第二十五話 ふたり

 よるには、街中まちじゅうお祭りさわぎだ。

 城でも、兵舎へいしゃでも祝勝会しゅくしょうかい

 街のレストラン、酒場さかばでも市民しみんたちがジュギフぐんへの勝利しょうりを祝い、杯を上げた。

 

 城の広間ひろまでの祝勝会に幸村ゆきむらは出ていた。

 見事みごと食器しょっき豪華ごうか料理りょうり。ギヤマンのグラスに赤い葡萄酒ぶどうしゅが注がれる。

将軍しょうぐん!お見事な戦いでした」「将軍!」

 ウェダリアの貴族きぞくやその夫人ふじん、金持ちの商人しょうにんたちに、幸村は次々つぎつぎこえをかけられる。

 ミラナも次々に身なりの客人きゃくじんたちから声をかけられ、応対おうたいいそがしそうだ。

 幸村は、しばらくその騒ぎにつきあっていたが、辟易へきえきして庭へ出た。

 月明げつめいかりと夜風よかぜ心地しんちよい。

 幸村のきた方向ほうこうから、女の影が近づいてきた。

「あら、幸村」

 ミラナだった。

「ミラナどのか」

「お客さんの相手あいても疲れちゃったから、少し休憩きゅうけいしにきたの」

「そうですか」

「貴族や、商人のみなさんには、戦費せんぴ協力きょうりょくしてもらってるし、王家おうけとしてはちゃんとおもてなししないといけない皆さんなのよね。けっこう女王じょうおうもたいへんなのよ」

 ミラナは笑った。

「そうですよね。お若いのに大変たいへんだ」

 幸村も笑みを返す。

「やぐらの上から戦いをてたわ。あんな戦い方、聞いたこともないって皆がってたわよ。あのクロスボウの……」

三段撃さんだんうちですか?」

「そう、そう。あれは考えていたの?」

「そうですね。やろうとおもってました。あれは日ノ本で織田信長おだのぶながという先人せんじんが考えられた方法ほうほうです」

 幸村は答えた。

「日ノ本で昔、長篠ながしのの戦いという合戦かっせんがあったんです。そのとき鉄砲てっぽうをあのように三段構さんだんがまえで入れ替えることによって火網ひあみをはり、日ノ本最強といわれた武田たけだ騎馬軍団きばぐんだんを打ち破ったのです。どうやら鉄砲はウェダリアにいようでしたので、クロスボウで代用だいようする方法を考えました」

 ミラナは、きょとんとした目で幸村を見てる。

「すみません、良くわからないはなしでしたよね……」

「いえ、いいの。いろいろ考えてくれてたのね」

 ミラナは言った。


 二人ふたりの間に沈黙ちんもくがおとずれた。

 夜風がながれる。

 

 少しして、ミラナが口を開いた。

「幸村、本当ほんとうにありがとう。この街もわると思ってたわ。なにかお礼の品を上げたいけど……我が家に古来こらいから伝わる魔剣まけんがあるわ。あれをもらってくれる?」

「え!あの魔剣のことですか!?私もあれが、この世界せかいでどれほど価値かちのある品か知ってますよ!いただけませんよ、大切たいせつ家宝かほうではないですか。王家で、ちゃんとお守りください」

「そう……王家で……」

 ミラナの髪が、夜風になびいている。少しうつむき考えると、微笑みを浮かべ た。

「なら幸村、婿むこにくる?そうすれば、あの魔剣も上げられるしね」

「え!?ム、ムコ!?!?!?」

「そうよ。ダメなの?」

 幸村はおどろき、しどろもどろにこたえる。

「え!?いや!あの!ですね……見た目はたしかに若返ってしまったのですが、実年齢じつねんれいは、けっこう離れておりますし……きっとミラナどのとは三十歳くらい離れてると思うんですが……」

「そうなの?若く見えるのにね。あたしは気にならないわ」

「あの!それにですね!日ノ本にはですね……その……つま」

 幸村が言いかけると、どやどやと数人すうにんの男たちの影が近づいてきた。

「将軍!やっと見つけましたよ!!」

 ともに戦ったウェダリアの兵たちであった。

「お!小僧こぞう!いたか!探したぞ!勝ったな!ワシのおかげだな!」

 ほろ酔いの初老しょろうの男が、ぶどう酒のグラスを片手かたてに兵たちの後からついて来た。ぶどう酒を一口いっこうあおると言う。

「こっちの広間の飲み会のほうが、よい酒がでてるな。このテロワール、アラニ川左岸のぶどうで造られた高級酒こうきゅうしゅにちがいない。お…おぉ…このれた子犬こいぬのような香りは……」

「ジンゴさん、ちょっともう。こっちの広間の酒宴しゅえん賓客用ひんきゃくようなんですよ」

 幸村が言った。

 そこに兵たちが割って入る。

「将軍、兵舎の呑み会にも来て下さいよ!みんな将軍と呑みたいって言ってますよ!んでこいって、うるさくて!ほら、一緒いっしょ大食堂だいしょくどうに行きますよ!!」

 兵たちとジンゴは、幸村をひっぱって強引ごういんに連れて行く。

 幸村は振り返り

「すみません、ミラナどの!失礼しつれいいたす!」

 と言うと、連れ去られていく。

「フフ、いってらっしゃい」

 ミラナは笑って手を振った。


 幸村と男たちが去り、城の庭には静寂せいじゃくがおとずれた。

「はぐらかされちゃったかな───」

 ミラナは月を見上げて、つぶやいた。


「月か………」

 血まみれのダークエルフは、意識いしきりもどした。月の明かりが彼を静かに照らしている。

 自分じぶんの体を見る。

 数多すたくの矢が突き刺さっているが、運良く急所きゅうしょを外れている。

「……クッ!………グ!………」

 動くのに邪魔じゃまな矢に手をかける。

 激痛げきつうが走る。

 だが声を出すわけにはいかない。

 目立てば、何がきるかわからない。

「ク!…グ!!……グフ!!!!」

 声を噛み殺して、何本なんぼんかの矢を引きいた。

 まわりを見回す。かつて仲間なかまであった、だが今は動かない肉塊にくかいがたくさん転がっている。

 動くものの気配けはいは無い。

 静かに立ち上がった。

 なんとか歩ける。

 怪我けがをかばいながら歩く。

げなければ……!」

 一歩一歩、なんとか進む。

 巨大きょだいなオークの亡骸なきがらが目に入った。

「ガズマス……か」

 つぶやく。

(どうせいつかオレが暗殺あんさつしていた。ざまないわ)

 ダークエルフは思う。

 だが、今はそれどころではない。

 一歩一歩が苦しく、痛みが走り、体力たいりょくうばわれ息があがる。

はやく、どこか安全あんぜんなところへ……)

 棒立ちのうまが、立ち尽くしていた。騎兵きへいが乗っていたものであろう。ち主だった者は転がる亡骸の中のどこかにいるのだろう。

(まだ運がある)

 馬をやさしく撫でると、またがった。


 そして、そのダークエルフは、何処いづこかに向けて馬を走らせていった。

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