第二十六話 北国アズニア

 ジュギフ北部方面軍ほくぶほうめんぐん撃退げきたいしてから一週間後。

 晴天せいてんの下、ウェダリア南の平原へいげんにて兵たちはやりを振るっていた。幸村ゆきむらはそれをるともなく眺めている。魔物まものたちにとって凄惨な戦場せんじょうとなったその平原は、すっかり片付けられていた。

「幸村さん!槍の訓練くんれんわりました。今日きょう午後ごごはどうしますか?」

 ダニエルがった。

「うん、そうだな。今日は午後は休みにしよう。明日あすから非番ひばんになる者たちがおおかろう。かえ支度したく時間じかんにするように伝えてくれ」

「わかりました!みんな午後は休みだ!非番になる者は家に帰る支度をしてくれ!」

「オォー!」

 兵たちがよろこ歓声かんせいを上げた。

御館おやかたさま、ダニエルのヤツ、この前の活躍かつやく一目置いちもくおかれるようになりましたな。父親ちちおやのやっていた役目やくめ立派りっぱにこなしておるではないですか」

 佐助さすけが幸村に歩みよると言った。

「フフ……そうだな。オレと同じだよ。オレも兵たちに信用しんようされてなかったからな」

「まぁ、何はともあれ勝って安心あんしんしました」

「まったくだよ。サスガに疲れたよ」

 幸村は、腕を上げ伸びをした。明日より三千の兵のうち二千人は、非番となり家に帰る。

「ジュギフ本軍ほんぐんというのもいるらしいから油断ゆだんはできんが、すこし休もう。佐助も休め」

「それがなかなか。諜者ちょうじゃたちの教育きょういくをもっとせねば、安心して休めませぬ」

「アハハハ、忍びの者たちは勤勉きんべんなことよ」

「そうかもしれませんな。そう、忍びと言えば、才蔵さいぞうはどうしたんですかな。徳川とくがわに討たれましたかな?」

「うむ……霧隠才蔵きりがくれさいぞう……あれほどの忍びが、おいそれと討たれるとはおもえんがな……あのいくさだ。死んだかもしれんな」

「そうですな……」

 佐助は青い空のつづく南の地平ちへいをながめて言った。

「幸村さん!佐助さん!とりあえず昼飯ひるめしにしませんか?」

 兵たちに指示しじをだしていたダニエルが言った。

「うむ、そうしよう!」

 幸村は言うと、兵舎へいしゃのある城の方向ほうこうへと向かった。


 午後は休みだ。昼食ちゅうしょくをすますと、幸村はひとりウェダリア周囲しゅうい散策さいさくへと出た。まだあまり訪れたことのない、城の東側ひがしがわ。アラニ川へとうまをすすめた。

 アラニ川はウェダリア市街しがいを囲う城壁じょうへきの東側にある。軍事ぐんじにおいては天然てんねんの堀であるが、農業用水のうぎようようすうとしても使われていて川にそって、ぶどう畑がつづいている。

 このぶどうから造られる葡萄酒ぶどうしゅは、川の東側である「右岸うがん」と西側にしがわの「左岸さがん」で風味ふうみがことなり、ウェダリアの酒通さけつうの間ではその味の違いと、今年こんねんのぶどうの出来でき話題わだいとなることも多い。

 そのアラニ川流域を見に来た。興味本位きょうみほんいである。

(「転生てんせい」してきた時、俺は川の近くの葡萄畑に倒れていたと聞いたが、このへんであろうか?)

