第二話 日ノ本ではない世界

(……ここは……何処どこだ……?)

 幸村ゆきむら意識いしきもどした。

 石造いしづくりの白い天井てんじょうえる。天井には日の光が穏やかに差し込んでいた。

(おかしい。死んだのか?)

 幸村の身体しんたいは、やわらかなベットに寝かされていた。視界しかい右側みぎがわにも天井とおなじ、白い石の壁が見える。左を見ると、ベットの横には幸村の愛刀、千子村正二尺三寸せんじむらまさにしゃくさんすんさやおさめられ立てかけてあった。

 上半身じょうはんしんこして、廻りを見廻した。幸村は、今まで見たことのない石造りの内装ないそう部屋へやにいた。床にも白い大理石だいりせきが貼られ、あでやかに光っている。左手側には大きな窓があり、そこから明るい太陽光たいようこうが差し込んでいる。

(はて、大阪城おおさかじょうにこのような部屋があったかな?)

 気を失っているところを、大阪城に運び込まれたのであろうか。あの合戦かっせんからどれだけの時間じかんがたったのか。徳川方とくがわがた勝利しょうり大勢たいぜいが決していた以上、大阪城がこのような穏やかな状態であるはずがい。おそらく焼かれているであろう。

(よどの方は?秀頼ひでよりさまはどうなされたか?)

 主君しゅくん安否あんぴが気にかかるが、確認かんにんしようにもここが何処かもわからない。

 身体に目をやる。腕、体に受けたはずの銃創じゅうそうは無い。

(あのいくさが夢だったのか?いや、そんなはずは無い。いったいオレは何処にいるんだ?)

 部屋の入り口、ドアの脇に、幸村の着ていた真紅しんく鎧兜よろいかぶとが置かれていた。よろいには、多数たすうの銃痕。そしてかぶとの左上部に、やりを受けたとおもわれる傷がある。番竜一郎の槍による傷だろう。

(やはり夢ではなかったか……)

 右腕みぎうで左腕さわんを曲げてみる。体は問題もんだいなく動く。

 ベットからけ出て立ち上がってみる。降り注ぐ太陽たいようの光が心地しんちよい。あの硝煙と血の匂いのする地獄じごく戦場せんじょうから、何故なにゆえこのようなところに来てしまったか。

 鏡があることに気がついた。鏡に映る自分じぶんの顔におどろいた。顔に刻まれたシワが無くなっている。そこには歳のころ十代後半か二十歳と思われる、若々わかわかしい自分の姿が映し出されていた。

(若返っている!?何故!?いったい何が起きているのだ?)

 幸村は、まったくもって状況じょうきょう理解りかいできずに困惑こんわくした。


 その時、ドアがガチャリと開き女のこえがした。

「あら?気付きづいたのね!……あっ……」

 幸村、声のしたほうに目を向ける。

 そこには女がひとり立っていた。女というにはまだ歳が若い。娘というべきか。十代後半だろうか。背が高くスラリとした肢体したいに、白いふくをまとっている。その服が、彼女かのじょこしのクビレと肉感的にっかんてきな尻から腿への曲線きょくせんを美しく描き出している。肌の色は白く、黄金色こがねいろかがやく軽やかな長髪ちょうはつに、あざやかな緑色りょくしょくのはっきりとしたひとみ黄金おうごんと青の宝石ほうせきが美しく輝くティアラを身につけている。おそらく身分みぶんの高い娘なのであろう。

(はて、美しい娘よ。オレより少し背が高いな。南蛮人なんばんじんであろうか?蘭人オランダじんか、ポルトガル人か。しかし緑色の瞳など聞いたこともない……)

 幸村は南蛮人を幾度いくどか目にしたことはあるが、娘のような瞳の色ははじめて見た。

「あの!……気付いたのはいんだけど……あの!……服を……服を着て!」

 娘は伏し目がちに幸村を見る。ほほを染めて恥ずかしがっている。

「ん?言葉ことばがわかるな」

 幸村は驚いた。蘭語オランダごなどまったくわからないのに何故だろうか。腕を組み考え出した。

「あの!もう一度いちどうけど!服を着て!」

 幸村の聞いてなさに、娘は少し怒っているようだ。

「ん?あぁ、そうか……」

 言われてみれば幸村は、一糸いっしまとわぬ姿で立っていた。身長しんちょうは高くはない。細身ほそみではあるが引き締まった良い身体をしている。日の降り注ぐ太陽を背に立っているためか、幸村の身体の輪郭りんかくは神々しく光り輝いている。

