第四話 急報

 翌日よくじつあさ、マーサが幸村ゆきむら部屋へやをノックした。

「幸村さま、朝食ちょうしょく出来できました。食堂しょくどうにどうぞ」

「む……かたじけない」

 幸村は、そのこえに目を覚ました。三日みっかも眠っていたというはなしだが、今日きょうもまたよく眠ったものだ。

 シャツとズボンを着る。まだ着る手順てじゅんにも着心地きごこちにもれないが、着方は覚えた。

 食堂に行くと、ミラナは食後しょくご珈琲コーヒーを飲んでいた。すでに食事しょくじを済ませたようだ。

「おはよう、幸村」

「おはようございます。すっかり眠ってしまいました」

「フフフ、そう。きっと『転生てんせい』というのは疲れるのね。さて、支度したくして来るわ。今日はウェダリアの街を案内あんないする約束やくそくよね。お食事、召し上がって」

 幸村のせきには、大麦おおむぎのパンとスープがすでに並べられていた。

「ふむ、いただきます」

「はい、どうぞ。食べわったら玄関広間に来てね」

 微笑びしょうむとミラナは、食堂から出ていった。

 幸村はパクパクと朝食を平らげると、マーサの入れてくれた珈琲を喫する。

「ごちそうさまでした」

 マーサにげると、早足で自室じしつにもどり、千子村正せんじむらまさこしのベルトに差すと玄関広間へ向かう。到着とうちゃくすると、まだミラナは来ていなかった。

「む、はやかったか」

 幸村は武人ぶじん訓練くんれんとして、何事なにごとも早く行うように心がけている。

(おなごは何かと支度に時間じかんがかかる。仕方しかたあるまい)

 時間つぶしに玄関広間を見回した。天井てんじょうかがやくギヤマンのステンドグラス、階段かいだんの手すりに施された細かな美しい彫刻ちょうこく。随所にかりのない飾り付けがられる。

見事みごと仕事しごとよ。この国の文化ぶんかもなかなかにあなどれない)

 幸村は関心かんしんする。


「幸村、お待たせ。フフフ……何か珍しいものでもあった?」

 ミラナが幸村の背後はいごから声をかけた。幸村があちこちを観察かんさつしているのを見ていたのであろう。

「こちらに来てから今のところ、珍しいものしか見ていませんな」

 幸村は苦笑くしょうして振り返ると、ミラナを見た。

 ミラナは純白じゅんぱく戦闘服せんとうふく着替きがえていた。体にぴたりとしたふくが、長身ちょうしん優雅ゆうがな体の曲線きょくせんが浮かび上がらせている。腰には銀鞘ぎんざやのレイピアを差し、歩くたびに黄金色こがねいろの髪が柔らかに日の光を反射はんしゃする。

(ほぉ、美しいな……)

 幸村は少しの間、見とれた。

「どうしたの?」

 ミラナが、首をかしげておだやかに聞いた。

「いや……失礼しつれい、なんでもない……です。ところで王女おうじょみずから帯剣たいけんされて行くのですか?なかなか物々しいですな」

「えぇ、父のいつけで。父と騎士団きしだん留守るすの間は平時へいじではいわけだから、臨時りんじとは言え、王女の私が皆にそれを示せと」

「なるほど、民に緊張感きんちょうかんたせるのが目的もくてきというわけですか」

 幸村は、うなずいた。

「それに訓練も受けてるわ。別に飾りというわけではないんだから」

 ミラナは、すこし自信じしんありげに胸を張ると、レイピアの柄に手をかけて微笑んだ。身長しんちょうも高く手足てあしも長い。なるほど、ミラナは剣術けんじゅつに向いていそうだ。なかなかの腕前うでまえなのであろう。

