第二話『完璧より欲しかったものは真の友情』

第二話01〜03

01


 天才とはいったいなんなのだろうか?

僕はそんなことを考えていた。

文字通り、天から与えられた才能のことではあるのだろうけれどそんな言葉だけで語れるようはものでないように思える。

天才は天才なりに天才として努力しているのだろうし、天才もそんな自分の努力を天才の一言で片付けられるのは心外だろう。

僕としても気持ちは分かる。

僕だってある種の天才なのだ。

殺しの……天才。殺人鬼。

伝説とまで言われる殺人鬼一族である殺死満鬼族において、僕は天才と言われていたのだ。

その天才の僕がなぜ天才がなんなのかということを考えているかと言うと、それは今僕の目の前にいる人物のせいだ。

こいつは本物だ。本物の天才。

名前は渼羽哀無みはねあいな

勉強運動なんて基本的なものは出来て当たり前、勉強は僕が死に物狂いの勉強と校長を脅したことによって入学したこの進学校においても学年一位は当たり前だし、運動も彼女はバスケ部と陸上部のどちらにも所属し大会で全国優勝を果たしているのである。

だがまぁ彼女の天才性はこんな語れるようなものではなく、僕が本当に彼女を天才だと思っているところは人間関係についてだ。

渼羽は、誰とでも仲が良く出来る。

それはある意味、勉強や運動なんかよりもよっぽど難しいことだ。

そしてよっぽど異常だ。

僕から言わせれば狂っていると言ってもいい。

だって、怖いじゃないか。

白木が僕を本能的に嫌っているように。

奏が白木を一目見て嫌っていたように。

人間は誰かしらから嫌われる。

何もしていなくても……もちろん何かをしていても、人間が誰かから嫌われることは必然なのだ。

だが……渼羽には、彼女にはそういうものがない。

いや、もちろん僕が渼羽の交友関係というか、人間関係を全て知っている訳ではないが、まぁ最低でも僕の知ってる限りにおいて、繰り返すが彼女には……そういうものがないのである。

嫌われるということが……絶対にないのである。


「どうしたの?」


すると、渼羽は僕の顔を覗き込むようにしてそう言った。


「なんでもない」


僕はそんな風に適当に返事する。


「あれ? もしかして私、嫌われているの?」

「いや、別に……嫌ってはいない。というかお前のこと嫌いなやつっているのか?」

「それはいると思うよ。人間が誰からも嫌われないなんてこと、無理だよ」

「そうか? お前ならやってのけそうな気もするけどな」

「私のこと過大評価しすぎだよぉ〜っ!」


言って渼羽は僕の鼻をツンっと軽く指で突いた。


「うわっ⁉︎」


椅子の背もたれに思いっきりもたれかかりぐらつかせて遊んでいた僕は、その勢いで椅子から転げ落ちた。


「あ、ごめん」

「ああ、別に良いよ。椅子で遊んでいた僕も悪い」


そう言いながら僕は左手を床につけ立ち上がろうとする……が、出来なかった。

すっかり忘れていたが、左手は仮も仮、物を軽く握ることくらいしか出来ないくらいの義手だった。

うーむ、そろそろ本格的な義手に変えてもらわないとな。

この前コップを持とうとしたらコップの重さで手が下に下がったくらいだし……。

義手というよりは、手に見えるなにかがくっついているだけみたいである。


「だ、大丈夫なの? 満月君」

「ん、ああ大丈夫。ちょっとバランス崩しただけ」


言いながら僕は、左手ではなく右手を使って立ち上がった。


「じゃあ、話の続き……しよっか」

「そうだな。えーっと? 体育大会の…………なんだっけか?」

「体育大会の競技決めだよ。各クラスから二つずつ希望を出さないといけないの」

「あー、そっか」


そう、僕たちは今そんなことで放課後の教室に残っている。

今は五月……確か奏と出会ってからもう二週間になるんだったかな?

