インタビューインテグラ

ポンチャックマスター後藤

一人目~井本千佳子~

以下、■はインタビュイー、○はインタビュアー坂本宏美の発言


■どこにでもいる普通の子でしたよ…もう何度も色んな人に聞かれましたけど…正直そこまで印象に残っていないんです…中学校の1、2年担任でしたけど…事件を起こした時はもう違うクラスの担任でしたし。でも、未だに信じられないんですよね。もう十年以上も前なのだけど…最初新聞を見た時は驚きました。その後の取材の多さにも辟易しましたね。あなたも…びっくりしたでしょう…?


○ええ、私も当時新聞を見てひっくり返りました。


■そうでしょうね。でも、私たちはひっくり返る暇もありませんでした。私は担任だったから警察から新聞社からテレビまで…喋れる事と喋れない事があるでしょう?だから…色々と気を付けていました。あの子が更生施設から出てきた時もしばらく取材とかを受けて…なんで今になってあなたは私に取材を?


○今だからこそ、時間が経ったからこそ見えてくる何かがあるんじゃないかと思いまして。やはり日本に衝撃が走った事件ですし。


■その渦中に居た私たちは大変でしたよ。本当に…まさか私が受け持った事がある生徒があんな事を…当時は信じられない気持ちで一杯でしたけど、今なら少し冷静に、客観的に見られるようになりました。でも、本当に何かサインがあった訳でも無く、そんな事をする子だなんて思っていませんでした。どこから見ても普通の子なの。あなたもそう思ったでしょうし、それは私も同じ。それでニュースを見ていたら本当に信じられないような事が沢山…教師失格なのかとも思ったけど…あんな事になっているのを気が付くことができ人はそれこそ教師失格と思うのよ。だって、教え子があんな邪悪な事を考え、それで多くの人を…そんな事を…想像するなんて…信じるって言うと綺麗な言葉でごまかしているようだけど、やっぱり事件が起こってすぐは信じたかった。それが教師としての務めだと思うし、私も長く教職に就いていたから…それが大切な事だと思ったんです。


○家庭訪問などで彼の両親ともお会いした事があるんですよね?


■はい。その時も本当に普通というか…さっきから普通、普通ってごめんなさいね。でも本当に普通なんです。妹さんがいて…あとはご両親。お母さんが紅茶に凄く詳しくて、私が訪問した時も色々と出してくれて。私も紅茶が好きだったから…そう言う事は覚えているんだけど…あ、思い出した。家庭訪問って居間とかでやるじゃないですか?それで私もお宅に入って…その時にあの子が居て「絶対に僕の部屋に入らないでください」って…今思うと…変な話しですよね。なんで入ると思ったのか…でも、今思うとあの時から…あの子の部屋には色々とあったのでしょうか…ただの推察と言うか…こんな事考えるのはさっきも言ったけど、教師としては本当に最低です。でも…出てきたニュースとかを見ると…


○それはわかりますね。私もちょっと…それに、少し出てから報道も減ったじゃないですか。それだけ…衝撃的な部屋だったんでしょうね…


■少し記事に出ていたのを当時読みましたけど…本当に恐ろしくて…現実感は無かったんです。でも…耳とか鼻とか…そういうのを見たら…もうそこから自分で調べる事もできなくなっていました。嫌でも入ってくる情報を…少し見聞きしましたけど…本当に…気分が悪くなって…今でもできる限り思い出さないようにしているんですけどね。でも、あんな子が…そんなに記憶にも残っていない地味な子があんな事を…私は生徒の印象をノートにまとめたりしていたんです。今回のこの取材…ですか?この取材の為にまた少し読み返したりしたんですけど…やっぱりそこには「目立たない子。珍しい位普通の子」と書いているだけなんです。この十年近く、何度も何度もそのノートを見ました。私の中ではモンスターであってほしいと言う思いがあったのかも知れません。本当にどこにでもいるようにな子があんな事件を起こすなんて信じたく無かったのかも知れません。


○田中く…いや、失礼しました。彼の事は小学校の担任だった方にも聞きましたが同じような意見でした。


■結局…何が悪かったんでしょうかね…いえ、悪いって言うのは適切じゃないかも知れません…何が「原因」だったのかと思って…私も私なりに海外の…あの…事件…なんて言うか…猟奇…事件を起こした人の資料とか調べてみたんです。そこには家庭環境とかトラウマとか何か外的な要因がある人がほとんどでした。精神的な部分もです。あの子は何も無かったじゃないですか。それが怖いんです。どんな子でも一つスイッチが入って、そのスイッチが入ったままになってしまったらあの時みたいな事件を起こしてしまうんじゃないのかなと考えてしまって…大なり小なり家庭環境とか…もっと酷いのなら、性的被害にあってしまった子供もいます。でも、その子は達はみんな犯罪者に、それも猟奇的な事件を起こす形に育つのかと言われたら私は全力で否定しますよ。大抵の子は心の奥に押し込めたり、自分の中でなんとか戦ったり…そう言う風にして過ごしていくんです。

