第9話 メロス宅

 ナユタ大陸の一角に、魔物の住む場所としては不似合いなログハウスが、まるで魔物など興味ないとばかりに存在を主張していた。丸太をそのまま組み立てただけのようではあるが、その実いくつもの術式が刻まれた魔物を寄せ付けない――近づいたとしても自動で反撃が行われる――代物である。

 何の不安もなさげに建っているログハウスは、ここはどこかの避暑地なのだろうかと見た者の常識を疑わせること間違いなく、しかし確かにここは魔物の跳梁跋扈する土地なのである。

 住民は最近までメロス一名。気楽な独身生活者である。

 千年以上ナユタを彷徨っていたメロスが家を建てたのは、意外にも最近のことで、大体二百年ぐらい前。

 ナユタに珍しく、山に邪魔されない日当たりのいい場所を見つけ、そろそろ腰を落ち着けるかと選んだ場所がここだった。元あった深い森を完全に更地にし、再生力に優れる樹木ですら枯らした尽くした後、様々な縁故や材料、無駄に有り余った力をこれでもかとばかりに遠慮なく使い、一週間で終わるものをわざわざ三年掛けて建てたのが、このログハウスだった。


 どうせ誰もいない場所だからと遠慮なしに大きく作った為、少しばかり一人で住むには広すぎる家となっているが、肝心の内部は前の世界の電化製品を参考に、こちらの技術によって昇華されより便利なものへ変化して設置してある。

 掃除のためだけに作ったメイドゴーレムなどは序の口で、時空魔術を加えて中が腐らずいくらでも入れられる冷蔵庫、屋敷そのものが熱を調整する空調システム、〈千里眼〉付与の昆虫ゴーレムを飛ばすことで見られるテレビ、食べたい物を言うだけで勝手に作ってくれるキッチン、と一軒の家に備える設備としてはちょっと意味がわからない。

 しかも勝手に綺麗にもなるのでメイドゴーレムに至っては手持無沙汰、役立たずの節があった。


 ……はっきり言って、要塞である。家一軒建てるために参加した勇者の数がメロス含め四人というのが、まずおかしい。現在の生き残りは五名である。二千年という月日で力を溜めつづけた人数が、五人である。


 おそらく、世界最高の守護防壁を備えており、特別な力を持たない一般人でもこの中にさえ入れば、ナユタ大陸で一生を過ごすことさえ可能だろう。

 頭のおかしい人に物作りをさせてはいけない事例である。


 そんな技術の粋を集めた家の空き室二つが、弟子の部屋に当てられていた。


 ティーナによってルカと名付けられた影法師がやってきて、今日で十日となる。

 ルカの扱いはティーナの従者であるが、同時にメロスの弟子となっている。あれもまた一つの才能の塊、放っておく手はない。嫌がるのを半ば無理矢理弟子としたが、メロスを倒すために力をつけろとティーナが説得したのが、最後に折れた理由だろう。

 メロスにとっても、弟子二人にとっても大きな変化のあった十日だった。なにせメロスにとって同じ屋根の下に共同生活を営む者が二人も増えたということで、実に数百年振りの生活の変化である。

 しかし内面に何かしら影響があったかと問われれば疑問であるが。

 メロスはある程度、住む場所と食事とを提供すれば放っておいて構わないと考えているようで、修行時間以外は弟子二人を完全に放置している。いや敢えて放置し、どんなことをするのか観察して楽しんでいるようだった。

 悪趣味の感は否めないが、不幸にもここにそれを指摘できる人物は一人もいない。指摘されても聞くわけがないというのは、誰もが共通して抱く認識であるが。


 さて、観察されている側のルカのことだ。

 メロスのホムンクルス封印術式によって影法師から存在を変化させた少女。瑠璃色のショートカットの髪と、同じく瑠璃色の瞳をくりんとさせた、見た目だけは文学少女風の大人しそうな子だ。

