第二話13〜16

13


 休みは終わり、月曜日。

今日からまた一週間が始まる。

そして、僕の渼羽観察が始まる。

なんだか響きだけ聞けばただのストーカーみたいだが、断じて違う。

観察というか……監視だ。

一昨日、僕と奏は『何か』に襲われた。

人の形をした凶暴な『何か』に襲われた。

そして、その日にあったことと言えば……渼羽と、渼羽哀無とともに出かけたことである。

まあそれだけで決めつけるのはどうかとも思うけれど、渼羽と出かけた日にそんなことが起きたということは、間接的かもしくは直接的かは定かではないが、渼羽がその件に関係ある可能性が高いということだ。

そして、あくまで天使が言うには……だが。

その『何か』に渼羽が関わっているのならば確実に、渼羽には異常性が、人間としておかしなところがあるらしい。

だから、観察……否、監視をする。

監視をして、異常性を見つける。

それにより、僕と奏を襲った『何か』を特定する。

それが僕のやるべきことだ。

友達である渼羽を監視だなんて、心が少し痛まないこともないが……仕方ない。

自分を、そして奏を守るためだ。

でも、もし監視して特定した結果……渼羽があの『何か』そのものだったらどうしようかと、僕は思っている。

そうなってしまったら、僕は渼羽を殺すしかない……。

どんな理由があろうとも、僕は殺すしかなくなるのだ。

もし、親友だったら……僕は殺さないのだろうか?

渼羽を殺さず助ける方法を見つけるのだろうか?

それは分からない。

けど、僕は渼羽を親友とは思っていない。

友達とは思っていても、親友とは思えない。

だって僕はまだ、渼羽の言葉が嘘臭く感じてしまうのだ…………。

何もかもが取り繕ったもの。

嘘で塗り固められた言葉、態度、表情に思えてしまう。

だから僕は、渼羽を親友とは思えない。

だから僕は、渼羽が敵ならば……どんな理由があろうとも、殺す。

だから僕は、殺す…………それは、殺人鬼の僕にしか出来ないことなのだから。

まあここまで言ったところで、渼羽がその『何か』そのものだと決まっていないし、僕が渼羽を殺すことにならない穏やかな未来を願い、僕は渼羽の監視を始めた。


「始めたは良いけど…………異常性なんてもの、全く無いな」


全く成果無しで、もう昼休みを迎えてしまった。

いや、でも昼休みこそチャンスだ。

いつも三人でお弁当を食べる昼休みこそ、大チャンスなのだ。

昼休みの鐘が鳴るや否や、奏はいつも通り僕の隣に移動してきた。

そして少し遠くの席にいる渼羽も、弁当を持って僕の席の前…………。


「え?」


僕の席の前を……通り過ぎた。

その衝撃に思わずそんな声を出す。

そして、五、六人くらいのグループの中に、違和感なく入っていく。

更にはそのグループ内で弁当を食べ始めた。

これはどういうことだ……?


「奏……これは」

「渼羽さん、多数の友達を選んだのね」

「そういう……ことなのか?」

「状況を見る限り、そういうことなのでしょうね」


冷静に、何も思ってないかのように無表情で奏はそう言った。

だが、その無表情の中に見える表情を、確かに僕は読み取っていた。

伊達に何週間も同居し、親友をやっているわけではない。

奏が悲しんでいるということが、僕には簡単に理解出来てしまったのだ。


「一昨日……一緒に出かけた時はそんな予兆すらなかったのにな」

「ええ、渼羽さん。実は楽しくなかったのかしら」

「僕には楽しそうに見えたよ……」

「そう」


その後も、静かに昼休みは進んでいった。

そして、昼休みが終わる五分前……渼羽は唐突に奏の席の前まで来た。


「渼羽さん……」


奏はそう言って渼羽を見た。


「あの、奏さん。また土曜日に遊ぶ約束していたでしょう? あの約束……無しにしてもらっていいかな?」

「…………」

「実はね、友達とカラオケに行くことになっちゃってさ……ごめんね?」

「良いわよ」

「ありがとうね!」


そう言って渼羽は小走りで自分の席へと帰っていった。


「所詮……」


奏は呟く。


「所詮……私たちは沢山いる渼羽さんの友達の二人にされたということね。彼女は、親友なんて最初から求めていなかったのよ。私たちとある程度仲良くなれればそれで良かった。ただ、友達の数を増やしたかった。ただ、自分の友好関係を広げたかった。ただ、完璧な人間関係を築ければ良かった。それだけのことだったのよ」

