第四十四話 西の村

 その繁盛店に看板かんばんが出ている。

 そこには「コモロウそば」と書かれていた。何やら美味びみそうな香りにがしてくる。

「ここにしましょう!」

 ミラナがうと、幸村ゆきむら才蔵さいぞう先導せんどうして勢いよく歩きだした。店のオヤジに言う。

「おじさん!入れる!?」

三人さんにん?そこ座って!」

 オヤジは道に置かれた四人よにんがけのテーブルを指差ゆびさす。ミラナに聞く。

「コモロウそばでいいかい!?」

「はい!それ三つ!」

 幸村は椅子いすに座りつつ言う。

「ところで才蔵、そばって、蕎麦切そばきりのことかな?」

「どうなんですかね。ここにもあるんですかね?」

 才蔵が答えた。


 現代げんだい日本にほんで食されている蕎麦そば文献ぶんけん登場とじょうするのは、西暦せいれき1600年頃ねんごろである。麺の蕎麦のことは「蕎麦切り」とばれていた。真田幸村さなだゆきむらの領国近くである甲斐国かいのくにでは、食べられていたという文献記録ぶんけんきろくがある。

 どうやら、幸村は蕎麦を知っているようだ。


「蕎麦切りって?そばって、パスタみたいな麺のことよ」

 とミラナ。

「あ、やっぱり」

「はいよ!コモロウそば!」

 そこにオヤジが三つの大きめの椀をってきた。黒い鰹出汁かつおだしの汁に、蕎麦が浸かっている。

「あ、これは蕎麦だ。美味いけど、この汁はなんだろう?」

 幸村は口をつけると言った。


 幸村の生きた戦国末期せんごくまっき醤油しょうゆ一般的いっぱんてき調味料ちょうみりょうではなかった。蕎麦を醤油とだしの汁につけて食べる料理りょうりをこの時、幸村は初めてたようだ。


 お椀といっしよに、箸が出された。才蔵はおどろいた。

「オヤカタさま、これ箸じゃないですか!こっちの食器しょっきは匙やフォークだとおもってましたよ」

「ほんとだ!何だか日ノ本っぽいな」

 ミラナは、箸を手にると言う。

「箸はシナジノアの南のほうでは、よく使われている食器ですね。私もけっこう使えますよ」

 ミラナはしっかりとした手付きで、箸を持っている。きっと上手く使えるのであろう。


「ふむ、まぁとにかくいただこう。いただきます……」

 幸村、箸を持ち目を閉じると手を合わせる。しばらくして目をカッと開き、猛然もうぜんと食べだした!

相変あいかわらず、凄い勢いですね……」

「ほんとに……あー!お腹すいた!私も食べよう!」

 ミラナは髪が椀に入らないように、白いうなじを見せて素早すばやく高く結い上げると、器用きように箸を使ってパクパクと食べ出した。

「あ、オヤジ。おかわり」

 と幸村。

「え!幸村、もうおかわり!?」

「オヤジ、やっぱりおかわり二つ持ってきて。どうせ頼むから」

「二つ!ほんと、オヤカタ様はよく食べますよね」 

 ミラナと才蔵は、幸村の食べっぷりにあっけにとられた。

 すこしすると、テーブルの上には、幸村の積み上げた空の椀が並んだ。

「はー、おなかいっぱい!」

 ミラナが満足まんぞくげに言う

「しかし、腹がふくれれば、カヌマに入る方法ほうほうが思いつくかと思いましたが、まったく浮かびませんね……」

 と才蔵。

「うん、そうでだなぁ……どうしたものかな。考えないと」

 幸村も、腹をさすって言った。


 そこに、白い髭に灰色はいいろの髪のおきなが、しっかりした足取りで近づいてきた。

「そこの冒険者ぼうけんしゃの方々、わしはここから西に行った村の村長むらおさをしておるギサックともうす者。少しおはなしさせてもらってもよろしいか?よろしいな?座らせてもらってよいか?うむ、座らせてもらうぞ。よいしょっと」

