第3話 封印、あるいは融合

 メロスは気絶したままの子龍を背負い、〈天駆〉で空を走る。目的地はクアトラの滝から少しだけ離れた山奥、龍脈の集中する場所。これから行うことを考えれば龍脈の集中する土地は必須だった。

 神龍に手酷くあしらわれた子龍はしばらく起きないだろうが、もし起きて抵抗でもされれば面倒だ。寝ている間に全て終わらせるため、メロスはさらに踏み込みを深くし速度を上げた。


 その場所に着いたのは子龍が気を失ってから十分後。このいくつとなく連なる山のひとつで、その頂上付近。全ての準備はすでに完了している。

 術の途中で邪魔が入らないように強めの結界もしっかり張っているので、メロスが招かない限り誰も入ってくることはできない。

 念のため最後に術式を走査する。――問題なし。

 起動していることを確認したメロスは足を進める。その先にあるのは地面に魔術文字で描かれた大小二つの陣。

 どこまでも精微に書かれた術式は、見る者が見れば感嘆の吐息すら漏らしてしまうほどの美しさで構成されている。それはもはや一種の芸術であった。


 メロスは大きい方の陣に子龍を置く。卵龍の大きさから子龍の大きさが予測できていたので、はみ出すことなく余裕を持って収めることができた。


 次に封印具となるものを小さい陣に用意しなければならない。

 つまり子龍を閉じ込める〈憑代〉である。大きさも形も関係ないが、術式の込められた岩や壺などが多く使われる。場合によっては人も〈憑代〉に選ばれることがあり、とある一族では代々その身に魔物を宿し、決して世に出ることのないよう封印しているという。

 描かれている術式はその一族が使っていた陣を改良し、さらに強力にしたものである。


 それはともかく、〈憑代〉である。今回メロスが使うことにしたのはたった三体しか持っていないうちの一体。


 インベントリにより脳内に表示された閲覧表から目的の物を探しだし、選択する。

 現れたのは五歳程度の白いワンピースを着た黒髪の女の子で、空中に放り出され落ちそうになったその子を、メロスは優しく抱き留める。

 女の子は眠ったように目を瞑る。触れて感じる温もりは確かに少女が生きていることを示すが、ふと見れば死んでいると思っても仕方ないほど生気が感じられない。かすかに上下する胸の運動だけが彼女の生を確認できる精一杯だった。

 病弱な少女。そんな印象を受ける。

 しかし成長すればさぞかし美しくなる。この子が美人の卵であることは疑問の余地がなかった。


 メロスは死んでいるようにすら見える少女を小さい陣に置く。これこそ、封印具である〈憑代〉であった。


 開きっぱなしだったインベントリから高位のマジック・ポーションを取り出し一気に煽る。マジック・ポーションには時間をかけて回復するタイプのアイテムしかない。じりじりとした回復しかしないしおそらく消費の方が速いのだが、ないよりマシだろう。

 ついで龍玉を取り出して、子龍の元へ歩み寄る。


「初めての試みだが、成功するかどうか。あいつは成功したと言っていたが……」


 いざ封印をという段階で作成者のことを思い出し、小さな不安を抱く。能力的には信頼できる相手だが、時折何を考えているかわからないところがある。何か、悪戯をしていないとは限らない。


「……まあ、そのときはそのときでいいか」


 封印段階で失敗しても子龍が傷つくことはないし、封印してから問題が発覚すれば最悪殺してしまえばいい。そんな安直な考えを抱きながら、ようやく封印を実行する。


 メロスの魔力が龍玉へ流れる。龍玉の中でより純度の高いエネルギーへと変換されて陣へと流れ込み、そして術式の一部が起動。

 龍脈の力を引き寄せる。

 急激に力が行き渡ることで二つの陣が青く輝き、回転を開始した。徐々に速くなり、やがて光速に至る。陣に込められた術式が高度なものであった場合のみに起こる現象である。


 龍脈を使って陣を起動しつつ、新たな術式を子龍と〈憑代〉の少女に刻んでいく。龍脈で術式を刻むなど、作成者であるユウキ以外に試した者はいないのではないかと、メロスは思う。

 龍脈というのは土地の力であり、威力は高くとも神仙術並に使い勝手の悪い力である。操るだけでも大量の魔力を必要とするため、長時間の維持などできるはずもなく、メロスでも魔力だけでは術式を刻み切る前に魔力が尽きるだろう。


