第二十一話 地獄を見せる

 土ぼこりをあげて突撃とつげきしてくる魔物まものたちの姿を、素人同然のウェダリアの兵たちは呆然ぼうぜんつめている。やり、クロスボウを握る手に汗がにじむ。

 幸村ゆきむらと兵たちは、真田丸さなだまる正方形せいほうけい一辺いっぺんをなす南側みなみがわさくすぐ後ろにいた。

「来ます!」

 兵の一人ひとりが、幸村にさけんだ。幸村も当然とうぜん、南の方角ほうがくを静かに見つめている。

 

 リザードマンが、その光沢こうたくのある緑のウロコにおおわれた肢体したいを滑らかに動かし駆けてくるのが見える。槍を構えたダークエルフ、オーガの騎兵きへいがその横を走る。歩兵ほへいが槍、おのを振りかざし土煙つちけむりをあげて向かってくる。速い。


 戦いれないウェダリアの男たちが、浮き足立あだちっているのが伝わってくる。

「恐れるな!」

 幸村は叫んだ。視界しかいに入る魔物たちの姿が大きくなるにつれ、兵たちの緊張きんちょう恐怖きょうふも大きくなっていく。部隊長ぶたいちょうの一人が耐えかねてう。

将軍しょうぐん射撃しゃげき許可きょかを!」

 幸村は厳しい表情ひょうじょうこえ方向ほうこうをみる。

(いま射てばさくは崩れる!)

 兵たちに渾身こんしんの気迫をこめて言う。

「まだだ!私の合図あいずを待て!」


 横並びに突撃してくる十数体のリザードマンの息づかいまで感じられるほどの距離きょりまで、迫ってきた。

 柵の後ろで、クロスボウを構えていた兵が顔をあげて叫ぶ。

「将軍!」

「まだ射つな!私を見ろ!」

 幸村も大音声だいおんじょうでこたえる。言いつつ、右手ゆうしゅが静かにうごき千子村正せんじむらまさの柄をにぎった。左手ひだりてかたな鯉口こいぐちを切ると、スラリといた。その冷たい刀身とうしんが、青空あおぞらのもと白く光る。兵たちは、ただならぬものを感じた。


 突撃してくるジュギフぐんの魔物たちは、真田丸の柵まであと数歩すうほの距離まで近づいていた。柵を飛び越えようと、リザードマンがその滑らかな筋肉すじにく伸縮しんしゅくさせ跳躍ちょうやくした。


その刹那せつな───


 幸村はその右手につ刀を振り下ろすと、言った。

はなて!!」

 真田丸の柵すぐ後ろでクロスボウをかまえていた数百人の男たち。その手にしているクロスボウから、一斉いっせいに矢が放たれた。


 空中くうちゅうを跳躍していたリザードマンに、その矢は次々つぎつぎに当たる。

「グルギャァッ!!」

 悲鳴ひめいを上げると、体勢たいせいを崩し背中せなかから柵に衝突しょうとつした。そこに柵の中から、槍がつぎつぎと突き出され、リザードマンは止めを刺された。


 ザクマはけんをかかげると、檄を飛ばす。

おびむな!次の矢まで間があるぞ!一気いっきに押し破れ!市街しがい略奪りゃくだつは許可するぞ!」

「グオォオ!!」

 地鳴ちめいりのような叫びで魔物たちが応える。突撃の足は止まらない。


 幸村、叫ぶ。

「第二射、用意ようい!!」 

 最初さいしょにクロスボウを打った兵たちは、矢を装填そうてんしなければならないため後ろに下がる。

 そこに、矢が装填ずみのクロスボウを持った兵たちが前に出て入れかわる。

「放て!!」

 幸村は、千子村正を振り下ろし言った。

 また数百の矢が、突撃してくる敵に浴びせられた。オークの重装歩兵じゅうそうほへいが、その厚いよろいごとつらぬかれた。


「かかれ!かかれ!押し切るぞ!」

 ザクマは剣を振ると、魔物たちがまた次々と真田丸めがけて突進とっしんする。


「第三射、用意!」

 第二射を放った兵が下がり、また装填済みのクロスボウを持った兵たちが前に出る。その間、第一射を放った兵たちは、矢の装填をえた。

「放て!」

 幸村は、陽光ようこうかがやく刀を振るうと言った。

 数百の矢が、またも魔物たちを襲う。ダークエルフ、オークの騎兵がもんどりうって落馬らくばする。

 

「どういうことだ!?」

 ザクマは次々と倒されていく魔物たちを見て何かおかしいと気づいた。

(クロスボウの装填が早過ぎる!もっと時間じかんがかかるはずだ!何故なにゆえこんな速度そくどで!?)

