第五十五話 帰還

 幸村ゆきむら、ミラナ、才蔵さいぞうはハセガキラの街を出ると街道かいどうを東へ。夜道よみちうまを走らせた。コモロウの街の灯りが近づいてきた。才蔵がう。

「ここです。この小山こやまの上がギサック翁に案内あんないいただいたウェダリアへのけ道です」

 なんの変哲へんてつ場所ばしょであり、幸村も道をつけられる自信じしんが無かったが、才蔵は抜群ばつぐん記憶力きおくりょくでその位置いち把握はあくしていた。幸村が言う。

「先を急ごう。ミラナどの、行けますか?」

「えぇ、大丈夫だいじょうぶ。ガイロクテイン侯爵こうしゃくぐんが来るまで時間じかんが無いわ。急ぎましょう」

 三人さんにんは馬をはなすと、暗く険しい山道せんどうを、月明つきあかりを頼りに進む。

 しばらく行くと、ホリクリ村の灯りが見えてきた。

 すでに時間は深夜しんやになっている。ギサック翁の家を訪ねた。

「おや、もうかえって来られたか」

 ギサック翁がきてくると玄関げんかんで言った。幸村が言う。

「すまんが疲れている。一晩泊めてくれまいか。明朝みょうちょうには起つ」

「どうぞどうぞ。遠慮えんりょはいらん、泊まっていかれよ」

 そのままギサックの家に一泊いっぱくすると、日の出とともに馬を連れホリクリ村をあとにコモロウへ。そこから馬を飛ばして、街道を北上ほくじょうしウェダリアへ向かう。

 馬上ばじょう、ミラナが言う。

「ところで幸村。ガイロクテイン侯爵に『いくさなら拙者せっしゃかならず勝つ』って言ってたわね?でも前に『いくさに必ず勝つなんてことは無い』っと言ってたわ。矛盾してるわ」

「そうですね。あのままだと殺されそうだったんで、挑発ちょうはつして怒らせてみました」

「では『あなた方のいくさは遅れている』というのも?」

「そう、怒らせるため。いくさ自体じたい武器ぶきは違えど本質ほんしつは変わりません。信長公のぶながこうは、相当そうとうに手強い。おそらく挑発と感づかれたはず。ですが拙者がそこまで言うなら試してみる気にもなったというところではないですかな。うまくがしてくれて、望みが繋がりましたね。何とかしないと」

「そうね……何とかしましょう」

 ミラナは街道の向こう、ウェダリアの方向ほうこうを見て言った。


 ウェダリアへと到着とうちゃくしたのは、夕刻ゆうこくのことであった。

「あ、御館おやかたさま、おもどりになられましたか!ハセガキラについてからの足取りがつかめず心配しんぱいしておりました」

 迎えに出てきた猿飛佐助さるとびさすけは言った。

「む、それはすまなかったな。織田信長おだのぶながに会ってきたよ」

 幸村は城の自室じしつへと向かいながら言った。佐助さすけが言う。

「はぁ、織田信長?信長公は、本能寺ほんのうじの変で亡くなられた。三十年も前のはなしですが?」

「我らと同じよ。こちらにおられた。我らは最初さいしょから織田信長と戦っていたのだ」

「え……つまりガイロクテイン侯爵とは……」

「そう、織田信長公おだのぶながこうよ」

「そんな……!」

 佐助はおどろき、押し黙った。

「驚いてる暇は無い。信長公は、ここに向かって来ているだろう?ジュギフ本軍ほんぐんは今どこだ?」

「はい、ハセガキラを出てコモロウへと向かっております。しかし大軍たいぐんゆえ行軍速度は速くありません」

「いつ頃ここに着くかな?」

「そうですな、あと六日むいかというところでしょうか」

「そうか、急がねばならんが、今日きょうはもう疲れた。飯にして寝る」

 幸村は、自室で冒険者ぼうけんしゃ装束しょうぞくき、兵舎へいしゃ食堂しょくどうで特盛りの飯を食うと眠りについた。


 翌日早朝、幸村はだれかが自室のとびらを叩く音で目を覚ました。すでに窓からは日の光が差し込んでいる。幸村はベットの中から言う。

「む、どなたかな?」

「ミラナよ」

 扉の前からこえが返ってきた。

「少々、お待ちあれ……」

 幸村は急いで洋服ようふく着替きがえ、髪の寝癖ねぐせを整えると扉を開けた。

「おはよう、幸村。一緒いっしょ神殿しんでんにお詣りに行こう」

 ミラナは微笑み言った。昨日きのうまでの冒険者装束ではなく、白い普段着のドレスをまとっている。黄金色こがねいろの髪があさの日を受け、やさしく光っている。

戦勝祈願せんしょうきがんですか?行きましょうか」

 幸村は、立てかけてあった千子村正せんじむらまさこしのベルトに差すと、ミラナとともに神殿へと向かった。


「ここをミラナどのに案内していただいたのは、私がウェダリアに来た翌日よくじつでしたね」

 城のすぐ脇にある白い石造いしづくりの神殿。そこには、等身大とうしんだいつちとのみをった石の女神像めがみぞうが祀られている。神殿のなかに朝の日の光が差し込み、女神像を神々しく照らしている。ミラナは言う。

「そうね。なんだか随分ずいぶんむかしのことみたい……さ、お祈りを」

地母神ちぼしんアテラナスさま……どうか我が国ウェダリアをお守りください)

 ミラナは女神像の前にひざまずき目を閉じると、両手りょうてを胸の前であわせ祈る。

 幸村も、それにならった。

 静かな時が流れた───


 ミラナは祈りをえ、目を開くと言う。

「あの大軍に勝てる?」

 幸村は苦笑くしょうした。

「わかりません。勝てると言いたいところですが、いくさに必ずはありません」

「そうね、はじめて会った日もそういってたの覚えてるわ。ごめん、きっと怖いの」

 ミラナは硬い微笑みを浮かべた。幸村の手をとると言う。

「信じてるわ。この街も、民も、あたしの命も、すべて預けるわ。幸村しか頼れる人はいないの」

 幸村はその表情ひょうじょうを見ておもう。 

(髪の色こそ違えど、よどの方さまの若いころによく似ている……)

 若い頃からく知った、豊臣とよとみの女主人のことを思う。

(淀の方さまは、あのいくさに敗れすでに亡くなられただろう……俺はこの方も死なせてしまうのだろうか……それとも助けることができるのか……)

 幸村、握られた手に視線しせんを移すと言う。

「拙者にできることを、やれるだけやってみます。さて、支度したくを始めましょうか」

 幸村とミラナは、ともに神殿を出た。 


 そして、その日は訪れた───

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