第一話06〜08

06


 とりあえずここからは真面目に話そう……と、二人で話し合い、(結局その話し合いでもふざけてしまった)とりあえず机と椅子を二つずつ持ってきて、向かい合う形で僕たちは席に着いた。

話は長くなるだろうということで一応、食堂の横にある自販機でお茶も買ってきたし、準備は万端である。


「さて、えーっと……まずは僕から質問して良いか?」


僕はそう言って話を切り出した。

とりあえず何よりも先に、聞かなければならないことがある。


「僕は、お前を助けるって決めたけど、決めはしたけれど……未だに、助けるの意味が分からない。僕はいったい、お前の何を助ければいいんだ?」

「そうね……。まずはそれを説明しないとね」


そう言って女は、何から説明したらいいのか悩んでいる風に、「うーむ……」と小さい声を出しつつ、腕を組んだ。


「えーっと……じゃあ、これで理解してくれるとは思わないけど、まずは端的に言うわね」

「うん……」

「私は、存在感がないのよ」

「あ……?」


存在感が……ない?

なんだ? ここはいつからお悩み相談室になってしまったんだ?

いや、確かに僕も同じクラスだと言うのに、今日の今日までこの女の存在を知らなかったけれど……。

存在感は薄いだろうけど……。

存在感が……薄い?

いや、違う。

女はなんと言った? そう、存在感が……『ない』と言ったのだ。

薄いなんてものじゃあない。

もし仮に、完全に存在感がないとすれば……!


