第五十話 脱出

 「主の間」のとびらが開いた、その向こう。

 才蔵さいぞうが目にしたのは、廊下ろうかに溢れかえる千匹せんびきはいようかというゴブリンの群れだった。

 群れの先頭せんとうには、金の装飾品そうしょくひんをゴテゴテとつけた首領しゅりょうとおぼしきゴブリンがいる。この迷宮めいきゅうの入り口で、幸村ゆきむらたちが戦ったあのゴブリンだ。

 首領は鼻をヒクヒクさせて血の臭いを嗅いでいる。ミノタウロスの亡骸なきがらと、その先にある黄金おうごんの山をると、首領はニヤリと笑い、仲間なかまのゴブリンたちにさけぶ。

「ギャィ!ギギャィギャィ!!」

 ゴブリンたちが、広間ひろま雪崩なだれをうって走り込んで来た。

「なっ!なんだ、お前ら!オレの計画けいかくがやっと成功せいこうしたんだぁ!お宝は渡さねぇゼェ!」

 コバキは長剣ちょうけんを向け、威嚇いかくした。プレートアーマーの戦士せんしたちと盗賊とうぞく武器ぶきを構える。ゴブリンたっ表情ひょうじょうが険しくなる。コバキたちは宝の奪取だっしゅ邪魔じゃまする「敵」とはっきりと認識にんしきされたようだ。

「ガギイィィ!」

 ゴブリン数百匹が叫びこえを上げると、紫のどくがしたたる短剣たんけんを振りかざし、コバキたちに飛びかかった。

「あ!あぁ!ギャア!!」

 コバキの悲鳴ひめいが聞こえる。


「いかん!ミラナどの、子供こどもを助けに参ろう!」

「行きましょう!」

 千子村正せんじむらまさ左手ひだりてで拾い上げると、幸村は広間奥の牢屋ろうやに向かって走り出した。ミラナも後を追う。幸村は牢の鉄格子てつごうしの扉に手をかける。硬い音が響く。開かない。かぎがかかっていた。

「鍵か!」

 幸村は、ミノタウロスの亡骸に鍵があるかとおもい振り返るが、そこには大量たいりょうのゴブリンがひしめいていて近づくのは無理むりだ。

「幸村、どうする!?」

「ムゥ!」

 幸村は怪我けがをした右腕みぎうでをかばい、鉄格子を左手でつかむと全体重力かけて引く。それを見てミラナも

「あたしも!ん!んん!」

 と加勢かせいするが、力ずくではどうにもならない。

「お二人ふたりとも下がって!やります!」

 どこをどう通って来たか、才蔵が走り込んできた。細見さいけんのナイフを鍵穴かぎあなに差し込み、素早すばや上下じょうげさせると、カチャリと鍵の開く音がした。

「よし!くやった!」

 幸村が鉄格子を開く。

「行こう!」

 ミラナが小さい男の子を素早く抱き上げる。

「助かった!」

 一緒いっしょに囚われていた男女だんじょも、飛び出してきた。


 幸村は、広間中央ひろまちゅうおうのゴブリンたちの様子ようすを見る。どうやら、コバキと仲間たちは、千はいようかというゴブリンの群れによってすでに討たれたようだ。そのゴブリンたちは、広間奥の財宝ざいほうの山に心奪われ、一目散いちもくさんにそこに向かうとしきりに物色ぶっしょくしている。「主の間」の扉は開いている。