 数秒に一回いっかい、凄まじい威力いりょくをもったクロスボウの矢が数百、自軍じぐんに浴びせられる。こんな戦い方、聞いたこともない。クロスボウは威力はあるが、矢の装填に時間がかかり連射れんしゃはできないはずだ。

 ザクマは混乱こんらんした。

「グフウッ!」

 横にいた側近そっきんのダークエルフが、矢を受けて落馬した。

 危険きけんだ。

(下がるか?)

 ザクマは退却たいきゃくを考え、振り返った。

 後ろからは、巨大きょだい戦斧せんぷをかついだガズマス率いるオーク兵たちが凄まじい勢いで突撃してくる。さがれない。

 ザクマは、その表情に絶望ぜつぼうの色を浮かべ静かに前を見た。


 幸村、静かにザクマを見た。

 ザクマも、幸村を見つける。


(ザクマ、君には奇妙きみょうかも知れないが、友情ゆうじょうを感じているよ)

 幸村、呆然とたたずむザクマを見ておもった。


(君たちがこの土地とちに来てから、君のことばかりを考えていた。どうやったら、僕の作ったこのわなに、自分じぶんたちで入ってきてくれるか。そればかり考えてきた)

 幸村、ザクマの上の空に目を向ける。

 ただただ青い。


(僕を勝たせてくれるのは君しかいない。僕は情報じょうほうを集められるだけ集めて、それに気がついたんだ。君のことなら何でも知っているよ。君がなぜ、そこまで魔導器まどうき必要ひつようとしてるのかもね)

 幸村の千子村正に、空の青と雲の白が映り込む。

 あの日のように。


 幸村はミラナの言った言葉ことばを思い出す。

 泣きはらした彼女かのじょ緑色みどりいろひとみで言った言葉。


───この街を。ここに生きる民を。守っていただけますか。


 ザクマにもう一度いちど視線しせんを向けた。

(悲しいけど、もうお別れだ。君のおかげだよ。ありがとう)

 幸村は言う。

「あの漆黒しっこくのマントの男、副将ふくしょうのザクマだ」

 刀の切先きっさきでザクマを指す。

「狙え」

 兵たちがクロスボウの狙いを、ザクマに定めた。

「撃て!」

 ザクマに向かって、数百の矢が向かっていった。

 ザクマは矢を受け、落馬した。

 動かなくなった。

「副将を討ちったぞ!」

 ウェダリア兵たちが、沸き立った。


「さて、そろそろ出番でばんですかな」

 黒馬こくばに乗った、りっぱな鉄鎧てつよろいを身につけた男が幸村に近づいてきた。

佐助さすけ………忍者にんじゃらしくないな………」

 幸村は言う。その騎士きし、佐助である。

「え………いや、御館おやかたさまに頼まれたからやってるんでしょうに!そういう言い方はいかがなものかと」

 佐助は、二百騎ほどの騎兵を率いている。前王とカヌマで共に戦い、ウェダリアまでち延びてきたウェダリア騎士団きしだんの生き残りたちだ。この騎兵たちが、ガズマスたちの背後はいご迂回うかいする。

 絶対ぜったい失敗しっぱいできない任務にんむだ。気心きごころの知れた佐助にまかせた。

諜報ちょうほうのみならず、騎兵の指揮しきもさせられるとは。御館さまも人使いが荒い」

 佐助、笑った。

「では、行ってまいります」

「よろしく頼む」

 幸村、応じた。

 

「ちょっと待ってください!オレも!オレも行きます!」

 そこに声をかけてきた者があった。

 茶色ちゃいろががったカールした髪に、そばかすができたほほのやせた若者わかものだ。

 不慣れなようすでうまに乗り、ヨタヨタと近づいてくる。

 その男とは───

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