第二十八話 もう一人の男

「おい、才蔵さいぞう!」

 幸村ゆきむらは、羽根帽子はねぼうしの男にこえをかけた。

 男は、ゆっくりと幸村のほうをる。

霧隠才蔵きりがくれさいぞう……だよね?」

 幸村は、もう一度言った。

 羽根帽子の男は、あごに手をやり首をひねる。

「はて、私はキリー・ガクレル三世さんせいもうすもの。霧隠才蔵?人違いではござらんかな……」

 すっと前を向いて、びかけた娘に片手かたてを上げた。

 幸村と佐助さすけ、顔を見合わせる。

「あれ、他人たにん空似そらにですかな?」

 と佐助がう。

 すると、羽根帽子の男は、こらえ切れぬように笑い出した。

「……プ……アハ……アハハハハ!オヤカタさま!佐助さん!何やってんですか、こんなとこで!」

「うん……才蔵だよな。やっぱり……」

 幸村が言った。

 キリーと呼ばれた男は、幸村とともに大坂おおさかの陣で戦った忍者にんじゃ、霧隠才蔵であった。

「おまえも『ここ』に来たのか」

 佐助も言った。

「ちょっと連れを待たせてるんで、少し待ってください。すぐ来ますよ」

 才蔵は、奥のせきにいる女のところへ歩いて行った。


 佐助が言う。

「あいつも『こっち』に来たんですね。相変あいかわらずの洒落者しゃれものですな」

「ふむ、無事ぶじなのかどうかはよくわからんが、とりあえず再会さいかいできてかったな」

「しかし、あいつの連れの女、だれですかね。気品きひんがあるし身なりも良い。」

 佐助は、才蔵のはなししている女を見て言った。肩まである明るい赤い髪に、意志いしの強そうなすこし吊り上がった目をしている。赤と黒を基調きちょうとしたラフであるが仕立ての良いふくを着ている。身に着けている金の装飾品そうしょくひんは、控えめではあるが上品じょうひんな品である。背はそれほど高くないが、華がある。

「ふむ、どこぞの貴族きぞくの娘だろうか?」

 幸村は言った。


 少しして、才蔵が幸村たちのところへもどってきた。

「いやもう、オヤカタ様と佐助さんに話したいことがいっぱいあるんですよ。もうオレも、ほんとうに大変たいへんだったんですよ」

「そうなのか?身なりも良いし、苦労くろうしてるようにも見えんぞ?」

 幸村が言うと、才蔵はかぶりを振った。

「いやいやいや……ほんと大変で。どこから話せばいいかな……そうそう、大阪の陣でオレも徳川方とくがわがた鉄砲てっぽうに囲まれて撃たれたんですよ。死んだかな?とおもったら『ここ』に来てて。浜辺はまべに倒れてたところを漁師りょうしが助けてくれたみたいなんです。しばらく世話せわになってたんですが申し訳ないし、いつまでも居るわけにもいかないじゃないですか」

「ふむ」

「でも、この世界せかいで女にうける服がなにかとか全然ぜんぜんわからないんですよ」

「はぁ?」

 幸村は、才蔵の言ってることの飛躍ひやくについて行けずに言った。

「ですから、オヤカタ様。漁師の人たちにいつまでも世話になってるのもわるいじゃないですか?で、出るためには世話してくれる女を見つけるしかいと思ったんですが、とにかく服装ふくそうもなに着ればいいかわからないし、街のどこにいけばいいかもわからないし。ほんと、苦労したんですよ。名も、こっち風にキリー・ガクレルと名乗なのったりね」

「うむ……そうか……サスガだな。そういう発想はっそうがあるのか……。佐助は兵舎へいしゃにころがりこむし、才蔵は女の家か……我が家中かちゅうの者たちは、たくましいな……うん」

 幸村は、しきりに感心かんしんしている。思い出したように言う。

「そうだ、才蔵。我らは今、ここから南の国ウェダリアのぐんまかされている。おまえも居れば心強い。来ないか?」

「え……あの魔物まもの軍勢ぐんぜいに勝ったってとこですよね。なるほど……オヤカタ様の仕事しごとですか。合点がてんがいきましたよ。こっちではウェダリアはわりだって話でもちきりでしたよ。そうか、オヤカタ様でしたか……」

 才蔵は、うなずくと言う。

「またオヤカタ様と仕事するのは楽しそうですね。ぜひやりたいんですが、ちょっと時間じかんもらって良いですか。いろいろと身辺整理しんぺんせいりがありますんで」

 才蔵は奥の席からこちらを見ている女に、軽くて手を振った。幸村が言う。

「うん、そうか。わかった。かたづいたら訪ねて来てくれ。我らは数日すうじつアズニアにいるよ。明日あすはアズニア王ダンジオ公を訪ねるよ」

「ダンジオ公のところへ……そうですか……」

 才蔵は、少し含みのある表情ひょうじょうをして言った。

「ん、何かあるのかね?」

「いえ、いいんです……。わかりました。おふたりは隣の宿ですね?では失礼しつれいします。また近いうちに」

「あぁ」

 才蔵は、奥の女の席に戻っていった。

 佐助が言う。

「才蔵のヤツ、何か言いかけましたが……」

「うん、なんだろうな。まぁよかろう。明日に備えて宿に戻るとしよう。明日はアズニア王に合わねばならんしな」

「そうですな」

 幸村と佐助は、才蔵に手を振り別れをげると、宿へと戻った。


 その翌朝よくあさ

 幸村は宿の男に、いくばくかの銀貨ぎんかを渡し

「城の者にウェダリアの使者ししゃ真田幸村さなだゆきむらとその家臣かしん午後ごごに訪ねることを伝えてくれ」

 と頼むと、佐助とふたり身なりを整えアズニア城へと向かった───

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