第二話17〜19

17


「どういうことだよ……鬼の血を引いている?」

「はい、そうです」

「本当に?」

「本当にです」

「…………」


沈黙するしかなかった。

冗談にしてもキツすぎる。

僕が人間じゃあなく鬼の血を引いている化け物だなんて…………。


「よく考えてもみてください。殺死満鬼族には多少ほど回復能力が高いという特徴がありましたよね?」

「う、うん」

「普通の人間はそんなことありませんよ、絶対に……。眼球を刺されて平然と会話を続けれる人間なんていません」

「…………」


そういえばそうだ……体質だからと受け止めていたが、どんな体質だというのだ。

怖すぎる。


「それにそもそも天使殺し……ワタクシを殺すだなんてこと、普通はできません」

「だよなぁ……」


冷静に考えれば天使を殺すとかもう絶対人間じゃないわ。


「人を殺しても何も思わなかったり、人が死んでいてもどうでもよかったり、一ヶ月に一度は人を殺したりしないと殺人衝動にかられたり、どれもこれも……なんていうか人間離れしていませんか? 鬼っぽくはないですか?」

「…………」


再び沈黙する僕だった。

確かに鬼っぽい……。

僕の中の鬼はもっと凶暴なイメージもあるけれど、それは血を引き継ぐ際に段々と鬼の血が薄まってきているからなのだろう。


「因みに、現代に鬼の血が百パーセントの純粋な鬼はいません。あなたたちの祖先を最後に鬼は滅びました」

「ふーん……滅んだのか。なんで?」

「吸血鬼が登場したせいですね。鬼は鬼でも吸血する鬼……完全に上位互換です。まあ、その吸血鬼たちも三十年くらい前のヴァンパイアハンターブームで絶滅していますがね」

「ヴァンパイアハンターブームって……」


そんなブームがあったのかよ……。

聞いたことねえぞ。


「はい、もう鬼のことはおいておいて、閑話休題閑話休題。終了ですよ終了。あなたが鬼だろうと人間だろうとはっきり言ってどうでもいいです」

「僕にとっては全くどうでもいいことじゃあないんだけれど……ここまで生きてきて一番の衝撃だよ」

「はぁ……まあお気持ちはお察ししますが、今重要なのは鬼よりもゾンビのことでしょう? 優先順位を誤らないで下さい。はっきり言うと時間もある訳ではないのですよ?」

「え?」


時間がない……?

渼羽が危ないということか? なんで?


「いやいや、そりゃあそうですよ。渼羽さんはもうゾンビに肉体を提供しているのですよ? 今はまだ渼羽さんの魂が渼羽さんの肉体の大部分を支配しているかもしれませんが、ゾンビが少しでも取り憑いている以上、少しずつ侵食されていき、いずれは渼羽さんの肉体を全てゾンビに支配されてしまいます」

「ま、マジかよ……」

「マジですねぇ……というか、渼羽さんがいつ契約したか分からない以上は、いつそうなってもおかしくはありません。例えば小学校の頃、既にゾンビと契約していたのならば、もうほとんどはゾンビに支配されてしまっているでしょうし……」

「…………そうだな。確かにいつ支配されるかも分からない以上は急いだほうが良さそうだ」


僕が真剣な顔でアンリを見つめながらそう言うと、「どうしたんですか? そんなに見つめて……もしかしてワタクシに惚れちゃいましたか?」などというふざけたことをアンリが言い出したので、僕は早く話すように促した。


「えーっと……はい。では話を戻しましょうか。確か、渼羽さんを完璧でなくする……という話でしたっけ?」

「うん、そしてその為に僕が渼羽に陸上で勝てば良いという案を出したらお前に却下された訳」

「まあ仕方ありません、さっきも言いましたが鬼ですからね。あくまでも同じ学校に通っている人間が渼羽さんに何かで勝たないといけないのです」

「人間ねぇ……僕の学校に渼羽に勝てそうなやつなんていないと思うけどなぁ」


テストはまあ一位だし、陸上とバスケは中学の時に全国大会で優勝したレベルだし、はあ……さっきも思ったことではあるけれど、勝てるやつなんている訳がない。


「奏さん」

「んあ?」


急にアンリが呟いたので、僕はそんな適当な返事を返した。

奏がどうしたというのだろうか?