「なぁ……もしかして」


僕がそんな風に質問しようとした時だった。

ガラガラ……と、聞き覚えのある音が聞こえた。

そして少し冷たい風が部屋の中に入ってくる。

僕は何だと思い、その音が聞こえた方を見た。


「おい、『殺死満』! いつまで残っているんだ!」


僕のクラスの担任である通称、ケイ先生が扉を勢いよく開け、そこには立っていた。

……今の時刻は九時。夜九時だ。

そりゃあ怒られるだろう。

最終下校時刻は余裕でオーバーしている。


「す、すいません。先生」

「ああ、だがお前……一人で何をやっているんだ?」

「え…………あ! め、面接の練習ですよ! ほら、机を向かい合わせにしているでしょうぅ?」

「確かにそうだが、お前……一人でそんなことやっていたのか? 何時間も?」

「…………ぐ」


どうしよう、完全に変人だ。

狂気的すぎるだろう、放課後に一人で面接の練習している奴って……。

そんな奴怖いよ。もしそんな奴がいたら僕は逃げるね。

さて……それよりも、今の先生の発言で確信が持てた。

女、つまり臼白奏は…………存在感が、『ない』。

いや、存在を確認されないと言った方が正しいだろう。

即ちこれが、彼女が助けて欲しいところだ。

誰からも確認されない……誰からも見られない。

そんな自分の体質……? というか呪い……? よく分からないが、そういうものを改善して欲しいということなのだろう。

さて、そうと分かれば早速話を聞きたいところだ。

はっきり言うと殺人鬼の僕に、その問題をどうにか出来るとは思えないけれど、聞かないことには始まらない。

どうにもこうにもできない。

よし、ならばとりあえず話しやすい場所に行かないとな。

先生も来てしまったし、もうこの教室には用はない。

さらばだ。おさらばだ。

では、帰らしてもらうとしよう。


「えーっと……まぁとにかく、面接の練習をしていたんです。では、さようなら」

「あ、あぁ……」


そんな適当な感じで先生に帰りの挨拶をし、僕は教室から出た。


「下手な言い訳ね」


すると、女はそんなことを言いながら、正々堂々先生に挨拶をすることもなく、教室から出てきた。

言い訳が下手なのは仕方ない……あんな状況じゃあ面接の練習しか思いつかないぜ。


「私の秘密……理解したかしら?」

「まぁな……理解したよ。お前、存在を確認されないんだろ?」

「そうよ……私のことは、誰も見れない」


……女はこんなに冷静に言っているが、誰からも存在を確認されないなんて、想像しただけでゾッとする。

僕にはとてもじゃあないが耐えられないだろう。

分かりやすく言うと……全人類から無視されているようなものだ。

そんなの、悪夢である。

僕なら死を選ぶだろうと考えるくらいに、酷く辛い。


「聞かせてくれ。今まで、お前はどうやって生きてきたんだ?」

「そうね。では歩きながらにしましょう。時間は無駄にできないわ」

「ん、あぁ」


確かにそうだ。時間を無駄には出来ない。

そんな誰からも確認されないなんて状態、少しでも早く治してあげないと可哀想だ。

僕みたいな殺人鬼でもそう思う。

というわけで僕は、前を歩く女に着いて行くように歩き始めた。


07


「なぁ……なんで僕にはお前が見えるんだ?」


四階から三階まで繋がる階段をリズム良く、タッタッタと音を響かせながら下っている僕は、もう三階から二階へと繋がる階段にいる女にそんなことを聞いた。

その言葉に女は足を止める。

僕も同じように足を止める。

もちろん、響いていた足音は消えた。

それにより一瞬……校舎から音が消える。

その一瞬を突くかのように、女は口を開けた。


「さあ?」


女は首を傾げながら上にいる僕を見た。

さあ? って……。

分かんねえのかよ……!


「はっきり言うと何も分からないのよ」

「あ?」

「この私の状態が何なのか……私にも全くわからないのよ」

「ふーん……」


まぁ……分かっていたら、僕なんて殺人鬼に頼らなくても、自力で解決しているだろう。

僕の眼球をナイフで突いた女だ。

行動力はある。そして精神力もある。

もしかしたら……僕なんかに頼らなくても、数年後なんかには自分で何とかしちゃっているのかもしれない。


「よし、じゃあ一緒に考えようぜ? とりあえず、いつからその状態になったのか、そして今までのこと、全て話してくれないか?」

「ええ……わかったわ」



 その後、階段を下りながら僕は、女から話を聞いた。

内容は意外と短く、そんな僅かな時間で済むとは思っていなかったから、話終わった後、「あれ? 続きは?」と聞くと、「これで終わりよ」と言われ少し拍子抜けした。

僕としてはもっと感情を込めて語ってくれたほうが分かりやすかったのだが、女は箇条書きのように端的に、そして短的に、語った。

それで分かったことは三つだ。

まず、女がこの状態になったのは中学三年生の後半ごろということ。

次に、女はこの状態になる前、『消えたい』と思ったということ。

そして最後に、この状態になってすぐ、『天使』……なんてものを見たらしい。


「それで……お前、なんで『消えたい』なんて思ったんだよ。今のお前からは想像もできないぜ?」


靴箱で靴を履き替えながら、少し遠くで同じく靴を履き替えている女に話しかける。

誰もいないから、声が響いて伝わりやすい。

先に、『天使』のことを聞こうとも思ったが、止めておいた。

そんな訳の分からないものを聞くより、『消えたい』と思った理由を聞くほうが話がスムーズに進みそうだと思ったからだ。

すると、少し間が開いてから、「……そうね」と言って女は会話を続けた。


「つまりは、私だって普通の女の子だった時期もあるということよ」

「普通の女の子だった時期……ねぇ。なるほど、じゃあその最悪の性格と言動は、誰からも確認されない状態になってから……つまり最近になってからって事か。まぁ、そりゃあ数ヶ月間誰とも話してなければそうなるのも仕方ないよな」

「この性格と言動は生まれつきよ?」

「生まれつきなのかよ! 全然普通の女の子じゃねえよ! それは」


生まれつきこれって……こいつ、絶対友達少ない奴だ。

いや、一人もいない奴だ。

まぁ……僕だって友達は一人もいないんだけどね。


「それで……? お前が自称普通の女の子の時、どんなことがあって消えたいと?」

「両親が死んだのよ」

「……⁉︎」


女は短く、そしてとても冷静にそう言い放った。

それに僕は驚く。

女の両親が死んでいることに驚いたのではない。

女が、余りにも冷静に両親の死を語るのに、驚いたのだ。

普通の女の子が……こんなにも冷たく、両親の死を語れるというのか?

異常だ。常軌を逸しているとしか思えない。

それとも……何か訳が?


「両親が死んだ私は当時、とても病んでしまっていたのよ。だから……」

「『消えたい』なんて思ったってことか」


僕がそう言うと、女は頷いた。

でもそんな、病んでしまったような女が、本当に何故……あんなにも冷静に両親の死を語れたのだろうか?

