第四十三話 関所

 ウェダリアとカヌマの国境こっきょうの街であるコモロウへあと少しというところでよるが明けた。

幸村ゆきむら、このふくどうかな?」

 馬上ばじょう、ミラナはうれしそうに聞いた。鮮やかな浅葱色あさぎいろのコートに水色みずいろのスカート。脚には革のロングブーツをはき、白鞘しらさや銀細工ぎんざいくの入ったレイピアを差している。浅葱色がミラナの金髪きんぱつを引き立てている。

「うん……似合にあってますよ」

 スカートとブーツの間にえるミラナの白い太ももに、幸村は目のやりに困った。

「ウフフ……魔法まほう出来できないこともないし、神官戦士風にしてみたの。幸村も才蔵さいぞうも似合ってますよ」

 なんだかミラナは上機嫌じょうきげんだ。

 幸村の服装ふくそうもいつもとは違っていた。革鎧かわよろい茶色ちゃいろ外套がいとう羽織はおりり、こしには千子村正せんじむらまさを差している。

 才蔵は紫色むらさきいろのローブに、同色どうしょくのつば広の帽子ぼうし、古びた木の杖をっている。


 幸村たちは「冒険者ぼうけんしゃ」に扮していた。

 冒険者とは、シナジノア島各所に点在てんざいする古代王国こだいおうこく遺跡ゆいせき探索たんさくする者たちのことだ。その遺跡は地下ちかに伸びているものがおおく「地下迷宮ダンジョン」とばれている。

 この地下迷宮では、現代げんだいのシナジノアでは失われた技術ぎじゅつで造られた「魔導器まどうき」と呼ばれる魔力まりょくを持つ武器ぶき装飾品そうしょくひんなどの貴重品きちょうひん発見はっけんされることがあった。魔物まもの危険きけん生物なまものが棲んでいることが多く、命の危険もあるが、一攫千金いっかくせんきんのお宝が手に入ることもある。

 そんなお宝を求めて、命がけの探索を行うのが冒険者たちだった。


「才蔵は、魔導士というわけだな」

 幸村がった。

「どうも、古代語魔法という忍術風のものがあるみたいですがね。とりあえず格好だけ真似まねしてみました。使いれたのも持ってますよ。ほんとは日ノ本で使ってた、くないがいんですけどね……こっちでは見当けんとうたらないんでこれを使ってます」

 才蔵のローブの下には、投げナイフのホルダーが腰にかれていた。

 ミラナが、幸村を見て言う。

「幸村は、いつもとそんなには違はないわね」

「『剣士けんし』ですからね。普段ふだんから武将ぶしょうですし……。でも、まぁいいですよ。いつもの赤揃あかぞろえのよろいじゃないし、一応変装になってるでしょ。きっと。ところでミラナどの」

「なに?」

「その荷物にもつ、重そうですね」

「そうね……冒険ぼうけん必要ひつようなものを色々いろいろいれてたら、重くなっちゃって」

 ミラナは、左肩ひだりかたから右腰に革のバックをかけている。そのバッグがパンパンにふくれていた。自信じしんありげに言う。

「冒険は何があるかわからないからね!いろいろ備えて来たの!」

「ふむ、それは心強い」

 三人さんにんは南へとうまを進めた。


 そうこうするうち、コモロウの街が見えてきた。この街はウェダリア、アズニアから南への交易こうえき中継地点ちゅうけいちてんとして栄えており、なかなかに活気かっきがある。幸村は言う。

佐助さすけが言うには、関所せきしょ通行税つうこうぜいをおさめればカヌマに入れるというはなしだ。行ってみよう」

 街の入口で馬を降りた幸村たちは、目抜めぬき通りを南へと向かった。

 しばらく行くと、関所が見えてきた。茶色がかった石造いしづくりの門。その左右そうに同じ石で塀が築かれている。

 その関所へと入っていった。


 関所の中にはダークエルフの役人やくにん四人よにん窓口まどぐちに座っている。南のカヌマ側の出口でぐちには、武器を構えたオークが十数人はいる。運良く、窓口にはだれも並んでいない。