「そんなことは……」


言いかけて黙った。

そんなことはないと言えない。

渼羽を見る限り、奏の言っていることは正しいのである。


「あなたも……思っていたのでしょう?」

「……何をだよ」

「彼女の……渼羽さんの言動は嘘臭い。嘘だけで構成されている。友達になる為だけの最低限のラインまでしか踏み込んでこないってことに」

「…………うん」

「私はそれでも信じていたわ。少なくとも、初めに彼女が言っていた言葉……親友が欲しいという言葉だけは、嘘と思えなかったから」


けど……そう言って奏は続ける。


「けど、それも嘘だった……」

「…………」


僕は何も言えなかった。

こういう時になんて言えばいいかなんて分からない。

ただ、渼羽に対する怒りが湧いてくるだけだ。

やっぱり渼羽哀無という人間は、親友を作れないのだろう。

友達しか作れない。

友達以上になろうとすれば距離を置き、調整する。

少数の人間には執着しない。

多数の人間との友好関係を大切にする人間だ。

狭く深くではなく、浅く広く。

それが彼女という人間なのだろう。

勉強も運動も完璧な彼女は……友好関係ですら完璧を目指しているということなのだろう。

何もかもを完璧にこなす。

異常とも言えるほどに……。


「あれ?」


ついそんな声を出す。

異常……異常性。

僕は彼女の異常性を探していたはずだ。

僕たちを襲った『何か』にもし渼羽が関わっていた場合、確実にあるであろう異常性を探していたはずだ。

もしかして……その異常性がこれなのか?

『友達しか作れない』……これが、渼羽の異常性だということなのか?


「奏……」

「なに?」

「行ってくる」

「どこに?」

「友達を助けにだよ」


そう言って僕は走って教室から、そして学校から出た。



14


 僕は学校を出た後、急いで病院地下にいる天使……アンリニューゼ・ヘビル・リーフェスト。

アンリに会いに向かった。

そして、渼羽の異常性を説明した。

完璧な友好関係を求め、友達しか作らず親友は作らない。

そんな異常性を……。


「それは、ゾンビですね。うん、ゾンビですね。因みに反対から言うとビンゾですね。因みに因みに響きはビンゴに似ていますね」


すると、そんな答えが返ってきた。

全くいらない注釈まで加えて返ってきた。

もうそんな答えなら返ってこなくてもいいとも思ったが、そうはいかない。

せっかく見つけた答えなのだ。


「ゾンビ……?」


僕はそれに対して特に余計な注釈を加えることもなく、聞き返す。

決してゾンビの意味が分からないわけではない。

むしろ、ゾンビ映画を一昨日に見たばかりだったのでタイムリーなものでもあった。

聞き返したのは、より詳しい説明を求めているという意味でだ。

すると、その意味をしっかり読み取ってくれたのかアンリは「ええ、ゾンビです」と言って話を続ける。


「正確に言えばもっと細分化出来るのですが——ゾンビにも種類はありますからね——まあ今は気にしなくて良いでしょう。ゾンビということだけ分かっていただければ結構です」