繰り返し僕は疑問に思う。

思っていると突然、僕たちを照らしていた蛍光灯が消えた。


「な⁉︎ 何が起こっているんだ?」


僕は思わずそんな声をあげ驚く。


「落ち着きなさい、先生が皆帰宅したから警備員さんが消しただけよ」

「ん、あぁ……もうそんな時間か」


うーむ……思ったより話し込んでしまった。

ふと、携帯電話を取り出し時間を確認する。

もう十時か……。早いな。


「あら? 随分古いものを使っているわね。今時折りたたみ式は珍しいわよ?」

「っるせぇなぁ……時間見るのにしか使ってねえからこれで良いんだよ」

「あらあら、怒らないで? 私は古いものが好きなのよ?」


言いながら女はこれ見よがしに最新機種の携帯電話を取り出しやがった……性格悪っ!


「は、どうせ使いこなせていないんだろ? お前も時間を見るのにしか使っていないはずだ」

「うぐ……それを言われるとそうなのだけれど」

「はっは、宝の持ち腐れだなぁ」

「宝を持っていない人には言われたくないわね」

「……」


そんな話をしてから僕たちは、校門が閉まらないうちに、急いで外に出た。

うん……風がいい感じに肌に触れて涼しい。


「これからどうするの?」


風に揺れた髪を右手で押さえながら、女は僕に聞く。


「とりあえずは……」

「とりあえずは?」

「目の治療をさせてくれ」

「あ……」


女は自分がやったことを忘れていたのか、そんな間抜けな声を出した。


08


 それから、僕は女を連れて目を直しに向かった。

先ほどから風が目に染みて痛い。

初めての経験だ。


「それで、どこに向かっているのかしら?」

白木はくぼく病院……って知ってるか?」

「ん? ええ、最高の医療技術が揃っているって全国的に有名なあの白木はくぼく病院でしょう?」

「そう、その白木はくぼく病院だよ」

「それで? それがどうかしたの?」

「その病院がこの町にもあるのは知っているだろ? そこの病院の医院長と、僕は知り合いなんだよ」

「え⁉︎」


驚くのも無理はない。

あの全国最大規模に展開されている白木はくぼく病院の医院長になるには、相当の学力と努力と権力と知力が必要とされるのだ。

そんな立派で素晴らしい人間と、一殺人鬼である僕ごときが知り合いなどと言われれば誰でも驚く。


「なんで……そんな人と知り合いなの?」

白木はくぼく病院は裏の世界と結構繋がってるんだよ」

「裏の世界……」

「そ、裏では『白木しらき異学団』なんて名前で呼ばれてるよ」

「はぁ……」


女はいまいち話が理解できないのか、そんな適当な返事をした。

まぁ仕方ないだろう。


「それで……まぁ今僕の兄と、その医院長は仲が良かったからね。僕もそこそこには仲が良いんだ。だから、そこに行って無料で治療してもらうわけ」

「なるほどね、分かったわ。では早速向かいましょう」

「あぁ、ちょっと待ってろ。タクシー呼ぶから」

「え、えぇ……でも、そんなお金あるの?」

「あぁ、大丈夫。さっき、先生とすれ違った時に数千円抜いておいたから」

「へ?」


殺人鬼だからって殺しだけが上手いとは限らないんだぜ?


 その後、少し待っているとタクシーが来たので僕たち二人は乗り込んだ。

僕が右側、女は左側に座る。

すると、運転手さんは、「どちらまで?」と愛想無く聞いてきた。

それに僕は白木はくぼく病院までと答える。

運転手さんが頷き、タクシーが動き始めた。


「ふぅ……やっとリラックスって感じだな。着くまではゆっくりと出来そうだ」


僕は女に話しかけた。


「あの、あなた……私は運転手さんには見えていないのよ?」


女は驚いたかのようにそう言う。


「うん、知ってるけど?」

「変人だと思われるわよ?」

「別に良いよ。だって、お前はここにいるじゃないか」

「え?」

「確かに、僕以外の誰にも見えないかもしれないけど、お前はここにいるんだ。ただ見えないだけで、絶対にここにいるんだ。だから、僕は話しかける」

「…………そうね。私は、ここにいるわ」


言って女はクスっと笑った。


「ん?」

「なんでもないわ。少し……嬉しかっただけよ」


女はそう言って、ずっと見せなかった笑顔を、まだぎこちなさを残しつつも、僕に向けた。


「そっか……」


それに対して僕は、女と目も合わせずに、ついそんな素っ気ない返事をしてしまった。

理由は簡単だ。


「急に、デレるなよ……」


僕は呟く。

少し、可愛いと思ってしまった……。

そして、そのまま時間は過ぎていき、タクシーが停止した。

つまり、着いたのだ。

白木はくぼく病院……。

別名、白木しらき異学団に……!




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