第一話17〜20
17
「……という訳だ。つまり、天使は本当にいたんだよ白木」
深夜の街を勢いよく走り抜け、タクシーで病院まで直行した僕は、早速白木に天使の話をした。
女から聞いたことを、余すことなく説明した。
「ふん、私は最初からそう言っていたはずだが?」
「そうだったな……まぁ、とにかく詳しく話をしたんだ。教えてくれ、白木。天使の殺し方を」
「ふっ、良いだろう。だが、結論から言いうと天使を殺す方法は……ない」
「な…………い?」
嘘だろ……?
じゃあどうすれば、どうすれば良いんだよ!
「おいおい、落ち着けぇ……満月。貴様は殺人鬼だからな。貴様の同級生の存在感が消えるという症状が天使の仕業だと分かった今、天使を殺すしか手段がないと思っているんじゃあないのか?」
「え? じゃあ他になにか手段が?」
「説得……だ」
「へ?」
「説得と言った。良いか? 何かされたから殴るだの蹴るだのといった幼稚な考えは止めろ。もちろん、殺すというのも……な。もう少し大人になれ、満月。お前に関しては殺人鬼だからな。殺しは止めはしないが……手段を覚えろ。殺す以外の道を覚えろ。どうしても殺せない相手が現れた時の対処法を覚えろと言っているんだ」
「それが……説得だと?」
「そうだぁ。説得……つまり言葉だ。言葉というものは凄い。極めれば、何よりも強い凶器になる。身体を殺せるのが暴力だとするならば、心を殺せるのは言葉なんだよ。自分より格上の相手を殺そうと思うならば心を殺せ。心なんてものは多少は違えどある程度は似たようなものだ。脆くて弱く、傷つきやすい。だからお前は覚えないといけないんだよ。説得というものをなぁ」
「…………わかった。心を殺すくらい出来ないと、殺人鬼失格だからな。白木、なら教えてくれ! 天使ってどうやって説得すれば良いんだ?」
「出来ないだろうな」
「は?」
こいつは何を言っているんだ?
説得しろと言ったのはお前だろ?
「おいおい、白木何を……」
「ふん、私は殺す以外の手段を言っただけだ。天使を説得出来るなど一言も言っていない。そもそもお前は天使が、それも人間の存在感を消すなどという残酷なことをする最悪の天使が、自分より下等で下級な人間ごときの願い……もとい説得などを聞いてくれるとでも思っているのか?」
うぐ……確かにそうだ。
「でも、なら……どうすれば良いんだよ」
「お前は殺人鬼なのだろう? ならばやることは一つだ…………人を殺せ」
「は?」
白木は訳の分からないことを言い出した。
人を殺せ?
僕が殺すのは天使なんだぞ?
「天使は殺せないんだろう? なら人を殺せば良いと言っているんだ。理解できないか?」
「ああ、全くな。これで理解しろっていうのは無茶だぜ」
「ふん、仕方あるまい。貴様にも分かりやすく言ってやろう。つまり……だ。天使が、人間になる瞬間に殺せば良いと言っているんだ」
「な……⁉︎ 天使が人間になる瞬間だって? そんな瞬間があるのかよ」
「ある」
白木はそう言って立ち上がった。
「なら、教えてくれよ。その瞬間って一体……」
「まぁこれはあくまで、私の考えだ。それで良いのなら話してやろう」
「なんでも良い。天使を殺す方法があるならそれで!」
「ふっ、良いだろう。隣の部屋に移動するぞ」
「隣の部屋に? なんでだよ」
「そんなの決まっている。ずっと同じ部屋で貴様と話すのは苦痛だからだ。別の部屋に行き、リフレッシュでもしないとやってられない」
「…………じゃあ行こうか」
「ああ、付いて来い」
そう言われ、僕は白木の後ろを着いて行く。
そうして案内されたのは、随分と小綺麗な部屋だった。
白木異学団らしくないほどに綺麗な部屋。
大きいソファーがテーブルを挟むように二つ置いてある……多分、客室か何かなのだろう。
隣の部屋から人間のうめき声というか叫び声が聞こえてくることを除けば、ごく普通の良い部屋だ。
「座れ。酒でも出そう」
「僕は未成年だ」
「そうだったな。オレンジジュースを出してやろう」
だからといって、そこまで子供でもないんだが……まぁ酒と違って飲めるし良いか。
