第一話21〜29
21
翌日、僕はやめたはずの学校へ向かっていた。
一人ではない、友達と二人でだ。
「それで? お前、友達は出来たのか?」
お節介とも思われるかもしれないが、僕はそんなことを聞いた。昨日は奏が存在感が戻って初めての学校だったのだ。心配もしたくなる。
昨日は奏と友達になってすぐに下剤が効いてきたせいで寝るまでずっとトイレだったからな。何も聞けなかったのだ。
「あら? あなたはどう思うの?」
「うん? まぁ……出来たんじゃねえの? お前、見た目は良いし」
「おやおや、残念。不正解、大間違い、大失敗よ」
「はぁ……不正解、大間違い、大失敗、ねぇ。つまり、友達出来なかったんだな?」
「ええ、不思議よね? 話しかけられても全部無視していただけだというのに……」
「それが悪いんだろ……なんで無視したんだ?」
「私、コミュニケーション能力に自信がないのよ。急に話しかけられても困るわ。まずは話しかけても良いですか? とでも言ってくれないと……」
「話しかけるのに許可がいるのか⁉︎」
どこの国の王女様だ。
そんなんじゃあクラスメイトは誰も話しかけてくれねえよ……。
「まぁ、友達なんていなくても良いわ。満月君がいるもの」
「……ふっ、そうだな。僕も友達はお前だけだし」
全く……ぼっちコンビ結成ってか?
悲しいコンビだ。あれ? というかコンビの時点でぼっちじゃあないのか。
そんなつまらないことを考えていると、女は急に、「あ、そういえば席替えをしたのよ」と僕に言った。
「席替え?」
「そう、席替え。窓側二列の一番後ろ、一番左があなたで、その右が私よ」
「ということは……隣か」
「ええ、嬉しいわ」
「お前……随分と素直になったな」
昨日のこいつなら、「あなたと隣だなんて、少し自殺したくなってきたわ。いえ、むしろあなたが死になさい」とでも言いそうだったと言うのに、随分と可愛らしくなったものだ。
「あらやだ、私としたことがちょろすぎたかしら? 私のキャッチフレーズは攻略最難関隠しヒロインだと言うのに……困ったわね。よし、修正修正。もう少しの間は、昨日のようにクールandサイコな感じでいくわ」
「クールはまだしもサイコは勘弁してくれ……」
また眼球をナイフで刺されてしまう……。
これからは一緒の家で暮らすというのにそんなキャラじゃあ僕の命と心が保たない。
「では、一気に路線変更して逆にあえてデレデレ素直キャラでいってみようかしら?」
「デレデレ素直キャラ?」
「要は正ヒロインキャラになるということよ」
「はぁ……じゃあ試しにやってみろよ」
「ねぇ、満月君……。私、あなたことが好きなのっ! 良かったら……付き合ってくれませんか?」
「超可愛いけどお前がやるとなんか怖い!」
お前がそんなキャラだと何か企んでるように思えてしまう……。
「怖いとは失礼ね。それを言うならばあなたの殺人鬼というキャラのほうがよっぽど怖いわよ」
「キャラじゃねえよっ! 真実だよ!」
「あらあら、そうよね。あなたは殺人鬼(笑)よね」
「後ろに(笑)が見えるのは気のせいか……?」
これじゃあ僕が殺人鬼の真似事をしている痛いやつみたいじゃないか……。
「気のせいじゃあないわ。殺人鬼なんて最近は流行っていないからやめたら良いのに……と失笑しているのよ」
「昔も今も殺人鬼は流行ったことねえよっ!」
殺人鬼が流行るってどんな殺伐とした世界観だ。怖すぎる。
いや、殺人鬼の僕が言うのもなんだけど……。
「まぁ、私としては本当にあなたには殺人鬼をやめてもらいたいのよ。あなたと普通の青春を普通に過ごしたいの」
「…………そうか。でも、それは出来ない」
「どうして……?」
「殺人衝動……僕は人を殺すことが我慢出来ないんだ。これは生まれつきの症状で、頑張っても一ヶ月我慢するのが限界だ。だから……殺人鬼はやめられない」
「……そう。なら諦めるわ。別に殺人鬼であろうと、殺人鬼でなかろうと、満月君は満月君だもの」
「うん、そう言ってくれると嬉しい……って、あ! ごめん、ここでお別れだ」
僕にはこれから用事がある。先ほど学校に向かっているとは言ったものの、それは途中までの事だ。今から僕は白木の所へ向かわなくてはならないのである。
「分かったわ。先生にはなんて言い訳しておく?」
