第12話 〈精神〉ステータス

「……はあ」


「ティーナ。気持ちはわかるが、あれから二日だ。そろそろ切り替えろ」


「師匠にはわからないんだよ。ボク達の深く深く、海溝よりも深く傷ついた心の痛みなんて。殺したい相手を親と思わないといけないなんて、犯罪者の父親を持つのと変わらないよ」


「ほら、ルカはもう大丈夫そうだぞ。オリジナルがいつまでも気落ちするな」


「私をオリジナルと呼ぶな……」


 メロス宅に波乱を巻き起こしたユウキとリンは、昨日のうちに帰宅している。本人達も言っていたが、目的は顔見せが一番大きかったのだろう。

 ついでに残っていたホムンクルスの〈親愛の種〉は除去済みである。何度でも明言するが、メロスは強い弟子を育てたいのであって子育てを楽しむつもりはないのだ。これでまたややこしい事態になることはないだろう。


 いっそのこと、ホムンクルスを突きかえそうかと思ったのだが、〈親愛の種〉がないなら普通のアイテム扱いで問題ない。この期に及んで何かしら仕組むとも思えないので、そのままインベントリの中に放り込んである。


 それはともかく、憎悪を抱きながら無理に親愛の情を植え付けられた弟子二人のことである。

 二人が目覚めたのは昨日の朝。さすがに顔色も悪く覚束ない足取りで降りてきた二人を見たユウキは改めて罪悪感に駆られたのか、二人に負けず劣らず青褪めた顔色でひたすら頭を下げていた。

 その際に〈親愛の種〉のことも話、どういった意図だったのか。今の二人の状況がどういうものなのかも、推測だけどと前置きながら説明した。


 しかしどれだけユウキが言葉を尽くしたとしても、それは結局感情の操作に他ならない。

 さすがに感情を操作されては我慢ならなかったのか、二人は容易に許すことはなかったが、新しい装備をサポートするという言葉に、ようやく性能次第でと苦渋に満ちた表情で落としどころを口にした。


 そして今日は、昨日ユウキが一日で用意した装備を普段ランニングさせている庭で試している最中である。


「でも師匠。これ、かなり身体が軽くなるよ。普段と大違い」


 ルカが右足を宙に上げてブラブラ揺する。細い足首にはチェーンで作ったような銀のアンクレットがつけてあり、視線を移せばティーナの右足にも同じものが付けてあった。

 表面上ティーナよりも一足先に立ち直ったルカが、装備の性能を試すために走り回っていたのだが、その効果には十分満足したようだ。


「〈人造人間の足環〉は三ツ星クラスのアイテムだから大したものではないがな。人型のお前達で装備できるレベルとなると、その辺りが限界だ」


「んー、随分身体が軽いんだけど、これで大したものじゃないんだ」


 人型タイプのステータスは未だオール一。ホムンクルス専用装備という制限をつけることで、ようやくあのアクセサリーも装備できた。

 〈ドラゴン・ライズ〉では装備の要求を満たしていなければ、そもそも装備するはできなかったが、こちらに来てからはその制限もやや緩和されている。とはいえ要求値を満たしていないものを使っても、装備の力を引き出しきれないのは当然だが。


 アクセサリーに限らず、当然ながら効果の高い装備ほど要求値は高くなる。うまく調整することで要求値を低くすることこそ生産者の腕の見せ所であるとはユウキの弁だ。


 ユウキにはユウキの生産者としての拘りがあるのだろう。伊達に二千年も生産職をやっていない。

 しかしそんなユウキでも限界はある。

 お詫びということでいくつか渡した装備も、二人は装備の要求を満たすことができず、ほとんどを装備することはできなかった。

 そもそもユウキも低レベル装備など持ち歩いているわけはないので、細かに調整することも適わず、大抵が出来合いの物でしかなかったのだ。これにはむしろユウキの方が納得できる物が作れないと意気消沈し、しかし帰り際になると「次はもっといい物を作ってやる!」と息巻いていた。

 どうやら生産者魂に火を点けたらしい。


「補正がプラスだからな。アクセサリータイプで本当にいいのは割合で向上するタイプだ。まあ今の二人ならプラス上昇の方が助かるだろうが」


 一・二倍になるものや一・五倍になるような基本のステータスと掛け合わせるようなものは、七ツ星以上の装備になるのがほとんどだ。逆に五十や百がプラスされるものはそれ以下に多い。

 なのでティーナやルカのつけているプラス上昇の装備は決していいものではないのだが、メロスから見て極わずかな上昇だったとしても、オール一という極貧ステータスしかない二人では大きく意味が変わった。