いや、またさっきのお茶みたいに下剤とか入れられてたら嫌だから飲みはしないけど。
「ありがとう、頂くよ」
と、一応礼を言ってオレンジジュースの入ったコップを受け取る。
「さて、では私の考えを言わせてもらおう。まず、貴様は幽霊に触れたことはあるか?」
「は? 幽霊……? 幽霊が天使にどう関係あるんだよ」
「良いから質問に答えろ。貴様は、幽霊に触れたことはあるのか?」
「いや、無いけど……見たこともない」
「それは何故だか分かるか?」
「何故かって……そりゃあ霊感がないからだろ」
「違う」
白木はきっぱりと言い切った。
「じゃあなんなんだよ。幽霊が見えない理由って……」
「理由は、人間と幽霊では位が違うからだ」
「位が違う?」
「そう。人間は生ける者、そして幽霊は死んだ者だ。つまり、生を上だと考えた時人間は幽霊より上の位だ。すなわち、位が違うんだ」
「だから……人間は幽霊を見れないし、触れれない」
「そうだ。そして幽霊は、人間を見れないし、触れれないんだ。位が違えば出来ないのだよ。干渉はな」
「干渉が出来ない……あ、つまり人間と天使も位が違うから」
「そうだ。天使は名の通り天の使い。人間よりも明らかに上の位の者だ。だから我々人間は天使に干渉出来ない」
「あれ? でも天使といえば……人間をあの世に連れて行くといった印象があるんだが」
「そうだ。良く気づいたな。つまり、天使が人間に触れれる時がある」
天使が人間に触れれる時……。
そういえば、さっき白木は天使は人間になる瞬間があると言っていた。
天使が天使のままじゃあ人間には触れれない。
つまり、天使が人間になれば……!
人間に触れれるじゃないか。
「天使が、人間になった時だな?」
「そうだ。貴様も随分頭が回るようになったじゃないか」
「ということはつまり……さっきお前が言っていた天使が人間になる瞬間というのは、天使が人間に触れた時ってことなのか?」
「そうだ」
全く、随分と遠回りに説明したものだ。
だがその分、一応少しは理解が出来た。
「ということはどうにかして天使を僕に触れさせれば、その瞬間に殺すことが出来る……!」
「ああ、貴様ほどの殺人鬼ならそれくらいは容易い筈だ」
「でも白木。どうやって天使を呼び出すんだよ」
「それは知らん。私は医者だ。流石に召喚術なんてものは覚えていない。それに、仮に天使を呼べたとしても貴様の同級生の存在感を消した天使を狙って呼び出すなんてことは難しいだろう」
「うぐ……そういえば白木って医者だったな」
随分と医学とは関係ないようなことを流暢に話すからたまに忘れそうになるじゃねえか。
「ふん、私はもうこれ以上協力出来んし、協力しない。最後くらいは精々足りない頭で知恵を絞って、絞って絞って絞り尽くして考えるんだな」
「……そうだな。分かったよ、白木。最後くらい自分で考えてやるよ。僕は天使を殺してみせる」
「ふっ、まぁ時間制限としては後三時間しかないがな」
「あん? 時間制限? なんでそんなものが?」
確かに後三時間くらいで朝だけど……別に天使に朝も夜も関係なくないか?
「貴様がさっき飲んだお茶に入っていた下剤が効くまでの時間だ」
「あ……!」
……確かに制限時間だな。
流石の僕も、腹の痛みに耐えながら天使は殺せないだろう。
「さて、貴様が腹痛に苦しむのを想像して楽しみながら今日は寝るとしよう。貴様はもう帰れ」
「ああ、じゃあな。一応礼は言っておく」
「ふん、貴様の礼などいらん」
「だろうな。じゃあ、今度こそさよならだ。僕は天使を殺してくるとするぜ」
僕はそう言ってエレベーターに乗り病院から出た。
18
天使を呼び出す方法を実の所僕は思いついていた。
それも、女の存在感を消した天使をピンポイントで呼び出す方法を……だ。
簡単なことである。
女のやったことをすれば良い。
消えたい……と、心から願えば良いのだ。
そして、僕は願った。
月にも照らされず、ただ一本唯一存在している照明灯すらも壊れているような、光のない闇が支配するような夜道で……願った。
消えたいと……願ったのだ。
すると、闇の支配は終わりを告げた。
