第四十五話 迷宮

子供こどもはまだつからない……。旦那だんなは西の街に助けをびに行ったわ」

 ギサックおうの娘は、沈んだ様子ようすった。幸村ゆきむらが聞く。

「何がきているのです?」

「孫のテンが昨日きのうから行方ゆくえがわからんのじゃ。どうやら村はずれの洞窟近くにおったようなんじゃが。その洞窟どうくつ魔物まものが棲みついておる危険きけん場所ばしょ。近づかんようには言っておったんじゃが……」

 ギサック翁は沈痛ちんつう面持おももちで、つづける。

「魔物たちが洞窟から出てくることは今までかったんじゃが、どういうわけか最近さいきん半獣半人はんじゅうはんじんの魔物ミノタウロスが村近くに出よる。以前からミノタウロスが深部しんぶにおることは知られておったが、地上ちじょうに出てくることは無かったんじゃがな……。昨日の夕方ゆうがた、その洞窟の近くで巨大きょだいは魔物の影にテンが連れ去られるのを見たという者がおる。おそらくは……」

「ミノタウロスが連れ去ったのね?」

 ミラナが言うと、ギサック翁はうなずく。

あさになるのを待って、村の男たちが入ってみたんじゃが低層階の魔物にも歯が立たずかえって来たんじゃ。そこでわしが街に、腕の立ちそうな者たちを探しにでたというわけじゃ。ミノタウロスは捕えた人間にんげんの臭みをとるため数日すうじつ、水だけ飲ませてから食うと聞く。時間じかんがありませぬ。どうか助けてくだされ」

 ギサック翁が頭を下げると、幸村はうなずく。

「わかりました。日が暮れるまで時間が無いし、その子がえてからも時間が経っている。急いだほうがいですな。すぐ行きましょう」

「ご案内あんないする」

 ギサック翁とその娘は、さっそく幸村たちを先導せんどうして歩きだした。

 村はずれの人気にんきのない荒涼こうりょうとした岩山いわやまに、その洞窟の入り口はあった。周囲しゅういに人が入らないようさくがされているが、点々と破れている。娘が言う。

「ここです。うちの子をお願いします。名前なまえはテン。四歳の男の子です」

承知しょうちした」

 幸村、うなずくとミラナと才蔵さいぞうを見る。

「入ろう」

 才蔵は手早てばや松明たいまつに火をつけると、ミラナと幸村に渡す。三人さんにんは洞窟の中へと入っていった。


 幸村を先頭せんとうにミラナ、才蔵がそれにつづく。

 洞窟の入り口付近は、ゴツゴツとした岩肌いわはだ自然石じねんせきが積み上がっていたが、奥へ進むと石畳いしだたみのような綺麗きれい平面へいめんの床があらわれた。壁、天井てんじょうも、人工物じんこうぶつおもわれる石のブロックで造られている。

 ミラナは、そのひんやりとした石の壁に手を触れると言う。

「これ……洞窟じゃないわ……地下迷宮ダンジョン!?きっとここ、未発見みはっけん古代遺跡こだいいせきだわ。ウェダリア領内りょうないに、こんなところがあったなんて……」

「とりあえず進んでみよう」

 幸村は言うと、奥へ奥へと進んでいく。カツ、カツと石の床が乾いた足音あしおとをたてる。


 しばらく行くと、五六人は並んで歩ける幅の通路つうろに入った。その奥に何か小さな動く影が目に入る。

「テンちゃん?」

 ミラナがこえをかけた。

 その小さな影は、迷宮めいきゅうの奥から次から次に現れた。その数、五十いそを超えるだろうか。

 松明の光が、その影の正体せいたいを照らした。小さく緑色みどりいろ醜悪しゅうあく子鬼こおにが、何やら紫の液体えきたいのついたナイフを手に手にっている。

「魔物の待ち伏せか」

 幸村は、千子村正せんじむらまさ鯉口こいぐちを切ると静かにいた。床に松明を置く。

「ゴブリンです。気をつけて!」

 ミラナも幸村の右に出ると、レイピアを抜く。細い刀身とうしんが光る。

「キシャァー!」

 数十のゴブリンの発する威嚇いかくの声が石の通路に木霊すると、次々つぎつぎに幸村たちに襲いかかってきた。

 幸村に三体さんたいのゴブリンが同時どうじに飛びかかってくる。幸村は前に一歩踏み込むと、一番先頭のゴブリンに空中くうちゅう一刀いっとうを浴びせ切り倒し、返すかたなでもう一体いったいを斬り伏せた。残る一体横からミラナが、レイピアで突く。

 才蔵はローブの内側うちがわかくし持ったナイフをゴブリンに次々と投げていく。恐るべき正確せいかくさでナイフはゴブリンに吸い込まれ、醜い小鬼たちは倒れていく。

 

 たちどころに半分はんぶんほどのゴブリンが戦闘能力せんとうのうりょくを失うと、金の装飾品そうしょくひんをジャラジャラとつけた首領しゅりょうとおぼしきゴブリンが

「ヒギィィイイイイ!!」

と一際大きな奇声きせいを発した。

 それを聞いたゴブリンの群れは、素早すばやく背を向け迷宮の奥へと走りだした。撤退てったいしようとしているようだ。暗い迷宮の中、幸村たちから離れていく。

 その時、金装飾のゴブリンが振り返ると何かを投げつけた。その物体ぶったいは、まっすぐに幸村のほうに向かってくる。松明の光を受けてキラリと光った。ナイフだ。

「く……!!」

 幸村は、はっとして右に体をかわす。ナイフは、幸村の首筋くびすじをかすめ壁に衝突しょうとつするとガチャリと音を立てて地面じめんに転がった。ミラナがおどろく。

「え!?幸村!大丈夫だいじょうぶ!?」

「えぇ……大丈夫です。今のはあぶなかったですね……ハハ」

 幸村は微笑むと、懐紙ふところがみ村正むらまさの刀身を拭いさやおさめつつ言う。

「さて、ふたりとも怪我けがはないか?」

 ミラナと才蔵を見て尋ねた。

「大丈夫よ」

「えぇ。自分じぶんはなんとも」

 ミラナもレイピアを鞘に納めつつ答えた。

「うん、では先を急ぐとしよう」

 幸村は、前を向き数歩すうほあるくと

「……ンン!!」

 と、なにやら声にならない呻きを発っして右膝みぎひざをついた。ミラナが幸村の背に手を置く。

「どうしたの、幸村!?」

「いや?なんだろう……?おかしいな。なにやら、目眩めまいがし……」

 幸村は言いかけると、横倒よこだおしに倒れた───

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