第二話08〜12
08
病院についた。
肩を貸してもらいはしたものの、やはり結構な怪我だったので歩くのは辛く、頑張って頑張って……なんとかたどり着けたのだ。
「とても心苦しいのだけれど……ここからは一人で行ってくれるかしら?」
病院に着くと、奏は少し複雑そうな顔をしながらそんなことを言った。
「…………ん? ああ、お前白木のことが嫌いだったな。分かったよ、じゃあ行ってくる。奏は先に帰っていてくれ」
僕のその言葉に奏が頷くのを見てから、僕は病院の中に入った。
そしてエレベーターに入り、今日もいつもの手順で地下一階へと降る。
地下一階へたどり着いた音が鳴り、扉が開くのを待つ。
すると人影が見えてきた。
恐らく白木だろう。
「ここに入ってきたということは……あなたですか。フルムーンさん」
「……は?」
そこにいたのはアンリ、正式名称アンリニューゼ・ヘビル・リーフェスト……つまり天使だった。
なんでこいつ……白木がいつも座っている椅子に偉そうに座っているのだろうか?
それに見る限り白木の姿が見当たらない。
どういうことだ?
「……ねえ。フルムーンさん」
「ん?」
「なにか言うことはありませんか? 謝罪の言葉とか」
「ないな」
「ないんですか⁉︎ あなた……ワタクシを天使の腕輪に封じ込め、変態医師の白木さんに渡したのを忘れたと?」
「んー、ああ。そんなこともあったなぁ……」
「そんなこともあったなぁですって? お前俺様に消されてぇ…………おっと素が。リテイクして良いですか?」
「リテイクなんて出来ねえよ。誰が僕たちのことなんて撮ってるんだよ」
そういえばこいつ……怒ったら一人称が俺様になるんだっけ?
面倒臭いキャラ設定だな……。
「いやいや今の時代、どこでいつどんな風に撮られているか分かりませんよ? 生きているだけで盗撮犯の餌食になる時代です」
「仮にそうだとしても盗撮犯にリテイクを頼むなよ。盗撮犯も困るよ……」
「そうでしょうか? ワタクシはそうは思いませんね。盗撮犯だってワタクシのようなセクシーな女性に話しかけてもらえて嬉しいはずです」
「お前のどこにセクシーさがあるんだよ。盗撮犯も話しかけられたら、嬉しいというよりバレたと思って焦るだけだろ」
「な……⁉︎ このワタクシがセクシーでないと? この胸を見てまだそう言えますかねぇ?」
と言ってアンリは胸を主張してくる……無い胸を主張されても反応に困るな。
「その下敷きみたいな胸だからこそ言ってるんだよ」
「下敷き……⁉︎ 真っ平らじゃないですか!」
「ん? 真っ平らじゃねえか。舗装された道路みたいに」
「いちいちムカつく例えですね……!」
「それで、平ちゃん」
「平ちゃん⁉︎ もしかしてワタクシのことを言っているんですか⁉︎ いくら平らだとしても平ちゃんは酷くないですか……?」
「当たり前だろ……平ちゃん。それで、白木はどこにいるんだ?」
いつもならすぐに現れるはずなんだが、もしかして出かけているのか?