「ふむ、すまんな」

 幸村は謝っているものの、悪びれる様子ようすはまったくない。堂々とした足取りで、娘の方に歩み寄っていく。娘は言う。

「だっ!だから!ふ……服を!」

仕方しかたなかろう。そちの言うように着ようとしている。服はそこにあるのだ」

 娘の右手側にある木彫もくちょう椅子いすの背もたれに、幸村の来ていた着物きものがかけられている。

 娘の目の前をすりぬけると、無駄むだのない動作どうさでするすると着物を身につける。

 娘はその様子を、頬を紅潮こうちょうさせたまま見つめていた。

「そなた、名はなんともうす?」

 幸村は、あらかた服を身につけると尋ねた。

「わたしはミラナ・ドゥ・ウェダリア。この城の主よ」

 ミラナは毅然きぜんと言った。その口調くちょうは、生まれながらの貴族きぞくのそれであった。

(気付かなかったが……若き日の淀の方に似ている……)

 幸村は驚いた。髪、瞳、肌の色こそ違え、若い頃から見知みしった豊臣方とよとみがたの女主人に似ている。

(淀の方も美しきおなごであったが、すでに自刃じじんされたろう……守りきれなかった……)

 幸村は、大阪城を思った。ミラナが言う。

「どうかした?まだ寝たりないの?」

 押し黙った幸村に不思議ふしぎそうに聞く。

「いや、失礼しつれい……拙者せっしゃ知人ちじんに似ておられると思ったまで。さて……その若さで城主じょうしゅとは。ここはその城の一室というわけですか。世話せわになったようで申し訳ない。ところでここは何処なのです?なぜここにいるのかも、まったくわからぬ」

 幸村は、着物の襟元えりもとを直すと、ミラナに椅子をすすめた。

「一つ一つおはなししするわね」

 ミラナは言うと椅子に腰掛けた。黄金色の髪がサラサラとゆれる。幸村が服を着て、どうやらち着いたようだ。さきほどの様子から、あまり男にはれていないように思える。

 幸村は寝ていたベットに腰掛けた。ミラナは幸村に視線しせんをむけると言う。

「まずここは、ウェダリア国のウェダリア城。ウェダリア国はシナジノア島に5つある国の一つなの。小さな国だけど古くから伝わる歴史れきし文化ぶんかった、素晴らしい国よ。わたしの故郷こきょう

「ふむ、なるほど」

 幸村は静かに、うなずいた。ウェダリア国と大阪城の位置関係いちかんけいがまったくわからないが、今はいったん話を聞くときだろう。ミラナが言う。

「あなたは、川の近くの葡萄畑に倒れていたという話よ。あなたの身につけていた異国いこくの鎧やけん、着物を見て民たちが『転生てんせいだ』ってさわぎになって城に運ばれてきたのよ」

「転生?」

「そう。シナジノア島ではごくたまに、あなたのような見たこともない異国の服を来た人が、どこからともなく現れることがあるの。みんな同じようなことを言うわ。『死んだはずなのにここは何処か?』『なぜ若返ったのか?』『傷が治っている』って」

「ふむ……」

「そんな転生してきた人たちを、私たちは『転生者てんせいしゃ』とんでるわ。なぜそのようなことが起きるのかわからないけど、きっと地母神様のお導きでしょうね。転生者は大切たいせつなお客人きゃくじん。我がウェダリア国では歓迎かんげいするのが習わしよ」

 ミラナはニコリと笑ってつづける。

「転生者がウェダリアに現れたのは三十数年ぶりだって、さっき街の古老が言ってたわ」

「そうですか。どうやら助けていただいたようだ。恩に着る。世話になりっぱなしで申し訳ないが、新しい着物をくれんか?このとおりだ」

 幸村は着物の腹のあたりを引っ張ると、銃弾じゅうだん貫通かんつうした穴がいくつも開いていた。

「いくさで着ていたものでな。どうにもこの服はもう駄目だめだ」

「あら、あなたの来ているような服はないけど、何か用意よういするわね」

 ミラナは部屋を出て行った。廊下ろうかをカツカツと歩く足音あしおとが聞こえる。


 部屋には、また沈黙ちんもくが訪れた。

 幸村は、静かに窓の外を見つめた。よく晴れている。さきほど死を覚悟かくごして戦った戦場と同じように。

 幸村は懐に違和感いわかんを感じて探って見る。ゼニが出てきた。一文銭いちもんせんが六枚。家康との戦いにおもむく際に、死を覚悟して持ったものだ。

(三途の川で渡し損ねてしまったようだな……渡る手前てまえで引き返したか……よくわからぬがどうやら、おれは生きているようだ)

 幸村は思った。


 そこに、またミラナの軽やかな足音が近づいて来た───

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