あいつは一応学年五位内の成績だったと思うし、僕の目をナイフで刺した時の軽やかな身のこなしからして運動もそこそこ出来るだろうけれど、いくらなんでも渼羽に勝てるとは思えないぞ?


「いやいや、それがですね。奏さんは存在感が消える中学三年後半までは陸上部に所属していたのですよ」

「な……マジかよ」

「そしてその成績はなんと、中一、中二と全国大会において優勝という好成績を収めているのです」

「全く知らなかったぜ……あいつ、中学のことあんまり話してくれないからなぁ……それで、お前はなんでそんなことを知っているんだ?」

「天使ですから」

「本当になんでもありだな、天使!」


それにしても中一、中二で全国大会優勝とは…………もし存在感が消えてなければ中三でも優勝は渼羽ではなく奏の可能性があったということか。

……確かにそれなら渼羽に勝てるかもしれない。

でも奏を巻き込んでいいものだろうか?


「良いんじゃないですか?」

「え?」

「別に、奏さんの役目は走って渼羽さんに勝つだけです。危険が伴うことはありません」

「うーん……まあ、そうなるのか」


危険はないな…………いや、本当にないのか?

ゾンビは渼羽を完璧にしたいんだぞ?

もし奏が渼羽に勝とうとしたらその瞬間……僕と奏を前襲ったように、襲ってくるんじゃないのか?


「いえ、それはないです。前回あなたたちがゾンビに襲われた理由はフルムーンさん、あなたにあるのですから」

「へ? 僕?」

「はい、先ほども申し上げましたがあなたは鬼なのですよ? ゾンビからしてみれば自分の取り憑いている人間と鬼が仲良くなっていってるなんて恐怖でしかありません」

「なんでだよ、仲良くなってるんだぜ?」

「鬼は昔、破壊の神として恐れられていたのです。いくら仲良くなろうともいつ殺されるかわかったものじゃあないですから、それはそれは怖いですよ」

「はぁ……まあそうか。でも恐れていて、怖がっているなら、なんで攻撃してくるんだよ」

「殺される前に殺そうとしたんでしょうね。油断している時ならば鬼の血を引いていようとも殺せるかもと思ったのでしょう」


なるほどな……まあ確かに僕は実際不意打ちの攻撃で重傷を負ったしな。

じゃあ、ゾンビが逃げたのは——停止し、蒸発するようにして消えていったのは、僕が死ななかったからか。


「はい、まあそういう訳なので渼羽さんがゾンビに襲われることはありません。彼女は正真正銘普通の人間です。ワタクシが保証します!」

「じゃあ奏が襲われるようなことがあったらお前の靴の中に毎日熱々のみそ汁を入れにいくからな」

「地味に嫌ですね、それ」

「地味か……それならお前の服をみそ汁で洗濯してやるよ」

「なんでそんなにみそ汁を使いたがるんですか⁉︎」


おっと、いけない、いけない。みそ汁の話なんてしている場合じゃあなかったんだ。

さっきアンリも言っていた通り、話の優先順位を誤ってはいけない。

今話すべきことは、ゾンビを殺す方法なのだ。


「え? もうその話は終わったじゃないですか」


すると、アンリはきょとん首を傾げながらそう言った。

終わった?

