第一話12〜16

12


「狭いわね」


僕の家……つまりアパートに着いて、女が初めて発した言葉は、そんな言葉だった。

そう、僕の住んでいるアパートは、相当狭い。

と言っても普通の生活は出来るのだが、部屋のほとんどを風呂とトイレが占領しているため、自由にものを置けるスペースは本当に狭い。

布団、テーブル、テレビ、冷蔵庫、そんな基本的なものを置くだけでも精一杯である。

まぁ、狭いは狭いで物が取りやすいし、便利と言えば便利なんだけどね?

因みに、見られてはいけないような物はしっかりと布団の下に隠してある。

女よ。絶対に布団の下だけは見るなよ?

僕の趣味がバレてしまうのだけは、御勘弁願いたい。


「仕方ないだろ? 金ないんだから」


僕はそんな風に部屋の狭い理由を説明する。

うん、金がない。

これはどうしようもないのだ。

毎日、殺した人間の財布から拝借したお金で、その日暮らしの生活をしているからな。


「そうね。では、お邪魔するわ」

「あぁ、入ってくれ」


そして女は僕の部屋に入り、部屋の半分は占領しているであろう、布団の上に座った。

まぁそこくらいしか座る場所がない訳だし、仕方あるまい。

僕も女の横に座る。


「それで……お風呂は?」

「そこの扉を開けたらすぐだ」

「ふーん……では少し休憩したら、使わせて貰うわ」

「あぁ、ご自由にどうぞ」

「それにしても……さっきから布団の下に何かあるようなのだけど。大きさと形からして……本、かしら?」


しまった……まさか丁度上に座ってしまうとは思わなかった。


「木の板だよ、木の板。僕の趣味は日曜大工なんだ」

「へえ……?」


女は疑いの眼差しを僕に向ける。

うーむ、流石に日曜大工は無理があるか……?


「そ、そうだ。お茶でも出すよ。お茶でも」


誤魔化すように僕は言う。


「そうね……いただくわ」


そう言われたので、僕は少し立ち上がり、冷蔵庫を開けお茶を入れたペットボトルを取り出す。

そして、後ろを振り向くと……女が布団の下を覗こうとしていた。


「……っ⁉︎ やめてくれええっ!」


僕はそんな情けない声を出し、急いで女の手を掴む。


「触れないで。頭が悪くなるわ」

「そんなことで頭は悪くならねえよっ! それよりも僕の秘密に触れないでくれえっ!」

「秘密って……どうせエロ本でも隠しているのでしょう?」

「散々ボカしてきたのになんでそうはっきり言うんだよぉ……!」


その後、僕の布団の下に隠された秘密は、僕の涙と怒りによる本気の抵抗によって守られた。


13


「ふぅ……疲れたわ」

「そりゃあそうだ……僕も疲れたよ。お前、どれだけ僕の弱みを握りたいんだよ。怖いよ」

「弱みを握って損することはないのよ? 素敵だと思わない?」

「思わないよ……思いたくもねえよ。そんな最悪の思考になりたくねえよ」

「至高の思考だと思うのだけれど……?」

「それを本気で言ってるなら僕、お前のことを本気で更生しないといけないレベルのやばい奴だと認定するぞ……」

「ふふっ、冗談よ。半分くらい……」

「どこから半分なんだ⁉︎」


少し怖い……僕は弱みを握られないように気をつけないとな。

あれ? でも殺人鬼ってバレてる時点でもう弱みを握られているようなものなんじゃ……!

くっ、僕の人生もここで終わりだというのか……⁉︎

僕がそんな下らないことを考えていると、女は立ち上がった。


「お風呂、借りるわね?」

「ん? あぁ……もう結構時間経ってるんだな」

「ええ、それで……頼みがあるのだけど」

「なんだよ」

「服を、貸して欲しいの」

「服か。別に良いぜ、僕の服で良いんならなんでも…………って、服?」

「ええ、服を貸して欲しいの」

「僕の服で良いのか?」

「ええ? それ以外にあるのかしら?」

「無いけど……それはつまりお前の裸体が僕の服に触れるわけだけだが、それでも良いのか?」

「…………そこまでは考えていなかったわ」


まぁ僕としては全然良いんだけど……むしろお願いするくらいだ。

すると、女は数分ほど頭を悩ました後、ついに結論を出した。


「あなたに服を借りるわ」

「そっか……じゃあ用意しておく」


僕がそう言うと、女は風呂の方へ向かった。

「ふぅ……」そんな気が抜けたような声を出しながら、僕は布団に倒れこむ。

ううううう…………疲れた。

女と話しているとどうも緊張する。

理由は分からない……今まで、こんなこと無かったんだがなぁ?