 表情はあまり動かず、一見すると感情に乏しいようにも思える。だが時にはティーナ以上の行動力を見せ、彼女の内心を窺うにはその行動を見るのが一番早い。

 しかし中身はむしろ天然娘だろうか。とにかくティーナから離れることを嫌がって、何かあればカルガモの雛みたいにティーナの後ろをついて歩く姿が、この十日ではよく見かけられた。

 目を覚ました途端メロスに攻撃を仕掛けてきた凶暴性の欠片も見られない。こちらの方がルカの本来の姿なのだろう。

 髪と瞳の色は違うが瓜二つの容姿をしているために、まるで仲の良い姉妹にしか見えず、傍から見ている分には微笑ましい光景である。

 それにしても影法師としての従者の性質はホムンクルスにした時点である程度弱まるはずなのに、一切変わっていないのは何故だろう。メロスが首を傾げる前で、今もまたティーナの後ろを歩いていた。

 もしかするとメロスの家に来て一番影響がなかった者は彼女なのかもしれない。


 一方、ストーカー被害に遭っているティーナの方だ。

 ルカのまるで好意を隠さない態度に対して終始押されっぱなしで、どう扱えばいいのか決めかねているようだった。

 あれだけ嫌っていたというのに、仲良くしたいと思っている節はあるが、従者として接するのかあるいは妹弟子として、それとも友人として。自分の取るべき態度がイマイチ定まっていないようだ。

 やはり心のどこかで自分のコピーという点が引っ掛かり、どういう態度を取るにしても違和感があるらしい。しかし仲良くしたいと思っているのなら、そう遠くない内に自然に接せられるようになっているはずだ。


 いや、もしくは……まだしばらくこの状態が続く可能性もある。ルカの重すぎるまでの好意が原因で。最近はまさしくストーカー被害者の如く、若干神経質になっている。

 この家に来て、一番疲れた様子を見せているのは間違いなくティーナだろう。しかも原因がメロスではなく、好意を抱いているルカだというのだから、わからないものだ。




 階段を上ったすぐにある、二階の一室。そこがティーナに割り当てられた部屋だった。ここ一部屋で一般家庭の家並みの広さがあり、しかし家具は最低限しかないので寂しい雰囲気があった。

 こんなところに住んでいては小物のひとつも手に入らず、家具が欲しければ憎いメロスに頼まねばならずなので仕方ないところはあるが、がらんどうの部屋はまるで借り物のようだった。

 そんな部屋の隅に置かれた大きなベッド。やたら小さな人影が、呼吸に合わせて緩やかに上下している。眠るティーナだ。

 天井には朝日に合わせて明るくなるという無駄な機能があるので、部屋の中が明るくなれば起床時間である。

 ティーナが眩しさにむずがり、細く目を開いた。まだ寝たい、と布団を頭まで引っ張り潜り込む。布団の温かさと柔らかさが身を包んだ途端、現れた人影に布団を引っぺがされた。

 打って変わって襲い来る朝の冷気に、ぶるりと体を震わせる。


「お嬢様、起床時間となりました。お目覚めの時刻です」


「壱号、か……もう少し、寝させとくれ」


「二度寝は許可されておりません。お目覚めください」


 にべもない言葉に、むぅと声を漏らして体を起こした。


「おはようございます、お嬢様」


「……おはよう」


 朝からティーナを起こし騒がしくするのは、メイド服に身を包んだ十代後半ぐらいの年若いの女性。固い美人という言葉が良く似合う。カチューシャを付けた頭には、ティーナとよく似た深紅の髪が靡いている。わざわざティーナ担当だと分かりやすくするため、この色に変えたらしい。

 如何にも仕事ができそうな雰囲気を放っているが、表情は完全に落ちていて、およそ感情というものを窺うことができない。

 彼女の正体はこの家に常駐しているメイドゴーレム〈メーコ壱号〉。感情がないのも当然だった。


 〈メーコ〉というのは制作者が度々メイドの子と呼んでいたのが縮まり、そのまま正式な名前として決められたものである。現在家には肆号よんごうまであり、稼働は弐号までしかしていない。