いやいや、あの引きこもりに限ってそんなことはないと思うけど……。
「白木さんなんてどうでもいいんです! それよりも今はその酷すぎる呼び名について五時間ほど異議を申し立てたいのですが?」
「壁に向かってでも申し立ててれば良いよ。壁同士で会話していればいいよ。僕はお前を無視して白木を探すから」
「壁になんて話しかけませんよ! というか壁同士って何ですか! ワタクシのこの胸が壁のように平らとでも言いたいのですか」
「えーっと……白木はどこだぁ?」
「無視しないで下さい!」
いや、まあ本当はそこまで無視をしたいわけではないけど……いかんせんこの怪我じゃあ雑談に興じるほどの余裕もない。
白木に早く治してもらわなければ今すぐにでも痛みでショック死してしまいそうだ。
……まあそれは少し大袈裟だけれど。
「話なら後で、怪我が治った後でいくらでも聞いてやるから……とにかく白木の居場所を教えてくれよ」
「怪我ぁ? あ、よく見れば全身傷だらけじゃあないですか」
「気付いてなかったの……⁉︎」
「天使からすれば人間の怪我ごときどうでも良いことですからね〜」
……そんなこと言ってるからお前、天界から追放されたんだよ。
もっと反省しろよ。
「それで? 白木はどこにいるんだよ。早く怪我を治したいんだが」
「怪我ならワタクシが治してあげましょうか?」
「あん? 治せるのか?」
「それはもちろん……天使ですし」
「じゃあ…………頼むよ」
「詠唱してほしいですか? しなくていいですか?」
「その選択肢、詠唱することになんのメリットがあるんだよ……」
「はぁ……詠唱をしたほうが雰囲気でるのに」
そう言ってアンリは僕の肩にポンと手を置く。なんだと思っていると、「治りましたよ」とアンリは言った。
「へ? もう?」
僕は自分の身体を確認しながらそう言った。
うん、確かに……治っている。
むしろ前より好調なくらいだ。
なるほどこいつも一応は天使というわけか。
「ふふん、ワタクシを崇めなさい」
「まあ崇めはしないけど感謝くらいはしておくよ。ありがとうな」
「……急に素直に感謝されても照れますね」
言ってアンリは少しだけ顔を赤らめた。
こいつ……天使なのに感謝されることに慣れていないのかよ。どんな天使だ。
「それで? もう何度も繰り返すように聞いているけれど、白木はどこにいるんだ? いや、もう怪我は治してもらったから用事はないんだけど……あの引きこもりが出かけてるなんて珍しいじゃねえか」
「白木さんなら海外に行きましたよ」
「は?」
「ですから、海外に行きました」
「…………」
あの白木が海外だと……?
09
「ちょっと待て、あの引きこもりが? あの引きこもってばかりの医者が? 海外……? 嘘だろ?」
僕がそう言うとアンリは「本当です」と短く言った。
言い方からして……そんな嘘をついて何になるんだよ、という風なので恐らく本当のことなのだろう。
それにしても白木が海外とは…………もしかすると僕によって提供されたこいつ——つまりアンリ——の実験結果みたいなものを発表でもしに行ったのだろうか?
だが、確かに海外にも白木異学団の支部はあるけれどわざわざ天使について発表なんてしに行くだろうか?
あの引きこもりが、しかも表ではそこそこ有名である白木病院医院長という肩書きをもっている為、白木医院長が海外に行くという重大な、この国の医学界においてはとても重大なニュースをメディアに取り上げられるかもしれないというリスクを犯してまで、海外支部にまで足を運ぶ必要があるのだろうか?
否、無いと言えるだろう。
それに、この天使についての情報は基本的には極秘にしておきたいはずだ。
自分だけで独占しておきたいはずだ。
僕の知っている限り、白木はそういう男である。
なら、なぜ海外に向かったのだろうか?
うーむ……思いつかない。
「そういえば」
するとアンリは悩んでいる僕を見てか、口を開いた。
「ん?」
「そういえば、人に会いに行くと言っていました。昔からの友人だとか」
「はぁ……なるほど」
まあ単純な理由だが、それで僕は納得できた。
出かけるということがとても億劫である白木が唯一出かける時を、僕は知っているのである。
まあそれなら知っているのになぜ思いつかなかったのかという話になるが、それは予想外だったからだ。
まず、白木が唯一出かける時というのは友人と会うときなのである。
冷めているようで実は友情にあつい男なのだ。
だが、ここで予想外なことがあった。
僕の知っている限りで白木の友人というのは僕の兄……
その僕の兄も殺死満鬼族壊滅の際に死んでいるはずだし……まさか白木に他の友人がいるとは思っていなかった為、僕は無意識のうちに白木が友人に会いに海外へ向かったという可能性を消していたのである。
確かに考えれば、いくら引きこもってばかりの白木といえども友好関係が僕の兄だけだなんて考えは浅はかにもほどがあった。
一応は世界最大規模の病院の医院長をやっているのだ。
それなりのコミュニケーション能力もあるだろうし、いくら不気味で変態な医者だとしても顔はイケメンだから、友人が数人くらいいてもおかしくはないだろう。
「フルムーンさん、いつまで堅苦しいことを考えてるんですか? 白木さんのことなんてどうでもいいんじゃないですか。もっと簡単に楽しく話していきましょうよ」
「はぁ……簡単に楽しくねぇ。具大的にはなにを話すんだよ。僕的にはもう帰りたいんだけど」
「うーむ、楽しい話といえばやはり下ネタでしょうか? いぇーい! パンツパンツ〜!」
「お前大丈夫か……⁉︎」
特に頭とか大丈夫なのか……?