 幸村たちはバラけると、それぞれ窓口に向かった。幸村は、一番右手の窓口立つ。

 幸村の前にいる役人は、目つきのキツいダークエルフの女だった。幸村を見ると、ぶっきらぼうに言う。

身分証みぶんしょうは?」

 幸村は懐から身分証を出すと、女に渡した。

「ふーん……ウェダリア在住ざいじゅうの冒険者、ユキムラウスさんね……」

 女は幸村の顔をじっと見る。幸村は愛想笑あいそわらいを浮かべた。

「ま、田舎冒険者じゃ知らなくても仕方しかたないけど、書類しょるいが足りないわ。うしろの机においてある緑の用紙ようし記入きにゅうして持ってきて」

 幸村は振り返る。横長よこながの机の上に、いくつかの用紙と羽根はねペンが置かれている。

「わかった。あれを書いてくれば良いのだな?」

 幸村は言うと、机に向かい緑の用紙に記入しだした。その間に、急にたくさんの人が関所に入ってきた。窓口にはそれぞれ二十人ほどの列ができた。

(えぇ!?一番ひとつがいうしろに並ぶのか!?)

 幸村はおもうが仕方がない。最後尾さいこうびに並ぶ。一時間は待ったろうか。ついに幸村の番が来た。さきほどのダークエルフの女はキツい目線めせんを向けてきた。幸村は言う。

「書いてきたぞ。これで良いな?」

「ダメよ。用紙がちがうわ。黄緑きみどりの用紙よ。話し聞いてた?」

「えぇ!?」

「……なに?後ろも詰まってるわ。書きなおしてきて」

「え!さっき……」

「聞こえないの!?書きなおしてきて」

 女が幸村の言葉ことばをさえぎった。

「……」

 幸村は仕方なく引き下がる。 

(さっき緑って言ったよな……まったく……)

 思うが、どうにもならない。また机に向かい、今度こんどは黄緑の用紙に羽根ペンで記入する。

 窓口には、さらに長い列ができていた。百人ひゃくにんは並んでいる。

(また並ぶのか……)

 幸村は思うが、どうにもできない。最後尾に並ぶ。三時間は待ったろうか。ついにまた幸村の番が来た。

 さきほどのダークエルフの女が書類に目を通す。どうやら問題無いようだ。

「うん、いいわ。では通行税を……」

 言いかけたその時、上役うわやくらしいダークエルフの男が現れ女になにやら耳打ちした。女は何度なんどかうなずく。

「ごめんなさいね。今、上役から指示しじがでたわ。ジュギフ領内りょうないには当分とうぶんの間、冒険者は入国禁止にゅうこくきんしよ」

「えぇ!?」

「聞こえないの?後ろも詰まってるわ。はやくどいて」

「……!」

 幸村は、がっくりと肩をとして関所から出た。ミラナと才蔵も、つづいて出てきた。

「はぁ……ひどい……ひどいわ……。こんなあつかい受けるなんて……生まれてはじめて……」

 ミラナは疲弊した表情ひょうじょうで言った。

「うん……これはツライです」

 幸村も相槌を打つ。

「オヤカタさま、どうしましょうか?カヌマに入れませんな」

 才蔵はなんとも思っていないのか、意にも介さない表情で淡々と言った。

「もう!とりあえず、その問題もんだいはおいといて!お腹がすいたわ!ご飯にしましょう!」

 ミラナは苛立いらだちを振り切るように、いきおい良く言った。

 窓口に延々と並んでいるうちに、時間じかん午後ごごになってしまった。

「うん、そうですね。どこで食べればよいかな?」

 幸村が言うと、関所から北へ三人は目抜き通りを歩きだした。


 少し行くと、通り沿いに、人だかりのできている店があった。随分ずいぶん繁盛はんじょうしている。

 その店に、三人の目は向かった。

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