 誰もがこれを見て人間であることを疑わないだろう。生きているようにしか見えないほど精密なゴーレムだった。


 家事は炊事洗濯縫合掃除何でもござれで、かつ戦闘では七ツ星冒険者とも互角に戦える能力を有している。しかし肝心の家は全て自動でできるシステムを構築しており、加えてメロスも世話されるほどのことはないと判断したため、必要ないと倉庫に眠らせていた代物である。

 完全に策定されたプログラムのみで動いるため、よほど納得させる言い訳をしなければ融通が利かないのが欠点といえば欠点だろうか。単なる我儘と判断されれば、メーコが許してくれることはなかった。


 ティーナは欠伸を噛み殺し壱号に手伝われながら身だしなみを整えていく。 


「しっかし、この天井はなんとかならぬのか。毎朝毎朝、眩しいぞ」


「申し訳ありません。旦那様の命令なしには照明システムを変更することはできません」


「わかっておる。まったく、こちらの方が健康にいいのだなどと、戯けたことを言いおって。満足するまで眠る方がいいに決まっとろうに」


 それに龍でありホムンクルスであるティーナは、睡眠ぐらいで健康を崩すような軟な作りになっていない。心配するだけ無駄だとしか思えず、むしろ小さな嫌がらせをしているのではないかとティーナは疑っていた。


「嫌がらせかどうかは存じませんが、これぐらいしなければお嬢様が起きて下さらないのは確かでしょう。旦那様が食堂でお待ちですよ」


「朝からあやつと顔を合わせるのか……」


 眉間に皺を作りながらティーナは扉を小さく開け、周囲を確認する。……誰もいない。ほっと息を吐き、壱号を置いて部屋を出た。

 きょどきょどと落ち着かない様子で周囲を窺いながら、すぐ目の前にある階段を降り、食堂へ。


「ティーナ! おはよう」


 食堂に入った途端、すぐ近くからルカの元気な声が聞こえてきて、ビクリと驚く。後ろを振り向くと、鼻の先が触れそうなところにルカの顔があって、短い悲鳴を上げて後ずさる。

 カラカラと笑う声が聞こえた。食堂にいたメロスだ、忌々しい。

 ティーナはどうにもルカが苦手だ。自分のコピーにこういうのはどうかと思うが、いい子なのだろうと思う。しかし、ふと気づけばこちらを見ているので、徐々にうすら寒さを覚え始めてしまっていた。

 見ているだけでどうということはないはずだが、なぜだろう。


「どうしたの?」


「……いや、なんでもない。おはよう」


 ルカと揃って中に入る。

 食堂は十人ぐらいが同時に入っても十分余裕のありそうな広さで、なのに中心に置かれたテーブルは四人掛けの小さなもの。食事を取る人数が三人しかいないので、あのテーブルを使っているらしいが、少し空間が無駄になっているような気がする。今更だが。


 ティーナとルカはテーブルには向かわず、壁に掛かっている掲示板のところへ足を運んだ。

 身長の低い二人のために置かれた台を踏みしめ、掲示板――電光掲示板を並んで覗き込む。そこにはいくつかのメニューが書かれていた。


「……今日は和食Bセットで」


「ボクは洋食の朝定食で」


『和食Bせっと、洋食ノ朝定食、承リマシタ』


 電子音に似た声が虚空に響いた。これでよし、と二人は台を降りてテーブルに着く。ティーナの横にルカが、正面にはメロスの忌々しい顔が。なぜだか、これが弟子になってからの定位置だった。

 ティーナがメロスを睨みつけていると、突如目の前が淡く光り、そして消えた後には和食が並んでいた。……和食Bセットである。ルカの方にも洋食の朝定食が並んでいる。


「この家に来てから思うが、魔術の使い方がおかしい。なぜ転移魔術をこんなくだらぬことに使えるのだ」


 鮭をほじくりながらぼやく。

 そもそも電光掲示板についても、電光掲示板にしか見えないというだけでそう呼んでいるだけであり、本当に電気を使っているわけではなく、いくつかの魔術を組み合わせてそっくりに作っただけの物だ。

