第五十二話 本軍

 幸村ゆきむら、ミラナ、霧隠才蔵きりがくれさいぞうはコモロウから街道かいどうを西へとうまを飛ばした。太陽たいようが西に傾き出し、夕刻ゆうこくが近くなったころ街がえてきた。ミラナがう。

「あれがハセガキラの街ね……」

 街は東西とうざいに延びる街道にそって発展はってんしている石造いしづくりの宿場町しゅくばまちであった。街道沿いに多数たすう宿屋やどや飲食店いんしょくてんがある。そこをジュギフ本軍ほんぐん先遣隊せんけんたいであろう数十人のダークエルフ、オークが立ち回っている。今日きょうはここに宿営しゅくえいするつもりなのだろう。宿屋は全てジュギフぐんによって抑えられているようだった。

 幸村たちは、街の入り口で馬を降りると街道を西へ。ハセガキラの街の西端せいたんへ出た。ここから先が、ナギア王家おうけおさめていた西国さいごくナギアだ。ナギア首都しゅとへと伸びるという街道が見渡せる。

「あれね……」

 ミラナは西を見て言った。西日にしびを受けてミラナの髪が赤くかがやいている。

 赤い夕日ゆうひを背に、遠方おちかた数万すうまん大軍たいぐん行軍こうぐんしている影が見える。もうじき、ここに到着とうちゃくするであろう。何本なんぼんもの大きな旗が立っている。その旗は西日を背にして黒く輪郭りんかくを見せ、はためいている。幸村は言う。

「あれが本軍か……」

 不思議ふしぎなほど静かて、よろい武器ぶきの擦れ合う音のみが響く。最前列さいぜんれつをオークの軽装歩兵が歩いている。やりったダークエルフがつづき、その次にはオーク、ダークエルフの騎兵きへいが続く。本軍の兵たちは、威厳いげんすら感じさせる整然せいぜんたるたたずまいで行軍していた。

(これは、強いな……)

 幸村はおもった。ハセガキラの街人たちも見物みものに出てきて人がおおくなってきた。

 

 だんだんと本軍の距離きょりが近づいてくる。逆光ぎゃっこうで見えなかった、ジュギフ軍のかかげる軍旗ぐんきに描かれた旗印はたじるしがよく見えるようになった。

 才蔵さいぞうは、その旗印を見て、おどろきの表情ひょうじょうを浮かべた。

「オヤカタさま……!あの旗印!」

「あぁ……!あれは!」

 幸村も驚き、ただただその旗を見つめる。

 

 その黒い旗には、穴の空いた通貨つうかが描かれている。鮮やかな白で描かれた大きな円。その中央ちゅうおうに穴を模した正方形せいほうけいが描かれている。その正方形の上下左右に「永樂通寳えいらくつうほう」の文字もんじが描かれていた。

永楽銭えいらくせんの旗印……第六天魔王だいろくてんまおう……織田信長おだのぶなが……」

 幸村は押し黙った。

「ノブナガ?」

 ミラナが聞く。

「かつて日ノ本で天下てんげられた武将ぶしょうですが、すでに三十数年前に亡くなられた。私も昔、一度いちどお会いしたことがあるだけですが……」

 幸村は、風になびくその旗を見つめて言った。


「ガイロクテイン公爵こうしゃくがお通りになる!下がれ!」

 サーベルを下げた威厳のあるダークエルフ兵たちが、道に溢れた町人ちょうにんたちを道の端へと下がらせている。ガイロクテイン侯爵こうしゃく親衛隊しんえいたいであろう。


 その行軍する本軍の中段ちゅうだん。旗をたなびかせる数十騎の騎兵に囲まれ、一人ひとりの男が黒馬こくばにまたがっている。黒鉄色くろがねいろのつややかな南蛮胴なんばんどう同色どうしょく防具ぼうぐを身につけ、その上に漆黒しっこくのマントを羽織はおりっている。マントの裏の紅色こうしょくが風を受けて、目に鮮やかにはためく。かぶとは身につけておらず、後ろで結われた黒々くろぐろとした総髪そうはつ。口ひげを蓄え、目は冷たい眼光がんこうはなっている。

 その男が、静かに幸村のほうを見た。幸村は目があった気がした。

 静かに幸村たちの前を通過つうかしていく。


「あれが、ガイロクテイン侯爵か……」

 街人たちが、小声こごえでささやく。

(間違いない……あれは織田信長……)

 幸村は確信かくしんした。

「あれが父のかたき……!」

 ミラナは静かに、だが強い口調くちょうで言った。彼女かのじょ緑色みどりいろの目が、鋭く侯爵を見つめていた。

 幸村は、そのミラナを見ると言う。

かえりましょう。今はどうにもできますまい」

「うん、そうだけど……」

 ミラナは悔しそうに、くちびるを噛んだ。幸村が言う。

「もう充分じゅうぶんだ。充分に情報じょうほうは得られた。帰ろう」

 才蔵が無言むごんでうなずく。三人さんにんは歩き出した。ジュギフ本軍の見物人けんぶつにんで混みあうハセガキラの街の目抜めぬき通りを東へ。馬を止めた街の東端とうたんについた。


 街道には数百はいようかというジュギフの魔物まものたちが集まっていた。

「なんだろう?」

 幸村が言った。ミラナが言う。

「わからならないけど、馬無しじゃ帰れないし行ってみるしかないわ。進みましょう」

 三人は、魔物たちのいるほうへと歩を進める。

「あら、おかえりになるの?もう少し、ゆっくりしていけば?」

 その魔物たちの集団中央から一人の人物じんぶつが進み出た。女なのか男なのか。その声質せいしつも中性的であり判断はんだんできない。妖しい青白い顔と、痩せた長身ちょうしんに美しい色鮮やかでみやび衣装いしょうを身にまとっている。

何者なにものか?得体えたいの知れん奴だ……)

 幸村は不気味ぶきみに思うが、静かに言う。

「どなたでしたかな?我々われわれは旅の冒険者ぼうけんしゃ。先を急ぐゆえ、また」

 横を通りけようとすると、そ人物は言う。

「あら、通っいいなんて言ってないわよね?」

「ただの旅人たびゅうどゆえ、ご容赦ようしゃを。通らせていただく」

「ダメよ!囲んで!」

 その人物が、優雅ゆうがに手を上げた。魔物たちが幸村たち三人のまわりを包囲ほういするとけんを抜いた。げようがない。その人物は微笑み言う。

「あなたたちが何者か、わかっているのよ。上様うえさまが、あなたたちとお会いになります」

「上様?」

「えぇ、わたしの上様『ガイロクテイン侯爵』。ご存知ぞんじでしょう?見ての通り、あなたたちに選択せんたく余地よちいわ。ついてきて」

「わかった。言うとおりにしよう」


  魔物に包囲された幸村たちは、その人物に先導せんどうされ歩き出した───

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