第十八話 ひと押し

 ジュギフ北部方面軍ほくぶほうめんぐん本陣ほんじん

 ザクマはう。

「さて、ガズマス大将たいしょう。このウェダリアの降伏こうふくけんであるが、ガイロクテイン侯爵閣下こうしゃくかっかにお知らせするには、まだはやいかとおもう。閣下かっかもナギア制圧せいあつにおいそがしい。お手をわずらわせるほどのこともあるまい。まずは我々われわれが、じっくりと様子ようするということで、どうだろうか?」

(ザクマの悪知恵わるぢえい考えよ。閣下に知られては、あの魔導器まどうきの数々、かならず本軍ほんぐん連中れんちゅうに横取りされてしまうわ。我々であれを手にするには、まず情報じょうほうを握り潰すしかあるまいよ)

 ガズマスは思うと、ニンマリと笑う。

流石さすがはザクマ。知恵者ちえものよの〜。的確てきかく状況判断じょうきょうはんだんよ。そうさな、まだ侯爵こうしゃくにお知らせするよには早い。この程度ていどのこと、我々で引き受けねば、もうし訳が立たんよな〜。……ゴフ……ゴブ」

 ザクマは、満足まんぞくげにうなずくと言う。

「では本件ほんけんかんしては、まずは我々で充分じゅうぶん検討けんとうする。充分に検討してその後、ガイロクテイン侯爵にはお知らせする。ということで、よろしいですな?」

「その通りだ、ザクマよ。まずは我々で充分に検討するべきことよ。…ゴフ…ゴフ…」

 ガズマス、大きくうなずいた。

「フフフ……ガズマス大将。それでは、まず私の方で検討してみよう。また後ほど相談そうだんさせてくれ」

「楽しみにしているぞ、ザクマよ……グフ……グフフフ……」

 ザクマは漆黒しっこくのマントをひるがえし、自分じぶん天幕てんまくへともどっていった。


 佐助さすけうまを進めつつ、後ろを振り返る。

御館おやかたさま、追ってきませんな」

「ふむ、今は殺しはせんだろう」

 幸村ゆきむらは、悠然ゆうぜんと馬を進めつつ応えた。

 二人ふたりは、ジュギフの本陣からウェダリア城へ戻ろうと、平原へいげんを北へ向かっている。日はまだ高く、空はよく晴れている。

 真田丸さなだまる西側にしがわを通りけ、無事ぶじにウェダリアの城門じょうもんへと到着とうちゃくした。

 ジュギフ本陣を見張っていた城兵じょうへいが、幸村たちのかえりに気付きづこえをかけた。

将軍しょうぐん、お帰りで!今、門を開けます!」

 城兵たちが観音開かんのんびらきの重い城門を、ゆっくりと開く。

 幸村がその作業さぎょうわるのを待っていると

「お帰り、幸村!」

 とびかけるミラナの声が上から聞こえてきた。見上げると、城壁じょうへきの上からミラナが手を振っている。幸村と佐助を心配しんぱいし、帰りを待っていてくれたのだろう。

 幸村はミラナに手を振り返すと

「すぐそちらに行きます!」

 と言って、城門から中に入った。

「ご苦労くろう!」

 城兵に声をかけると、城壁の上へと駆け昇って行く。


 城壁の上に幸村が着くと、ミラナは微笑み言う。

「無事でよかったわ」

 幸村も微笑み、こたえた。

「これのおかげですよ」

 左手ひだりて魔力まりょくの光をはなつ、三つの指輪ゆびわを見せる。

 ミラナは笑った。

 城壁の上は、さわやかな風が吹いている。ふと強い風が吹いた。ミラナの黄金色こがねいろの髪が風で乱れた。スッとその髪を掻き上げると聞く。

「ジュギフの反応はんのうはどうだったの?」

 幸村は、あごに左手をやり少し考えると言う。

「うん。良かったですよ。特にこれには食いついてましたね」

 こし朱鞘しゅざや長剣ちょうけんを、右手ゆうしゅで軽く叩いた。あの魔剣まけんである。

「そう……。うまくいきそう?」

 ミラナは少し不安ふあんげな表情ひょうじょうで聞く。

「そうですね。もうひと押し……というところですかね」

 幸村は南の方向ほうこうに目をやる。青空あおぞらの下、ジュギフ本陣のとりでが見える。

「さて、やってみますよ。もうひと押し」

 幸村は振り返りミラナを見ると、笑って言った。


 その日のよる

 ザクマは、ジュギフ本陣より北に見えるウェダリアの明かりを見ていた。城壁の上、城門、「真田丸」には、煌々こうこう篝火かがりびが炊かれている。夜襲やしゅう警戒けいかいしてのものだ。その赤々あかあかとした光を眺めつつ思う。

(何か……きっかけが欲しい。理由りゆう必要ひつようだ。)

 ガイロクテイン侯爵の命令めいれいに反し、ウェダリア城を攻める理由。攻撃こうげきせざるおえない理由。

 これがいる。

 ザクマは、幸村がっていた魔導器の放つ光を、脳裏のうりに思い出す。

(うむ、あれだけの品々しなじなだ。危険きけんを冒す価値かちはある)

 少し笑った。

(閣下が来られてからではな……。あの品々、だれの手にわたってしまうことやら)

 ウェダリア陥落かんらくの後、本軍の幹部かんぶたちに渡るのか。はたまたガイロクテイン侯爵がみずからの物とするのか。

 どちらにしろ、ザクマの手には入らなかろう。シナジノア島征伐とうせいばつが終われば、もう一生機会は訪れないかもしれない。

(何か……何かいか……)

 ザクマは星空ほしぞらの下、考えつづけた。


 そして、その翌日よくじつ早朝そうちょう

 事件じけんきた───

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