第二十四話 報告を受ける

 その男は、おそろしげな鉄の面頬めんぽおの下から厳しい視線しせんを目の前の戦場せんじょうに向けていた。あでやかに黒光りする美しい鎧兜よろいかぶとを身にまとい、こしには豪奢ごうしゃ黄金おうごん細工さいくがほどこされたサーベルを差している。しずかにう。



「ナギアのヤツらは、いくさを知らんな」

 その男の目の前には、ナギアの数万人の大軍勢だいぐんぜい展開てんかいしている。

「ガイロクテイン侯爵閣下こうしゃくかっか、ご命令通りリザードマンと騎兵きへいを、敵の背後はいごに回りこませました」

 うまに乗ったダークエルフが男に近づくと言った。

 ガイロクテイン侯爵こうしゃくばれた黒いよろいの男はうなずいた。

 彼の率いる魔物まもの軍勢ぐんぜいも、ナギアぐんとほぼ同数どうすうであろうか。ひとかたまりに平押しに押してくるナギア軍の攻撃こうげきをささえていた。そのナギア軍後方に今、緑色みどりいろに光るリザードマンたちとオークの騎兵たちが回りこんだ。

 次々つぎつぎにナギア兵の背後から斬りつける。不意ふいに背後を突かれ、ナギア軍は混乱こんらんした。遠くで人間にんげん悲鳴ひめいが聞こえる。

鶴翼かくよくに。包囲ほういしろ」

 侯爵が言うと、魔物の軍勢はの命に従い、ナギア軍を支えていた本隊ほんたい半円はんえん陣形じんけいを作る。背後から回りこんだ、騎兵、リザードマンと連携れんけい完全かんぜんに包囲した。

「あとは、おもうままにせよ」

 侯爵は言った。

 圧倒的あっとうてき有利ゆうりな陣形を作りあげたジュギフの魔物たちは、全方位ぜんほういから攻撃を開始かいしした。完全に包囲されたナギア軍も、なんとか反撃はんげきを試みる。だが陣形の側面そくめん、背後いたるところから魔物たちの強力きょうりょくな攻撃が浴びせられる。

 たちまちに戦闘せんとうとは言えない、一方的いっぽうてき虐殺ぎゃくさつが始まった。遠くで人間の悲鳴が聞こえる。

「まったく、これだけの軍勢をもっていても兵の動かし方ひとつ知らんとはな。無能むのうな王たちよ」

 ガイロクテイン侯爵は、冷たい目でその光景こうけいて言った。

上様うえさま

 そこに色鮮やかでみやび衣装いしょうを身にまとった人物じんぶつが、馬を寄せ呼びかけた。

 ガイロクテイン侯爵は、ゆっくりとそちらに視線を向ける。

 その人物、女なのか男なのか判断はんだんしかねる顔立ちと服装ふくそうであった。年齢ねんれいも若くはなさそうであるがくわからない。ただ美しい顔をしている。魔力まりょくあわい光をたたえる水晶玉すいしょうだまをのぞきこみ言う。