まず現れた一筋の光はその幅を広げていき、やがて僕のいた闇の道を全て照らした。
その光は何よりも明るく、何よりも美しく、そして神々しく思えた。
思わず殺人鬼である僕すらも感動するような、そんな光。
「あなたの願い、叶えましょう」
すると突然その光を全て消し去るような勢いで、大きな白い羽根をもった、白い衣を身につけた子供が現れた。
間違いない……天使だ。
その天使の美しさに思わず思考が停止する……が、騙されない。こいつは存在感を消すような奴なのだ。
急いで頭を再回転させ、僕は天使との対話を試みた。
「叶えなくて良い。今日はお前に会いにきたんだ」
僕は天使の目を見てハッキリと言った。
「おや? ということはワタクシを騙したのでしょうか? 良くない子ですね?」
「はっ、良く言うぜ。お前だって随分悪い子じゃねえかよ」
それに僕は殺人鬼だ。悪くて当たり前だろ。
「あらあら? ワタクシが悪い子? なにを言っているのでしょうか? 全く見当もつきません」
「お前だろ? 女の……臼白奏の存在感を消したのは」
「はぁ……臼白奏さんですか。えーっと、はい、そうですが……何か?」
「何か? じゃねえよっ! あいつは存在感を消されて困ってるんだ!」
「と、言われましても……ワタクシは臼白奏さんの願いを叶えただけです。消えたいという願いを。後の事は知りません」
「後の事は知らない? それでも天使かよ!」
「はい、天使です。それにその件は臼白奏さんの自己責任でもありますよ? 消えたいと思っていたんですから……私は、それをお手伝いしてあげただけなんです」
「……なら、戻してやってくれ。あいつはもう消えたいだなんて思ってねえ」
「面倒臭いです。おまけで両親の死を悲しまないようにもしてあげたんですよ? 今更元に戻せ……だなんて、ワガママです」
な、両親の死を悲しまないようにだと?
だから……女はあんな、全く表情も変えずに両親の死を語っていたのか?
「ワガママじゃねえよ……! そもそも、消えたいと思ったからといって、存在感を消すなんてあいつの意に反している! あいつは消えたいと願ったかもしれないが、存在感を消してほしいだなんて、少しも思っていない!」
「私がそう思ったからそうしたんです。何か?」
「何かじゃねえって言ってんだろ! 両親の死を悲しまないようにしたのもそうだ! それはあいつが乗り越えるべき問題だろうが! 女は両親の死を悲しまないようにして欲しいなんて思ってない! 勝手に何もかも変えて良いと思っているのかっ」
「あー、もう! うるさいですねぇ……。別に良いじゃないですか。黙って下さい、この下等生物が。天使にもいろいろあるんですよ。ノルマですよ、ノルマ。適当でも人間の願いをサポートすればお給料が出るんです」
「……ちっ、何がお給料だよ! お前、人間の気持ちを考えたことあるのかよ!」
「ありません」
天使は冷めたような顔で言った。
まるで、人間なんて本当に心の底からどうでも良いと思っているかのように、そう言ったのだ。
こんなのもう……天使じゃない。
「悪魔だ」
「あ?」
天使はさっきまでの丁寧さも捨て、僕の呟きに反応した。
「悪魔だと言ったんだよ! お前みたいな奴、天使じゃねえよ。悪魔だ。それも、最悪のな!」
「ワタクシの……俺様のことを悪魔だとおおおっ?」
天使の顔は怒りの色に染まり、僕を睨みつける。
そして天使は後ろに魔法陣のようなものを展開させた。
「は、貴様は許さねえ。俺様を悪魔なんていう屑と一緒にしやがって! 一発で木っ端微塵にしてやるぜえっ!」
そう言い、天使は魔法陣から巨大な光線を放った。
だが……僕に攻撃を与えるということはすなわち、僕に接触出来る状態でないといけない。
つまり、身体を人間の状態にしないといけない。
だから……! 今の天使には僕も攻撃が……。
「出来るんだよおおっ!」
僕はナイフを持ち、走り出した。
光線が目の前から迫ってくるが、これなら左腕を犠牲にすればどうにか避けられる……!
そう考えた僕は、右に避けた。
もちろん思っていた通り、左腕は消し飛ぶ。
痛みは物凄いが、これならまだ耐えられる……!