 術式を刻むというのは力を刷り込むという行為に等しく、どんな力を刷り込んで術式を完成させるかは術式の成立率に大きく関わる。見た目はできているのに効力として発揮されないという事例は意外と多く、それは術者の実力が足りず魔力の質が悪いということを意味している。


 ならば確実に成功させるにはどうすればいいかと考えるのは当然の流れだが、だからといって龍脈を使うのは現実味がない。龍脈を操るのは海の水を支配しようとするのに似ていて、生半可な力でできることでもなく失敗すれば術者に力が跳ね返り廃人となるだろう。

 おまけにナユタ大陸では龍脈の力が他よりずっと強く、荒波を相手にしているようだ。


 エネルギーの塊である龍玉を通すことで魔力を増幅し、龍脈の引き寄せ、制御、術式の書き込みと、これらの並列作業は世界最高クラスの実力者であるメロスをして、常時緊張を強いられる。とても他の者が実行できるとは思えない。

 そもそも龍玉自体が手に入りにくい宝玉であることを考えれば、知っていてもどれだけの人が実行できることか。そういう意味でも龍脈を使って術式を刻むのは現実味がなかった。


 延々と針先で絵を描くような細かい作業を続けていると、ピシリと龍玉にヒビが走った。限界が来たらしい。インベントリから次の龍玉を取り出して交換する。龍玉の予備はまだまだある。

 だが、メロスは舌打ちした。

 インベントリが脳内に表示された瞬間が酷く煩わしかったのだ。実行する前はもっと余裕があると思っていたが、想定より高い集中を要する中ではインベントリの選択は苦痛だった。

 大昔の戦闘時を思い出せるだけまだ余裕はあるが、魔力は足りるだろうか。一抹の不安が過ぎった。


 これで十分と思って挑んだのでアイテムの節約で回復に時間が掛かる物を使ったのは失敗だった。最悪でも瞬時に回復できるものはインベントリから引き出せばいいと考えていたのに、とても引き出す余裕はない。

 魔力が足りるかどうかが成功の分かれ目だった。




 一時間ほど経過した。三つの龍玉を駄目にしたものの術式を最後まで刻み終え、ようやく肩の力を抜いた。あとは正しく起動するかどうか。


 疲れた足取りでメロスは陣から出ると待機中になっていた陣を発動した。


 大小二つの陣が一際強く輝き、子龍が呼応するように黄金色に輝く。そして全身が光そのものへと変化する。もはや龍としての形はなくなって光の塊が陣の中に座っていた。

 光が、崩れる。

 砂が零れるようにサラサラと。無数の輝く粒子と化して〈憑代〉の少女へと吸い込まれるように流れていく。

 徐々に、徐々に、光の塊は量を減らして子龍の面影すらもなくなった。

 全てが吸い込まれると、陣の輝きが急速に弱まって唐突にふつりと消えた。

 封印術が完了したのである。


「成功だな。深紅龍はあの子の中に封印された」


 ようやく終わった、とほうと息を吐く。さすがに疲れる作業であった。最終的に魔力残存量が十分の一以下にまで減っていたことを考えれば、失敗の一歩手前まで来ていたといえる。

 主な原因は神龍召喚と、それに伴う魔力回復の怠慢か。もう二三本飲んでおけばもう少し余裕を持てただろう。今更反省しても仕方ないが。


 しかしようやく完成した。


 人造人間ホムンクルス、それがあの少女の正体である。


 前の世界からこの世界にやって来た人数はメロスを含め、計二十三人。そのうちの一人であり友人だった男の作品である。始まりは二千年近く昔のことで、この世界に来てから戦いに明け暮れていた中、ふとした欲望の発露が原因だった。


 作り始めた当初の目的は人化の術の開発と使用。

 魔物娘を仲間にしたいという暴言を吐き出した友人――ユウキは、それだけを実現させるために研究を開始したのだ。いくら魔物が人化を使えないからとはいえ、これは酷い。

 欲望に塗れすぎて、他の仲間達にさえ引かれる動機だった。

 しかしそんな魔物娘プロジェクトにまっさきに手を上げて参加したのがメロスなのだから、時代の流れというものを彷彿と感じさせる。


 欲に塗れすぎた動機はともかく、どういう方向性でやればいいか迷走していたメロスとユウキは色々なことに手を出した。

 一から魔物を作れないか、作れるなら人化の機能をつけられるんじゃないかということまで考え、研究過程で作られた鳳凰などは今でもどこかを飛び回っている。風の噂ではユグドラシルの頂上で羽を休めているそうだ。