 ギサックと名乗なのる翁は、一方的いっぽうてきに話しを進めると幸村の前のせきに座った。

「はぁ……で、ご老人ろうじん。ご用件ようけんはなんです?」

 幸村はギサックの勢いに、やや戸惑とまどいつつ聞いた。

関所せきしょからもどってまいられましたが、カヌマに入ろうとなさっておるのか?冒険者は入れんようになったらしいですな」

左様さよう、冒険者ゆえ断られました。しかたなく蕎麦をすすっておったところですよ。ハハハ」

「なるほど。村で困ったことがきましてな。腕の立つ方々の助けが欲しいんじゃ。あんたらを見ておったんじゃが、食いっぷりも良いがその歩く腰運び!かなり武術ぶじゅつ鍛錬たんれんを積んだ使い手のそれだな。わしも若い時分じぶん随分ずいぶんとならしたもんじゃからな、見ればわかるのよ!達人たつじんは達人を知るというじゃろ!?わしほどの使い手になるとな、あんたらを見てピーン!ときたわけじゃ!わしが探してたのは、この者たちじゃ!とな!」

「は……はぁ?」

 その勢いに幸村はさらに戸惑いを深くすると、ギサック翁は急にこえを潜め、テーブル中央当たりまで顔を突き出す。

「……もし、解決かいけつしていただければ、カヌマへと通じる山中さんちゅう間道かんどうをご案内あんないするぞ。いかがかな?」

 幸村たち三人は、顔を見合わせた。


「オヤカタ様、大丈夫だいじょうぶですかね?この爺さん」

 と才蔵が耳打ちする。

「悪い人物じんぶつではなさそうだが……不安ふあんはあるよな。もう少し事情じじょうを聞いてみて決めるか」

 幸村が小声こごえで言うと、ミラナが毅然きぜんと言う。

「幸村!才蔵!ご老人はお困りの様子ようす。お助けするのは身分高き者の義務ぎむ!行くわよ!」

「え!?まぁ……それならそうしますか。打開策もいですしね」

 幸村はミラナの言葉ことばに面食らいながらも席を立った。

「お!やってくださるか!店の勘定かんじょうはもうわしが払っときましたからな!急ぎますぞ!」

「おじいさま、村に行けばよろしいのかしら?」

「そうじゃ!ささ、はやく!」

 ギサック翁に先導されて、幸村たちはついて行った。


 ギサック翁に連れられて、三人はコモロウから西へ。山中の村を目指めざした。途中とちゅうまでうま移動いどうできたが、道が険しくなり馬を降りて徒歩とほでの移動となった。なかなか着かない。

「ハァ……ハァ……このあたりはウェダリアの中でも、はじめて来たわ……こんなところが領内りょうないにあったのね……道を整備せいびしないと」

 ミラナが山道せんどうに疲れた様子で言った。

「そうじゃな!おじょう、ウェダリアに行くことがあったら女王じょうおうさまに言っといてくれ!」

 ギサック翁が元気げんきに坂を登りながらに言った。

 坂を越えると、山間やまあいの谷に五十軒ほどの家が寄り添うように建っている小さな集落しゅうらくが見えた。

「着きましたぞ!あれが我がホリクリ村の入り口じゃ!」

「お父さん!」

 村の入り口に立ってだれかのかえりを待っていた様子の女が声をあげた。歳の頃、二十代半ばというといろだろうか。ギサック翁が言う。

「ほれ!腕の立つ冒険者たちを連れてきたぞ!」

 女は幸村たちを見て、会釈えしゃくして言う。 

「ギサックの娘です。遠いところありがとうございます」

「孫は?テンは戻ってきたか?」

「まだよ。もどってこないわ……」

 娘は、うつむき首を振った。

「そうか……やはり戻ってこんか……」

 ギサック翁は、肩を落した───

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