第二十二話 息子の戦い

 だれても、うまに乗りれていない。

 それがわかる乗り方だ。

 戸惑とまどいながら、馬を進める痩せた男。少年しょうねんってよいか。いかにも力がさそうで貧弱ひんじゃくな体つきをしている。

 彼は、幸村ゆきむら佐助さすけに近づくと言った。

「オレも行きます。連れて行ってください」

 それはリザードマンに父親ちちおやを殺された男、ダニエルだった。

 佐助は、幸村を見る。

「どうします?戦力せんりょくになりそうな感じはしませんが……」

 幸村、少し考えて聞く。

「行けば死ぬかもしれんぞ。ここにおればまだ安全あんぜんだ。さくで守られているし、クロスボウの射線しゃせんが張り巡らされている。射手しゃしゅとしてお前の力も生きる。せっかく父に救われた命だ。それでも行くのか?」

「はい、行きます」

 ダニエルは強い視線しせんで幸村を見ると、うなずいた。

 幸村、うなずき返すと佐助に言う。

「連れて行ってやれ」

「わかりました」

 佐助は幸村にこたえると、振り返り騎兵きへいたちを見手言う。

「行くぞ!」

 佐助は馬を走らせる。真田丸さなだまるの東の出口でぐちより、勢いよく飛び出した。二百の騎兵がそれにつづく。

 最後尾さいこうびをダニエルの馬が、なんとかついて行く。

 ガズマス率いるオークの後衛部隊こうえいぶたい突撃とつげきしてくるのを、東に大きく迂回うかいした。


「ザクマ!」

 ガズマスは地面じめんに転がる、見慣れた漆黒しっこくのマントが目に入った。

「討たれたか!?」

 ガズマスの前には、矢で射られた先鋒部隊せんぽうぶたいの死体がいくつも転がっている。いくさが始まってまだ間もない。

「何がきた!?」

 ガズマスはおどろく。

 そこに、クロスボウからはなたれた矢が、雨のように降り注いだ。

 オーク兵たち次々つぎつぎと倒れる。

 すでに先鋒隊は、壊滅状態かいめつじょうたいであった。

「いかん!退くぞ!かねを鳴らせ!」

 退却たいきゃく合図あいずの鐘がうち鳴らされる。

 ガズマスは振り返る。

 目にしたのは、背後はいごから走り込んでくる銀色ぎんしょくよろい騎兵隊きへいたいだった。やりを振るってオーク兵たちに背後から襲いかかった。

(何たることだ!魔導器まどうきどころではない!まずは、コイツらを片付けねば!)

 ガズマスは後方こうほう騎士きしたちに向かって、馬を走らせた。

「この死に損ないの雑魚ざこどもが!先王せんおうのもとに送ってやるわ!グフ!ゴフ!」

 その巨大きょだい戦斧せんぷを横なぎに、振りいた。数人すうにんの騎士が、その一振いっしんりで吹き飛ばされた。落馬らくばした騎士たちは動かない。即死そくしだろう。

 もう一振り、さらに一振り。凄まじい勢いで、騎士たちをぎ倒されていく。

 ガズマスの大人だいにんの男の倍はあろうかという重厚じゅうこう巨体きょたいは、おもいもしない俊敏しゅんびんさで殺戮さつりくを撒き散らしていく。


「あ!アグッ!」

 バランスを崩し馬からちたダニエルは、竜巻たつまきのように戦斧を振り荒れ狂うガズマスを見た。出遅れているため、まだ距離きょりがある。

 恐ろしい。だが、あそこに行くんだ。行かなければ。膝をついて立ち上がった。槍を手にると走り出した。


 オーク兵と槍をあわせる佐助の目に、ガズマスの戦斧の嵐が見えた。次々とウェダリアの騎士たちが血しぶきをあげて薙ぎ倒されていく。

(これは、いかん!)

 佐助はさけぶ。

「ガズマスから離れろ!遠巻きに囲め!」

 だが、皆ガズマスに呑まれている。その戦斧に操られるように、薙ぎ倒されていく。

(く!あれほどのバケモノか!どうすれば!)

 ガズマスを見るその視界しかいのすみに、その怪物かいぶつに向かってまっすぐに走っていく痩せた男が映った。

「ダニエル!!やめておけ!!」 

 佐助は言うと、ガズマスに向けて馬を走らせようとした。だが、オーク兵にとり囲まれていて動きが取れない。

「ダニエル!よせ!」

 オークたちに槍を振るいながら、佐助はまた叫んだ。


 ガズマスの振るう戦斧が、赤黒い凄惨な絵画かいが晴天せいてん戦場せんじょうに描いている。その禍々まがまがしい巨体から、巨大な凶器を迷いなく振るう姿は、殺戮への熟練じゅくれんを感じさせた。

 そのガズマスの前に、痩せた貧相ひんそうな男が立った。まるで勇者ゆうしゃのように槍を構える姿は、滑稽こっけいですらあった。

「……ぁ……ゥ……ァ……」

 ダニエルは、何か言おうとしたが緊張きんちょう恐怖きょうふからこえにならない。

 その弱々しくも堂々とした姿がガズマスにも奇妙きみょうに思えたのか。

 声をかけた。

「なんだ、貴様きさまは?」

「……ァ!」

 ダニエルはまた言葉ことばに詰まるが、槍を構えなおすと言う。

「わ……我が名はダニエル・ポラード。父はジュギフぐんのリザードマンによって殺された。」

 ダニエルは身を沈めて、ガズマスを強い視線で見ると言う。

「ポ……ポラード家の、め……名誉めいよのため、亡き父の無念むねんを晴らすため。あなたには死んでいただく」

 その姿は、勇ましいようでもあり、おびえているようでもあった。

 そして、そのどちらも真実しんじつであろう。

「んー!?あー!?」

 ガズマスは、薄く笑った。

面白おもしろいことを言うな……グフ…グフフフ」

 次の瞬間しゅんかん、その表情ひょうじょうからは笑いがえた。

「そうかよ!!」

 凄まじい速度そくどで、ガズマスの戦斧が振り下ろされた ───

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