「そうだな……小さい子供を預けにいくとでも言っておいてくれ」
「小さい子供……? よく分からないけれど、まぁそう伝えておくわ」
「ああ、助かる」
全く言い訳にもならないだろうけれど、本当に小さい子供を預けに行くのだから仕方あるまい。
「じゃあ、また家で」
「ええ」
軽く手を振りながら奏と分かれ、僕は白木のもとへと……つまり白木病院、別名白木異学団へと向かった。
22
「…………と言うわけだ。まぁつまり、天使は給料の為に人間の願いを適当にでも叶えてたってことだな。それでその被害者が僕の同級生って訳だ。全く……金の為に動くって点では人間も天使も本質的な所では変わらないのかもしれないな。良いやつもいれば悪いやつもいる……こう考えると、天使も人間も悪魔もそれぞれってことだ。なんでも種族で決めちゃあいけないってことが良くわかったよ。天使ってだけで過大評価して、崇めて、讃えるなんて間違ってたな……ってその悪魔みたいな天使を見て思ったよ。本当に」
病院に着いて、僕は白木に今回のことを全て話した。
特に天使との戦いは、白木も全く知らない所なので重点的に。
「その話を私にする意味はあったのか?」
しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。
意味と言われても困る。
「お前も一応関わったんだし、というかお前には今回結構助けて貰ったし、全て説明しておこうかと思ったんだけど……あれ? 全く興味無かった感じなのか?」
「天使に対する興味はあるが、貴様が天使と戦って勝ったことは全くもって興味がなかった。そもそも、死にかけの貴様を手術してやったのは私だぞ? 勝ったか負けたかくらいは知っている」
「まぁ……確かに。あ、でも天使に対する興味はあるんだよな?」
「ああ、ついさっき言った通りだ」
「うん、それなら良かった。今日はどっちかというとこれから話す内容の方がメインなんだ」
「ほぉ……そういえば、お前。見慣れない腕輪のようなものをしているが、それの話か?」
……さすが白木、鋭いな。
「そうだ。えーっと……話しは昨日に遡るんだけど聞いてくれるか?」
「ふん、まぁ良いだろう」
「じゃあ、まずは昨日一日ずっとトイレに引きこもっていた僕の気分でも想像して頂くとしよう……」
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話しはさっきも言った通り、昨日に遡る。
昨日の……確か昼だ。地獄のような腹の痛みが少しマシになったから、僕はやっとのこと休憩出来ると思い、寝転がってテレビをぼーっと見ていた。いや、見ていたというよりは眺めていたと言ったほうが正しいか?
なにせ本当に地獄のような時間を朝から昼にかけて過ごしてきたんだ。テレビを見る体力、そして集中力すらもロクに残っちゃあいなかった。
そして数分後、微粒子レベルでギリギリ残っていた集中力も途切れ、僕はテレビを消した。
その時だった。本当にその時。
まるでテレビを消すのを見計らったかのようなタイミングであり、僕の集中力が完全に途切れたのを狙ってきたかのようなタイミングだった。
ピンポーン……と、愉快な機械音が僕の部屋を支配した。
唐突なその音のせいで、完全にぼーっとしていた僕は驚きビクリと身体を揺らした。
何だと思いのそのそとおぼろげな意識のまま歩いて扉まで向かう。
「誰ですか?」
扉越しにそう聞いた。
「ワタクシです」
すると聞いたことがあるようなないような、そんな声が返ってきた。
「ワタクシ詐欺ですか」
「ワタクシ詐欺って何ですか。オレオレ詐欺みたいに」
「はぁ……それで誰なんですか?」
僕は特に話しを弾ませることもなくそう聞いた。
もう会話するのもかなりしんどかったのである。
「ワタクシですよ。アンリニューゼ・ヘビル・リーフェストです」
「……誰ですか?」
アンリニューゼ・ヘビル・リーフェストなんて名前を聞いたことも見たこともない僕は再びそう聞いた。
「あ……そういえば名前は名乗っていませんでしたね。ワタクシですよ。あなたに殺された天使です」
「へ⁉︎」
思わずそんな声を出し飛び退いた。
どういうことだ……と思った。なんで僕が殺したはずの天使が僕の部屋を訪ねてきているんだと思った。