もっと天使としてのなんていうか……誇り? とかを持ってくれよ。
僕、嫌だよ。こんな奴が人間よりも上の位だなんて……。
最初にこいつを見た時の神々しさの欠片も残っていないじゃねえか。
キャラクター崩壊にもほどがあるだろ。
威厳を取り戻してくれ! 頼むから。
「さて、冗談はさておきフルムーンさん」
「ん? なんだよ」
「なんであんなに傷だらけだったんですか?」
「ああ……」
そういえば言ってなかったな……。
「えーっと、なんだかよく分からないものに襲われたんだよ」
「なんだかよく分からないもの……ですか」
「そう、今回は白木に怪我の治療だけじゃなく、それについても聞こうと思っていたんだが……」
「どれ、ワタクシに聞かせてくださいな。もしかすると分かるかもしれませんし」
「ん? まぁ確かにな」
むしろ白木よりも適任かもしれない。
前回の件は、白木の予想と推論によりなんとか犯人が天使であることと、天使を殺す方法を導き出し、それが当たっていたから解決出来たものの……もし当たっていなければ解決は出来なかったのだ。
それに比べ……天使。
人間ではないものである。
人間である僕や白木と違い、人以外のものについての知識も山ほど持っていてもおかしくはない。
今回僕を襲った謎の『何か』について知っている可能性も高いのである。
「じゃあ今日あったことを話すから……しっかり聞いてくれよ?」
「はい」
僕は今日あったことを振り返るように話し始めた。
10
「はぁ…………なるほど」
僕が話を終えると、アンリはそう言って「ふぅ……」と息を吐いた。
「なにか……わかったのか?」
「はい、全く分かりませんでした」
「は?」
「二時間にかけて映画の内容からなにからまで全て話して頂きましたが……まぁ、はい。なにも分かりませんでした」
ニコッと笑いながらアンリは言った。
「そもそも、その『何か』についてはフルムーンさんと奏さんを突然襲った……ということしか分かっていないじゃないですか。人間を襲う『何か』だなんていくらでもいますよ。多すぎて絞りきれません。数にして千は超えます」
「うーむ、二時間もかけたのになにも分からないと言われたから凄くムカついたけれど、そう言われれば怒るに怒れないな。確かに情報量が少なすぎるし……」
「ですが一つ……確実なことがありますね」
「確実なこと?」
「今回の件のキーパーソンは、渼羽さんということですよ」
キーパーソンが……渼羽?
「おいおいどういうことだよ……渼羽がキーパーって、あいつはサッカーなんてやってないぜ?」
「つまらないボケはやめてください。ツッコミも出来ませんよ」
「ごめん、ずっと真面目に話してたから……つい」
「ついじゃないです。謝ってください! つまらないボケをしてすいませんでしたと謝ってください! もちろん焼き土下座でですよ?」
「つまらないボケをしたことは認めるけどなんで焼き土下座までしないといけないんだ」
「では焼かない土下座でも良いです」
「ただの土下座じゃねえかっ!」
そう言ってから僕は気づいた。
……このままじゃあいけないと。
そろそろ本題に入らないと今日が終わってしまうと。
はぁ……全く、どうもこいつと話していると話題が逸れてしまう。
いや、今のは僕が完全に悪いのか。
ということで話を本筋に戻すとしよう。
閑話休題である。
「それで……? 渼羽がキーパーソンってのはどういう意味だ?」
「どういう意味もこういう意味もありませんよ。そのまんまに受け取ってもらえればいいです。渼羽さん、渼羽哀無さんはキーパーソン……つまり今回の件の鍵となる人物なのです」
「鍵……ねぇ。なんだ? つまりは今回僕が『何か』に襲われたのはあいつの、渼羽のせいだってことか?」
「せいとまでは言いませんが……まあ概ねその通りだとも言えますかね。渼羽さんと一緒に出かけたその日、急にそんなものに襲われるなんて渼羽さんになにかあるとしか思えません」
「まぁ……確かになぁ」
「ですが、先ほども申し上げたように今のままじゃあ少し情報量が少なすぎます。明後日からの学校生活で渼羽さんになにか異常なことがないか確認するしかないでしょうね。少なからず異常性はあるはずですから……人間としておかしなところがあるはずですから」
「そうだな……うん、またなにかあったら来るよ。今日は話を聞いてくれてありがとうな」
僕はそう言って手を振る。
「ええ、熱々に熱した鉄板プレートを用意して待ってますね」
アンリはそう言ってニコリと笑った。
「焼き土下座させる気満々じゃねえか!」
「満月さんだけにですね」
「お前も焼き土下座したほうがいいんじゃないのか?」
「幼女に焼き土下座をさせるなんて発想が恐ろしいです!」
「いや、つまらないことを言ったくらいで焼き土下座をさせるって発想がそもそもとして恐ろしいんだよ……!」
まあ余談としてアンリとこんな話をしつつも、そろそろ夜も遅いということで僕は帰った。
11
僕が家に帰ると、もう奏は布団で寝ていた。
今日はいろいろあって疲れただろうし、まあ当然のことだろう。
それにしても……渼羽。
渼羽の件について奏にどう伝えるべきなのだろうか?