 表示されたメニューは毎回変わり、食べたい物を読み上げるだけで出来たばかりの料理を食べられる。これ全て魔術の賜物である。おそらく、文字の表示システムや音声認識システムだけとっても、公表すればひと財産になるだろう。

 唯一人が住めないと見捨てられた大陸に、世紀単位で進んだ技術が集約しているのは、ある意味皮肉である。


「ナユタのマナは有り余っているからこんな使い方しても問題ないんだと。周囲からマナを補填する術式を刻んであるらしいぞ」


「だとしてもだ。魔術師十人掛かりで辛うじて成功させられるようなものを、ただ料理を運ぶためだけになど……」


「調理も時空魔術で時間を歪めて作ってるみたいだしね。ボクもびっくりしたけど、あんまり気にしても仕方ないんじゃないかな。それより、誰が作ってるかの方が気になる」


「誰が、というとゴーレムではあるが……見るのはやめておけ。壁から腕だけ生えている様は見て楽しいものではないからな」


 ティーナは狭いの部屋の壁や床、天井から生えるいくつもの腕――しかもこちらに手招きしている――を想像してしまい、思わず体を震わせた。

 この間の影法師を目にしたときから薄ら自覚していることだが、ティーナはホラーが苦手だ。夜中にふと目が覚めてしまうと、震えながら布団の中に潜り込み、必死に目を瞑って朝を待つような状態になる。もしトイレに行きたくても、我慢してそのままにしてしまうだろう。次の日、布団が濡れているのは間違いない。

 そんなティーナが想像とはいえ、まさにホラーな場面を具体的に思い描いてしまい、顔からサァッと血の気が引いた。


「ティーナ、どうしたの? 顔色悪いよ」


「……何でもない」


「そう? はい、お茶。これでも飲んで気分でも落ち着けて」


「……すまぬな」


 手渡された温かいお茶を口に含む。全身に血が通うようで、心がほっとする。

 しかし……。

 ティーナは器用に箸を操ってほぐした鮭を見る。実に美味しそうに焼けている。だが、これをゴーレムの腕だけで作っているという話なら、なんとなく味が一段下がって見える。

 パクリと口に含む。……普通に美味しい。なのに、やっぱり味が落ちている気がするのは何故だろうか。

 大体、部屋にゴーレムの腕が生えている状況というのもおかしい。わざわざ腕だけ作るぐらいなら、稼働させていないメーコに任せれば、魔力の面でも余程効率的だろうに。

 やたら迂遠な方法を取っているとしか思えなかった。

 その後はしばらく無言で食事を続ける。脳裏を支配していたのは、この家を建てた変人のこと。技術は凄いのに、非効率が大量にちりばめられ、しかし遊び心は忘れない――。

 人物像がメロスに限りなく近づいた。できれば会いたくないものだと思う。


「師匠。今日の修行もランニングか?」


 黙々と食事をしていたティーナがそう尋ねたのは、もうそろそろ食べ終えるかという頃だった。いつもなら食事のあと少し休み、それから夕方まで修行である。

 この間、走る以外に一切何もしない。ひたすら走るだけである。肉体が幼すぎるので基礎を鍛えなければならないという理屈はわかるのだが、さすがに飽きる。別の修行はないのだろうかと考えていたら、自然とメロスに聞いていた。


「当たり前だろう? 前にも身体作りからだと言ったはずだ」


「……他にはないのか、何か」


「それは、もっと修行っぽい何か、という意味か?」


 メロスは眉間に皺を作りながら、言葉を選ぶように聞き返した。


「むぅ、まあ平たく言えばそんなところだな」


「なるほど」


 納得するように頷き、


「せめて腕立て伏せ一回できるようになってから言ってこい」


 鋭くティーナの胸を抉った。

 思い起こされるのはほんの三日前。最強種たる龍でありながら、ホムンクルスとなれば腕立て伏せの一回もできない――その事実を知ったときの愕然としたティーナの心情は如何にや。