「さ、いきましょう」

 ミラナが幸村を先導せんどうして歩き出した。


 城を出ると、まっすぐに城壁じょうへきへと通じる道に出た。

「ウェダリアは、城を中心ちゅうしん城下町じょうかまちが広がってるの。その城下町を城壁が囲んでいる構造こうぞうになっているわ」

 ミラナは、道の突き当りに見える石で造られた城壁を指差ゆびさして言った。遠くて壁の高さは正確せいかく把握はあくできないが、かなりの高さがあるのだろう。

「なるほど。ちょっと違いますが、日ノ本にも似た作りの街がありますね」

大阪城おおさかじょう小田原城おだわらじょうと構造としては似ているな)

 幸村はおもった。


 少し歩くと、城兵じょうへい、街の市民しみんたちが次々つぎつぎとミラナに挨拶あいさつしていく。

「姫さま、おはようございます」

「おはよう」

 ミラナは、その一つ一つに丁寧に応じていく。

 

 城のすぐ横には、つちとのみを持った等身大とうしんだいの石の女神像めがみぞうと、白い石造いしづくりの神殿しんでんがあった。

 ミラナは、それを見て言う。

「ここは地母神ちぼしんアテラナスさまを、お祀りしている神殿です。ウェダリアは近くの山から鉱石こうせき豊富ほうふに採れるの。神話しんわではアテラナス様が鉱石をお造りになり、人々ひとびとに採り方を教えたと伝えられてるわ」

「ほぉ」

 幸村は、うなずく。ミラナは幸村に視線しせんを向けると言う。

「昔からこの地では、『転生』は地母神様のお導きと言われています。幸村は、地母神様にお会いになった?」

「さぁ、どうだったか。残念ざんねんながら覚えていません」

 幸村は苦笑した。 


 しばらく行くと、市場いちばが見えた。

「幸村、市場よ!わたし、ここ好きなの!」

 ミラナは少し興奮こうふんした様子ようすだ。市場には、鳥、魚、肉、野菜やさい果物くだもの衣類いるいなどなど、人々の日々ひび生活せいかつ必要ひつようそうなものが、所狭しと売られていた。

 魚や野菜は、あいかわらず幸村には見慣れぬものばかりであるが、なにやら見覚えのあるものも売っている。幸村は、店先の食物しょくもつを見て言う。

「あ、これ昨日きのう夕飯ゆうはんに出てましたね」

「そうね。城の食事も、ここで食材しょくざいは買っているの」

 言うとミラナは、店先に並んだ絨毯じゅうたんに目を留めた。

「あ……いい柄ね。一つ欲しいけど……こういうものを勝手かってに買うと、マーサがうるさいのよね……」

「そうなんですか?」

 幸村は聞き返す。

「きっと、これを買ってかえったらマーサはこういうわ。『まだ今使っている絨毯が充分使えるのに、何で買ったんですか!!』って」

 ミラナは、マーサの声真似をして言った。

「アハハハ、似てる。うまいですね」

 幸村は笑った。

「姫さま!!」

 そこに息を切らせたマーサが現れた。城から走ってきたようだ。

「え!?マーサ!あの、あたし……何も買ってないわよ!?」

 ミラナは慌てて言った。

 マーサは、廻りに聞こえないように声を潜めて、しかし強い調子ちょうしで言う。

「違います!そんなことじゃありません!王様おうさまから使いが参りました。すぐお城におもどり下さい!」

 ミラナと幸村は顔を見合わせると、急いで城へと戻っていった。


 城に着くと、玄関げんかん一人ひとりの若い騎士きしが座り込んでいた。かなり疲れている様子だ。彼のよろい外套がいとうは、旅塵りょじんにまみれ薄汚うすよごれている。よほど急いで来たのであろう。

 彼はミラナの姿を見ると、言った。

「ミラナさま……火急かきゅうのご連絡れんらくが……あります……」

 ミラナは、うなずくと言った。

「わかりました。執務室しつむしつでお聞きします。マーサ、お水をお持ちして」

「わかりました」

 マーサは答える。

 その若い騎士の様子から、なにやら切迫せっぱくしたことがきているようだ。

拙者せっしゃは、自室に戻りますよ」

 幸村はミラナと一緒いっしょにいては迷惑めいわくだろうと思い、部屋に戻ることにした。

 ミラナと若い騎士は執務室へと向かった。

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