第三話 臨時王女

 ミラナはふくって部屋へやにもどってきた。幸村ゆきむらには見慣れぬ南蛮風なんばんふうの服だ。

「着かたが、わからないでしょ?仕方しかたないから、わたしが着せてあげるわ。さ、服を脱いで」

 キビキビとした口調くちょうでミラナがった。

(はてさて、着ろと言ったり脱げと言ったり、面白おもしろいおなごよ)

 おもわず幸村は微笑びしょうむと、素直すなおに従い、またするすると服を脱いだ。

「あ……」

 またミラナは幸村の裸に恥ずかしそうにほほを染めてうつむくが、覚悟かくごを決めたように向き直って、幸村に服を着せ始めた。

「さ、ここに腕を通して。覚えてね」

「ふむ」

 ミラナの細い指がキビキビと動いて、幸村に服を着せてゆく。シャツのボタンをとめていくミラナの手から彼女かのじょ体温たいおんを感じ、その髪の匂いが幸村の鼻をくすぐる。

「さ、出来できたわ!」

「ありがたい。南蛮人なんばんじんのようだが、なかなかい服だ」

 綿の白いシャツに黒のズボンに、茶色ちゃいろの革ベルト。幸村には馴染みのない服であるが、文句もんくは言っていられない。

帯刀たいとうしてもよろしいか?」

 幸村は聞く。危険きけんを感じているわけではないが、この服でかたなをどう差せば良いか試してみたいと思った。

「えぇ、どうぞ」

 ミラナが言う。

 幸村はベルトをがわりに、千子村正せんじむらまさをさしてみる。なかなか収まりが良い。この服で帯刀するのも不便ふべんさそうだ。

「お腹が空いてるんじゃない?何かお食事しょくじ用意よういするわ」

「かたじけない」

 はたして、どれくらい眠っていたのだろうか。状況じょうきょう把握はあくするのに夢中むちゅうになっていたので気が付かなかったが、確かに空腹くうふくである。

「ついてきて」

 ミラナは、幸村を先導せんどうしてドアから出る。

「マーサ!急で悪いけど、お客さまに何か食事を用意してあげて!」

 ミラナは少し大きめなこえびかけた。

「お目覚めになったのですか?わかりました!少しお待ちください!」

 遠くから若い女の声が少し反響はんきょうして聞こえてきた。廊下ろうかの壁も部屋と同じく白い大理石だいりせきが貼られている。掃除そうじは行き届いているようで、清潔せいけつである。ミラナがその廊下を先導して歩く。

「入って」

 通された部屋は食堂しょくどうのようだ。中央ちゅうおうには長方形ちょうほうけいの大理石の大きなテーブルが置かれている。木製もくせい椅子いすが二脚、その長方形のテーブルの両端りょうはしに置かれている。窓から差し込む日差にっさしが赤みを帯びてよるやみが迫っていることをげている。

「座って」

 ミラナは幸村に入り口右手側の椅子を勧めると、幸村の向かい側の椅子にこしをかけた。幸村は、刀をベルトからきテーブル横に立てかけると、椅子に座った。

「ねぇ、あなたはどこから来たの?名前なまえは?」

 ミラナは興味きょうみからか、キラキラとひとみかがやかせて聞いた。

 幸村にこの地が謎であるのと同じく、ミラナにも幸村は謎の人物じんぶつなのだ。幸村はそれに気付きづいた。今度こんどはこちらが答える番であろう。

「これは失礼しつれいした。我が名は真田左衛門佐幸村さなださえもんのすけゆきむら。日ノ本は大阪の地にて、いくさをしておったが気がつけばここにいる。何故なにゆえここにいるかは自分じぶんでもわかりませぬ」

 幸村は苦笑くしょうした。

「ふーん、さえもんのすけ……長い名前ね。幸村って呼ぶわ。いい?」

「えぇ、どうぞ」

「幸村はナイトなの?」

「ナイト?」

「えっと……騎士きしとか戦士せんしとか、戦う人のことよ」

「なるほど。サムライ、武将ぶしょうのことですか。いかにも」

「ふーん。子供こどもみたいな顔してるけど、そうなのね!」

 ミラナは笑みを浮かべて言うと、幸村の横に立てかけられた刀に視線しせんを向けた。

「幸村のけん、良かったらせてもらっていいかしら?」

「えぇ」

 幸村はテーブルに立てかけた村正むらまさ黒鞘くろざやを握ると、ミラナに手渡した。

「見たことのない造りの剣ね。ウェダリアの剣とは違う……」

 好奇心こうきしんが強いたちなのだろう。ミラナは珍しそうに刀を手にり眺めている。

「抜いてみても良いかしら?」

「どうぞ」

 幸村は手を伸ばして、村正の鯉口こいぐちを切ってやる。

 ミラナはその細い腕で、千子村正二尺三寸せんじむらまさにしゃくさんすんを滑らかに抜いた。凛としたたたずまいの村正の刀身とうしんから、まるで冷気れいきが発っせられているかのようだ。張り詰めた空気くうきがあたりを包んだ。ミラナの目は刀身に吸い寄せられる。