そんなことを考えながら、ふと上を向く。

すると、女がいた。


「あれ……? もう風呂から出たのか?」

「ち、違うわよ……」

「じゃあ、なんだよ」

「あ、あの、今日は…………え、えっと」

「ん?」

「き、今日は! いろいろ……あ、ありがとう」


女は顔を赤く染めながらそう言い、逃げるようにドタバタと風呂の方へと戻っていった。


「……服、用意するか」


僕はそう言って立ち上がった。

何かしていないと、さっきの女の顔を思い出してつい頰が緩んでしまう。

全く、ギャップ萌えは反則だぜ……。


14


 女が風呂から出てきた。

僕の用意したジャージにしっかり着替えている。

なんていうか……すごく良い!

女だからと少し小さいジャージを用意したが、そのせいで身体のラインが浮き出ているし、髪が濡れてるのもあいまって、とても色っぽい。


「ドライヤー……ないかしら?」


濡れた髪を触りながら、女はそう言ってキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


「すまん、ない」

「……そう、なら仕方ないわね。買ってきてちょうだい?」

「なんで僕が」

「女の子をこんな深夜間に外に出す気なのかしら? それに湯冷めしたらどうするの?」

「確かに、もう深夜だしなぁ……。よし、わかったよ。買ってきてやるよ」

「ええ、頼むわ」


ということで、僕は外にドライヤーを買いに向かった。

そして、難なくその買い物を終えて帰ってくると…………布団が捲られていた。


「あ……」


思わずそんな声を出す。

僕は、女に見事謀られたという訳だ。

弱みを握られないようにと心がけていたらこれだよ……全く、僕も危機感が足りない。


「あら? お帰りなさい。それにしても……あんな鬼のような形相で守っていたからもっとマニアックなものかと思っていたけれど、案外普通ね。タイトルは、『ポニーテールっ娘。大集合』…………ふふっ」

「やめてくれええええええっ!」


アパートの一室、深夜も深夜。

そんな叫び声はもちろん、アパート中に広がる。

その後、「うるせえんだよっ!」と隣の部屋の住人から怒られた事は言うまでもあるまい。


15


「では、そろそろ天使について話しましょうか」


女は僕の買ってきたドライヤーで髪を乾かしながらそう言った。

うーむ……さっき隣の部屋の人からうるさいと怒られたところだというのに、ドライヤーなんて使って良いのだろうか?

まぁ、今は細かいことを気にしていても仕方ない。

とりあえず天使について聞くとしよう。


「ああ、頼む」


僕がそう言うと女はドライヤーの電源を切り、サッと長い後ろ髪をゴムで纏めた。


「私が、消えたいと思ったというのはもう学校で説明したわよね? そこから話は始まるのだけれど……」

「ちょっと待った!」

「なにかしら? 今の話に突っ込みどころなんてなかったはずだけれど……」

「うん、確かに話はまともだ。だがなぁ……! なんだよ! その髪!」


女は髪をポニーテールにしていた。


「え、あなたはポニーテールを知らないの?」

「違う、知ってるよ! というかお前僕の本をさっき見たんだから、僕がポニテを知ってる事くらい知ってるだろうがぁっ!」

「ああ、そう言えばあなたはポニテが好きだったわね。忘れていたわ」

「嘘つくな。棒読みだ」

「あらあら、嘘だなんて酷いわね。もしかして私があなたがポニテ好きだと知って、あえて自分の髪をポニテにしてあなたをからかっているとでも言いたいのかしら?」

「その通りだよ! そう言いたいんだよ!」


しかしこの女……無駄にポニテが似合っているのが更にムカつくなぁ。


「でも、もしかするとあなたに惚れた私が、あなたに好かれるためにポニテにしたのかもしれないわよ?」

「え? そうなのか⁉︎」

「そんな訳ないでしょう?」

「ですよね!」


さて、ポニテに脱線してしまったが、そろそろ真剣に本題に入るとしよう。

あ、因みに女は結局ポニテのまんまだ。

僕は止めろと言ったが、女は意地でも止めてくれなかった。

どれだけ僕に嫌がらせをしたいんだよ……。


「それで? どれくらい話したんだっけ?」


僕は女に尋ねる。


「私が消えたいと思ったところ辺りよ」

「ああ、そうだったな。よし、続けてくれ」

「ええ、まぁとにかく私は両親の死に絶望し、消えたいと思ったわ」

「その結果……何故か存在感が消えた」

「そう、本当に突然だったから、とてもビックリしたわ。自動ドアは反応してくれないし、道を歩いているとぶつかられるもの」

「そこまではまぁ一応学校で聞いたけど……それで? 天使はいつ現れたんだよ。すぐっていうのはこれも学校で聞いたけど、詳しく、そして具体的に言うとどのくらいすぐなんだ?」

「消えたいと思った次の日夜よ。白い衣を身につけた中性的な顔をした子供が、白く輝く翼を大きく広げながら空から突然現れたのよ。そしてその子供は言ったの、『おめでとう』ってね」


白い衣を身につけた中性的な子供?

