第三十三話 準備

 ウェダリア城に幸村ゆきむらもどると、ミラナが走って迎えに来た。

「幸村!連絡れんらくがとれないから心配しんぱいしてたわ!アズニアぐんがこちらに向かっていると連絡が入ったの。兵を急ぎ集めてるわ」

 幸村が留守るすの間、間者かんじゃたちから上がってくる情報じょうほうは、ミラナにも伝わるよう指示しじを出していた。

「なるほど……。ミラナどの、アズニア軍はいつごろ到着とうちゃくするとのことですか?」

明朝みょうちょうとのことよ」

時間じかんがありませんな。兵は?」

明日あすまでにはウェダリア城下じょうかから三千。今まで集めていた兵が二千。なので五千人は集まるわね」

「わかりました。兵の召集しょうしゅうはおまかせします。城下へ行ってまいります」

 幸村は、うまを飛ばしてウェダリア城下へと向かった。城下の中心地ちゅうしんちからすこし離れた、洒脱しゃだつ石造いしづくりの三階建の建物たてものについた。ドアを叩く。

「いますか?」

「ん、なんだ?小僧こぞうか。入れ。今、夕食中だ」

 長い白髪しろかみのやせた初老しょろうの男が出てくるとった。

 そこはウェダリア城南じょうなんにある出城でじろ真田丸さなだまる」を造ったジンゴのアトリエだった。


 ジンゴが玄関げんかんに出てきて言った。中に入ると、長方形ちょうほうけいの長テーブルに、ジンゴの弟子でしであろう四人よにんの男たちが座り、ともに夕食ゆうしょくをとっていた。

 簡素かんそ食事しょくじである。よく焼けた褐色かっしょくの小ぶりのパンがいくつかと、鳥を煮込んだ黄色きいろいコーンスープ。各々おのおの葡萄酒ぶどうしゅや、エール酒、お茶などの好みの飲み物を飲んでいる。

「小僧、メシは食ったか?食ってくか?」

 幸村は気を張っていたため分からなかったが、かなり腹が減っていた。言われて、それに気が付いた。

「ぜひ」

「うん、じゃ、用意よういしてやろう。いや、いい……ワシがやる」

 ジンゴは手伝おうとした弟子を手で制すと、自分じぶんでテキパキと幸村の食事を準備じゅんびする。暖炉だんろにかかっていた鍋から、木製もくせいの皿にスープをよそい、少し濁った使い込まれたギヤマンのグラスに赤い葡萄酒をつぐ。小ぶりのパンを三つ暖炉で軽く炙ると、白い陶器とうき小皿こざらに置く。それを幸村の前に並べた。

「ほれ、出来できたぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 幸村は言うやいなや、凄い勢いで食べだした。

「うん、武人ぶじんはメシを食うのが速くないとな」

 ジンゴは言うと、静かに食事をつづけた。

「パン、もっともらっていいですか?」

 さっさと皿のパンをやっつけると幸村は言った。

「お……おう」

 ジンゴはまたパンを炙ると幸村の皿においてやった。


「いや、ごちそうさまでした。ち着きました」

「それで、用事ようじはなんなんだ?」

 ジンゴは聞く。

「急で悪いんですけど、明日のあさまでに『真田丸』を城の外郭そとぐるわ北側きたがわに移したいんですよ」

「え……この時間からか?」

 ジンゴは弟子たちをた。弟子たちも見返した。ジンゴは腕を組みして唸る。

「うむ……今からじゃ、工事こうじするにも人足にんそくがあつまらんぜ」

「わかりました。うちの軍の兵を出すんで、もうし訳ないですがお願いします」

「どうした。何かあったのか?」

「アズニア軍が攻めてきてます。明日にはウェダリアの北に到着します」

「なっ!そうか!なら、なんとかしなきゃならんな……しかし問題もんだいがある」

「なんですか?」

「北のほうは地盤じばんが悪い。あのあたりは砂地すなちなんだ。あの南にあるさくって行って建てることはできるとはおもうが、防御力ぼうぎょりょくは知れてるぜ。戦闘せんとうになったらあてにならんぞ」

「そうですか……わかりました。でも、お願いします。とりあえず北の城門じょうもん北西ほくせいのほうに建てちゃってください」

「そうか、わかった。じゃ、り掛かろうか。代金だいきんはあとで城に請求せいきゅうさせてもらうぞ。弟子たちの給金きゅうきんも払わにゃいかんしな。あと人数にんずうが足りんから兵をすぐよこすのを忘れんでくれ」

 ジンゴは幸村に向けていた視線しせんを弟子たちをに移し、

「よし、おまえら!いくぞ!」

 と立ちあがり、弟子たちを連れて南の平原へいげんへと向かった。


 幸村は城に戻ると、南の平原にいるジンゴたちの元に急ぎ工兵こうへいを送った。

 そのまま、足早あしばやにミラナの執務室しつむしつを訪ねる。

 アズニアで捕らえられた経緯けいいと、ダンジオ公がウェダリアに対する領土的野心りょうどてきやしんを持っていたことを伝えた。

「そういうことか……」

 ミラナは物憂ものうげに言った。

「ウェダリアの鉱山こうざんがおもな狙いのようです」

(ついでに女王じょうおうもいただくと言っていたが……確かにな、美しいおなごよ)

 蝋燭ろうそくの明かりに照らされほのかに光るミラナの白い肌を見ながら、幸村は思う。

「幸村、アズニア軍は人間にんげんの軍とはいえニ万の大軍たいぐん。戦える?」

さくはあります。なんとかやってみますよ。では行ってまいります」

「お願い」

(バケモノどもの次は野心家やしんかか。ミラナどのの色香いろかに引き寄せられているわけではなかろうが、なんとかして差し上げねばな)

 幸村はミラナのもとを立ち去った。

 

「なに?幸村にげられた!?」

 行軍中こうぐんちゅうのダンジオは、アズニア城からの使いの報告ほうこくをうけて苦々にがにがしい表情ひょうじょうを浮かべた。

(チッ、計画けいかくが狂ったな。どうするか……)

 ダンジオは思案しあんしだした。だが、その思案はすぐにわる。

(こちらの兵力へいりょくはウェダリアの三倍から四倍。幸村が戻ったとはいえ問題なかろう。押し切れるはずだ。抵抗ていこうするなら容赦ようしゃせん)

 諜報ちょうほうによってウェダリアの兵力は、ほぼ把握はあくしていた。

「わかった。さがれ」

 ダンジオは馬上ばじょうから使いの者に言うと、そのまま行軍こうぐんつづけた。

 目的地もくてきちであるウェダリアの北の平原には、翌日よくじつには到着できるはずだ───

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