「どうやらガズマスとザクマが倒されましたな。北部方面軍ほくぶほうめんぐん壊滅かいめつです」

「ほぉ、壊滅か」

 ガイロクテイン侯爵は、ふたたびナギア軍をなぶり殺しにしている魔物たちに視線を向けると言う。

面白おもしろい」

 侯爵の眉間みけんに、大きなシワがきざまれた。あきらかに不愉快ふゆかいそうである。だが、再び言う。

「面白い……オレの采配さいはいもうまくいかない時もあるが、失敗しっぱいは久方ぶりよな。ウェダリアへの侵攻しんこうは失敗した。ということであるか?ランよ」

「はい、そのとおりです」

「そうか……何故なにゆえやぶれた?北部方面軍は武将ぶしょう、兵ともに実力じつりょくのある者たちだ」

「よくはわからないのですが、ウェダリア軍は経歴不明けいれきふめいの武将が指揮しきをとっているという報告ほうこくがあります。この男が原因げんいんかと」

「ほぉ、経歴不明。どういうことであるか?」

「どうやら『転生者てんせいしゃ』のようです」

「そうか………転生者ね………フフ……」

 侯爵、うすく笑った。

「まぁ良い。ランよ、情報じょうほうを集めよ。今回こんかい敗北はいぼく経緯けいい、我が軍の損害そんがい、そしてその『転生者』についてな」

御意ぎょい。ではさっそく」

 ランは馬を飛ばしそのを離れた。

 侯爵は、血に染まった凄惨な戦場を見つめ

「転生者か………」

 と一人ひとり、つぶやいた。


 昼に始まった北部方面軍との戦いは、おどろくほどの勝利しょうりわった。

 ウェダリアの圧勝あっしょうと言って良い。

 夕刻ゆうこくにさしかかり、西に太陽たいようが傾く。すこし風がでて来た。

 魔物たちの亡骸なきがらを、夕日ゆうひが赤く染める。

 戦場となったウェダリアの南の平原へいげんには、すでに動く魔物の姿はい。魔物たちはおおくがげ去り、また多くが討ち倒された。


「なんとか終わったな………」

 その戦場を、幸村ゆきむらはながめている。なんとか勝った。

 幸村の赤揃あかぞろえの鎧を、夕日がさらに赤く染めている。

御館おやかたさま、終わりましたな。城に引きあげましょうか」

 佐助さすけこえをかけた。

「そうだな。かえるか」

 幸村がこたえた。

 その幸村の横にはもう一人、呆然ぼうぜんと戦場だった平原を見つめる男がいた。

「ダニエル、帰るぞ」

「……はい……」

 ダニエルは幸村のほうを見ると、うしろについて歩き出した。


 幸村を先頭せんとうに、城壁じょうへきの門から兵たちが入場にゅうじょうする。

 すると大きな歓声かんせいこった。

「よくやった!」「お見事みごとです!」「よくぞ勝ってくれた!」

 城へとつづく道ぞいに女子供おんなこども老人ろうじんがでてきて歓声をあげ拍手はくしゅしている。うしろを歩いていたダニエルを、佐助が幸村の横に連れてきた。

「ここを歩け!大将首をあげた英雄えいゆうだ!!」

 佐助がダニエルの背中せなかをたたいた。ダニエルは苦笑くしょうする。

「お前が、まさかあの巨大きょだいなオークを倒すとはな。思いもしなかったよ」

 幸村はダニエルに言った。

 ダニエルは、しばらく黙って歩いていた。

 口を開いた。

「……幸村さん」

「ん?」

「あの……オレは思うんですよ。オレがもっとしっかりしてたら、オヤジは死なないですんだんじゃないかって……」

 幸村も黙った。

 少し視線をとして考えると、言う。

「そうだな。後悔こうかいしてもしきれん事はあるよ。だが、おまえはそれをバネに今やれることを全力ぜんりょくでやった。そしてそれは、たまたまかも知れぬが成功せいこうした。それで良い」

 幸村は視線を上げダニエルを見ると、つづける。

「失敗したとしても、おまえの今日きょう姿勢しせい賞賛しょうさんするべきものだ。おまえは今、この場所ばしょに立っている資格しかくがあるよ」

 ダニエルは、それを聞くと

「はい……ありがとうございます……」

 言うと、前を向いて歩いた。


 城壁内の、城下町じょうかまちをぬけて城へ。

 城の入り口には、ミラナが立っていた。レイピアを腰に差した白い戦闘服せんとうふくが、夕日に赤くそまっている。先ほどから吹き出した風が、彼女かのじょ黄金色こがねいろの髪をかろやかにらした。

 ミラナの前に兵たちが整列せいれつする。

 幸村は一歩前に出た。

「お見事な戦いでした!あなたたちの働きで、私たちの街は守られました!」

 ミラナは目をうるまませ、ねぎらいの言葉ことばをかけた。

 幸村は、ミラナの前にひざまずき言う。

女王陛下じょうおうへいか、ご報告いたします。我が軍の死者ししゃおよそ五十いそ、重軽傷者およそ八十やそ。おあずかりした兵を損じてしまいました。お許しください」

「いえ……幸村。よくやってくれたわ……充分じゅうぶん……充分よ……」

 ミラナは、兵たちに目を向けると言った。

とおと犠牲ぎせいもでましたが、皆さんの故郷こきょうであるこの街は守られました!ありがとう!」

「オォー!!!!」

 兵たちはときの声を上げて、こたえた。

 ミラナは兵たちに笑顔えがおで言う。

「今日は、戦勝祝いのうたげもよおします!籠城戦ろうじょうせんに備えて買い込んだ食料しょくりょうがたくさんあるから大奮発だいふんぱつするわ!」

「オォー!!」

 兵たちは笑顔になった。

 城の女たち、料理人りょうりにんたちも笑顔で祝勝会しゅくしょうかい準備じゅんびを始めた。


 そして、よる ───

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る