「うーん? まあゾンビというのは分かったけど……それってどっちのことをいっているんだ?」

「どっちのこと?」

「ああ、『何か』がゾンビなのか、渼羽がゾンビなのかってことだよ」

「それは『何か』がゾンビに決まっているでしょう。それともあなたは渼羽さんがゾンビに見えたんですか?」

「いや、見えてないけど……」


むしろ渼羽はゾンビ映画を見て怖がっていたくらいであった。


「まあつまり『何か』の正体はゾンビだったのですよ。そしてそのゾンビは……渼羽さんに取り憑いているんです」

「取り憑いている……? ゾンビがか?」

「そうですよ?」

「ゾンビって取り憑いたりするのか? 僕のイメージじゃあゾンビって、ウロウロと歩き回って人間に噛み付いたりするイメージが強いんだけど……」


一昨日見た映画もそうだったはずだ。

ゾンビに噛み付かれた人間はゾンビになるのである。


「まあ小説や映画、ゲームやアニメ、漫画の世界なんかじゃあそういうのが主流というか王道でしょうね。でも、ゾンビとは何と呼ばれているか知っていますか?」

「何と呼ばれているか……それはまあ『生きた死体』だとか『歩く死体』だとかそんな感じじゃあないのか?」

「そう、死体です。では、死体とは何でしょうか?」

「そりゃあ死んだ身体……死んだ人間の身体だろ?」

「ええ、人間の身体です」

「なんだよ、何が言いたいんだ?」


淡々と続く質問にじっとしていられず、僕は答えを急かすようにそう質問した。


「つまり、ゾンビはもとは人間なんですよ」

「それくらい知ってるよ」

「人間というのはそれぞれ違う考えを持っていますよね?」

「まあそうだな」

「ならば、ゾンビもそれぞれ違う考えを持っていてもおかしくないとは思いませんか? 先ほどあなたが言ったように、もちろん人間に噛み付こうと考えているゾンビもいますが……それなら?」

「それなら……人間に取り憑こうと考えているゾンビもいると、そう言いたいのか?」

「そうです」


なるほど…………でも、人間に噛み付くゾンビならば仲間を増やす為に人間に噛み付くということで分かるが、人間に取り憑くゾンビというのは、いったい何の為に人間に取り憑くんだ?


「なぁ」


僕はそう言って疑問に思ったことをアンリに質問をしようとする。


「それは、人間の身体が欲しいからですよ。生身の身体を」

「あれ? 僕まだ何にも言ってないんだけど……」

「心くらい読めますよ。天使なんですから」


ああ、それもそうか。

すっかり忘れそうにはなるけれど……こいつは天使なのだ。

何があってもおかしくはない。


「それで……人間の身体が欲しい? だっけ? ゾンビがか?」

「ええ、自分の身体が腐っちゃってる訳ですからね。そりゃあ欲しいでしょう、生きている身体が」

「ということは今回、ゾンビは渼羽の身体が欲しいから取り憑いたってことなのか?」

「まあ、そういうことになるでしょうね」

「なんで渼羽の身体なんだ?」


人間の身体なら他にいくらでもある。

なぜ、その中からあえて渼羽を選んだのか。

それはとても重要なことだ。

まあただの偶然なのかもしれないけれども。


「それはまぁ……契約がしやすかったからでしょうね」

「契約…………?」

「そう、契約です。ゾンビなんて所詮死んでる訳ですからね。生きている人間よりかはやっぱり位が低い訳ですよ」

「人間が天使より位が低いみたいにか?」

「そういうことですね。だから、位の低いゾンビが人間に取り憑く為にはやはり何かしらの条件があるのですよ。流石に無条件にバンバン取り憑くことは出来ません」


——それなら世界中がゾンビだらけになっちゃいますしね。

そう言ってアンリは少し笑った。

……そんなことになったら笑い事じゃあ済まねえよ。


「それで、その取り憑く為の条件というのはなんなんだよ」

「だから、それが契約です。取り憑く為にはまず人間と平等な契約を結ばなければならないのです」

「平等な契約……」

「契約というよりかは取り引きと言ったほうが正しいのかもしれませんね。人間はゾンビに自らの身体を提供する代わりに、ゾンビは人間に何かを与えないといけません」

「何かを与える……? 何かって何だよ」

「それは人によりけりですね。勉強の出来ない人には知識を、運動の出来ない人には筋肉を、そんな感じでしょう」

「……なるほど。じゃあ渼羽と契約しやすかったということはつまり、渼羽が求めていたものは、ゾンビにとって与えやすいものだったってことか?」

「はい。そういうことです」

「ふむ…………」


でも、渼羽が求めていたものって何なんだ?

