第二十七話 北の城塞

 幸村ゆきむら佐助さすけがアズニアへ到着とうちゃくしたのは、数日後すうじつごよるだった。ウェダリアからさらに北上ほくじょうしたためか、少し肌寒はだざむく感じられる。

 アズニアは半島はんとう突端とったんに街があり、その北側きたがわは大きく海に面している。それゆえに地上ちじょうからは、南側みなみがわからしか攻めることの出来できない。シナジノアでも屈指くっし難攻不落なんこうふらく都市としである。

 その南側には、非常ひじょう強固きょうこ城壁じょうへきが築かれている。

 

「いやいや御館おやかたさま、これは立派りっぱな城壁ですな。どうも聞くところによると、シナジノアの歴史上れきしじょう、いまだアズニア城をした者はいないというはなしです」

 佐助はった。

「ふむ、さもあろう。これは要害ようがいの地だな」

 幸村はうまを進めた。

 二人ふたりはその城壁の門より市街地しがいちへと入った。

 すでに日も落ちていたため、アズニア城への訪問ほうもん明日あすにして、宿をとることにした。


「御館さま、とにかく腹が減りましたね」

「まったくだ。はやく飯にしよう」

 幸村と佐助は、アズニアの目抜めぬき通りを北上する。その道から西に折れた少し狭い道に、暖かな光を発する店をつけた。看板かんばんには「水晶の森林亭」とある。

 幸村の目に止まった。

「どうもあの店がいような気がするな」

「行ってみましょうか」

 幸村と佐助は、そちらへと馬をすすめる。店の前につくと、中はたいへんな賑わいだ。その様子ようすを見て、幸村は満足まんぞくげにうなずき言う。

「これだけの繁盛はんじょうならば、うまい店に違いなかろう」

「そうですな。宿についても聞いてみましょう」

 おさげ髪の娘がいそがしそうに働いている。佐助は店にはいると、その娘にこえをかけた。

「すまん。宿を探してるんだが、このへんにあるかね?」

「あら……旅の冒険者ぼうけんしゃさん?ここは宿のレストランなんです。となりが宿になっていてお泊りになれますよ」

 娘は答えた。

「お、それはありがたい。御館さま、ここにしますか?」

「うん、そうしよう」

 佐助と幸村は隣の宿に部屋へやをとると、「水晶の森林亭」へと食事しょくじに向かった。


 店につくと、さきほどと変わらずかなりの賑わいだ。恰幅かっぷくのよい女将おかみが、店の奥から声をかけてきた。

何人なんぴと!?」

「二人です!」

 幸村は答える。

「そこ座って!」

 女将はいった。店の入り口近くのカウンターが二席空いている。店内てんないはほぼ満席まんせきだ。幸村と佐助は、そのせきについた。

「何にします?」

 店の娘が、ハキハキした口調くちょう注文ちゅうもんりに来た。

「エール酒ふたつ。あと、ここの名物めいぶつは何かあるかね?」

 幸村は聞いた。

 娘は、首をかしげてすこし考えた。左右そうに分けて結った髪がゆれる。

「えっと、そうですね。うちの店でよく出るのは焼き物ですね」

「ふむ、焼き物ね。じゃ、それをいくつか頼むよ」

「はい、わかりました。おかみさーん、注文はいりますー!」

 娘は言った。

「なにか肉か魚ですかね」

 佐助は言った。

「そうだろうな」

 幸村は応える。

 女将が、大きな木製もくせいのコップに入ったエール酒をってきた。

「はい!お待ちどう!今日きょうついたの?見慣れないけん、差してるわね。冒険者かい?」

「いえ……まぁ……仕事しごとで」

 幸村は、あいまいにこたえる。

「そう!ゆっくりしててってね!」

 女将は体をゆらして立ち去っていった。

「しかし器がでかいな!では、とりあえずアズニアまでの旅、おつかれさん」

 幸村と佐助は、乾杯かんぱいすると、一気いっきに飲み干した。

「……うん、うまい……」