「……綺麗きれいな剣ね……」

 この作特有の乱れ刃が、彼女の緑色りょくしょくの瞳を映し鈍く光っている。しばらく眺めると、ミラナは鮮やかな手つきでさやに刀をおさめた。剣の扱いにはれているようだ。

「ありがとう。美しい剣ね」

 ミラナは幸村に村正を返した。


 そこにメイド服を着た若い女が、料理りょうりの皿を持って入ってきた。メガネをかけ、髪は黒く肩のあたりで切りそろえられている。女が出際でぎわよくテーブルに皿を並べながら言った。

「ちょうど夕飯ゆうはん支度したくを始めるところでしたの。三日みっかも寝ていらしたので心配しんぱいしました!ミラナさま、お客様の分も準備じゅんびしてあります」

 部屋にはなにやら、うまそうな匂いが満ちてきた。

「マーサ、ありがとう」

 ミラナが言った。

 さっきの若い女の声はマーサと呼ばれた、彼女の声のようだ。

「姫さまのお世話せわをさせていただいておりますマーサです。よろしくお願いします」

 マーサは一旦食卓の準備をする手を停めると、幸村にお辞儀した。

「ご丁寧に、いたみいります」

 幸村も礼を返す。

「お酒はお飲みになられます?」

 マーサは料理を並べつつ聞いた。

「いただこう」

 空腹なだけではない。言われてみれば、ひどく喉も乾いている。

「それではエール酒をお持ちしますね」

 マーサは台所だいどころに向かうと、すぐに木製の酒杯に満たした褐色かっしょく炭酸水たんさんすいを、幸村に差し出した。液体えきたい表面ひょうめんは、白く泡立って独特どくとくの麦の香りがする。

「どうぞ、飲んで」

 ミラナが勧める。

「かたじけない、いただこう」

 言ったは良いが、幸村には見たことのない飲み物だ。慎重しんちょうに口をつけ、一口飲んでみる。

(ん!これはイケる!)

 思うと、そのまま一気いっきに飲み干した。

「くぅ!うまい!しかし初めての味ですな」

「シナジノアでは一般的いっぱんてきなお酒よ。庶民しょみんから貴族きぞくまで、みんなよく飲んでるわ」

 ミラナは言った。

 マーサは、ドーム状でピカピカと輝く皿カバーに覆われた皿を、テーブルにところ狭しと並べらた。

「さぁ!当ウェダリア城の料理長が、異国いこくからのお客さまのために腕によりをかけたお料理です!」

 マーサは言うと、皿カバーを素早すばや次々つぎつぎと外していく。

 羽が6つある鳥の姿焼き。橙色だいだいいろと緑の見慣れぬ丸い果物くだもの。手のひらよりも大きいき貝の焼き物や、鶏肉とりにくらしきものの入った鮮やかな黄色きいろのスープ。見たことのない野菜やさいの瑞々しいサラダ。緑色のパスタに、よく焼けた褐色のパン。