「あなた……まぁつまり人間に危害を加えたということでワタクシ、人間界に追放されてしまったのです」
「いや、ちょっと待て。そんなことはどうでもいい。それよりお前……なんで生きてるんだよ?」
「へ? ああ、女神様に生き返らせていただいたのですよ。『アンリニューゼ・ヘビル・リーフェスト。あなたのような愚か者を死なす訳にはいきません。あなたには罰を与えないといけませんので』と言われましてね」
「その女神様とやらも中々に酷いお方だな」
罰を与える為に生き返らせるとは……。
「あはは……まぁとにかく扉を開けて頂けませんか?」
「え? 嫌だよ」
「なんでですか!」
「なんか面倒くさそうだし……僕は今疲れているんだ」
「そんな! ワタクシ、女神様に『天使を殺せる人間がいるとは驚きですね。よし、せっかく人間界に追放されるんです。その人にお世話になってきなさい。そしていろいろ勉強しなさい』なんてことを言われているんですよ? あなたにお世話にならないと女神様に天界から攻撃されます! というか殺されてしまいます!」
「知らねえよ……そんなこと。なんで僕がお前をお世話しないといけないんだよ」
「あなたはワタクシのような可愛い子供をこんなところに放置するのですか! 酷いです! 外道です! 悪魔です!」
「黙れ、悪魔みたいな本性してる癖して僕を悪魔呼ばわりするな」
「それは謝ります! ですからどうか中に入れてください」
「うーむ、よし! 僕、実はまだお前の性別がどっちか分かってないんだけどさ。お前の性別で中に入れるか入れないか決めてやるよ」
というか本当にどっちなんだろうかって興味があった。
こいつ、とにかく中性的なのだ。
男なのか女なのか全く分からないほどに。
可愛い男にも見えるし、カッコイイ女にも見える。
「えっと……女ですが? 需要の高いロリですが?」
「あぁ、残念。可愛い子には旅をさせろって言うしね。すまないけど帰ってくれ」
「いえいえ、実は男です。ショタなんですよ。ワタクシ、ショタにもなれるんです」
「男の子はたくましく生きないとね。ということで、すまないけど帰ってくれ」
「どっちにしろ入れてくれないじゃないですか!」
というかショタにもなれるってなんなんだろうと思った。
天使だし、割と性別とか自由なのか?
「はぁ……わかったよ。入れてやる。ただし、あくまで話しを聞くだけだぞ?」
「はい! それで良いです!」
という訳で、僕は天使を部屋へと招いた。
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「ほお。天使の上には女神がいたのだな」
話の途中、白木はそんな風に横槍を入れてきた。
「そうだな。まぁ話しを聞くに、その女神様とやらも相当性格が悪そうだけどな……」
「ふん、天使が天使なら女神も女神ということだ」
「まぁな。女神様がもう少しアンリのことを教育しておいてくれれば、僕の同級生が存在感を失うことも、僕がアンリを殺すこともなかったのに」
「アンリ……?」
「ああ、うん。アンリニューゼ・ヘビル・リーフェストって名前、長すぎるだろ? だからそう呼んでるんだよ」
「アンリニューゼ・ヘビル・リーフェスト……ふん、確かに長いが天使をそんな愛称で呼ぶとはな。一応は殺しあった相手だぞ? そんなに親しくしていいのか?」
「いや、別に。ただ、名前を呼ぶのにも説明するのにもとにかく長いからな。不便なんだよ」
「ふん、貴様がそれでいいなら良いだろう。それで……? 天使を、アンリニューゼ・ヘビル・リーフェストを部屋に入れてから、どういう経緯でその腕輪を手に入れたんだ? そもそも、その腕輪は何なんだ?」
「ああ、じゃあ続き……話すよ」
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「狭いですね」
奏と同じで、天使が僕の部屋に入って最初に言ったのはそんな言葉だった。
「金がないんだよ」
「まぁ……部屋が狭いのは我慢してあげましょう。問題はお風呂ですから! お風呂の広さですから! せめて三十七万四千平方キロメートルくらいあればいいのですが……」