因みに、僕がなぜクソ真面目にもこんな放課後に残ってまでクラスの女子とともに体育大会についての話をしているかと言われると、これは運が悪かった。

委員決めをした時のことだ。

学級委員……全く、こんな最悪な委員を考えたやつには憎しみを綴った表彰状を渡してやりたいところだがそれは出来ないから諦めるとして、僕はその学級委員というやつになってしまった。

男子の中に誰一人として学級委員になりたいという者がいなかった為クジ引きをすることになり、その結果がこれである。


「はぁ……」

「えー、私みたいな可愛い女の子といてため息なんて酷いよ〜っ!」

「いや、そりゃあ可愛いだろうけど……ただ面倒臭いんだよ。こういうの苦手だ」

「え……か、可愛い?」

「ん?」

「な、なんでもない……」


そう、こいつはかなり可愛い。

天才で容姿にも恵まれているだなんて本当、ずるいよなぁ……。

天は二物を与えずとは言うが、こいつを見ているとこれは嘘だと分かる。

いや、もしかすると完璧という物を一つ与えたのかもしれないが。


「はぁ……体育大会かぁ」

「ん? 満月君、体育大会に嫌な思い出でもあるの?」

「ん、いや、ないけど」


体育大会なんてもの参加したこともない。

僕がため息をついた理由はただ一つ。

手加減……したほうがいいのだろうか? ということだ。

やはり生まれた時から何年も殺人鬼として異常な奴らと殺し合いとかしてるから、身体能力とかが常人と違うんだよなぁ。

ビルの十階とかから落ちても無傷だもん……僕。


「それなら早く競技決めて早く帰ろ? 哀無ちゃんはデラックスパフェスペシャルを所望しま〜す」

「ちょっと待て。なんで一緒に帰ってしかも僕がその……デラックスパフェスペシャル? というのを奢ることになっているんだ?」


デラックスパフェスペシャル……ねぇ。

なんだか少し前くらいに性格の悪い天使がデラックス天使スペシャルとか訳の分からないことを言っていたけれど本当、デラックスとかスペシャルとかつけると頭悪そうだよなぁ……。


「良いじゃないぬぅ〜……私、満月君と一緒にデザートでも食べて仲良くしようかと思っているんだよ? これからも行事毎に顔合わせるし……何よりもクラスメイトだしね!」

「仲良くしようかと思っている奴に早速奢りを要求するなよ……」


というか良いじゃないぬぅ〜ってなんだよ。

何も良くねえよ。


「まぁ……でも、私は本当に満月君とは仲良くなりたいなーって思ってたよ?」

「はぁ……それはまた奇特なお方ですね」

「でしょ?」


そう言って渼羽は「えへへっ」と照れるようにする。

なんで照れてるんだ?


「お前、奇特の意味知らないのか?」

「ううん、知ってるよー? 簡単に言えば素晴らしい人って意味だよね?」

「はれ? 変わった人って意味じゃねえの?」

「それ誤用」


短く言われてしまった……マジかよ。

僕ずっと間違って使っていたよ。


「よーし! さっさと体育大会の競技決めちまおうぜ」


僕は恥ずかしさを誤魔化す為、少し大きな声でそう言った。


「そうだね。頑張ろうぜー!」


渼羽も僕を真似た風にノリノリでそう言った。


02


 結論から先に言うと、僕は結局頑張らなかった。

渼羽か次々と出していく案に、肯定するか否定するかしていなかった。

そして肯定した案の中からまた、肯定するか否定するかをした。

その繰り返しの結果、まあ体育大会の競技は決まった訳だけど……。


「なんか……ごめんな?」


向かい合わせになった机の上には軽く千は超えるであろうボツになった案を書いた紙が、まるで山のように積み上がっていた。


「別に良いよ。私! こういうの考えるの得意だし! 夢はパン屋です!」

「パン屋に体育大会での案を考えるのが得意って点が一切生かされる気がしないんだけど……」


言うと渼羽は「あははっ」と笑った。

可愛らしい人である。


「満月君は夢とかないの? パン屋さんとかパン屋さんとか」

「夢の範囲をパン屋さんに絞るなよ。お前はパン屋さんにどれだけ執着しているんだ……⁉︎」

「うーん、じゃあお米派なの? それとも麺派?」

「いつからこの国は主食を作る会社でしか働けなくなったんだよ!」


将来の夢が三択とか悲しいにもほどがあるだろ……。


「では真面目に」

「はい真面目に」

「満月君の将来の夢ってナンなの?」

「全然真面目になってねえじゃねえかっ! ナンって! 結局パンじゃねえかよ!」


その後、先生に書類を提出し片付けてをして帰ることとなったが、結局僕たちはパンの話題から離れることが出来ず、帰り道にはデラックスパフェスペシャルとやらを食べることになっていたが…………。

うん、パン屋さんに行くこととなった。

というかもう、僕たちはパン屋さんにいた。


「パン屋さんと言えばドーナツだよね〜」


渼羽は機嫌が良さそうにそう言ってドーナツをトングで掴む。


「それならドーナツ屋で良くねえか? 将来の夢とやらもドーナツ屋に変えろよ」

「違う違う、違うよ満月君。月とすっぽんくらい違うよ。満月君とすっぽんぽんくらい違うよ」

「訳分かんねえよ」


こいつ、頭良いはずなのになぁ……。

なんで言動がこんなに頭悪そうなんだろうか?