えーっと、確かまだ取り憑いたゾンビを渼羽の身体から取り除くために渼羽を完璧じゃあなくする。

そういうところまでしか話していないはずだ。

一応付け加えてより具体的に言うならば、奏が渼羽に陸上で勝つことにより渼羽を完璧じゃあなくするという完璧でなくする為の方法についても話したが、結局そこまでだ。

ゾンビを取り出すところまでしか話は進んでいない。

取り出した後、どう殺すかについてはまだ話していないのである。


「いや、別にそれについて話す必要ありますか?」

「あるだろ……普通に」

「いえいえ、ありませんよ。渼羽さんに奏さんが勝つでしょう? そしたら夜に恐らく奏さんのもとへとゾンビがやってくるのでぶっ殺せば良いのです」

「だから……方法だよ。ぶっ殺す為の方法」

「は? そんなの知りませんよ。いつも通り人を殺すように殺せば良いじゃあないですか。あなた殺人鬼なんでしょう?」


いや、そりゃあ殺人鬼だけど、殺人鬼ではあるけれども……あくまで殺しているのは人だ。

ゾンビなんか殺したこともない。


「ゾンビだってもとは人ですよ。余裕です余裕。はっきり言って敵じゃありません」

「いや、そういう話じゃなくてさ。僕が言いたいのは、僕じゃあゾンビに攻撃できないってことだよ」

「攻撃できない? 人を殺すのは躊躇しないけど、ゾンビを殺すのは躊躇するということですか?」


いや、まぁ……それに近いことを思ったりはしたけれども、別に躊躇などない。


「僕が言いたいのは、僕はゾンビに触れれないんだから、ゾンビに攻撃できる訳がないだろってことだよ」

「触れれない? 潔癖なのですか?」

「……違うって、さっきからわざとずれた回答をしているのか?」

「いえ、本当に分からないんですって。あなたの言っていることが」


うーむ、どうしたら分かってくれるのだろうか?

意思の疎通とは、ここまで難しかったのか?


「えっとだなぁ……」


僕はそう言って出来る限り詳しく説明しようとする。


「人間と天使とは位が違うだろ?」

「ええ、まあそうですね」

「だから人間は天使に触れれないし、天使は人間に触れれない」

「はい、例外がない限りはそうですね」

「それと同じように、僕とゾンビとは位が違うんだから、触れれないんじゃあないかって話だよ。僕が言いたかったのは」

「あぁ……なるほど。そういうことですか」


納得したようにして、うんうんと頷くアンリ……。

本当に分かってくれているのだろうか?


「ええ、確かに人間とゾンビは位が違います。人間はゾンビに触れれないし、ゾンビは人間に触れれないですね」

「じゃあやっぱり僕もゾンビには触れれないから攻撃が出来ないんじゃあないのか?」

「いえ、ワタクシが言ったのはあくまで人間とゾンビの話」

「あん?」

「あなた、人間じゃなくて鬼ですよ? もう忘れたんですか?」

「……あ」


ついそんな間抜けな声を出す。

すっかり忘れていた。

僕は鬼なのだ。人間ではない。

正確に言えば鬼の血が入った人間と言うべきだろうが、まあ人間でないことには変わりはない……って、あれ?

それ別に何にも変わらなくないか?

人間とゾンビの位が違うならば、もちろんとして鬼とゾンビの位だって違うはずである。

それなら鬼はゾンビに触れれないし、ゾンビは鬼に触れれないのではないだろうか?


「いえ、それは違いますよ」

「え?」

「先ほども申し上げましたが、鬼はかつて破壊の神として恐れられていたのです。それがなぜだか分かりますか?」

「なぜってそりゃあ殺しまくるからだろう? どんなものでも」

「はい、そうです。『どんなものでも』殺せるのですよ。鬼という生物は」


『どんなものでも』……殺せる。


「あ! どんなものでも殺せるということはつまり……どんなものでも触れれる、ということか?」

「はい、そういうことです。チート級の特性ですよね……全く」


アンリは僕をじっと見ながらそう言う。

まあ、確かにチート級である。

位が違うもの同士は干渉出来ないというルールを、この世界のルールとも言えるものを、無視できるというのだから……。

でも、そのチート級の特性を持った鬼をも消し去った完全上位互換である吸血鬼……、彼らはいったいどれほどチート級なのだろうか?