「なんでこの狭いアパートのお風呂に世界一広い湖と同じ面積を要求するんだよ。どこに行ってもねえよ。そんな風呂」
「あらあら、天界にはゴミの数ほどあるのに」
「それを言うなら星の数じゃないのか?」
「星でもゴミでもたいして変わりませんよ。流れ星なんてあれ、ゴミが燃えて光っているだけなんでしょう?」
「いやいや、だからって流石に星とゴミを一緒にしちゃあ駄目だろ。ほら……えーっと、なんていうか星にはロマンとかがあるじゃん?」
「ロマンなんて何の役に立つんですか?」
「……」
ロマンなど追い求めたこともない僕は、もちろんその質問に答えることは出来なかった。
「まあまあ、冗談ですよ。冗談。ワタクシも星は好きですよ。綺麗ですし」
「へえ、女の子っぽいところもあるんだな」
「まぁ綺麗という点だけならお金にもなる分、宝石のほうが良いですけどね」
「女の子っぽいと思った僕が馬鹿だった……」
やっぱりこいつ天使じゃねえよ。
ただの性格悪いやつだ。
「何を言ってるんですか。今の世の中、女子力よりも経済力ですよ。ガンガン稼ぎましょう!」
「お前、容姿は子供姿なんだからそういうこと言うなよ。子供がそんなこと言っているの見るのなんか嫌だよ」
「でも最近の子供は意外と頭が良いらしいですよ。この前、保育園児が株の話をしているの聞きました」
「カブの間違いじゃないか?」
まぁ株かカブかはその保育園時に聞かないことには分からないけれど、カブだと信じたいものだ。
保育園児が株の話って……なんだか将来が怖い。
親の金を勝手に使い株をし、破産している未来が容易に想像できる。
「さて雑談もそこそこにして……そろそろ話をしましょうか。あれ? というかフルムーンさん。お茶はどうしたのですか? お茶は。お客様が、それも天使様が来ているのですよ? お茶と茶菓子くらいは出してください。気がきかないですねぇ……」
「どこからつっこめばいいんだ……?」
「は? 何を言っているんですかフルムーンさん」
「それだよ。まずはそれだ。なんだよフルムーンさんって……」
「え? だって満月さんなんでしょう? つまり、フルムーンさんじゃないですか」
「普通に満月さんで良くないか?」
「呼びにくいんですよ。ほら、天使って全員名前に漢字が入っていないでしょう?」
「知らねえよ。全員って言うほど天使なんて知らねえよ。天使なんてお前しか知らねえし知りたくもねえよ」
「おや、ということは最近流行りのデラックス天使スペシャルもご存知ないと?」
「知らないけど全く興味もわかねえよ。デラックス天使スペシャルって……これほど興味がわかない名前も中々ないぞ」
うーむ、そんなものが流行っている天界とはいったいどれほどつまらないのだろうか?
「まぁまぁ、フルムーンさん」
「呼び方は変えないんだな」
「ワタクシ、こう見えて頑固ですからね。そう簡単に呼び方は変えません。それよりもフルムーンさん。さっきも言いましたがお茶はまだなのですか?」
「出す気もねえよ。話聞くだけって言ったろ?」
「記憶にありませんねぇ……皆さんはどう思います? うん、うんうんうん。なるほど、フルムーンさん。やっぱりそんなこと言っていないと皆さんがおっしゃっていますよ?」
「皆さんって誰だよ! 僕の家に見えない誰かでもいるのか⁉︎」
軽いホラーだ。
まぁ仮に見えない誰かがいたとしても、皆さんとやらも馬鹿そうなので心配することもあるまい。
「はぁ……わかりました。仕方ないですね。お茶は諦めます」
「うん、それが一番だ」
「その代わり、お昼ご飯を恵んでください。朝から何も食べていないのです」
言いながら天使は上目遣いで僕を見た。
うーむ……天使のプライドなんてものはもうないのだろうか? 完全に人間に媚びてるじゃないか。
なんだか天使がそんな惨めなことをしているというのは少し可哀想にも思えてきた。
よし、少しくらいは優しくしてやるとしよう。
「…………僕も今から食べようとしていたし、ついでに作ってやるよ」
「本当ですか⁉︎ あの鬼畜なフルムーンさんが⁉︎」
「お前やっぱり凄い腹立つな」
僕は心の中でこいつの料理だけは激辛にすることを決意した。
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「いつになったら話は進むんだ?」