 幸村には見慣れぬものばかりであるが、たまらなく美味そうな香りをはなっている。とにかく腹が減っていた。ミラナが言う。

「どうぞ、召し上がって」

「有り難きこと」

 幸村は空腹のあまり、すぐに手が出そうになるところを自制じせいした。

 心をち着け、両手りょうてをあわせ目を閉じると

「いただきます」

 と静かに言った。


その数秒後─── 


 カッと目を開き怒涛の勢いで食べだした。

 そのあまりの勢いに、ミラナとマーサはおどろき見つめた。

「アハハ、そんなに急がなくても、ご飯はげないわよ」

 ミラナは笑って言った。

「なに、武人ぶじんはメシは食べられるときに食べておかないと!敵は待ってくれませぬゆえ!まだあったら、おかわりをくれませんか?」

 幸村は、あっというまに食べてしまっていて皿にはキレイになにも無い。

「はい!ただいまお持ちします!」

 マーサはあわてて厨房ちゅうぼうへと向かった。


「いやはや、落ち着いた。かたじけない。大変たいへんおいしゅうござった」

 テーブルの上の食器しょっきは、マーサによってすでに下げられて綺麗になっている。すっかり日が落ちて、テーブルの上のキャンドルに火が灯された。

「それは良かったわ。見事みごとな食べっぷりね」

 ミラナは静かに微笑んだ。幸村は聞く。

「何とお呼びすれば良いかな。ミラナどの。で、よろしいか?」

「えぇ、それでいいわ。幸村」

 そこにマーサがやってきた。白い陶器とうきのカップを幸村とミラナの前に置くと、銀のポットから何やら熱そうな褐色の液体を注ぎ込んだ。一礼いちれいすると、また厨房へともどっていった。

 食後しょくごのお茶だろうか?幸村が聞く。

「ミラナどの、これは?」

珈琲コーヒーよ」

 ミラナはこたえると、一口飲んだ。

「ふむ……」

 幸村には、珈琲が何かよくわからないが飲んでみるしかなかろう。口をつけてみる。

「む……苦いな……だがこれはこれで美味くもある」

「そうね。子供の頃は飲めなかったけど、この頃はとても美味しいわ」

 ミラナが言った。

(しかし、この場所ばしょのことも目の前にいるミラナどののことも、わからぬことだらけだ。腹も膨れたところで落ち着いて聞いてみるか)

 幸村は思うと聞く。

「ミラナどのは、お若いがこのウェダリア国を治める王女おうにょさまでなのですか?」

「そうよ。この前までは姫だったし今でも姫ってよく呼ばれるけどね。今は臨時りんじで王女なの。父が出かけているものでね、父の留守るすを預かる臨時の城主じょうしゅ、臨時の王女よ」

 ミラナが微笑み言った。

父上ちちうえ王様おうさまということですな」

「そうね」

「父上はどちらに行かれたのです?」

「父は今、同盟国どうめいこく加勢かせい騎士団きしだんと共に行っているわ。それは少し心配なのよね……」

「そうですか。危険なところなのですか?」

「うん……そうね……」

 ミラナの表情ひょうじょうがくもった。はなしの流れとはいえ、ミラナの気にかけていることを聞いてしまったようだ。幸村は話題わだいを変える。

「ところで、泊めて頂いて大飯おおめしを食わせてもらっているばかりでは心苦しい。何かお困りのことはないですか?出来ることがあれば、もうしつけてもらいたいのですが」

 ミラナは少し考える。

「幸村は、武人なのよね……いくさをしていたとか」

「えぇ、いかにも」

 幸村はうなずいた。

「なら聞かせて。幸村は強いの?」

 ミラナは神仏しんぶつのような穏やかな笑みを浮かべ、やさしくたずねた。その笑みによって自分の本心ほんしんを見抜かれないようにしているように、幸村には感じられた。ミラナの本心を測り兼ねたが答える。

「どうですかな……。得意とくいなほうではあると思いますが、かならず勝てるとは言えません。いくさとは、そういうものです」

「そう……」

 ミラナは幸村の目をまっすぐ見ると静かに、だが力強く言った。

「我がウェダリアは、永く平和へいわがつづいている国よ。父が兵を率いて遠征えんせいに出ているけど、こんなことも長らく無かったことなの。平和だったこの国にも、いくさが近づいているのかもしれない。もし何かあったら、その時は幸村の力を貸して」

「えぇ……分かり申した」

 幸村は、想像以上の重い返答へんとうに面食らった。

 この国に、何か危機ききが近づいているのだろうか。

 二人ふたりの間に沈黙ちんもくが流れた。


 沈黙に耐えられなくなったのか、ミラナが笑みを浮かべて言う。

「さて、お腹もいっぱいになったし、明日あすはウェダリアの街を案内あんないしてあげるわ。今日きょうはもう、お休みなさい」

「ふむ……では、そうさせていただこう」

 幸村は自室じしつへと戻った。

 刀を置くとベットに寝転ぶ。闇夜やみよ三日月みかづきが出ている。その月の明かりを受けて、鮮やかな赤の鎧兜よろいかぶとが鈍く輝いている。

「さて、妙なことになったな」

 幸村は一人ひとりつぶやく。

(ともに戦っていた仲間なかまたちはどうなったのか。才蔵さいぞう佐助さすけは?)

 自分は三途の川を渡りそこねたのか、妙な所に来てしまった。

「わからんことは考えても仕方あるまい。今は休もう」

 幸村は眠りについた。


 そして、翌日よくじつあさ───

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