第三十四話 北の軍

 早朝そうちょう、まだ暗いウェダリア北の平原へいげん。前日夜から始まった真田丸さなだまるさく移設工事いせつこうじ終盤しゅうばんに差し掛かっている。

 幸村ゆきむらは、その現場げんばへと向かった。工事こうじ指揮しきする、白い長髪ちょうはつ初老しょろうの男にこえをかける。

「ジンゴさん、どうですか?」

「まぁ、だいたいわったがな……さっきもったが戦闘せんとうになったらあてにならんぞ。柵と言っても置いてあるだけだな。地盤じばん砂地すなちではな……」

 ジンゴは気難きむづかしい顔で言った。

「わかりました。そのことはご内密ないみつに。なんとかします」

(さて、ここからが勝負しょうぶだな……) 

 幸村は考えを巡らせた。


 日が昇ると、海岸線かいがんせんを通る新街道しんかいどうを、大軍たいぐんがこちらに向かってくるのがえる。紺地こんじ銀色ぎんしょくの蛇のあしらわれた大きな旗がはためいているのが遠目とおめに見えた。佐助さすけが言う。

「来ましたな」

 幸村と佐助は、北の城壁じょうへきの塔からアズニアぐん到着とうちゃくを待っていた。

「そうだな。兵をにつかせるように伝えてくれ」

「はっ」

 佐助は石の階段かいだんを駆け下りていった。

 ウェダリアの兵は、北の城門じょうもん北西ほくせい移設いせつされた真田丸に二千。北の城壁に三千の兵が詰めていた。


 アズニア国王こくおうダンジオが率いるニ万の大軍は、ウェダリアの北の平原に到着した。

「さて、ウェダリアをさっさと頂くとするか」

 ダンジオは言った。かたわらに丸顔まるがお坊主ぼうず大男おおおとこがいる。緑色みどりいろと銅を基調きちょうとしたではあるが細工さいくの細かい美しいよろいをまとっている。控えめではあるが気品きひんのあるその武具ぶぐに男の身分みぶんの高さが現れている。その大男が言う。

「ダンジオさま、昨日きのうにはかった出城でじろが北の城門の脇にできております。おそらくは、あれが『真田丸』かと」

「ほぉ……あれがね」

 シナジノア島で無敵むてきを誇ったジュギフの魔物一万をわずか三千の兵で打ち破る原動力げんどうりょくとなった真田丸は有名ゆうめいになっていた。ダンジオは、その石の貼られた灰色はいいろの柵を見て言う。

「たしかに、北部方面軍ほくぶほうめんぐんが来る前日ぜんじつには無く、その当日とうじつあさ突如とつじょとして現れた

と聞くが。それがあれか少し様子ようすを見るか。マサドラ、兵を休ませておけ」

 その大男に命じると、ダンジオはみずかうまを進め真田丸へと近づいていった。


「アズニア軍が来たってよ!またやってやろうぜ!」

「まったくだ!ウェダリアに勝てるとおもってんのかね!なめられたもんだ!」

 真田丸、城壁の持ち場に詰めている兵たちは口々くちぐちに言った。ジュギフに勝利しょうりしたことにより兵たちは勢い付いていた。だが、幸村は思っている。

(戦えば負けるだろう)

 真田丸も、ジンゴの言う通りなら機能きのうしないはずた。クロスボウの三段撃さんだんうちも、真田丸の強固きょうこな柵によって矢の装填時間そうてんじかん射手しゃしゅ安全あんぜん確保かくほされているからこそ機能する。柵が、置いてあるだけでは駄目だめだ。だが兵たちは、前回ぜんかいの勝利におごっている。クロスボウを持った兵たちは自信満々じしんまんまんであった。

 

 その真田丸の前、クロスボウの射程しゃていの少し外に、黒馬こくばに乗った男が一人進み出た。銀色にかがやく美しい鉄鎧てつよろいに紺地のマント。その大剣たいけんびた偉丈夫いじょうふがダンジオである。平民へいみんからおのれ才覚さいかくだけで一国いっこくうばった男は、ほかのを圧する空気くうきを持っていた。

 その姿に、軽口かるくちを叩いていた真田丸の兵たちも押し黙った。だが、少しして言う。

「おい、どうした!アズニアの大将たいしょう!ここまで来てビビってんのか!さっさと攻めてこい!」

「まったくだ、はやくしろ!何しに来やがった!さっさと攻めてこいよ!」

 口々にヤジりだした。幸村は、あえて言うにまかせている。

(これが真田丸か。たしかに柵は頑丈がんじょうそうにも見えるが……これにジュギフの魔物一万が破れたのか?それほどの物か?)

 ダンジオは、ヤジを聞き流し考えている。

(わからんな……そこまで、強固な施設しせつとも思えんが。しかし勝利したのは事実じじつ。少し時間じかんをとって情報じょうほうを集めてみてもよかろう。ウェダリアに急な援軍えんぐんが来るわけでもないしな)

 馬をゆるりと歩ませ、城壁、真田丸の様子を眺めるとアズニアの陣がある北の方向ほうこうへともどっていった。

「おいおい!げんじゃねーよ!かかってこい、コノヤロー!」

 真田丸の兵たちは、一斉いっせいにダンジオへと罵声ばせいを浴びせた。ダンジオは表情ひょうじょうひとつ変えずかえっていく。

 

 ダンジオが帰っていくと、アズニア軍は陣を築き休息きゅうそくする様子を見せた。

 ウェダリア兵の一人ひとりが軽口を叩く。

「幸村さま、あいつらビビってますよ!攻めてこないじゃないですか!何しに来たんですかね!」

「ふむ……」

 と、涼しい顔で幸村は応じる。だが内心ないしんは胸をなでおろしていた。

(ダンジオ、慎重しんちょうになってくれ。慎重に慎重に。こちらの準備じゅんびはハリボテだ……とにかく戦闘を始めることだけは止めてくれ)

 それが幸村の願いだった。

「佐助、ちょっと来てくれ」

 幸村は佐助を兵舎へいしゃ軍議室ぐんぎしつへとぶと、聞いた。

才蔵さいぞうとの連絡れんらくはとれているか?」

「はい、御館おやかたさま。大丈夫だいじょうぶです。どうも、あちらはあちらで色々いろいろきているようですが、連絡には問題もんだいありません」

「ふむ、そうか。わかった」

(このいくさは今、才蔵こそがかぎを握っている。頼む……)

 幸村は思っている。

「佐助よ。才蔵から何か依頼いらいがあったら、それを第一だいいちのことと考えてくれ。オレにも至急しきゅうつたえてくれ」

「わかりました」

 佐助は、強くうなずいた。


同日早朝───


 霧隠才蔵きりがくれさいぞうは、ダンジオの妹ナウロラの寝所ねどころに潜んでいた。

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