そんな中、本当に何の問題もなかったあの子がどうして…動物を殺していたとかそう言う事が雑誌や新聞に書かれたりしていました。でも、私があの中学校にいた時にそんな事件は起きていないです。本当に、ただただ平穏が積み重なっていくだけの毎日だったんです。それがあの事件が起きて…違う…あの事件自体は起きていたんですよね…そんな毎日でも…発覚したから、あの子が捕まったからみんな気が付いただけで、あの街ではずっとずっと事件が起きていたんですよね…でも大人の仕業だと思っていました。だから集団下校させたり、帰り道に私たちや保護者の皆さんが道に立ったりして気を付けていました。裏切られたような気持ちでしたね。


○あの事件からしばらくの間は保護者も先生方もそう言う活動をストップしていますよね


■はい…そうですね。やはり皆さんショックを受けたと言うか…守るべき子供が起こした事件だったからでしょうか…でも、それでも学校の中では意見が分かれていたんです。それでも道に立って子供達と接するべきと言う意見もありました。私もその意見でした。

こんな事があったからこそ、より子供達の安全に気をつけるべきだって。でも…「子供達を監視したいんじゃないのか」と言う意見もあって…PTAの話し合いでも意見が分かれたんです。でも、私たちが守らないで誰が守るのか…守れるかどうかわからないですが、何もしないより良いと思ったんです。事件の後だったからあんまりきちんと考えられなかったかも知れませんが…あの子の事も…誰かがちゃんと守って…見ていたら…こんな事にならなかったと思う瞬間があるんです。逮捕…警察に捕まったあと、ニュースでも出たじゃないですか…あの…何か気持ち悪いあの…


○大きく取り上げられましたよね


■そうですね…ああ言うのも思春期特有の物だったりするんです。何か…あの子の中で何か…絶対と言う物が欲しかったんじゃないのかなって思うんです。結局子供って不安定じゃないですか。その心の隙間と言うか、ちょっとした穴に落ちてしまって、そこから出よう出ようとしている内にこんな事件につながってしまったんじゃないのかなと考えるんです。子供ですよ?まだ子供なんですよ?そんな子供が…あんな形で…あんな形で集まって…それで…日常的に………


○大丈夫ですか?無理はしないでくださいね


■大丈夫です。大丈夫。駄目ですね私って…結局はこうなんです。自己弁護じゃないですけど、誰だってこうなるんです。凄く気持ち悪くなって…あの事件を思い出そうとすると本当に気持ち悪くなって…この思いはどこから来るんでしょうかね…単純に事件その物への嫌悪感なのか、それとも…ええと…理解できなくて…そう、理解できないんです。それが非常に強く心にあって…私はあの時感じました。人間が一番怖いのは理解ができないことなんだって。例えば動物でも犬や猫って分かり合える部分があるじゃないですか。でも…サメとかトカゲとかって…多分私たちの事を餌とかでしかみていないと言うか…意思の疎通がどう言う風にしても図れない存在…いや、あの子は…あの子は子供です。でも、どうしても納得ができないんです。一人だったらちょっと…心に何かがあったのかもしれません…でも…止める事はできなかったのかなと感じるんです。

誰かは止められたんじゃないのか?それとも…一緒に居た誰かがけしかけたのか…結局…今はあの子は…今は一人だし、今はもうどこにいるのかもわからないです。どこかでのんきに暮らしていると言う人もあれば、気が狂って死んでしまったと言う人もいます。

三人でしたっけ?そうだ、三人…主に動いていたのは三人ですよね。周りの人はどうしているのか…他の学校も大騒ぎだったでしょうし…そちらには取材に行かれました?