するとまたも白木は話に突っ込んできた。
「いつになったら進むって……着実に進んでいるじゃないか」
「私がお前の話を聞いている限りではお風呂の話をしてゴミと星の話をし、貴様の名前、お茶の話と続いて最後に昼飯を作ることになっていたと思うのだが」
「え? しっかり昼飯の下りまで進んでいるじゃないか」
「違う。私が言いたいのはそんなことじゃあない。余計な雑談を省けと言っているんだ。もっと要約して話せんのか?」
「まあまあ、安心しろ。昼飯の後から話は進むから」
「ふん、ならば次はそこから話せ」
「え? じゃあ昼ごはんを作っている時に僕が天使のことをアンリって呼ぶことになったんだけど、その辺もカットしろって言うのかよ」
「ああ、カットしろ」
「じゃあ僕が作った超激辛料理でアンリが死にそうになるところをカットしろって言うのかよ」
「ああ、カットしろ」
ということで、話は昼食後に飛ぶことになってしまった。
「じゃあ、昼食後から……話すとしよう」
27
「なんだかスキップされた気がします」
アンリは突然そんな訳の分からないことを言った。
「スキップ?」
「ええ、具体的にはワタクシの激辛料理に対する迫真のリアクションがオールカットされた気がします」
「はぁ……良くわからないが、まあ良いんじゃあないのか? あのリアクションはアンリのイメージぶち壊しにもほどがあったし」
「そうですね。では、そろそろ本題に入るとしましょうか」
「ああ」
ということで僕たち二人は机を挟んでお互いリラックスした状態で座った。
「えーっと、まずはこれを……」
「ん?」
アンリが取り出したのは輪っかだった。
輪っかというか……腕輪?
天使の輪っかのような腕輪だ。
「これは天使の腕輪。どんなものでも封印できます」
「へえ」
それは凄い。とても便利そうなアイテムだ。
「それでですね。このアイテムを渡す代わりに、私の面倒を見てほしいのですよ。あなたとともに過ごし、勉強しないといけないとはさっきも言いましたよね?」
「ああ、女神様に殺されるんだったか?」
「はい。それで……面倒を見てくれるでしょうか?」
「うーん、じゃあ質問良いか?」
「ええ」
「その天使の腕輪は誰かに渡しても良いのか?」
「ええ、構いませんよ」
「ならもう一個質問」
「はい」
「腕輪の中に何かを封印して、その腕輪を誰かに渡したら中のものの所有権はどうなるんだ?」
「所有権……ですか。まあ天使の腕輪は基本的に誰かに渡すとその方が持ち主として認定されるので中のものももちろんその人のものになりますね」
よし、良いことを思いついてしまった。
「分かった。面倒を見てやるよ。だから早く天使の腕輪を僕に渡せ」
「はあ、さっきはあんなにも嫌がっていたのにですか?」
「うん、僕って優しいからな。本当に困っている人がいたら助けずにはいられないんだよ」
「おお! さきほど鬼畜と言ったのは訂正します! フルムーンさん優しいですね!」
「ああ僕は優しいんだ。だからほら、早く。天使の腕輪を渡せよ」
「ええ。えーっと……ではこれが天使の腕輪です」
「うん、サンキュー。じゃあ早速使ってみるよ」
「へ?」
僕はアンリを天使の腕輪に封印した。
その後、また腹痛に襲われトイレに引きこもることになるがその辺は割愛させてもらおう。
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「ということは……その腕輪の中に天使が、アンリニューゼ・ヘビル・リーフェストがいるのか?」
白木は少し驚いたかのように僕に尋ねた。
「そういうことになるな」
僕は短くそれに答える。
「ふん、なるほど。掴めてきたぞ。貴様がなぜ今日ここに来たのかがな」
「流石だな、白木。もう分かったのかよ」
「ああ、その腕輪を私に渡しに来たのだろう?」
「正解だ。ほら、僕が白木にこの腕輪を渡したら中のこいつも白木のものになるだろ? 白木は天使を研究できるし、僕もこいつから解放され、アンリもまぁ自分を殺した僕なんかに面倒を見られるよりはお前に面倒を見てもらったほうが良さそうだし、三人ともが幸せになる最高の選択肢だろ?」
「だが話を聞いた限りだと、貴様がこいつの面倒を見なければこいつは女神に殺されるのではなかったか?」