「いや、そこまでチート級でもありませんよ? 鬼から少し攻撃力を減らして吸血能力と再生能力がついた程度です」

「……でもやっぱ、その吸血能力と再生能力が強いからこそ、鬼は吸血鬼に滅ぼされたんだろ? 十分チート級じゃないか」

「一概にそうとは言えません。確かに、吸血能力と再生能力はかなりチート級ではありますが、吸血鬼というのはかなり弱点が多いですからね。そのせいでヴァンパイアハンターに吸血鬼は絶滅させられたくらいには」


なるほどなぁ……確かに、吸血鬼といえば弱点が多い印象だ。

さっと思いつくものだけでも、十字架にニンニク、太陽など、色々ある。


「まあ三すくみというやつですよ。相性というやつなのですよ。鬼は人間より強く、人間は吸血鬼より強く、吸血鬼は鬼より強い」

「ふーん……」

「分かりやすく言うと三角関係というやつですね」

「それは違うだろ」

「フルムーンさんと奏さんと渼羽さんの関係ですね」

「僕らの関係は別に三角関係じゃあねえよ!」


恋愛関係のあれこれは僕らの間にない。


「奏さんと渼羽さんが愛し合っていて、それをこそこそ隠れて見ているのがフルムーンさんという三角関係じゃあないんですか?」

「それは三角関係じゃないだろ! 僕がただの変態じゃねえか!」

「え? フルムーンさんは変態じゃないですか。ワタクシを見て興奮しているようなロリコン野郎じゃないですか」

「僕がいつ、お前にロリコンと呼ばれるようなことをしたんだよ……」

「あ……あなたがロリコンになるのは三ヶ月後でしたね。すみません、確かに『今は』まだ何にもしてませんね」

「そうなの……⁉︎」


嘘だろ……? 僕、たった三ヶ月の間に何があって、そしてどれだけの心境の変化があったんだよ……。

というか、こいつ……未来予知も出来るのか。

本当に天使万能だな。


「いえいえ、未来予知は出来ませんよ。ただの感です」

「感なの……⁉︎ いや、まあ感で良かったけど」

「因みに五割当たります」

「二分の一の確率だと⁉︎」


結構当たるじゃねえか。

怖いな…………三ヶ月後。


「まあ、今は三ヶ月後のことや三角関係のこと、そして三すくみのことを考えている場合ではありませんね。とにかく今はゾンビを殺すことだけに集中しなければいけませんよ?」

「そうだな……。奏にも事情を説明せざるを得ない状況になってしまったわけだし、これから忙しくなりそうだ」

「死なないでくださいよ? 天使であるワタクシは殺せておいて、あんな低級のゾンビごときに殺されたらワタクシが恥ずかしいですから」

「はっ、死なねえよ。死んだら、三ヶ月後に僕がロリコンになってるかどうかも分からなくなっちまう」

「ですね。では、勝利の報告をお待ちしております」


そのアンリの言葉に「おう」と軽く返事をしてから僕は立ち上がり、特に別れの挨拶をすることもなく帰った。


18


 外に出ると、もう夕方頃だった。

昼からずっと話しっぱなしだったというのにもうこんなに時間が経っているのは、少々話が逸れ過ぎたせいだろう。少し反省だ。

まあでも逸れた話の中には、僕が実は鬼の子孫であるという有意義な情報もあった訳だし、無駄な時間だったとは言えまい。

それに、夕方頃という時間は、都合上丁度良くもあった。

夕方頃……つまり、下校時間である。

奏も家に帰っているはずだ。

家に帰ったら今回のことを全て説明しようと思っていた僕としては、今聞いたばかりの情報を正確に覚えている早い内に説明したかったので、もう既に奏が家に帰っているという状況は大変嬉しいものだったのである。