勉強も、運動も、対人関係においても完璧な渼羽が求めていたものっていったい……。


「おっと、フルムーンさん。その考え方は間違っていますよ」

「え?」

「もうゾンビは渼羽さんに取り憑いている状態なのですよ? つまり、渼羽さんはもう自分が求めていたものをもっている状態なのです」

「ああ……ということはつまり、勉強や運動や対人関係の能力はもともと持っていたものじゃあ無く、ゾンビとの契約によって得たものもあるってことか?」

「そういうことになりますね」


だとすれば、渼羽にもともと足りなかったものとはいったい何なんだろうか?

勉強か、運動か、対人関係か、否……その三つに絞らなくても他にも可能性はあるのだ。

容姿やお金や性格など、色々ある。

うーむ…………全く分からない。


「おや? フルムーンさん。分からないのですか?」

「お前は分かるのか?」

「こんなことくらい分かるでしょう。例え、天使じゃあなかったとしても」

「こんなことって……僕には全く分からないんだが」

「はぁ……では、渼羽さんの異常性とはなんでしたか?」

「え? それは確か、友達しか作らず親友を作らない完璧すぎる対人関係…………ってなるほど、対人関係か」

「そう。対人関係です。渼羽さんにもともと足りなかったものとはつまりコミュニケーション能力なのです。だからこそゾンビは与えたのです。渼羽さんが求めたコミュニケーション能力というものを」

「つまり異常性は、もともと自分の持っていた能力ではなくゾンビによって与えられたものだから、制御が利かない……つまりは異常性として出ていたってことか」

「はい、そういうことです…………ってもうこんな時間じゃないですか⁉︎」


するとついさっきまで冷静に受け答えしていたアンリは、そんな風に言って少し大袈裟とも言えるくらいに驚いた。

こんな時間……? 何か用事でもあったのだろうか?

……だとしたら少し悪いことをした。

僕がそう思っていると、アンリは立ち上がり「フルムーンさん!」と、僕に向かって言った。


「ごめん、何か用事でもあったのか?」

「いえ、違います」


あれ? 違うのか……。

じゃあなんだ?


「おやつですよ」

「は?」

「おやつの時間です」

「…………」


時刻は午後三時。天使であるアンリニューゼ・ヘビル・リーフェストことアンリは、その姿形に見合ったやけに子供的なことを言い出した。

実年齢を考えろよ……。

こいつの正確な年齢なんて知らないけれども、多分午後三時になったからって『おやつの時間』などと騒ぎ立てる年齢ではないであろうことは確かなはずだ。


「まあまあ、空気を読まずにこんなことを言ったのは少し悪いとも思います。ですが、こういうクールダウンも必要なのですよ。リラックスも必要なのですよ。完璧にこだわりすぎてはいけません」

「まあそうなのかもしれないけれど……」

「完璧といえば次の話にも繋がりますしね。存外ワタクシは適当に話している訳ではないのですよ。出来るだけ話をスムーズに進行させるため、しっかり考えているのです」

「はぁ……考えているねぇ」


そうとは全く思えないが……。

すると、アンリは立ち上がりおやつの準備を始めた。

この医療器具だらけの部屋におやつと言えるようなものはないので、もちろん別の部屋へと行く。

うーむ……白木以外の医者もこの地下にはいるというのに随分と自由きままに歩き回っているところを見ると、もうここにいる医者たちはアンリを——天使という存在を認知しているのだろうか?

いや、違うか。

白木はそんな大切な情報は極秘にするタイプだった。

そう考えると…………姿を消している。

アンリは姿を消しているのだ。

天使だし、それくらいは容易いことであろう。

あれ? でも、ということはこいつ…………おやつを勝手に持ってきているのか?

