幸村転生 ─ 転生したその世界に助け求める人がいるなら真田幸村はまた再びその剣を取る ─

石丸慎

第一話 「最後の決戦」

「死ぬにはい日だな」

 慶長けいちょう二十年五月七日の空は良く晴れていた。

 武将ぶしょう真田幸村さなだゆきむらはその空をつめ微笑びしょうを浮かべている。涼やかでいて凛々りりしい男の顔には、その生きた歳月さいげつを感じさせる年輪ねんりんが深く刻まれていた。背はそれほど高くないが、引き締まった体をしている。身にまとった真紅しんく鎧兜よろいかぶとには、空の青と雲の白さがあでやかに映り込んでいた。

 その晴れやかな空の下に目を向けると、血で血を洗う凄惨な地獄絵図じごくえずが拡がっていた。

 徳川方とくがわがたの兵力十五万。豊臣方とよとみがたの兵力五万。その両軍りょうぐんが激しい戦いを繰り広げていた。

 後の世にう、大阪夏の陣、最後さいご決戦けっせん

 天王寺てんのうじ岡山おかやまの戦いである。


 だがその死闘しとう勝敗しょうはい行方ゆくえは、すでに決しようとしていた。

 幸村ゆきむらとその仲間なかまの属する豊臣方は、今日きょうの戦いが始まった序盤じょばんこそ優勢ゆうせいであったが、時間じかんが経つにつれ兵力差により押され出した。早朝そうちょうから始まった戦闘せんとう正午しょうごを過ぎ、兵は疲れてきている。もはや挽回ばんかいすることは難しいだろう。

 どんな死が訪れるかはわからない。だが遅くとも数刻後すうこくのちには、幸村とその仲間にそれが訪れるだろう。


「これはわりだな」

 幸村は、ポツリと呟いた。

御意ぎょい御館おやかたさま、これはもう駄目だめですな」

 同じ赤い鎧兜の髭面ひげづらの男が、ニヤリと笑って言った。背は低く肌は浅黒あさぐろい。筋肉質きんにくしつでがっしりとした体をしている。彼の名は猿飛佐助さるとびさすけ。幸村と長年苦楽を共にしてきた甲賀忍者こうがにんじゃだ。

「アハハ、これは駄目ですね。ま、やれることはやりました。仕方しかたないですね」

 同じく赤揃あかぞろえのかぶとひさしち上げて、長身ちょうしん美麗びれいな顔立ちの男が言った。爽やかな笑みを幸村と佐助さすけに向けるこの男。同じく、幸村に仕える伊賀忍者いがにんじゃ霧隠才蔵きりがくれさいぞうである。

 幸村も、にこやかに二人ふたりに微笑みを返した。

 普段ふだん漆黒しっこく忍者装束にんじゃしょうぞく仕事着しごとぎの佐助と才蔵さいぞうだが、最後の決戦となるこの日、鎧武者姿で幸村の横に付き従っていた。

 幸村も才蔵の意見いけん同意どういであった。

(たしかに、やれることはやった。だが、まだだ。まだ一つある)

 幸村は一転いってん、笑みをすと周囲しゅういの兵を見廻すと言う。

「皆の衆!この世に生き飽きた者だけ着いて来い!最後の死に花、咲かせに行くぞ!」

 兵たちは幸村を見た。その覚悟かくごを感じったのか、一瞬いっしゅん沈黙ちんもくがあたりを覆った。

「オォー!」

 兵たちのこたじるこえが沈黙を破った。

「行くぞ!目指めざすは徳川家康とくがわいえやすの首ただ一つ!」

 幸村はうまを走らせた。

「おう!」

 つつじの花のような鮮やかな真紅の鎧兜に身を包んだ一団いちだんが、それにつづく。

 幸村率いる手勢三千は、徳川家康の本陣ほんじんめがけて最後の突撃とつげき開始かいしした。

「御館さま、うまくいきませんでしたな!」

 横に付き従い馬を走らせる佐助が、笑って言った。

 豊臣方の作戦さくせんは、徳川方を引き付けつつ戦い、敵の陣形じんけいが伸びきったところを別働隊べつどうたい背後はいご迂回うかい。徳川家康の本陣に突入とつにゅうし、家康を討ち取るというものであった。

 佐助は、これがうまくいかなかったことを言っている。

 乱戦らんせんとなり、別働隊の動きが取れなくなったのだ。

 さくは破れた。

「しかたあるまい!だが我々われわれが家康公を討てば済むことよ!」

 幸村は笑って応えた。馬の速度そくどをあげる。

「ククク、違いない!」

 佐助も愉快ゆかいそうに笑った。


前方ぜんぽうに敵!伊達政宗公だてまさむねこう部隊ぶたいです!数は一万五千!」

 才蔵がげる。

 紺地こんじに金の丸をあしらった旗印はたじるし独眼竜政宗どくがんりゅうまさむねこと、伊達政宗だてまさむね精鋭部隊せいえいぶたいである。

「ほう!相手あいてにとって不足無し!」

 幸村は軽やかに笑った。

(今日が俺の命日めいにちだな。良い死に場所ばしょを得たものよ)

 幸村は微笑をうかべ振り返ると、付き従う武者達の顔を見た。迷いのい顔をしている。

(おまえらも覚悟はできているわけだな)