げるぞ!」

 幸村がうと、みな観音開かんのんびらきの扉に向かって走り出した。ゴブリンたちは黄金に夢中むちゅうで動かない。

 幸村たちは必死ひっしに、走りつづける。主の間の入り口をけ、そのまま金色きんしょくの廊下を走り上層階へと通じる階段かいだんの前まできた。

「ちょっと待って!」

 ミラナが言い、へたりこみ抱いていた男の子を降ろした。みな立ち止まる。主の間から、だいぶ離れた。これだけ離れれば少しは安心あんしんできる。

「この子、けっこう重くって!重いぞ!フフ」

 ミラナは男の子の頭を撫でると笑った。

「テンちゃんよね?」

 ミラナか聞くと、男の子はコクリとうなずき言う。

「おなかがすいたんだけど?」

「アハハ、そうかぁ。お姉ちゃん、お菓子かしはいっぱいってるよ!」

 ミラナは微笑み言うと、バッグを探りクッキーをり出した。

「はい!いいのがあったよ!」

 テンにクッキーを渡すとガツガツと食べだした。

「あなたたちも食べて!」

 と一緒に囚われていた男女にも渡す。

もうし訳ない!ありがとうございます!」

 男女は感謝かんしゃすると、美味びみそうに食べだした。ミラナが言う。

「才蔵!ほら見て!お菓子をいっぱい持って来て正解せいかいだったのよ!わかった?」

「……はい」

「わかれば良いのです。許します。女王じょうおう慈悲じひよ。ウフフ!」

 ミラナは楽しげに笑った。

 幸村は迷宮の奥を振り返ると言う。

「しかし、追ってきませんな。逃げ切れたようだ」

 遠くてよく見えないが「主の間」でゴブリンたちはミノタウロスの宝の物色でいそがしいのであろう。追ってくる様子はない。

「さぁ、かえろう」

 幸村たちは、上層階へとのぼり迷宮出口へと向かった。ミラナがテンを抱き上げる。しばらく歩くと、遠くに白く外の明かりが見えてきた。

 そのまま地下迷宮ダンジョンを出ると、村は夕暮れの赤い光に照らされていた。

「テン!」

 地下迷宮の入り口には、ギサック翁とその娘が待っていた。

「ママ!」

 テンは、ミラナの元から走り出すと、母親ははおやに抱きついた。

「良かった……」

 娘は、しゃがみ込むとテンの頭をなでた。ミラナはすこし寂しげに微笑み

「テンちゃん、良かったね……」

 と言った。


 ギサック翁は幸村に近づくと言う。

「いや!よくぞ孫を助けていただいた!怪我をされているではないですか!うちに寄って休んでいってくだされ!飯にしましょう!」

「む、それはかたじけない。腹ペコだ。怪我で血も失ったし補充ほじゅうせねば」

「さぁ、それなら我が家に行きましょう!」

 ギサック翁は言うと、ミノタウロスの牢に閉じ込められていた若い男女に目を留める。

「あれ!?お前ら夫婦ふうふもミノタウロスに捕まっておったのか!?まぁ良い、お前たちも来い!今夜こんやは祝いよ!」


 ギサック翁の家は、村の名士めいしらしい大きな木造もくぞうの家であった。ギサック翁は言う。

「さぁさぁ、食べてくだされ!」

 焼き飯、豚の丸焼まるやき、エール酒、葡萄酒ぶどうしゅなどが次々つぎつぎと出される。

 幸村は、相変あいかわらずガツガツと食っている。

「フフ、幸村さま。そんなにあわてて食べなくてもいいのに!」

 ミラナが微笑み言った。

「いえね、はやくケガを直さないと。それにはとにかく食うことです」

 幸村は次から次に料理りょうりを平らげていった。

「さすが、ミノタウロスを倒した勇者ゆうしゃ見事みごとな食いっぷりですな」

 ギザック翁は感心かんしんしている。

「それにしても、うちの旦那だんながとんでもないヤツラを連れて来ちゃったみたいで。ごめんなさいね」

 ギサック翁の娘は、恐縮きょうしゅくするガタイの良い夫を小突こづいて言った。


 幸村は、肉を食べる手を止めると聞く。

「ギサック翁、カヌマへの抜け道のことなんだが教えてくれるかね?」

「こちらの頼みは聞いていただいた。当然とうぜんお教えしよう。今日きょうのところは、存分ぞんぶんに食べて休んでくだされ。今宵こよいはよう晴れて月が綺麗きれいに出ておる。これなら明日あすは晴れるじゃろう。明朝みょうちょう案内あんないしよう」

「ありがたい」

 幸村は言うと、また猛然もうぜんと食べだした。


その翌朝よくあさ───

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