○はい。行きました


■話している内容はほぼ同じですよね…結局はそうなんです。わかります。誰だってこう思うんです…子供達が組織だってあんな事…今も周りでは慰霊祭みたいなのやるじゃないですか…でも、それをしている限りは何も忘れる事ができないと感じているんです。こんな事…本当は全て忘れるべきかもしれないですよね…結局は…忘れた方が良いんです。でも…忘れることなんてできない…

何か事件が起きた時、当事者や近くにいる人は忘れられると思います。でも、それを俯瞰していた人、背景だった人は忘れる事ができないと感じています。私たちは壁で、事件は刻まれた傷なんです。それは埋めることもできるけど、だからと言って無かった事にはできないじゃないですか?新しく作り変える?できないですよ。あったんだから。起こった出来事はもう消えないと言う事を学びましたね…子供達には「忘れよう。前向きに忘れよう」なんて呪文のように言っていました。でも、忘れる事なんてできないんです。ずっとずっと、呪われたようにこの事件はこの街を包み続けるでしょうし、たまたま動物が死んでいたり、小さい子の帰りが遅いと連絡がある度に思い出してしまうんです。

無かった事にはできないんです。誰もが苦しんでいる…でも…当事者は忘れている…だから釈然としないんでしょうかね。新しい一歩、未来への一歩、前向きな一歩、そんなの踏み出せるはずが無いですよ。結局残るんです。あの子と近い所に居た子はどうなんでしょうかね…もう新しい一歩を進んでいるのか…それは悔しいですよね。私たちはこの場所にずっと居なければならない。引越しとかは簡単ですけど…でも家のローンとか…家族の事もありますしね。私にも息子が居ますが、もうこの街を出てしまいました。出て行く理由は無いんです。仕事もあるし、それなりに東京に近いですしね。でも出て行きました。親としてさみしい部分もあるので理由を聞いたら「この街は何か嫌なんだ」って…それが本当かどうかはわからないですよ。でも、本当なのだと思う。残された人間が起こされた事件の記憶を植えつけられて…それでまた誰かが不意にその話をして、調べて、毎年一回は地域の行事で「あの悲しみを忘れない」なんてやるんですよ。辛いですよ。本当に。誰もがずっと辛いんです。この街であの事件を知らずに生まれ育った子も、中学や高校に行く頃になれば辛くなりますよ。進学や仕事で他の街に移っても言われますよ。この街って取り立てて何もないじゃないですか。それで友達とか先輩とか同僚に絶対に言われますよ。私もそうでした。その度に何十回と繰り返してきた話をまたするんです。

それで自分の傷も広がるのに、治らない傷に張り付いたかさぶたを自分で剥がすんです。なんでそんな事するんでしょうね。最近わかってきたんですよ。さっきも言いましたけど忘れられないんですよね。忘れられないから話し続ける事で何かこのストーリーが変わらないかを期待しているんです。現実離れしています。本当におかしな話しです。話し続ける事で何か変わる事を期待するなんて…でも、耐えられないんですよ。このまま死ぬまで…この思いを持ち続けるなんて…それはもう決まっています…だったら少しでも…救われたいんです…本音を言えばこの事件の事を知らない人ばかりの場所に行きたいですよ。海外?駄目ですよ。海外でも大きく取り上げられました…多分…もうこの事件を知らないって人はどこか別世界の人…そう言う事じゃないですかね…考え過ぎかもしれませんが…ごめんなさい、もうこの辺で…ご勘弁願えませんか?


○ありがとうございました。


~メモ~

やはり誰に聞いても同じだった。

後悔?違う。後悔ではない。そんな簡単な物ではない。

少年はもうどこかにいる。その恐怖を感じられた。しかし、よくここまで話してくれたと思う。今までは教育委員会や近隣の、都内の教師達に話を聞いたがここまで話してくれなかった。

話しを聞いて違和感。なぜ?知らなかった?とぼけた?気を遣った?本当に知らないのか?抜けたからかもしれない。でもなぜか?

紅茶の話しが印象的だった。少年の事は覚えていないとは言っていたがそこから何か変わった気がする。俺の親父が死んだ時、朝にヨーグルトを食おうとしたら「ああ、これ親父が好きだったやつだな」って一気に多くを思い出したのと同じ?スイッチ?

なんにしても井上先生とあえて良かった。同窓会とかにも顔を出さないと聞いていたから死んでいたかと思った。話したくてしょうがなかったはず。ここまで話しを聞けるとは思っていなかった。

材料は集まったがまだ欲しい事には繋がっていない。


何故?


何故を探さないといけない。自分が、俺が納得できる何故を探さないとダメだ。呪いのような物とは良く言ったものだ。この街は呪われている。事件が尾を引いている。あの事件に関する本はかなりの量が出版された。どこの本屋にも無い。数万部を売り上げた父親の手記も売っていなかった。

アレルギー?違う。表出を嫌う心。進出させるべきでない。


しかし昔のことをあれだけ覚えているはやはり教師だからか?つまらない事やあまり関係無かったことは覚えていないんだなとわかっただけでも良いか。


聞かれたら言おうと思ったがそんなことも無くて安心した。


中学以来か。まあわかるはずもない。

わかってほしくもあったんだけどな。

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