僕は自分にそう言い聞かせ、根性で天使に向かって走ることを続ける。
そして右手に持ったナイフを天使の首元に狙いを定め、僕は天使の懐に潜り込み、ナイフを下から首へ向かい突き上げた。
狙いは的中である。
つまり……天使は死んだ。
終われば余りにも一瞬で、あっさりだったが、僕は天使を殺すことに成功したのだ。
だが、そんな喜びに浸る間もなく、僕は倒れた。
ズシリと身体は重く、立ち上がることすら出来ない。
流石に左腕一本消し飛べば、その出血量は相当なものだ。
大量出血である。
意識が朦朧としてきた。
血が足りないのだろう。
ああ……全く、殺人鬼が女を助けて死ぬだなんて情けないにもほどがある。
まぁでも良いか……こんな死に方も。
女を助けて死ぬだなんて、青春じゃあないか。
あはは……でも、死にたくねえなぁ。
まだあいつの笑顔を見れていないじゃないか……。
僕はそんなことを思いながら、完全に意識を失った。
19
「起きろ」
僕はそんな声で無理やり目覚めさせれた。
白木の声である、
「うん? ここは?」
「私の病院に決まっているだろう。一応下の者にお前の見張りを頼んでおいて正解だった。ふん、瀕死の状態で倒れているとはな」
「あー……えっと、ありがとうな」
「貴様を死なさないでくれと貴様の兄から言われていたからな。仕方なく……だ」
「そうか……でも、ありがとう」
「ああ、そういえば左腕も付けておいてやったぞ。義腕だがな。まぁ仮に付けたものだから性能としては最低限のこと……つまり物を持つことくらいしか出来んが、それで我慢してくれ」
「分かったよ」
言いながら左腕を確認する。
うーむ、やっぱり動かしにくいな。
「じゃあ退院だ。さっさと帰れ」
「ったく、相変わらず酷いな。まだ起きたばっかなんだぜ? 安静にさせろよ」
「いい加減にしろ。今日は余りにもお前のと関わることが多すぎた。そろそろ全身から血を吹き出して死にそうだ」
「僕は新種の病原菌かよ……。まぁ、そこまで言うなら帰るけどよ」
言って僕は起き上がる。
うん、身体の方は全然元気らしい。
これなら歩いて帰るくらいは余裕で出来そうだ。
「今回は色々してやったんだ。対価だけは絶対に忘れるなよ」
ああ……すっかり忘れていた。
何渡せば納得してくれるだろうか?
まあ、それは後で考えるか。
「分かってるよ。じゃあ帰るわ」
僕はそう言い手術室を出て、エレベーターの中に入る。
そして一階へのボタンを押した後、携帯で時間を確認した。
僕はどれくらいの間、気を失っていたんだろうか?
まず日付けを見る。
うん、変わっていない。
つまり一日中気絶していた訳ではなかったのだろう。
そして時間……何と、僕が天使と戦う前から、一時間ほどしか経っていなかった。
「え?」
思わずそんな声を出す。
天使との会話と戦いに約二十分ほどかかっていたとして、残り四十分。
その四十分であいつは僕を病院まで運び込み、手術を済ませたというのか?
はぁ……全く、化け物みたいな奴だぜ。
僕は白木の異常性に心底呆れつつ、一階にたどり着いたエレベーターから外に出て、家へと帰った。
20
部屋の前に着くと泣き声が聞こえた。
女の声だ。恐らく、両親の死を悲しんでいるのだろう。
数ヶ月遅れて……ではあるが、彼女は悲しむという感情を取り戻し、ついに両親の死に向き会えたのだろう。
そして、それは即ち存在感も戻ったということを表している。
天使が死んでも戻らない可能性があるかもしれないと危惧していたが、そんな心配はどうやら必要なかったようだ。
さて、女が悲しんでいるというのに、なにもしない僕じゃあない。
両親を生き返らせることも、もちろん女の悲しみを理解することも出来ないけれど、励ますくらいのことは出来るだろう。
太陽が昇ってくる。もうすぐ朝だ。
いつかは、こんな太陽みたいにまぶしい笑顔を女が見せてくれるかもという期待に胸を躍らせながら、僕は扉を開けた。
やっぱり、女は泣いている。
「ただいま、なに泣いてるんだよ?」
僕はとぼけたようにそう言ってみせる。
すると、女は涙を服の袖で拭いながら、「泣いてないわよ」と言った。
「私は……泣かないわ。だって、嬉しいもの」
「あん? 嬉しい?」
「そうよ。だって、やっと思い出せたのよ? 両親のことを……全部」
「…………そうか。良かったな」
「えぇ……全部、あなたのおかげ」
言って女は僕に抱きついた。
「はっきり言って、私はあなたに惚れてしまったわ」
「は?」
「恋人はまだ無理でも……満月君。私と、友達になってくれるかしら?」
「……ああ。僕で良ければ友達になんていくらでもなってやるよ…………か、奏」
「名前、呼んでくれるのね? 嬉しいわ」
「まぁ……友達だからな」
「ふふっ……そうね」
そう言って女は笑った。
……僕はこの笑顔を見る為に頑張ったのだろうな、と思う。
なぜなら僕は今、とても幸せな気分だから。
これまでにない幸せな気分。
もしかしたらこれが青春というやつなのかもしれないと、僕はそんなことを思ったりした。
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