 常軌を逸した情熱を持って試行錯誤をくり返し、そうして人化の使えるホムンクルス製作に傾いて行ったのだが、ほとんどの「作品」は失敗に終わり自壊してしまっている。

 極一部、鳳凰などは行動パターンを練り込んだだけなのだが、自我のようなものが生まれている様子で、今までと何が違うのかとこれまた頭を捻ることになった。


 それはともかく、ホムンクルス製作は暗礁に乗り上げたまま月日は無為に流れ、ユウキは寿命を迎えようとしていた。

 これで最後と見たか、苦し紛れにユウキが口にしたのが、自分を封印して欲しいということだった。将来、若返りの薬が見つかったら封印を解いて欲しいというのだから、おそろしく図太い神経である。

 だが、全く新しい術式をメロスに渡したり、封印具に人型ホムンクルスを指定したりと、若返りの薬うんぬんは冗談だったのだろう。実態は、自分自身を材料にしたホムンクルス化の実験だった。


 失敗すればユウキは死ぬ。ギリギリの瀬戸際で実験が行われたのは、メロスの力を信じていたということもあるだろうが、何かしらホムンクルス化の条件を掴んでいたものと思われる。

 もし失敗したらというメロスの不安や緊張を余所に、実験が終わったとき、ユウキはホムンクルスとなった。


 まだ完全な成功ではなかったが、確実に完成へと近づく一歩だった。


 ホムンクルスとなったユウキが言うには、適性もないのに力づくで融合させるのが失敗の主な原因で、ならば融合を諦めとりあえず魂だけをホムンクルスに入れてみようと考えたのが、今回の術式の構成だったようだ。

 魂のない、中身が空っぽであるホムンクルスに、人を魂ごと封印することで、疑似的にホムンクルスの中に魂を入れた状態にする。

 話だけ聞けば何のことやらと思うような内容である。また、理解できたとして本当にできるとは思わないだろう。

 このときの話が、後に融合術として完成した後も、メロスが封印術と呼んでしまう原因である。


 やがて疑似的に不老不死となったユウキと共に研究を続け、魔物にも人にも自由自在のホムンクルスがもう少しで完成するという最中、当時拠点にしていた国で政争に巻き込まれたせいで、研究どころではなくなってしまった。


 これを切っ掛けにメロスとユウキは別々に行動するようになり、時は流れて今より千年前。

 突如現れたユウキが喜んで渡してきたのが、メロスの持つ三体のホムンクルスと完成した融合術式である。


 長く続けた研究の詰めには関われなかったメロスだが、ホムンクルスにも術式にも完成度について疑ったことは一度としてない。

 そういうところで手を抜くような性格ではないし、久方ぶりにあったユウキは見た目からして完全に変わっていて、むしろそこまでできるようになったのかという、驚きの方がずっと勝っていた。


 以降、ずっとインベントリの肥やしとして残っていたホムンクルスだが、ここにきてようやく使う機会を得た。

 ユウキ曰く、メロスに渡した三体のホムンクルスは特別製であり、いわばステータス上限を取り払われたバグキャラらしい。二十三人の元プレイヤー達もその意味では同じくバグキャラではあるが。

 ホムンクルスは他にも人型、魔物の特徴が加わりステータスの上昇する半魔型、融合元となった本来の姿である魔物型と三種類の姿を取ることができる。

 ただしジョブやスキルの取得を可能とした結果、人型時でしか成長しないという制限があるらしいが、些細なことだろう。


 そんなことよりメロスは、自身の経験から子龍と融合したこの少女はどこまで強くなるだろうと予測する。

 上限は取り払われていても、成長速度は本人の資質に依存する。資質はかなり高いとメロスは睨んでいるが、実際はどの程度のものか。


「だが、期待外れということはなかろう」


 さて、名はどうしようかと考え始め、少女の瞼がゆっくり上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る