝わって来る。
手渡された硝子瓶も、受け取らず、彼の胸へそのまま突き返す。
しかし、少年も負けじと、もう一度、今度は小さな手を取り、直接手渡すと、その場から足早に立ち去って行った。
少年は、途中で振り返り、二人にと言うより瑠香へ、笑顔で手を振りながら何かを告げた。
(ダメだ・・・さっきまでとは打って変わって、全く想いが流れて来ない・・・あの子は、
少年は名前を呼ばれ、はっとして、また踵を返し、再び駆け出した。
少年を呼んだのは、どうやら父親のようだ。
二人は何か言葉を交わしたようだが、これも流れ込んで来ない。
少年と父親は、そのまま葬儀の行われている屋敷へ姿を消した。
(
それにしては、哀しんでいる様子もなく、
少年と父親の登場は、今回の上書きで初めての事だ。
しかも少年の顔は、ぼんやりしていて、はっきり見えなかった。
(一体、あの
今日は、情報量としては重かったのか、頭が割れそうに痛み、気分もかなり悪い。
早く、
想いの
愛犬が、私の状態に気付き、どうにか起こしてくれたら助かるのだが・・・
(今まで、こんなに長く戻れなかった事が無かったから、試そうともしなかったけど、この際、試してみるのも手だな。)
辺りを見まわし、何か刺激になる物を探す。
すると足元に、割れたガラスが一欠片落ちている事に気が付く。
想いの
だから、都合良く必要な物が手に入っても不思議は無かった。
早速、ガラスを手に取って、強く握り締めてみた。
割れたガラスは、鋭く欠けていて、掌に食い込み痛みを与えて来る。
すると、
けれど、まだ刺激が足りないせいか、戻りきらない。
更にガラスを強く握り締めると、掌に先程より強い刺激が走り、生温かいものを感じた。
はっとして、改めて掌を見つめると、かなり深く傷つけてしまったせいか、ガラスが食い込み、掌に深く傷が走っていた。
そして、ヌルリとした嫌な感触から、出血した事を実感した。
実際には傷を負っていないはずなのに、やけに痛みをリアルに感じ、生温かい自分の血液が、更に気分を悪くする。
貧血を起こし始めたのか、意識が薄れていく感覚が強くなり、
遠くで、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした後、その場で崩れ落ちた。
気が付くと、見慣れた自分の部屋だった。
傍には、愛犬のアサヒが心配そうに覗き込んでいた。
(やっと戻れた・・・まだ気分が悪い・・・油断すると、気を失いそうだ・・・)
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