おいおい、泥棒じゃねえか。


「…………」


……僕の中の天使像が段々と崩れていくなぁ。

僕は沈黙しながら、そんなことを思った。

そして数分後、アンリはおやつとやらの準備を済ませたようで、どこから取り出したかも分からない机の上にそれを置いた。


「机くらいなら作れますよ」

「そうなのか……?」

「はい、天使ですから」

「なんでもありだな……」


でもそれなら食べ物も……おやつも作れば良いのにと思う。

天使が泥棒みたいな真似するなよ、頼むから。

さっきも思ったことだけど、僕の中の天使像が段々と崩れていくんだよ。


「いや、そりゃあまあ食べ物だって作れますよ? でも面倒臭いじゃないですか。あなたもおにぎりを食べたいと思ったとして、わざわざ作らないでしょう? 近くへ買いに行くでしょう?」

「それはまぁそうだが、お前の場合は泥棒じゃねえか。買ってねえじゃねえか」

「似たようなものですよ」


そう言ってアンリはおかしの袋を乱暴に開け、ボリボリと食べ始めた。

やっぱり天使だけあって食べ方は綺麗ではあるけれど、なんていうか腹立つなぁ。


「全然似てねえよ……盗むのと買うのとの何が似てるって言うんだよ」

「響きとか?」

「似てねえよ!」


というか、響きが似ていたところで何なんだよ。

何の意味もねえよ。


「意味のないことなんて、この世にはないのですよ?」


うぜえ。

なんだこのうざい生物。


「あるだろ、お前の存在とか」

「辛辣過ぎます……⁉︎」

「そりゃあ辛辣にもなるよ……お前面倒臭いもん」

「面倒臭いとはなんですか! ワタクシの身体は面倒な臭いなんてしませんよ?」

「お前は面倒臭いの意味を知らないのかよ……」


どんな人間だ……というか、どんな天使だ。

そんなことを思っていると、アンリはおかしを食べ終えたようで、横にあるゴミ箱におかしの袋を投入した。

ゴミ箱なんてどこから……という疑問はもういらないだろう。

どうせ作ったに違いない。


「さて、ではでは……そろそろ本気で話しましょうか」

「そうだな。えーっと……完璧ってところから次の話が繋がるとか言ってたよな?」

「ええ、そうです。忍者風に言えばそうでござる」

「なんで忍者風に言ったのかは謎だけれども、その口調からは本気感を感じ取れねえよ」

「すみません。では、シリアスパート突入です!」

「シリアスパートとか言うな」


15


 まあとにかくここからは閑話休題。冗談も雑談も抜きにして、そろそろ本気で事に当たらねばならない。

件のゾンビについてより深く掘り下げて理解していくとしよう……。


「はい、まあということで先述した通り、話は完璧ということろから繋がっていきます」

「完璧か……」

「ええ、では早速繋げていきますと……今回の敵とでも言っていいでしょうゾンビ。あのゾンビの正式名称は、完璧ゾンビと言います」

「完璧ゾンビ? 随分とダサいネーミングだな」

「そうですね、まあ分かりやすく横文字だけを並べてパーフェクトゾンビと今は呼んでおきましょうか」

「まあ……分かりやすいな」


それにしても……パーフェクトゾンビか。

随分と分かりやすいネーミングではあるが、想像はし難いな。

完璧な死体とはいったいどんな死体をいうのだろうか?


「ああ、その解釈は間違いです。完璧な死体では無く、完璧になりたい死体……つまり完璧になりたいゾンビということですよ」

「完璧になりたい?」

「正確に言えば人間になって完璧になりたいですかね。まとめると完璧な人間になりたいのですよ」

「なるほど、完璧な人間になりたいゾンビ……完璧ゾンビ、つまりパーフェクトゾンビと、そういうことか」

「ええ、そういうことです」


だから、渼羽に取り憑いたのか。

パーフェクトゾンビは、完璧な人間である渼羽哀無の身体が欲しいから……。


「あれ? でもそれは違うんじゃあないのか?」


僕はふと、矛盾に気づいた。

そうだ……渼羽は完璧じゃあ無かった。

コミュニケーション能力……渼羽にはそれがもともと欠けていたはずなのである。

なら、なぜゾンビは取り憑いた……?