「うまいですね、御館さま。このエールというのは、また日ノ本のにごり酒とも違った泡ですな」

「うん……腹減ったなー。焼き物まだかな」

 幸村はぼんやりと店の奥に視線しせんをむけて言った。


 そこに女将が、湯気ゆげののぼる大皿おおざらを二つ持って、のしのしと歩いてきた。その大皿が、幸村と佐助のまえに勢い良くおかれた。

「はい!焼き物!当店名物、アズニアトカゲの姿焼きだよ!!」

 トカゲの大きさは大人だいにんの二の腕ほどあろうか。元は鮮やかな黄緑色だったとおもわれるが、焼かれてところどころ焦げている。焼く際に塗られた油でテカテカと光り、トカゲの形が残ってはいるが、匂いは香ばしく食欲しょくよくをそそる。

今朝けさ岩山いわやまでとれたばかりの新鮮しんせん素材そざいだからね!味は、このアズニア特産とくさん岩塩がんえんで食べてちょうだい!」

 女将は、オレンジ色の岩塩の塊を右手ゆうしゅに持つと、おろしにかけて岩塩の粉をトカゲに振る。

 そしてまた、忙しそうに恰幅のよい体をゆらして厨房ちゅうぼうへともどっていった。


「これは……なかなか……見た目は、よくないですな」

 佐助は言う。

「とはいえ、美味びみそうではないか。どういうわけか、こっちに来てからトカゲとは縁がある。どれ」

 言うやいなや、幸村は脚をむしりとり、パクリと食べた。

「む!……これは!……美味い!……うん……かなり……美味い」

 幸村は、瞬く間に脚を一つ食べると、次の脚をむしり食べだした。

 無言むごんである。

 無言で次々つぎつぎと、黙々と食べている。

「お!それほどですか!?」

 佐助も食べてみる。

「う!……これは!……たしかに!……美味い!……かなりの……美味さ」

 佐助も無言で、次々に食べだした。


 少しすると、二人の大皿が空になった。

「いや、これは美味かったな……」

「落ち着きましたね、御館さま」

「うん……いや、オレはまだ落ち着かん。もう一皿たのむよ」

「え!まだ食べるんですか!」

「うん、食えるときに食っとかないとな。女将、もう一皿持って来てくれるかね?」

 幸村が言うと、女将はおどろき目を丸くした。

「えぇ!もう一皿!?一人ひとりで二皿食べる人なんて、めったにいないよ!焼いてくるからちょっと待ってな」

 女将は奥へと引っ込んでいった。


 二皿目は出てくると、幸村はまたあっという間にたいらげた。

 佐助は、エール酒片手に店内を眺めている。その視線が、奥のテーブルに一人座っている華やかな赤毛あかげの女で止まっている。

「佐助ごのみの女かね?」

「あ……いや……そういうわけでは……まぁ……」

「大阪の陣から、この前の魔物まものたちとのいくさまで働きずめだったからな。佐助も落ち着いたら嫁をとればよかろう」

「フフフ……そうですなぁ。こんな異国いこくの地で、御館さまに嫁をとれと言われるとは。御館さまはどうなされる?この地で嫁をとられますか?」

───なら幸村、婿むこにくる?

 幸村の脳裏のうりに、ミラナに言われた言葉ことばがよぎる。 

「え……あぁ……うん……どうかな……アハハ」

 苦笑くしょうした。

 

 その時、店のとびらが開いた。

 そこには、黒い大きな羽根帽子はねぼうしをかぶり、黒い外套がいとうをまとった長身ちょうしんの男が立っていた。整った顔立ちをしている。だれかと待ち合わせしているのだろうか、店の中を見回す。

「キリー!こっちよ!」

 佐助の見ていた赤髪の女が、その男にびかけた。

 

 そのキリーと呼ばれた男を佐助は見る。

 佐助の表情ひょうじょうが、凍りついた。

 その表情に気が付いた幸村も、キリーに目を向けた。

「あっ!!」

 幸村は、思わず声をあげた───

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