 ティーナは頭を金づちで殴られたような衝撃を覚え、フラフラと頭を揺らす。

 意識の朦朧としているティーナに代わり、ルカが即座に反論する。


「酷い! こんな体にしたのは師匠なのにっ! 元の身体にはもう戻れないんだよ、責任ぐらいとってよ」


「人聞きの悪いことを言うな。それにちゃんと育ててやってるだろう?」


「毎日へとへとになるまで運動させる癖に。休ませてって言っても休ませてくれない癖に。解放して欲しいっていう願いも聞いてくれないの?」


「だから人聞きの悪いことを言うな」


 ルカとメロスのやり合う声の間で、ティーナの頭の中では腕立て伏せ一回という言葉がリフレインしていた。


「――な、なら、腕立て伏せできれば他の修行も」


「強請ってくるぐらいは許してやる」


 ティーナは呻くが、同時に仕方ないかとも納得していた。

 実際、他のことをやるにも身体がまともにできていないときにやるのは危険なのだろう。単純に最低でもそれぐらいの力がないと、次の修行に耐えられないということかもしれない。

 だが。

 ひたすら毎日走るだけで、しかも動かないステータスの値とにらめっこするのは、そろそろ精神的につらい。

 これでステータスの上昇でも見受けられていたのなら、まだ我慢できるのだが。


「……もっと簡単にステータスは上がらぬのか?」


 諦め九割、期待一割で、ティーナは縋るように訊ねた。

 〈ドラゴン・ライズ〉では特に重要であったステータスは、そう簡単には変動されない。たとえば攻撃力を一から二に上げようとすれば、一ツ星の魔物百匹は狩らなければならない。二から三に上げようとすれば三百だ。

 こちらの世界では〈ドラゴン・ライズ〉よりも効率が悪くなっているとメロスなどは判断しており、〈ドラゴン・ライズ〉ではステータス最大まで一年と言われていたが、こちらでは五十年ぐらい掛かる。ちなみに安全マージンを考えなくてこれだ。長命種ならともかく、普通のヒューマンではまず辿り着くことのない年月である。

 これを多少効率的にしようと思えば、〈精神〉ステータスの上がるスキルをセットする必要があるのだが、今は余談か。

 とにかく、ステータスを上げるのは難しく、ひたすら年月がかかる。頼んだらホイと上がるようなものでもないので、メロスに言ったところで解決するはずがない。

 しかし頭のどこかでは、もしかするとメロスなら、と考えてしまっている。なんだかんだと常識の外にいる存在ならもしや、と。

 期待はほとんどしていなかった。ダメで元々、言うだけはタダの精神で聞いてみたのだ。

 すると、意外な答えが返ってきた。


「あるぞ」


「え!?」


 あっさり出てきた肯定の言葉に、驚きのあまりテーブルに手をついて、身を乗り出した。


「おー、そんな方法があるならティーナもボクもすぐに強くなれる!」


「し、師匠! 是非とも、その方法を私に! そしてもっと――厳しい修行を!」


 まともな修行、と言いかけたのを辛うじて飲み込んだ。まるでランニングがまともではないみたいな言い方になりそうだと思ったからだ。効果がなかなかでないことに焦りを感じているが、ランニングは安全に考慮した、至極真っ当な訓練であるのは間違いない。

 だから厳しさを求めたのだが、ついとメロスが顔を上げまっすぐこちらを見てきたことに、早まったかもしれないと内心冷や汗を掻く。


「もっと厳しい修行がお望みか」


「……お、おう。龍に二言はない!」


 言ってしまった。その思いが強い。

 冷や汗がだらだらと背中を流れて気持ち悪いが、唾を呑み込み、じっとメロスから目を逸らさないまま、次の言葉を待つ。

 メロスが面倒くさそうに頭を掻いた。しかしその顔は笑いそうになっているのを、必死に我慢しているようにしか見えない。


「仕方ないな、そこまで言うなら――」


 メロスが続けようとしたとき、外から大声が響いて先を掻き消される。

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