「私ですね。ドーナツだけでなくパンも作りたいのですよ。だからパン屋じゃないといけないの」

「ふーん……」


その割にはさっきからドーナツしか取ってないけれど、まあこんなこと指摘する必要もあるまい。


「よし、僕はこんなもんで良いかな」


奏の分も買ったのでそこそこ多くなってしまった。

あいつ……毎朝ご飯を食べているけど、パンも食べるのかな?

まあ、良いか。食べられなければ僕が食べてやればいいさ。


「あれ? 満月君、随分多いね? 家族の分?」

「ああ、うん。そうだけど」


家族というか……同居人? の分だな。

家族は親戚もろともとっくに全員死んでいる。


「私も家族に買って行こうかな〜……って一人暮らしだった! どうしよう⁉︎ 私一人暮らしだよ⁉︎」

「なら自分の分だけ買えば良いだろうが」

「あらあら、そうでした。哀無ちゃんドジっ子だね」

「ドジっ子というよりただの馬鹿なんじゃねえか?」

「辛辣だねぇ〜……満月君以外と毒舌?」

「お前にだけはな」

「えっ⁉︎ 私にだけ? 照れますなぁ〜……」

「なぜ照れる……⁉︎」


どうしよう……この子天才級の馬鹿だ。

天才は天才でも馬鹿の天才だ。

こいつが僕よりも成績が良いなんて少し納得出来ない。


「さて、じゃあそろそろお別れだね。満月君とは初めて話したけど……うん、結構楽しかったよ! 明日からも仲良くしようね?」


言って渼羽は僕に手を差し伸べる。

これは……握手をしろということか?

うーむ、小さい頃ならまだしも高校生になって真剣に握手って心なしか恥ずかしいものがあるな。

でも、まぁ……せっかく仲良くしようと言ってくれているんだ。無下には出来ない。


「うん、僕で良ければ」


そう言って僕はギュッと手を握り返した。

小さくて冷たい手だ。でも好意は伝わってくる。


「じゃ、バイバイ!」

「ああ」


渼羽さんに手を振られ、僕も軽く手を振り返してから、もうすっかりと暗くなった道を歩いて帰った。


03


「それで? 渼羽さんとのお話は楽しかった? 私を一人家に帰らしてクラスの人気者である渼羽さんと放課後のこんな時間までワイワイガヤガヤキャッキャウフフして楽しかったかしら? とーっても楽しかったのかしら? それはそれは楽しかったのでしょうね。こんな時間まで帰ってこないのだものね。いえいえ、別に怒ってはいないのよ? クラスの人と仲良くするのは良いことだわ。安心しなさい。満月君には何もしないから、その代わり……渼羽さんの家が明日にはワイワイガヤガヤキャッキャウフフな状態になるかもしれないけれど」


家に帰ると、ケチャップを持った奏にそんな風に詰め寄られた。

怖い怖い怖い怖い怖い!

奏さん怖いよ!

怒っていないとか言っているけど絶対怒ってるよ。


「というか……渼羽の家がワイワイガヤガヤキャッキャウフフな状態ってどういう意味だよ」

「あら、それをあなたに教えると引かれてしまうじゃない」

「僕に引かれるようなとんでもないことをする気なのか⁉︎」

「冗談よ、冗談。今はそう言っておくわ」

「後からどうなるんだよ! こわいよ!」


こいつ、僕のこと好きすぎだろ。

愛が重すぎる……僕が未だにこいつの告白に答えられない理由はそこにあるのだ。


「それで……ケチャップってことは今日の夜ご飯は何なんだ? オムライス? ハンバーグ?」

「あら? これはケチャップじゃあないわよ」

「うん? じゃあ何なんだよ」


見た所ケチャップにしか見えないけど……こんな感じの容器に入ったこんな感じの調味料なんて他にあったっけか?