「まあ、ステータス的に見れば数倍になったのと変わらんから、喜ぶのもわかる」


「ねえ、ティーナ。身体動かそうよ。思いっきり身体動かせば嫌なことも忘れられるって!」


「……そうじゃな。いつまでもうじうじ落ち込んでおっても仕方ない、か」


 まだ顔色はよくないが、ティーナがわずかに顔を上げた。


「そーそー。押し付けの親愛なんてなんのその、もっと強くなったらぶっとばせばいいんだよ! どうせ師匠だし、むしろ躊躇する理由を探さないといけないに決まってるよ!」


「ふっ、確かにあんな性格じゃからな。親と思うたとしても殺すことに躊躇いはないやもしれん」


 酷い言い草であるが、メロス自身それを否定できる気がしないのだから手におえない。ふと将来にティーナと対峙する様を想像して、お前が親など恥ずかしいから殺すと言ってる場面を思い浮かべてしまった。

 意外と、あまり深刻に考える必要はないのかもしれない。

 しかしそれはそれで、なんとなく納得できないメロスは空気を変えるように咳払いした。


「それでは、この間言っていた『簡単にステータスを上げる方法』を実践したところで、ティーナの望んでいた厳しい修行でもやってみるか」


「む。あれは装備のことじゃったか」


「簡単にステータスが上がったろう?」


「まあ、確かに……」


 ティーナはどこか釈然としない様子のまま頷く。

 想像はつく。大方、肉体的なステータスの上昇を期待していたのであって、装備での強化は望んでいたものとは少しずれていたのだろう。


「一応ユウキにも聞いてみたんだがな、簡単に強くなる方法」


「おおっ、ホムンクルス作った人なら期待できそうだね。師匠と違って」


「〈親愛の種〉を仕掛けた張本人でもあるがな。年齢的な問題でしばらくは人型での成長は諦めろと言ってたぞ」


「……やはりそう旨い話が転がっているわけもなしか」


「地道が一番ということだな。――それでも、方法はないわけではないが」


「何、本当か!?」


 ティーナが途端にぱあっと顔を輝かせる。


「多少効率を上げる、というものだがな。二人共、ステータスから〈精神〉の項目を見てみろ。どうなってる?」


 二人が〈システム・オープン〉と口にして視線を宙に彷徨わせる。


「私は一じゃな。他のステータスと変わらん」


「ボクもだよ」


「そう、一だけだ。そして他のステータスと違い〈精神〉に限っては金輪際、数値が上昇することもない」


「ほう?」


 ティーナが怪訝げに首を傾げた。

 ステータスの値が自分の行動に応じて成長していくのはすでに知っての通りだ。それは世界そのものの法則でもある。見方を変えれば努力が数値として反映されるのが、当然で当たり前なのだ。

 だが、なぜ〈精神〉の項目は別なのか。

 そこにはゲームの特徴ともいうべき理由があった。


「〈精神〉の項目は獲得経験値に直結している。特定のスキルを手に入れてセットすることでのみ〈精神〉の値は上がり、最大で十になる。これは獲得経験値がそのまま十倍になって手に入れられるようになると思えばいい」


「ほう。十倍とは凄いではないか」


「そんなことになったらボク達、どこまで強くなっちゃうんだろ!?」


「そりゃあれじゃろ。師匠を片手でひょいと捻れるぐらいに」


「すごいすごい!」


 驚嘆の声をあげるティーナとルカ。……なんというか、恐ろしいまでに子供っぽい。感情が揺れているときほど人型の精神に引っ張られるとは聞いているが、やはり見た目ほど割り切れているわけではないようだ。

 さすがにメロスにもどうしようもないので、時が解決するのを待つこととした。


 さて、話を〈精神〉ステータスに戻そう。

 〈ドラゴン・ライズ〉ではステータスとスキルによってゲームが成り立ち、そして強くなるために重要なのは試行錯誤しながら繰り返し行動する“経験”そのものである。

 だからこそ経験値の取得には大きな制限が掛かり、〈ドラゴン・ライズ〉以外のゲームでは比較的よく見る時間制限付きの経験値アップアイテムなどは、課金アイテムにすら存在しない。

 こういう行動をしていれば経験値が効率良く稼げるというプレイ方法もない。同じ行動を繰り返していると試行錯誤がなくなり、慣れによる惰性から経験の習得がしにくくなっているからだと、数多のプレイヤーは考察していた。

 いかに頭を使い、上げたいステータスの経験を上げるか。それも〈ドラゴン・ライズ〉のひとつの醍醐味であったのは確かだろう。


 そんな中で唯一、取得経験値を上昇させる方法がある。それが〈精神〉ステータスである。

 〈精神〉は特定のスキルをセットすることで〇・五ずつ上がり、十で最大となる。つまり初期値は一なので、全十八個の〈精神〉上昇スキルをセットすることで、取得経験値を最大にまで上げること可能となるのである。