 幸村は、川沿いの葡萄畑を見まわす。その畑に農作業のうさぎょうをする若い娘がいた。小柄こづかな体でテキパキと仕事しごとをこなしている。木漏れ日が彼女かのじょの動きを、美しく照らしている。

 幸村は、こえをかけてみた。

「どうですか、ぶどうの出来は?」

「あ、これは幸村さまですか!えぇ、今年はいできだと思います。まだ5月ですから収穫しゅうかくにははやいですが、秋には良いぶどうができると思います。この畑は、お酒にする葡萄ぶどうを作ってるんです。新酒しんしゅができたら、お城におちしますね!」

 娘は幸村に笑いかけた。

「そうですか。楽しみにしています。では」

 言うと、幸村は馬をゆるりと歩かせる。

 天気てんきもよく晴れ、のどかである。


 そこに、城から馬を飛ばしてくる者があった。佐助である。

「御館さま!姫さまがおびです。急ぎ城に来て欲しいとのこと」

「そうか。すぐ行こう」

 幸村は、佐助とともに城へと向かった。


 城に着くと、幸村はミラナの執務室しつむしつをたずねた。ドアをノックする。

「幸村です。お呼びですか?」

「えぇ、入って」

 幸村はドアを開けると部屋へやに入った。

 ミラナは眼鏡めがねをかけ、なにやら書き物をしている。手紙てがみ返事へんじをしたためている。

「ミラナどの、なにかご用ですか?」

 ミラナは手紙を書く手を止めると、額にかかった黄金色こがねいろ前髪まえがみをなおす。

 幸村に視線しせんを移すと言う。

「えぇ。いま返事を書いているのだけど、西の国ナギアから援軍えんぐんを求める文が来たの。ただ我が国には援軍を出す余力よりょくいから、心苦しいけど断るしかなくて」

仕方しかたありませんな」

 幸村はうなずく。

 ミラナは眼鏡を上げると言う。

「幸村も知ってると思うけど、ナギアはガイロクテイン侯爵率いるジュギフ本隊ほんたいと戦ってるの。だけど連戦連敗。きっと、もう時間の問題もんだいね……」

「ナギアは敗れますか?」

「そうなると思うわ……ナギア王はきっと殺されるわ。そしてナギアを制圧せいあつしたあとは、きっとウェダリアに来るはずよ」

「ふむ……」

 二人ふたりの間に沈痛ちんつう空気くうきがながれる。

 幸村は言う。

「さて……弱りましたな。ジュギフ本軍の魔物たちは四万とも五万とも言われている。北部方面軍にはなんとか勝ちましたが、こちらは数千。このままではどうにもなりませんな」

「そう、そこで考えがあるの。北国ほっこくのアズニアよ」

「あの援軍に来なかったとこですね」

 ミラナはうつむいた。

「……そうなの……」

 そして彼女は、ふいに顔を上げた。

「幸村、聞いて!もう!あたま来ちゃう!どうなってるのかしら!なんで援軍を送って欲しいって私の手紙を無視むしするの!一通いっつうも返事無いのよ!アズニアは一番北にある国でジュギフぐんとはまったく戦ってないのに!その上、うちの国とは長年ながねん同盟関係どうめいかんけいにあるのよ!」

 ミラナは、突然怒りだした。ほほをプーっとふくらませている。その娘らしい怒りようが、幸村には可笑しかった。

「アハハハ。ミラナどの、そう怒っても仕方ありますまい。たしかに不誠実ふせいじつ対応たいおうですがね」

「これを怒らずにいられる人なんているの!?もう!なんのための同盟どうめいなのよ!」

 ミラナはまだ怒りがおさまらないようだが、気をり直してつづける。

「でもアズニアは今、とても重要じゅうような国なの。ガイロクテイン侯爵こうしゃくの本軍に対抗たいこうするには、アズニアの兵力へいりょくがどうしても必要ひつようだわ。アズニア国王こくおうダンジオさまにあてた文を書きました。幸村には使者ししゃとして、アズニアへこの文を持って行ってもらいたいの」

「わかりました。では参りましょう。早いほうが良いですな。今日には出ます」

「お願いね」

 幸村はミラナのその言葉ことばを聞くと、うなずき部屋を後にした。

「御館さま、姫さまのご用は何でした?」

「北に行ってくれとのことだ。佐助、一緒いっしょに行こう」

面白おもしろそうですな、行きましょう」

 幸村は支度をすると、佐助とともに馬を北へと走らせた。


 一路いちろ、アズニアへと向かう───

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