第五十四話 決裂

「日ノ本をうばい返すのよ。この魔物まものたちと共にな」

 信長のぶながは、左右さゆうに居並ぶ禍々まがまがしくも毅然きぜんとした魔物たちをった。

「日ノ本を奪い返す?」

 幸村ゆきむらおどろいた。

「あぁ、そうだ。まだ日ノ本では、まだやることがあったのにな。あのキンカン頭の光秀みつひでめ。あいつのせいで、こんなところに来てしまった。日ノ本にかえり片付けるつもりよ」

「日ノ本に帰る?そんな事が出来できるのですか?」

「あぁ、方法ほうほうはある。今の天下人てんかびとだれだ?光秀ではあるまいよ」

羽柴秀吉はしばひでよしさまが明智光秀あけちみつひでを倒し天下人となられましたがお亡くなりになられました。今は徳川家康公とくがわいえやすこう天下てんげられております」

「ほぉ……そうか。家康か。では家康に死んでもらうか。フフ」

 信長は、幸村の答えに満足まんぞくそうに笑った。

「フフフ」

 幸村がうつむき静かに笑った。信長が言う。

「なんだ?何がおかしい?」

「ククク……!あははは!まさか!日ノ本を奪い返すなどとお考えとは!フフ!ハハハ!無理むりなことを!!」

 幸村は大笑おおわらいを始めた。

「何がおかしい!ワシを笑っておるのか?」

「そう、その通りです。信長公のぶながこうおもい上がりも甚だしい。笑うしかありますまいよ!フフフ!」

 信長は表情ひょうじょうに怒りの色が浮かべ言う。

「コイツ……!もうよい、こいつらを殺せ!」

 左右の魔物たちがけんいた。暗い部屋へやの中で、剣先けんさきが鋭く光る。

「お待ちくだされ!この幸村が無理と言うには根拠こんきょがござる!殺すのなら、それを聞いてからにしていただけませぬか?」

「……忌々しいヤツめ……言ってみろ!」

「ではもうし上げます。日ノ本で行われている、いくさはもっと進んだものと成っております。信長公が魔物を連れて行ったとて、そう簡単かんたんに勝てるとは思えません。拙者せっしゃも日ノ本で兵を率いて戦った武将ぶしょう。その程度ていどのこと、易々と想像そうぞうできまする」

「言いよるな!苦し紛れの無駄話か!」

「いや、苦し紛れではござりませぬ。真実しんじつを申したまで。何故なにゆえあなたの一万の兵は、拙者の三千の兵に敗れたと申すのですか?それは拙者が現在げんざいの日ノ本で身につけた、信長公の時代じだいよりさらに進んだ兵法へいほうを用いたがため。失礼しつれいながら、あなた方のいくさは遅れておりまする」

「ぬぅ……」

「フフフ……ジュギフはいまだ拙者に勝ったこともい。そのくせ日ノ本を取り返すなど……片腹痛い」

 まわりの魔物たちが信長を不安ふあんげに見る。信長は言う。

「舐めたことを言うな!ワシが相手あいてならお前ごときに遅れを取るわけがない!」

「ほぉ、そうですかな?失礼ながら信長公、拙者が負けるとは微塵みじんも思えませんな。いくさで相まみえれば、この真田左衛門佐幸村さなださえもんのすけゆきむらかならず勝つ」

「なにを!こいつ、ワシに必ず勝てると申すか!馬鹿にするのも、たいがいにせよ!ワシが勝つに決まっておる!」

「信長公、そのお考えは間違っております。いくさとなれば、拙者が必ず勝つ」

「……こいつ、言わせておけば!……おい、お前たち剣を仕舞しまいえ」

 信長は魔物たち鋭い視線しせんを向けて言う。

「剣を仕舞え!」

 魔物たちは、その視線を恐れ、幸村たちを殺すために抜いた剣をおさめた。信長が言う。

真田左衛門佐さなださえもんのすけ今日きょうのところは生かして帰してやる。お前のことは、いくさ場で殺す。そう決めた」

「なるほど。それでは、いくさ場でお会いいたそう」

「帰れ!このクズどもが!我がぐんが来るのを、震えて待つがい!お蘭!こいつらを追い返せ!」

「わかりました。では、お送りするわ」

 蘭丸らんまるは言うと、幸村たちを見て部屋のとびらを開けた。

「では信長公、いくさ場で。失礼いたす」

 幸村は言うとミラナ、才蔵さいぞうとともに部屋を出た。蘭丸と護衛ごえいの魔物たちもつづく。

「蘭丸どの、あなたがたは三十年前の本能寺ほんのうじの変で『転生てんせい』されたということですか?」

 廊下ろうかを歩きつつ幸村が聞く。

「そうね。上様うえさま最初さいしょ、ウェダリアに転生されたのよ」

 と蘭丸。ミラナが言う。

「え……幸村さまがいらっしゃった時、長老ちょうろうが『転生者てんせいしゃは三十年ぶり』とおっしゃってたわ……三十年前、ウェダリアに現れた転生者って……ガイロクテイン侯爵こうしゃくのことだったのね」

「フフ……そうね。ここに『転生』してきてからの三十年も、色々いろいろあったわ。まさか『転生者』同士どうしで、いくさをすることになるとはね。上様といると退屈たいくつしないわね」

 蘭丸は幸村を見て言った。

(あの織田信長おだのぶながと、戦場せんじょうであいまみえるのか……)

 幸村は信長の前をはなれ、緊張きんちょうの糸が切れたのか右手みぎてが震えた。震えをかくすように右手を左手ひだりてでつかむ。

 それを見て、蘭丸は冷たい微笑を浮かべて言う。

「さて、ここでお別れしましょう。あなた方はウェダリアにもどりなさい。またのちほど、いくさ場で。日ノ本の人間にんげんはなしすのは久しぶり。楽しかったわ。でも、次に会った時は殺すわよ」

 場所ばしょはハセガキラの街の東端とうたん。幸村は繋いだうまに乗ると言う。

「いくさならば仕方しかたありますまい。では」

 ミラナ、才蔵とともに東へと馬を走らせた。


 いくさ支度したくを、急がねばならない───

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