「渼羽さんの血よ」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 怖いよ! もう既に渼羽自身をワイワイガヤガヤキャッキャウフフしちゃってるじゃねえか! 冗談だよな? 冗談なんだよな?」

「さあ? どうだったかしら。でも可愛かったわね、抵抗する渼羽さん」

「どうしよう! 僕の同居人が怖すぎる!」


殺人鬼の僕をここまで怖がらせないで欲しい。なんだか僕の殺人鬼というキャラが嘘みたいだ。


「まあ冗談よ。ふふっ」

「笑えねえよ……!」


そう言いながら、僕は座って奏の料理を待つことにした。

それにしても……この生活にも随分慣れてきたものだ。

二人暮らしをすることになるなんて面倒臭そうとしか思えなかったが、まあ今になってみるとご飯も作ってもらえるし、朝も起こしてもらえるしとても助かっている。


「はい、オムライスとハンバーグよ」

「まさか両方出てくるとは……」

「あら? 食べてくれないのかしら?」

「いやいや、成長期の食欲を舐めちゃあいけないぜ? こんくらい余裕だ」

「そう」


奏は素っ気なくそう言ったものの、少し喜んだ表情をしていた。

うん、最近はこいつの細かい表情の変化も大分わかってきたぞ。


「うん、美味しいよ」


僕は思ったことを正直に口にだした。

そう、こいつの料理はかなり美味しい。

卵かけ御飯を除いた全ての料理において、今までの約二週間一切ハズレがない。

奏は基本的には高スペックなのである。

勉強も運動もそこそこ出来ると言っていた。

まあ流石に勉強も運動も、渼羽には敵わないだろうけれども……。


「今、他の女のことを考えたわね? その女を剥ぎに向かっていいかしら?」

「剥ぐの⁉︎」

「もちろん、服ではなく皮膚をよ。安心しなさい」

「安心できる要素がねえよっ!」


ああ……僕、愛されてるなぁー。

はぁ…………思い合いは大事だと言うけれども、重い愛は怖いということが良く分かるぜ。


「そういえば……奏は僕以外のクラスメイトといっさい話していないけれど、それでイジめられたりしていないよな?」


僕は唐突にそんな話を奏にする。

この性格だと何かあるかもしれないと急に心配になったのだ。


「あら、心配してくれるの? 嬉しいわ」

「そりゃあ……な。ほら、女子のイジメのほうが怖いとか良く聞くし」

「それはまぁ……安心していいわ。渼羽さんがいる限り、恐らく私たちのクラスでイジメが起きることはないから」

「さすが渼羽だな」

「あの人、誰とでも仲良くできるものね。私は例外としても」

「そうだな……」


本当、なんであそこまで沢山の交友関係を結べるんだろうか?

コミュニケーション能力が高すぎやしないか?


「あれ? そういえば満月君」

「あん?」

「あなたはクラスメイト全員に話しかけても友達が出来なかったと言っていたけれど、渼羽さんには話しかけたの?」

「うん、話しかけたけど?」

「本当に?」

「本当に」

「なら何故友達になれなかったの?」

「……」


なんでだったかな……?

えーっと…………うん? あ!


「思い出した……確か話しかける暇もなかったんだ」

「やっぱり話しかけていないんじゃない。その感じだとクラスメイト全員に話しかけて友達が一人も出来なかったというのも嘘じゃないの?」

「いや、断じてそんなことはない。お前と渼羽を除いて、僕は全員に話しかけた」

「因みに……なんて話しかけたのかしら? 全員に話しかけて全員と友達になれないだなんて相当最悪の話しかけ方だったんでしょう?」

「えーっと確か……『よお! お前何やってんだよ』って爽やかな笑顔で」

「あなたがそんなこと言っても不良が絡んでいるようにしか聞こえないわよ? あなた、身長は低いけれど……オーラというか、そういうものが怖いもの」

「はぁん……って身長が低いことを指摘すんな! ぶっ殺すぞ!」

「あなたが言うと洒落にならないわよ。それにしても満月君、身長の低さを気にしていたのね。私的には女装が似合いそうでとても良いと思うのだけれど」

「はぁ?」


女装が似合うという点に全くの良さを感じないんだが……。

僕がこれからの人生において、女装をしなければならないことなんて絶対ないからな。


「だいたい、女装が似合ったところでお前に特があるのか?」

「あるわよ」

「なんで?」


聞くと、奏は真面目な顔をして僕をしっかりと見た。

僕も同じように奏をしっかりと見る。

そして真面目な顔のまま、奏は言った。


「私、基本的には百合ゆりだもの」

「はあああああああ⁉︎」


驚愕の真実だった。


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