 およそステータスの数値がそのまま経験値の上昇率になると言っていい。たとえばスキルをセットした結果、〈精神〉ステータスが二まで上がったとすると、今まで五しか入らなかった経験値が十に。〈精神〉が四になれば二十の経験値が入ることになる。


 ただし〈精神〉スキルを全て入れるということは、三百しかないスキルストックをそれだけ埋めるということであり、序盤から中盤は問題ないにしてもスキル数も増え経験値を多く必要としてくる後半になると、ストックにある〈精神〉スキルが鬱陶しくなるくらいに邪魔となる。

 経験値か、能力か。そんな選択を迫られるようになるのだ。


 とはいえ、先も言った通り序盤なら使えるスキル。手に入れるなら早いに越したことはなく、弟子達の実力向上にもきっと役立ってくれるだろう。

 問題は、取得条件。


「喜んでいるところ悪いが、手に入れられるかはお前達次第だな」


「私達次第?」


「……ティーナが言っちゃった厳しい修行じゃないかな?」


「別にやらなくても私は一向に構わんぞ。ほんの少しペースが速くなったところでほとんど変わらないだろうからな」


 今の二人の実力を考えると、取れるのはギリギリ一個。そのひとつも相当厳しい――九割九分以上の確率で死ぬのは間違いないような方法である。

 せめて二割ぐらいの成功確率があるならともかく、これでは無理させる意味があまりない気がする。だから二人がやらないというのなら、本当にメロスはやらせないつもりでいた。

 一方でどんな答えが返ってくるかぐらい、予想していたが。

 二人は二言三言相談する。そして、言った。


『やる!』


 赤と青の少女の声が二重音声として聞こえた。


「ま、そうなるだろうな。では、お前達がやるべきことを伝えよう」


 弟子達の背筋がピンと伸び、傾聴する。

 メロスはわずかな間を置いて、


「――お前達には魔物を倒してもらう」


 弟子に緊張が走る。

 いくらユウキから貰ったアンクレットをしているとはいえ、その実力は未熟極まる。なにより相対した魔物の一匹にも二人は勝利した経験はないのだ。恐怖を感じていたとしても何も不思議なことではなかった。

 〈精神〉スキルは〈ドラゴン・ライズ〉にあっても非常に不可解なスキルとして扱われる。それというのも、まるで入手条件が掴めないのが原因である。同じことをしても同じスキルが手に入るとは限らず、ランダム要素が混じっているのではないかとの噂すらあった。いくつもの実例は確かにそれを裏付けるものだったのだが、メロスはこの世界に来てからの長年の鍛練でひとつの傾向を見つけていた。

 それが成長の節目を越える、というもの。非常に曖昧で具体性の欠片もないが、『今までの失敗経験』が大きく影響しているのではないかと推測している。

 だとすると、ティーナとルカに相応しいものは勝利そのもの。強敵に独力で打ち勝つことこそ〈精神〉スキルを手に入れる必須条件なのだろう。


「しかし、師匠。私らが倒せる魔物など、そう大したことはあるまい? そんなことでスキルが手に入るとも思えぬが」


 話を聞いて納得したティーナが、それでも戦うことに対しての不安を見せながら訊ねる。


「そうだな。最低でもお前達が絶対に勝てないと思うような相手と戦い、勝利を得なければどうしようもないだろうな。――だからこいつを使う。〈土人形生成クリエイト・ゴーレム〉」


 メロスがスキルを発動すると、地面の一部が盛り上がり、ティーナとルカの驚いている目の前でたちまちメロスと同じくらいの背丈のゴーレムが完成する。細身の身体でつるりと光沢のあるのっぺり顔。体つきは細身の人間に近い。

 しかしその容姿は不気味である。


「ゴーレムを作るのは私は苦手でな。まじめにやってもこの程度の物しかできん」


 本職のゴーレムマスターなどは二十メートル近いものまで生成できてしまう。それを思えば、メロスの作ったゴーレムは児戯に等しいと、小さく自嘲した。


「……しかし師匠の作ったゴーレムじゃろ? 生半可な強さではないはずじゃが」


「せいぜい四ツ星クラスぐらいの強さだろうな。今日からこいつとの模擬戦もランニングに加えてやることとしよう」


「……師匠、ボク、無理だと思うな」


「これぐらいやらねば〈精神〉スキルなど手に入らん。厳しい修行を望んだのは二人なのだから、諦めろ」


 まさに大人と子供並の実力差を感じ取り、二人は完全に委縮し怯えていた。

 勝てるはずがないと、揺れる瞳が何よりも雄弁に語っている。だが、メロスに翻意するつもりは一切ない。


「では、始めろ」


 直後、悲鳴が鳴り響いた。

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