察しが良く頭も良いこいつのことだから、もうもしかしたら今回の『何か』に襲われたことに渼羽が何かしら鍵を握っているかもしれないという推論くらいはたてていそうなものだけれど……やっぱり、伝えにくいものがある。
渼羽の件は、僕らを襲ってきた『何か』が何なのか分かるまでは危険なので、奏は巻き込みたくない。
と、僕は思っているからだ。
僕にかなりの重傷を負わせたことからも分かるように……あいつは強い。そして凶暴だ。
あの『何か』が僕か、奏か、それともどちらもを狙っているのかは知る由もないけれど、それでも自分からその『何か』にガンガン関わっていくよりかは、出来るだけ巻き込まれないように大人しくしていたほうが明らかにマシだ。
もう相当、渼羽と仲良くなった奏のことである……今回の件に渼羽が関わっていると確信すれば、自分の時もそうだったように、かなりの行動力を発揮してしまうのだろう。
それは先ほども言ったように、危険だ。
だから…………僕は決めた。
今回の件は僕一人で片付けようと。
正確に言えば、天使……アンリの知識も借りることになるだろうがとにかく、奏には何も言わない。
今回のことについては何も伝えない。
危険な目にあうのは……僕一人で十分だ。
12
「おはよう、満月君。いつ頃帰ったのかしら?」
朝起きると、覗き込むようにして奏はそんなことを聞いてきた。
いつ帰ったと言われてもなぁ……昨日はすぐ寝たからあまり覚えていない。
「ごめん、覚えてない」
「そう」
素っ気なく、どうでも良さそうに奏は答えた。
実際、どうでも良かったのだろう。
どちらかと言うと、昨日の件について僕に話させるための前振りというか、そんな感じなのだろう。
「それで? 昨日の件について何かわかったのかしら?」
予想通り、奏は昨日の件について聞いてきた。
けれど、話さない。
僕は何も……話さない。
昨日決めたように奏は巻き込まない。
「いや、全く」
「そう……あの『何か』については白木さんも知らなかったのね」
「そういうことになるな」
「もしまた襲ってきたらどうするの?」
奏は不安気な表情で僕に聞く。
だが、そんなことは決まっていた。
「殺すよ……命に代えても。奏が襲われたなら」
「……嬉しいわ。でも命に代えられたら困るわね。私、あなたが死んだら死ぬって決めているから」
愛が重すぎる……けど、思いやりのある愛だった。
「…………じゃあ意地でも死ぬわけにはいかないな」
僕はその愛に応えるように、そう言った。
すると奏は「そうね」と、少し微笑みながらも短く返した。
「さて……と、じゃあこの話は終わりだ。朝ごはんにしようぜ」
「ええ、準備するわ」
……今日は日曜、明日が学校と考えると少し嫌になるけれどまあせっかくの休みだ。
僕と奏を襲ったあの『何か』……あんなものが現れた以上、そしてそれの原因が渼羽かもしれない以上、明日からはゆっくりする暇も無くなる可能性があるだろうし……。
今日くらいはのんびりさせてもらうとしよう。
そんなことを考えていると……おっと、どうやら朝食の準備が出来たようだった。
「いただきます」
僕と奏は手を合わせそう言った。
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