 まあ、というわけで僕は、奏にどういう風に説明するかを考えながら、帰り道を淡々と歩いていた。

途中、パン屋を発見し、初めて渼羽と会った放課後に一緒にパンを買ったことを思い出す。

そして、思い出したその時——パン屋を通り過ぎようとしたその時、そのパン屋の前で僕は、幸か不幸か、なんという運命のいたずらか…………出くわしてしまった。

ゾンビに取り憑かれた少女……渼羽哀無に。


「あっ、満月君」


渼羽はなんともないように僕を見てそう言った。


「よお、渼羽」

「パンを買ってたんだ〜、満月君もパン屋さん?」


そう言って笑いながらパンの入った袋を僕に見せる。


「僕はこれから帰るところだよ」

「パン屋さんに?」

「いや、家だよ。なんでパン屋さんに帰らないといけないんだよ……」


「そういえば……」少し笑ってから渼羽は、僕の言ったことを無視するようにしてそう言った。


「そういえば満月君、今日途中で学校帰ったよね? なんでなの?」

「……」


お前を助けるためだ……! とは言えまい。


「は、腹がな……痛かったんだよ」


結果、僕が選んだのはそんな適当な言い訳だった。

腹が痛かった……嘘のようで、一番ありそうなことである。


「ふうん……」


そう言いながら渼羽は僕に近づき、疑っているのか、僕の顔を覗き込むようにして見る、

だが、疑っても仕方がないと思ったのか、渼羽「ま、良いか」と呟き、僕から少し離れた。


「じゃあ、バイバイ! 満月君。明日は学校サボっちゃあ駄目だよ?」


そう言って渼羽は手を振り、帰ろうとする。

が、その瞬間——僕は反射的にそれを止めた。

帰ろうとする渼羽の手首をギュッと、少し痛いと思うくらいに強く握り、帰るのを阻止した。

自分でもなんでこんなことをしたのかは分からない。

でも、こうしなければならないと思ってしまったのだ。


「え、えと……満月君、痛いよ?」


渼羽は困ったように僕に言う。

だが、離さない。

何故だろう……? 何故、僕は渼羽が帰るのを止めているのだろう?

そんなことを思いながらも、僕がその手を離すことはなかった。

そうだ……話さないといけない。

絶対にこの手を離しはしないが、渼羽と話をしないといけない。

なにを話すのか、そしてなんで話すのかは分からないけれど……。

とにかく、僕は渼羽と話をしないといけないと思ったのだ。


「渼羽……話をしよう」


僕は渼羽の目をしっかり見てそう言う。


「話……? なんの?」

「分からない……でも、今お前としなければいけない話だ」

「…………分かった」


渼羽は僕の目をしっかり見ながら、少し不思議そうにしつつも真剣な顔で、そう言って頷いた。


19


 場所は喫茶店、机を挟むようにして、僕と渼羽は向き合って座っていた。

僕と渼羽、両方の前にはコーヒーが置かれているが、まだどちらも口をつけていない。

そして、まだどちらも口を開いていない。

沈黙だけが続く……。

何を話していいのか決めかねている僕は、メニューを見ながら「なぁ」と、沈黙を破り渼羽に話しかけた。


「なに?」

「お前の欲しいものって……なんなんだ?」


僕はメニューを置いて聞く。


「欲しいもの……?」

「うん、なんでも良い」

「そんなの……いっぱいあって決められないよ」

「一つだけ、心から欲しいものだ」

「…………親友」


渼羽は短く呟いた。


「私は……親友が欲しい。でも…………作れない」

「……」

「満月君や奏さんと一緒にいる時、私はとても楽しかった。心から……楽しかった」


「けど!」そう言って渼羽は涙を流す。


「私は……二人より他の友達を選んだ。なんでだろう……あんなに楽しかったのに。あんなにも心地が良かったのに。私は……私が分からないよ」

「……」

「私は……ただ、心の底から信頼出来る親友が欲しいだけなのに…………どうして、こうなっちゃうんだろう?」

「……」

「分からない、分からない、分からないよ……。満月君も失望しているんでしょう? こんな私なんて」

「……失望なんてするかよ」

「え?」

「なんで泣いて親友が欲しいって言ってるやつに失望なんてするんだよ。僕はただ、お前を助けたいと思ったぜ?」

「満月君……」

「渼羽、お前の心からの『親友が欲しい』って言葉はしっかり響いた。僕に任せとけ、しっかり助けてやるからよ」


そうだ……僕が渼羽を引き止めたのは、渼羽の心からの言葉が聞きたかったからだ。

どうにも偽物臭かった彼女の……本物を知りたかったのである。

……それを知らない限り、僕は渼羽のことを助けられないと思ったから。


「……うん、分かった。満月君、私を助けて」


渼羽は涙を拭いながら、いつもの笑顔で僕にそう言った。

僕はそれに対してしっかりと頷いた。

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