別に渼羽では無く、もともと完璧な人間に取り憑けばいいというのに……。


「馬鹿ですねぇ」


すると、アンリは呆れた顔をしてそう言った。


「愚かと言ってもいいです」

「おいおい、愚かって……でも、そうじゃあないか? 完璧な人間に取り憑いたほうがはやいじゃないか」

「あなたはさっき話したことを忘れたんですか? 渼羽さんは、契約しやすかったから取り憑かれたのですよ?」

「いや、完璧なやつでも探せば契約しやすいやつくらいいるだろ?」

「いませんね。さっきも言ったじゃあないですか。ゾンビとの契約とは、ゾンビが人間に人間の求めるものを与える代わりに、人間はゾンビに身体を提供するというものなのですよ? 完璧な人間が、何か求めていると思いますか?」


……確かに。


「人間が求めるものとはたいていが自分の欠点を補えるものです。つまり欠点が一つの人間は契約すれば完璧になる……ならば、完璧より、後一歩で完璧というラインに立っている人に普通取り憑くでしょ」


そうアンリはまとめて「さてと……」と、前置きして続ける。


「……ではそろそろ、あなたに聞かなければなりませんね」

「……あ?」

「あなたは誰を助けたいんですか?」

「……」

「正確に言うならば、奏さんを助けるためにゾンビについて聞きに来たのですか? それとも、渼羽さんを助けるためにゾンビについて聞きに来たのですか? あなたは……どちらを助けるためにワタクシのところに来たのですか?」

「そんなの……両方だろ。僕は友達を助けに来たんだよ」


あのいつ襲ってくるかも分からないゾンビから奏を守るためにここに来たし。そして今、話を聞いて渼羽を異常性から……友達しか作れず親友を作れない完璧すぎる人間関係から助けたいと思ったから、僕はここにいるのだ。


「ほぉ……でも、渼羽さんは助けてほしいと思っているのでしょうか?」

「……どういう意味だよ」

「彼女は望んでゾンビと契約したのです。つまりその異常性も彼女が望んで手に入れたものなのですよ? 本当に彼女は……親友が欲しいと思っているのでしょうか?」

「…………思ってるよ、きっと。ゾンビによって与えられたコミュニケーション能力だったからかだと思うけど……渼羽の言葉は嘘臭かった。でもな、親友が欲しいという言葉だけは不思議と嘘臭くなかったんだよ」


……だから、僕は渼羽を助ける。僕はアンリの顔をしっかりと見つめてそう言った。


「そうですか」

「ああ、そうだ。だから教えてくれ。奏を、そして渼羽を助けるために、ゾンビを倒す方法を……」

「ふふっ、ゾンビを殺す方法ならありますがどうします?」

「どうするも何も……むしろ好都合だぜ。倒すより、殺すほうが僕は得意だ」

「知ってますよ、ワタクシも殺されていますから。では……お教えしましょう、ゾンビを殺す方法を」


そう言ってアンリはニヤリと笑った。

その笑い方はなんていうか白木を思い出すようで、僕は少し懐かしい気持ちになる。

まあだが、今は懐かしい気持ちになっている場合ではない。

僕はより気を引き締め、アンリの話を聞き始めた。


16


「まず、ゾンビを殺すにおいて、ゾンビを渼羽さんの身体から取り出さねばなりません」


そんな語りから、ゾンビ殺しの説明は始まった。

それにしてもゾンビ殺しとはまぁ、死体を殺すようなもので、なんというかなんというかなぁ……そんなに良い気持ちではないなぁ。

人を殺すことには何の躊躇もない殺人鬼の僕ではあるけれど、死体に追い討ちをかけるような真似には道徳的に少し罪悪感を感じてしまうのである。いやまぁ殺すけれども。


「取り出すねぇ……そんなこと出来るのか?」

「まあ力技では絶対無理ですね。契約によって渼羽さんに取り憑いている訳ですから」

「はぁ……じゃあどうするんだ?」

「ゾンビ側に契約を破棄させるのですよ」

「契約の破棄……?」


渼羽はゾンビに完璧な肉体を。

ゾンビは渼羽にコミュニケーション能力を。

その契約を破棄させる……。

そんな方法あるのか?


