COLOR

AYAKA

プロローグ

2125年

 プチ整形何て言葉があったのは、遥か昔。

 事故などで失われた肢体や記憶・脳内画像は、医療と工学分野の発達により、復元が可能となり、またそれと同時に、想いや記憶の削除Deleteが安心・安全に可能となった。

 まだ削除Deleteが、今ほど在り来たりではなかった当初は、事件や事故で負った心的P外傷後TストレスS障害Dなどで、特に心的な傷への治療ケアが目的だった。

 公的なバックアップも受けられるとあって、肢体や脳内介入への罪悪感・嫌悪感は薄れた。

 しかし、何時いつの時代も、合法と不法な治療ケアは存在し、トラブルは後を絶たない。

 記憶や想いの 削除Deleteに関しては、市民の意見も賛成派と反対派に分裂していて、時に街中でそれぞれのデモ隊が衝突し、警察の出動を余儀なくされる事態も度々起きている始末。

 国も、様々な対策を講じるが、所詮はいたちごっごといった処だ。

 主に、未成年が、低価格で行える不法な削除Deleteに手を出し、記憶どころか、己すら削除Deleteされてしまうケースも起こっている。

 特に『恋愛に関する』削除Deleteでの事件・事故が多発している。

 元カレ・元カノに関する想い・記憶を削除Deleteするのが、昔懐かしい言葉で表すと『記憶の整形』と謂う訳だ。

『記憶の整形』に関するも増える一方である。

これは、完全にの範疇を超えているのだが・・・

 最も厄介なのが、国の中枢を担う人物たちの、私的流用に関する、自分達に不利な証拠となる脳内画像の加工・削除Delete・創造すら行われている様なのだが、如何いかんせん相手が悪い。

 法を作り・守り・執行する当事者達が、自分が係わった証拠となる記憶を自分に優位になるように捏造ねつぞうするのだから、タチが悪い。

 正義感を振りかざし、悪事を暴こうとすれば、逆に返り討ちに合い、記憶も自分も削除Deleteされ、全くの別人として、先の人生を、国の監視付きで過ごす事も無くはないと聞く。

 で、一番洒落シャレにならないものがある。

 それは、不法な医療機関で治療ケアを行い、記憶や想いを削除Deleteした後、深刻なダメージを受けてしまい、廃人同然になった者が、そのまま行方不明となり、人身売買や、臓器売買にあっていると謂うのだ。

 最近では、国家指定の医療機関でさえも、富裕層相手に『』として成り立っているらしい。

 国や警察も、特殊組織を作り、内密に捜査をしていると謂う。

 しかし、相手も組織的に動いているらしく、全く手掛かりが掴めず、やっと掴んだ証拠も、トカゲの尻尾斬りでしかなく、黒幕には届かずじまいだと謂う。

 そんな事が、まるで都市伝説の様に、誠しやかに囁かれている。


 そして今、まさに、太陽あさひは、自らがの渦中にいる事を冷静に受け止めていた。

 といった廃ビル。

 人物に、途中までではあるが、人身売買や、臓器売買に加担している証拠を届けると、矢張り相手から接触してきた。

 〈直接話を伺おう 級友としても話がある 時刻と場所は後日指定する〉と、携帯端末へ、連絡が届いた。

 久しぶりの元親友からの連絡は、事務的で、まるで能面の様なものだった。

 まあ、それも仕方ないだろう。

 喧嘩を売ったのはこちらだ。

 しかも相手は、削除Delete技術・シェアー数が、今や日本国内では最大規模となった、国家指定医療機関の笹本メディカル医院研究所、院長兼研究所所長なのだから。


 院長の笹本千草ちぐさと、フリーライターの小野太陽あさひは親友仲だ。

 大学生の頃、全く正反対の二人は、一人の女性・・・さくらに惹かれ、導かれる様に出逢う。

 当時から千草ちぐさは、医療と工学分野の両方から、人を救える方法があるのではないかと、模索し、医療技術と工学研究にのめり込み、没頭していった。

 一方太陽あさひは、二つの想いの元に行動していた。

 一つは、ジャーナリストとして、救える命があると信じ、戦場の最前線へ赴く事さえあった。

 そしてもう一つは、そんな大きな志ではなく、ただ単純に、病弱で、知らない世界が多かったさくらに、自分が見た世界を沢山見せたくて、国内外問わず赴いた。


 人を救いたいと謂う、大きな志の下、二人は意見を交わしあい、時にぶつかり、時に意気投合していた。

 さくらは、そんな二人をただ、見ているのが好きだった。

 この時間がずっと、ずっと、続けば良いとさえ願ってしまう程に・・・

 叶わぬ事と充分知りながら、願わずにはいられなかった・・・

 きっと三人とも、同じ想いを抱きつつ、それを自分以外の二人に悟られない様に、押し殺していた。


 太陽あさひは、静まりきった廃ビルの中で、用心深く辺りを見まわした。

 しかし、相手もこちらの出方を観察しているのか、物音一つしない。

 このままでは埒が明かない。

 こちらから仕掛ける事にした。


「探り合いは、いい加減止めにしないか。時間にルーズだったオレが、10分も早く待ち合わせ時間に来たんだ。さっさと本題に入らないか?時間があるなら、本題の後に、よもやま話でもしてやるぞ。」

 そんな、あえて緊張感無く斬りこんでみた。


 何処からか、強烈なライトを当てられ目が眩む。

 その直後、声が廃ビルに響き渡る。

「矢張り、想像道理、軽薄な男。いえ、違うわね。あえて軽薄を装って、こちらの出方を観てるって事でしょう?」

(女!?千草ちぐさじゃないのか!!一体誰だ。)


 驚いた事に、千草ちぐさではなっかった。

 明らかに、女の声。

 廃ビルの中で反響して、何処どこに居るのか全く見当もつかない。


「何だ、千草ちぐさじゃないのか?しかも、こんな廃ビルに、女を一人で寄越すナンて、相変わらず・・・」

 姿なき女は、千草ちぐさの名前を出した途端に、先ほどまでとは打って変わって、冷静さを欠き、ヒステリックな声で太陽あさひの言葉を遮る。


「勘違いしないで!!この件に関して、千草ちぐさ様は無関係よ!!貴方みたいに、いいがかりをつけて、金銭を要求する輩は多いの。この手の案件は、私がするように、全権を委ねられている。だから、本題も何もないのよ。貴方は、此処ここで、。」


 女がそう告げた直後、太陽あさひはその場で、膝から崩れ落ちた。

 自分の身に、何が起こっているのか、全く理解出来ないまま、意識が薄れていく。

 薄れゆく意識の中、近づく女の事を見上げ、必死に姿を捉えようとする。

 しかし、意識は混濁し、視力で捉える事は叶わなかった。

 けれど、視力以外の感覚を研ぎ澄ませ、どんな小さな情報でも、五感に刻みこもうと、今にも失いかける意識に抗った。


(微かだが、甘い香水・・・声?もう一人いるのか!!男?しかし、千草ちぐさではないようだ・・・駄目だ・・・もう、意識が堕ちる・・・)


 程なくして、太陽あさひは意識を完全に失う。

 

 彼の存在はこの日、この時をもって、廃ビルからも、公的機関の情報からも、跡形もなく削除Deleteされた。


 太陽あさひ削除Deleteされた日常と引き換えに、小野瑠香るかの失われ、鈍色にびいろとなった世界には、少しずつ、ゆっくりと、色彩いろが戻り始め、そして、あの日から止まったままだった二人の時間ときは、動き出す。

 

 

 

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