第五十三話 邂逅

 幸村ゆきむらたちは、謎の妖艶ようえん人物じんぶつに連れられ、ハセガキラの街の中心地ちゅうしんちへと向かった。周囲しゅうい魔物まものたちに包囲ほういされ、げるのは無理むりだ。

「ここに上様うえさまがいらっしゃるわ」

 そこはハセガキラの街で最も豪奢ごうしゃな宿であった。石造いしづくりの平屋で、入り口にはく手入れされた広い庭がある。貴人向けの宿であろう。すでに日は落ちよるになった。ランタンの明かりが宿とその庭に美しい光の線を描いている。

「入って」

 艶やかな衣装いしょうひるがえして、その人物と幸村たちは庭へと入っていった。宿の入り口を、百人ひゃくにんほどのオークとダークエルフが固めている。身なりの良いダークエルフ兵がう。

「ランさま。侯爵閣下こうしゃくかっかにご用事ようじで?」

「そうよ。通してちょうだい」

「はっ」

 ダークエル兵が、オークにあごとびらを差した。オークは、静かに扉を開ける。

「ありがとう」

 ランとばれたその人物は、優雅ゆうがな手つきで兵たちに手を振ると、宿へと入っていく。幸村たちもつづく。その後ろにオーク兵が数十人ついて来る。

「そうそう、自己紹介じこしょうかいがまだだったわね。私の名はラン。幸村さん。あなたと同じように私も日ノ本から来たのよ……フフ、懐かしいわね」

「日ノ本から?」

「ご存知ぞんじかしら?日ノ本での名は、森蘭丸もりらんまる。もうこっちに来て三十年は経つわね」

「森蘭丸……信長公のぶながこう本能寺ほんのうじで討ち死にされたと聞いているが」

「それは、あなたたちも一緒いっしょでしょ。みんな死んだとおもってるわよ」

 蘭丸らんまる三人さんにんを見廻すと言う。

「あなたたちの事は知ってるから、自己紹介は無用むようよ。そっちの色男いろおとこ霧隠才蔵きりがくれさいぞう伊賀随一いがずいいち術者じゅつしゃと言われた忍びね。上様の次にいい男ね」

 蘭丸は才蔵さいぞうると、片目かためを閉じた。才蔵、表情ひょうじょうは変えない。

「そっちの緑眼りょくがんのお嬢様じょうさまは、ウェダリアの女王陛下じょうおうへいか。お若いのに大変たいへんね、そんな下手へた変装へんそうまでして……フフ、笑っちゃうわね」

 蘭丸はミラナを見てクスクスと笑った。

「なんで知ってるの?」

 ミラナは憮然ぶぜんと聞いた。

「私は上様のために、主に諜報ちょうほう担当たんとうしてるの。けっこう大変だったのよ、あなたたちのことを調べるのもね。そして、そちらの凛々りりしい剣士けんしさまが、新たなる転生者てんせいしゃ真田左衛門佐幸村さなださえもんのすけゆきむらさまね。ご活躍かつやくね。いい腕してるわ。あなたのせいで、こっちの計画けいかくが狂っていそがしいのよ。迷惑めいわくな人ね」

 蘭丸は幸村を流し目で見た。幸村は言う。

「すべてお見通しと言うわけか。まな板の鯉というわけだ。我らをどうするつもりだ?」

「さぁ、上様がお決めになるわ。斬れと言われれば斬るし。リザードマンの餌にと言われれば、そうするわ。どういう死に方がお好き?ウフフ……」

 蘭丸が微笑み言うと、みな黙った。足音あしおとだけが石の廊下ろうかに響きわたる。


 蘭丸は豪奢な木製もくせいの扉の前で歩みを止めると、扉を叩き言う。

「上様、お連れしました」

「入れ」

 中から、落ち着いた重いこえが返ってきた。蘭丸は扉を開く。

「どうぞ、入って」

 蘭丸は扉を開けると、幸村たちを見た。幸村はうなずくと部屋へやへと入る。ミラナ、才蔵が続き、蘭丸とオークたちも入った。


 暗い部屋に蝋燭ろうそくがひとつ灯されている。一人ひとり総髪そうはつの男が椅子いすに腰掛け葡萄酒ぶどうしゅのグラスを傾けていた。椅子には美しい黄金おうごん細工さいくの入ったサーベルが立てかけられ、銀色ぎんしょくのきらびやかなシャツに黒いズボンを着ている。その左右そうには、護衛ごえいであろう気品きひんすら感じる魔物たちが、じっと幸村たちを見ている。