 さけぶ。

「かまわん!押し通る!我らの刀槍の切れ味、政宗公にお見せせよ!」

 幸村、漆黒のよろい騎馬武者きばむしゃにすれ違いざま朱槍しゅやりで斬りつけ、馬から突きとした。やりを引きくと、すぐさま左にいた徒歩武者かちむしゃも突き倒す。

「ものども続け!」

 佐助が叫ぶ。

 幸村は馬の速度を落とすことなく駆け抜けながら、凄まじい勢いで槍を繰り出していく。

「かまうな!狙うは家康ただ一人ひとりよ!」

 槍の穂先ほさきをひるがえすと、幸村は次々つぎつぎと騎馬武者たちをなぎ倒し馬の腹を蹴った。

 伊達だて軍勢ぐんぜいをおいて、家康本陣のある南東なんとう方角ほうがくへ馬を走らせた。

「御館さま!」

 それを見て、佐助は叫んだ。組み合っていた武者むしゃ

「どけ!」

 と怒鳴って蹴りを入れると、馬を走らせ幸村を追った。


「どけどけ!死にたくなければ道をあけよ!」

 幸村と付き従う武者のあまりの勢いに、徳川方の兵はおもわずこしが引け棒立ちになっている。佐助が言う。

「御館さま!見えました!あの金のおうぎ馬印うまじるし、徳川家康本陣です!」

「佐助、さすがは忍びの者よ!この距離きょりでよく見えるものだな!行くぞ!」

 幸村の馬は、全速力ぜんそくりょくで家康本陣へと迫っていった。


徳川家康公とくがわいえやすこうとお見受けいたす!御首頂戴おんくびちょうだいしに参った!」

 金の扇の馬印の前におかれた床几しょうぎ。そこに恰幅かっぷくの良い老人ろうじんが座っていた。その老人、眼光鋭く幸村を見返すと言う。

「いかにも。徳川家康よ。その真紅の鎧、真田幸村か。見事みごとな働きよ。だがまだこの首くれてやるわけには参らん!馬廻衆うままわりしゅう!」

 馬廻衆は、大将たいしょうに付き従い警護けいごする親衛部隊しんえいぶたいである。とくに武勇ぶゆうに優れた精鋭せいえいたちが集められいてる。

 そのなかでも、もっとも屈強な騎馬武者が家康と幸村の間に割って入った。身の丈六尺はあろうか。漆黒の鎧に、漆黒の槍。歳は三十みそくらいか。無駄むだな力のぬけた自然しぜんな槍構えをしている。見る者が見れば、かなり武芸ぶげいの修練を積んだ者であることがわかる。

「我は三河の住人じゅうにんにして徳川家康が家臣かしん、番竜一郎忠助!真田幸村殿さなだゆきむらどのとお見受けいたす!いざ尋常じんじょう勝負しょうぶ!」

「よかろう!」

 家康に向かい一直線いっちょくせんに馬を進める幸村。その進行方向にいる番竜一郎も、幸村めがけて馬を走らす。その筋骨隆々たる右腕みぎうでが、黒槍を幸村の首筋右側に向けて、繰り出した。

 幸村はおのれの朱槍を番の槍に少し当て、機動きどうをわずかに反らせた。漆黒の槍が、幸村の真紅の兜に当たり上に跳ね上がる。その空いた手元に、幸村の朱槍が素早すばやく滑りこむ。朱槍の穂先は、番の体に深く突き刺さった。

「ぐふゥ!」

 番は叫ぶと、あお向けに落馬らくばしていく。幸村は朱槍を引き抜こうとしたが、番の鎧に食い込んだのか抜くことができず持って行かれてしまった。

「クッ、あの番竜一郎を一撃いちげきで……」

 家康はうめいた。

 朱槍をうしなった幸村は腰の愛刀、千子村正二尺三寸の鯉口こいぐちを切るとスラリと引き抜いた。乱れ刃の浮かぶ刀身とうしんが、日の光に白くかがやく。

「家康公、御首頂戴!」

 幸村が家康に切りつけようとした。


その刹那せつな────

 

 家康本陣の後ろに潜んでいた鉄砲隊てっぽうたいが、幸村に向けて一斉射撃を浴びせた。その銃弾じゅうだんは幸村の腕、鎧へと次々に着弾ちゃくだんする。

 多量たりょう弾丸だんがんを浴びた幸村は

「ウグッ!」

 と、うめき馬から背中側に倒れていく。落馬すれば、たちどころに囲まれ首をとられよう。倒れゆきながら空の青さが目に入った。

(そうか、ここまでか。ならば仕方あるまい)

 地面じめんに着いた衝撃しょうげきが襲うかと思われたその時、幸村の視界しかい紫色むらさきいろの光に包まれ気を失った。


「やったか!冷や汗をかいたわい!」

 危機ききを脱した家康は、安堵あんどしたのか笑みを浮かべた。

立派りっぱな働きではあったがな。戦国せんごくのならいよ、堪忍かんにんせい。者ども幸村の首をあげよ!」

 言われなくても手柄てがらほしさに、周囲にいた徳川兵は、幸村の落馬したと思われる地点ちてんに次々と集まって行った。だが、どういうわけか幸村を見つけることが出来できない。兵のひとりが声をあげる。

「殿、幸村が見つかりません!」

「これは面妖めんような。ヤツは忍びを使うという。何かの策かもしれん!油断ゆだんするな!」

「はっ!」

「まぁ良い。とにかく幸村は消えた。真田さなだの部隊を掃討そうとうせよ」

 家康は静かに命じた。

 鉄砲隊は、幸村を失った赤揃えの武者たちに冷たい銃口じゅうこうを向けた。


(……ここは……何処どこだ……?)

 幸村は意識いしきを取りもどした。

 

 そこは───

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