「契約を破棄させる方法は簡単です。前提条件を崩せばいいのですよ」

「前提条件を崩す?」


それにしてもさっきから聞いてばかりだな、僕。

無能感丸出しである。


「前提条件ですよ。契約の前提条件」


が、アンリはそこまで聞いてばかりの真似は許さないという風に、そんなことを言って思考を促す。


「契約の前提条件ってそりゃあまぁ……」


さっきも考えていたもの。

渼羽はゾンビに完璧な肉体を。

ゾンビは渼羽にコミュニケーション能力を。

というのが、契約の前提条件であるはずだ。


「そうです。それが前提条件です。ではそれを崩す方法は?」

「そりゃあまあ契約違反するとかじゃないのか?」

「具体的にどうぞ」

「……えーっと、だからつまりは」


契約違反だから……。

渼羽はゾンビに完璧な肉体を渡さない。

ゾンビは渼羽にコミュニケーション能力を渡さない。

それをしなければならない。


「はい。ですが、渼羽さんはもう既にゾンビにコミュニケーション能力を貰い存分に使用しています。つまり契約違反しようと思うならば?」

「渼羽がゾンビに完璧な肉体を渡さない……か」

「はい」

「でももう契約している以上、それは無理なんじゃあないのか?」

「そうですね、渼羽さんはゾンビに完璧な肉体を渡さないということは出来ません。でももし……渡せないという状況にすれば?」

「あ?」


渡さないことは出来ない……。

なら、渡せない状況にする?

渡せない状況ってなんだ?


「渼羽さんは完璧な肉体をゾンビに渡さないといけないのですよ?」

「うん」

「うんじゃあありません、良いですか? 渼羽さんは『完璧』な肉体をゾンビに渡さないとらいけないのですよ?」

「あ……!」


『完璧』……そうだ。

ただ肉体を渡すのではなく、『完璧』な肉体を渡さないといけないのだ。

つまり……。


「渼羽を、完璧じゃあなくすればいい……!」

「そうです」

「でも……どうすれば?」

「渼羽さんを完璧として構成している部分の一つでも完璧でなくすれば良いんですよ。まあ基本として、勉強や運動などですかね? 学生生活を順風満帆に過ごす為に必要なそれらを完璧でなくすればいいんです。例えば……テストで渼羽さんから誰かが一位の座を奪うとか、渼羽さんの得意とする陸上やバスケで誰かが勝つとか、そういうことをすればいいんですよ」

「…………」


僕は黙った……。

理由は、無理だと思ったからだ。

テストで渼羽に勝つ? 入試と中間テスト……今まで行われたこの二つのテストで全科目余すことなくミスも間違いもなにもなく完璧に百点を取った渼羽に?

陸上やバスケで渼羽に勝つ? どちらも全国大会において圧倒的な力の差を見せつけ一瞬の隙すら見せず完璧な勝利をして優勝を果たした渼羽に?

無理だ。

絶対に無理だ。

いや、ちょっと待て……。

僕ならどうだ?

僕ならば……殺死満鬼族最強にして最後の生き残りであり稲妻殺しとまで言われた殺人鬼である僕のスピードならば、勝てるんじゃあないのか? 陸上……つまり走ることにおいては、負ける気がしない。

アンリは一部分だけでも完璧でなくすればいいと言った。

つまりは僕が渼羽に陸上で勝てばいいのだ。


「それは駄目ですよ?」

「は?」

「ですから、あなたが勝つのは駄目です」

「……なんで?」

「あなたのような異形の者に負けたところで、ゾンビはそれを負けとはしないからです。渼羽さんの完璧は、あくまで普通の学生生活において完璧であればいいのですから」

「おいおい……異形って、確かに僕は殺人鬼だけれど、殺人鬼ではあるけれども、天使も殺しはしたけれど…………それでも、あくまでただの人間であることには変わらないんだぜ?」

「へ?」


アンリはそんな声を出して首を傾げる。


「あなたは人間ではありませんよ?」

「ん? おいアンリ、今はふざけている時じゃあないだろ? 僕は人間だ」

「いやいやふざけていませんよ……もしかして知らないんですか?」

「なにをだよ」


知らない? そりゃあ僕は知らないことだらけではあるけれども、僕が人間であることくらいは知ってるぞ?


「フルムーンさん……否、満月さん」

「なんだよ。普通に名前を呼んだりして……」

「あなたは鬼です」

「へ?」

「正確に言うならば、あなたたち殺死満鬼族は全員…………鬼の血を引く化け物なのです」

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