 その男は、幸村たちに冷たい視線しせんをなげかけると言う。

「おまえが、真田左衛門佐幸村。であるか?」

「いかにも。あなたがガイロクテイン侯爵こうしゃく……いや、良く存じております……織田信長公おだのぶながこう。覚えておられないでしょうが安土城あづちじょう一度いちどお会いしました」

 男は、少し黙った。

「……織田信長おだのぶながか……懐かしい名だな。いかにも。日ノ本での名はそれよ。今ではガイロクテイン侯爵と呼ぶ者がおおいがな。さて、真田左衛門佐さなださえもんのすけ、お前のおかげでシナジノア攻略こうりゃく予定よていが狂い迷惑しているぞ。邪魔じゃましおって。どういうつもりだ?」

拙者せっしゃは、ここに来てミラナ女王陛下に助けていただいた。まだ少女しょうじょとも言えるお方が、親をくし必死ひっしに国を守としている。武将ぶしょうとして力を貸すのは当然とうぜんのこと」

 信長のぶながは、葡萄酒のグラスを傾けると言う。

「そうか、その程度ていどのことか。つまらん奴だな、お前は。で、まだワシと戦うつもりで偵察ていさつに来おったわけか。くだらん」

 ミラナが強い視線で、信長を見て言う。 

「あなたは、何故なにゆえシナジノア島の国々くにぐに征服せいふくしようとするの?平和へいわな島が無茶苦茶むちゃくちゃよ!無為むいないくさは民を苦しめます。悪しき行いは王のすべき事じゃ無いわ!」

 信長は冷笑れいしょうを浮かべると言う。

「フフ……わしが民を苦しめておるともうすのか?面白おもしろいな。では、たまたま生まれが王家おうけゆえ能力のうりょくもない者たちが偉そうに王などと名乗なのっているが、あの者達は民を苦しめてないというのか?お前はどうだ?」

「お前はって……でも、そんなこと平和に過ごしている国々を攻める理由りゆうには、ならないはずよ!」

「そうか?力も知性ちせいも無い者たちが、王などと名乗ることのほうが、よっぽどの悪行あっこうよ。わしはその悪行を魔物たちとともに正している。愚か者の治める土地とちがあるならば、わしが治めたほうが民のためよ」

「そんな!おっ

「もし、その土地を治める能力があるというのならば、わしに勝ってそれを証明しょうめいすれば良い!自分じぶんたちの力が充分じゅうぶんであるとな!それだけのことよ!」

 ミラナの言いかけた言葉ことばを、信長はさえぎった。

「……」

 ミラナは絶句ぜっくし、押し黙った。

「ただな、生きてかえれればのはなしよ。お前たちが死ねばもうウェダリアは、いくさを出来できんだろう。我らとしても好都合こうつごうよ。わしの計画を邪魔した男を殺す前に見ておきたかっただけのことよ」

 信長は幸村を見て言った。幸村が言う。

「なるほど、我々われわれを殺すおつもりでしたか。信長公、では死ぬ前にお聞かせ願いたい、よろしいか?」

「よかろう」

「シナジノアの民のために、いくさをはじめられたのですか?」

「そうでもあるが、違う面もある。民にとっては無能むのうな王はいらん。魔物たちは、わしの言うようにすれば、いくさにも勝て褒美ほうびもある」

「しかし、信長公。民と魔物たちのためだけに戦っておられるわけではありますまい。あなたの目的もくてきがあるはず。殺されるとあらば、最後さいごの願いです。教えていただきたい。あなたの目的は何ですか?」

仕方しかたない、最後の願いと言うなら教えてやるわ。それはな───

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