白く輝く翼を大きく広げながら空から突然現れた?

…………確かにそれは天使としか思えない説明だ。


「例え話とかじゃあ……ないのか? 空から突然現れたって言うのは、例えばそれくらい遠い所からやってきたって意味ってことじゃあ……」

「違うわ」


女ははっきりと言い切った。

それも、自信満々に……。


「あれは、天使よ。例え話でも言い間違いでもなく、もちろん私の勘違いでもなく、あれは絶対に天使なのよ」

「……そうか。本当にいるんだな。天使って奴が」

「…………そういうことになるわね」


天使……なんだか、とても壮大な話になっている気がする。

もう僕が解決出来るのかと不安になってきたくらいだ。


「なぁ、お前はその天使のこと、どう思っている?」

「そんなの、決まっているでしょう?」

「ん?」

「とても憎いわ。呪い殺したいわよ」

「ふっ、そうか……まぁ僕も、同感だ」

「あら? 気があうわね」

「当たり前だ……。存在感を消すなんて、そんな残酷なことする奴を許せるわけがない」


存在感を消すなんて……ある意味、殺人よりも凶悪で最悪だ。

まぁそう思ってしまうのも僕が殺人鬼であるが故の話かもしれないけれど。

それでも僕は、やはりその天使というのは許せない。

ここまで女を傷つけて……何が天使だ!

殺人鬼が何を言っているんだと……自分だって人を殺してるじゃないかと……そう思われるかもしれない。

だが、別に良い。

僕はただ単に、繰り返すように言うが天使のことを許せないのだ。

だから、殺す。

天使を……完膚なきまでに殺す。

僕は殺人鬼だ。自由に、本能の赴くままに人を殺す鬼だ。

論理だとか理論だとかそういうのはどうでも良い。

ただ、天使を殺したいと思ったから殺す。

それだけのことを、するだけなのだ。


16


「さてと……じゃあ、白木の所に行くよ」

「え? 今から?」

「ああ、それで話を聞いて、朝までにはチャチャっと解決してくる」

「してくるって……あなた!」

「うん、僕一人で行く。お前はここで寝ておけ。朝起きればもうすっかり元どおりだよ」


本当に元に戻っている保証は無いけれど……白木のことだ、恐らく天使が本当にいると言えば、何かしらの解決策を提示してくれるだろう。

だからその後は、僕が頑張るだけだ。

頑張って天使を殺すだけだ。


「大丈夫なの?」


女は不安げな顔をして僕に尋ねる。

女は天使と出会った張本人だ。

もしかしたら、その天使がとんでもないものだと、直感的に分かっているのかも知れない。


「は、愚問だな。僕を誰だと思っているんだ? 伝説の殺人鬼一族である殺死満鬼族最強にして最後の生き残り、究極であり極限の、稲妻殺しスピード・オブ・ライトニングの異名を持つナイフ遣い……殺死満満月だぜ?」

「その随分長い無駄な説明文は、逆に不安を覚えるのだけれど……」

「ははっ、まぁ……とにかく、だ。心配すんな。僕はただ、女の子の前で格好つけたいだけなんだからよ」

「へぇ……そこまで言うのならば、格好をつけさせてあげるわ。けれど……」

「けれど?」


僕はそう言いながら耳を女の方へ傾ける。

すると、僕の耳には声が注がれた。


「絶対に死なないでね」


…………っ! 全く、さっきも思ったけど、急に素直になるそれは反則だ。

だけど、最後まで格好つけると決めていた僕は、少し赤くなってしまった顔を隠すように後ろを向き、そのまま外に出ると同時に女への返事を返した。


「はっ、天使に殺されてたまるかよっ……」


そう言い終わるとともに扉は閉まり、光が遮断される。

そして現れるのは暗闇。

さっきはあんなにも光っていた満月すらも照らさない、完全なる闇。

まるでそれは僕の未来を表しているかのように思えたが、恐らくそれは気の所為だろう。

だって僕の人生なんて、殺人鬼として生まれた時から暗闇だったのだから……。


「よし……行くか」


一人そう呟き、僕は走り出した。




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