「ああ……まぁそいつの所有権がお前のものになるんだし大丈夫だろ。女神様だって流石にこれは例外にしてくれるはずだ」
多分だけど……。
「ふん、ではその天使の腕輪をよこして早く帰れ。私の研究意欲は久方ぶりに燃えている」
「ああ……その前に。ほら僕、目を直してもらった時と腕を直してもらった時、対価を払わないといけないことになっただろ?」
「ああ、そうだが?」
「その対価……この腕輪で良いかな?」
「ふむ……まぁ良いだろう。最高の研究材料だからな」
「サンキュー! じゃあほら、腕輪だ」
言いながら僕は立ち上がり、腕輪を投げた。
「ふん、確かに受け取った」
白木はそれを片手で軽く受け取り、早速自分の腕に着けた。
「うん、よく似合ってるぜ?」
「そうか。貴様に言われても微塵も嬉しくはないがな……さて、用事がすんだのならもう帰れ。私は忙しいんだ」
「あー……でもごめん。最後に一つだけ、一つだけ良いか?」
「なんだ?」
僕にはまだ一つ、疑問があった。
「いや、全部終わってみてさ。まだ分からないことがあるんだよ」
「分からないこと?」
「僕はなんで存在感がないはずの人間を見れたんだろうかってことだよ。僕は……というか僕だけが」
「ふん、そんなことか」
「あれ? もう分かってるのかよ。僕は……まぁ奇跡みたいなものなんだろうと思ってたんだけど」
「ふん、奇跡などそう簡単に起こるか。明確な理由くらいある」
「明確な理由……?」
うーん……全く思いつかねえぞ。
「お前がお前の同級生に出会った時、そいつはナイフを持っていたのだろう?」
「ん? そうだぜ。僕のお気に入りのナイフだ」
「ふん、もし仮にお前がそいつを見ることが出来なければ、ナイフは浮いているように見えるはずだ。だがそこには矛盾が生じる。普通ナイフが浮いている訳がない。だからこそ貴様の脳は潜在的にそこに誰かがいると分かったんだ」
「あれ? でもそれならあいつは服着ている訳だし、服も浮いてるように見えて、みんなそこに誰かがいるって気付くんじゃないのか?」
「ふん、それは違う。そいつは完全に存在感がなくなっている状態だぞ。基本的にはそいつの所有物も存在感がなくなる」
「それなら僕のナイフだってあいつが拾った時点であいつの所有物になって存在感もなくなるんじゃねえのか?」
「そうだ。だが、あのナイフは貴様にとって命のようなもの。存在感がなくなったといってもナイフは確実にそこにあるんだ。気づかない訳があるまい」
「あ……。そしてナイフに気づいた僕はナイフを持っているあいつにも気づいた……ということか」
「ふん、そういうことだ。先ほど貴様はそいつが見えたことが奇跡などとほざいていたが、本当に奇跡だったのは、お前が命のように大事にしているナイフを学校に忘れた……ということだな」
「……そっか」
なんというか上手いことまとめられてしまった。
「ふん、質問には答えたんだ。早く帰れ」
「……わかったよ」
全く、嫌われているものだ。
僕はエレベーターにさっと乗り込んだ。
白木は早く天使の研究をしたくて堪らないといった表情をしていたし、言われた通り早く帰ってやるとしよう。
まぁというわけでこの先あの天使がどうなるのかは知らないが、白木に腕輪はしっかりと渡したわけだしこれで全て解決だ。
一階に着いたということを知らせる音が鳴り、僕はエレベーターから降りた。
29
外に出るともう夕方であった。
思ったより話し込んでいたらしい。
今頃、奏も学校から帰っている頃であろうか?
そんなことを考えながら、僕は帰り道を進む。
それにしても……これで全て解決か。
今思うと短い話だった。
僕はこの体験でいったい何を得たんだろう?
「ただいま」
そう言って部屋の扉を開ける。
「おかえりなさい」
するとそんな声が返ってきた。
その声が聞こえてきた方を僕は見る。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。
なるほど……つまりこの話は、奏の天使のようなこの笑顔を見るための話だったのだろう。
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