第五十一話 密入国

 く晴れた空に東から日が昇る。まだ天頂てんちょうは暗くよるの色を残しているが、ギサック翁は老人特有のあさはやさを発揮はっきして飛びきた。

「さて、起きてくだされ!行きますぞ!」

 幸村ゆきむらたち各々おのおのに割り当てられた客間きゃくまのドアを叩いてまわる。

「え!もう!?」

 幸村は、寝床ねどこから起き上がる。

「うん、早いほうが良いわ。行きましょう!」

 すでに起きていたのか、ミラナが身支度みじたくえて部屋へやから出てきた。つづいて才蔵さいぞうも起きてきた。軽い朝食ちょうしょくを食べると、幸村たちとギサック翁は家を出た。ギサック翁の足取りは老人ろうじんとはおもえない軽快けいかいさである。

元気げんきなお爺さんで良かったね!テンちゃんバイバイ!」

 ミラナは、送りに出たテンに手を振る。

「バイバイ!」

 ミラナに懐いたテンは小さな男の子らしい快活かいかつさで手を振り返す。ミラナはそれをて微笑む。

 幸村はギサック翁の娘夫婦にう。

昨夜さくやは、ご馳走ちそうになりました。では父上ちちうえをお借りします」

 幸村たちとギサック翁は南の緑の濃い山へ向かって歩きだした。


うまは預かりますゆえ、置いていきなされ。カヌマへの山道せんどうは馬では無理むりじゃ」

 ギサック翁は言った。村の道から、草木そうもくの生い茂る山へと踏み入っていく。

「これは、たいへんな道だな。こんなところが通れるとは……」

 幸村は枝をかき分け坂を上がりながら言った。坂の下にいるミラナに手を貸す。才蔵はミラナの後につづく。

 木の間から見える太陽たいよう位置いちで、南に進んでいるであろうことはわかる。

「さて、跡を残したくなかったので草木を切らずに来たんじゃが、このあたりまできたら良かろう」

 ギサック翁は言うとこしに下げたナタをき、後続こうぞくの幸村たちのために草木を切り払いながら進んだ。鬱蒼とした山の中を数時間は進んだろうか。ミラナが汗をぬぐいつつ言う。

「あと、どれくらいで着くの!?」

「あと少しじゃよ!ほれ着いた!」

 急に景色けしきが開けた。

 幸村たちが立つ小山こやまの下には東西方向に伸びる、石畳いしだたみの道が見える。街道かいどうを東へ行ったところに街が見える。

「カヌマ領内りょうないじゃ。東に見えるのはコモロウの街じゃな。この街道は、西は遠くナギアまで伸びておる」

 ギサック翁は白い髭をらして言った。

「ここがカヌマ……お父さまが亡くなられた国……」

 ミラナは遠く南の方角ほうがくを見ながら言った。青い空の下、彼方かなたに海が見える。急に吹いた風に、黄金色こがねいろの髪がなびいた。静かで哀しげな表情ひょうじょうをしている。

 その横顔よこがおを、幸村は見つめた。

 少しの沈黙ちんもくが訪れた。


 ギサック翁が、その沈黙を破る。

「聞くところによると、冒険者ぼうけんしゃはジュギフの支配しはいする土地とちへの入出を禁じられたようじゃが、すでに領内にいる者をとがめるようなことはないようじゃ。その格好でも大丈夫だいじょうぶじゃろう」

「ありがとうございました」

 幸村が礼を言うと、ギサックも頭を下げた。

「こちらこそ。道中気をつけて。かえりにまた村に寄ってくだされ

。馬も預かっておりますしな。待っとりますぞ!では気をつけて!」

 ギサックは言うと、来た山道をもどって行った。


 幸村が言う。

「まずはコモロウに行って、馬を手に入れよう」

 幸村たちは東に見える街へと歩きだした。


 石畳の道を東へ行くとコモロウの南側みなみがわ、ジュギフ領内に入った。オーク、ダークエルフの姿も散見さんけんされるが、元々カヌマに住む人々ひとびとの姿が圧倒的あっとうてきおおい。街は北側きたがわのウェダリア領内と同じく賑わっている。石造いしづくりの街に、北から来た商人しょうにんや、これから北へ向かう商人が往来おうらいしている。その商人たちを相手あいてにする飲食店いんしょくてんや雑貨店も軒を並べていた。

 冒険者のウェダリアへの行き来が禁じられたためか、その姿は少ない。


 幸村は言う。

「才蔵、佐助さすけ乱波らっぱたちがいるはずだ。連絡れんらくをとってくれ。情報じょうほうが欲しい。馬を手に入れておくから、ここで落ち合おう」

御意ぎょい

 才蔵は、人混みにえていった。


 幸村とミラナは馬を三頭買い求め街道入口にもどると、すぐに才蔵は帰ってきた。小声こごえで言う。

「ガイロクテイン公爵こうしゃく本軍ほんぐんは、ナギアとカヌマの国境こっきょうへ向けて東へ進んでおります。おそらく夕刻ゆうこくには国境の街ハセガキラに到着とうちゃくするとのことです。今から街道を西へ向かえば、我らも夕刻にはハセガキラにつけるかと」

「そうか、ご苦労くろう。では、西へまいろうか」

 幸村は言った。ミラナが言う。

「そうね、行きましょう。どんな人か早く見たいわ」


 三人さんにんは馬に乗ると、街道を西へ。

 ハセガキラの街を目指めざした───

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