第十七話 交渉

 手紙てがみ内容ないようにザクマはおどろいた。だが、ち着いたこえった。

「……ガズマスさま、ミラナ女王陛下じょうおうへいかはもう一度いちど降伏こうふくについて前向まえむきに検討けんとうしたいとのことです」

「おー!そうか、それはいな!……ゲフ!……ゴフ!……」

(いくさがきないなら、はやくこの陣地じんちで過ごすだけの退屈たいくつ日々ひびわらせたいものよ) とおもっていたガズマスは、大いによろこんだ。


 ザクマは、同席どうせきしている親衛隊しんえいたいに言う。

せきを外せ。何かあればぶ。外で待機たいきせよ」

 同席している親衛隊の中でオークは、本来ほんらいガズマス直轄ちょっかつ部下ぶかであり、ザクマに命令めいれいする権限けんげんい。だが、この手の交渉こうしょうごとにかんしてはガズマスはザクマにまかせている。あえて何も言わない。

 オーク、ダークエルフの親衛隊たちが天幕てんまくから出た。

 それを確認かんにんするとザクマは、つづける。

「ただし、降伏の条件じょうけんについてはもう一度、交渉したいと。財産ざいさん没収ぼっしゅう仕方しかたないとしても、王家おうけに代々伝わるおおくの『魔導器まどうき』だけは、ち出させて欲しいとのことです」

「多くの『魔導器』!?グフイ!!!グヒイ!?!」

 ガズマスは驚いた。興奮こうふんしている。


 魔導器とは、シナジノア島にかつて存在そんざいした古代王国こだいおうこくで作られたと言われる、魔力まりょく封入ふうにゅうされた品々しなじなのことだ。指輪ゆびわなどの装飾品そうしょくひんや、けんよろいなどの武器防具ぶきぼうぐがあるが、すでにこの製造技術せいぞうぎじゅつは失われ、現代げんだいのシナジノア島では作ることができない。

 それゆえ魔導器は、大変貴重たいへんきちょうな品として珍重ちんちょうされていた。その実用性じつようせいもさることながら、それを持っていることが大変たいへん名誉めいよであり、だれもが欲しがる品だった。


 ジュギフでは、特に優れた武功ぶこうを上げたものに、ガイロクテイン侯爵こうしゃく他国たこくからうばった魔導器や手持ちの物を授けることがあった。

褒美ほうびには、金銀きんぎん領地りょうちなどいらない。ぜひとも魔導器を」

 と言う魔物まもの多数たすうおり、実際じっさいにガイロクテイン侯爵は、領地のわりに魔導器を褒美とすることもあった。


 魔導器を多数ウェダリア王家が持っているという、この情報じょうほうにザクマも興奮したが、つとめて顔に出さない。

 しかし、いぶかしみもしている。

(魔導器だけは持ち出させてくれ?おかしい、みずからそんなことを言うだろうか?かくし持ってげるのが普通ふつうだろう。いくら女王じょうおうがお嬢様じょうさまだからといって、魔導器がどれほどの貴重品きちょうひんか知らぬわけがあるまい)


 そこに幸村ゆきむらが言う。

左様さよう、どうやら大変大切たいへんたいせつな品々。降伏してでも守るべきとお考えの様子ようす。それほど大事だいじな品であるにもかかわらず、今日きょう拙者せっしゃたちの身を案じて持たせていただいて。拙者は幸せものにござる」

 幸村は左手ひだりてを、ザクマとガズマスの目に入るよう、二人ふたりに向けた。

「む!」

「グヒイ!!」

 ザクマ、ガズマスは声を上げた。

 幸村の左手の中指なかゆび薬指くすりゆび小指こゆびにはくれないあお宝石ほうせきの入った指輪がされている。その宝石がびる魔力が、らめく光を周囲しゅういに発している。魔導器だ。

「拙者にはよくわかぬが、この魔力によって拙者の身を守ってくれる品らしい。ミラナ女王は、本当ほんとうに部下思いの方よ。あれなる佐助さすけにも」

 幸村が佐助に視線しせんを送ると、ガズマス、ザクマも佐助をた。

 佐助は静かに両手りょうてを見せる。なんと左右そうの手に四つずつ、合計八個の指輪をはめている。その魔力の揺らめく光、魔導器であることに間違いは無い。

 ザクマ、ガズマスは、あっけにとられた。魔導器の指輪が目の前に十一個も。

 幸村は言う。

「拙者が将軍しょうぐんの任についた時、ミラナ様はこれを預けると言ってくださった。貴軍きぐんのリザードマンと戦ったさい、たまたま運良く拙者が勝った。このけん戦中せんちゅうのことゆえ、お恨みあるな。しかし、運と言うよりも、この剣の魔力のおかげだったのでござる」

 幸村は、こしに指している朱鞘しゅざや長剣ちょうけん右手ゆうしゅで叩いた。

魔剣まけんか!…オブフ!……オブフ!……」

 ガズマスの興奮は絶頂ぜっちょうたっしている。魔導器の中でも、剣はもっとも人気にんきの高い品だ。それゆえ「魔剣」と呼ばれている。中には、その価値かち一国いっこくあたいすると言われる名品めいひんもある。

 ザクマも気は高ぶっているが、つねうたがうたちだ。言う。

「……本物ほんものかね……?」

 幸村は応える。

刀身とうしんを見れば、わかること」

「では、いてみてくれ」

「しかし、貴軍の本陣ほんじんで、軍使ぐんしが剣を抜くなど。失礼しつれいでは?」

 ガズマスがテーブルを叩くと言う。

貴様きさまに遅れをとるような我らでないわ!!見せてみよ!!……オブ!!……ゴブ!!」

 幸村はガズマスを見て、静かにうなずくと言う。

「では、失礼ながら」

 幸村は、ゆっくりと剣を抜き、ザクマとガズマスによく見えるように刀身を垂直すいちょくに立てた。

「……おぉ……お……おぉ……」

 ザクマ、ガズマスから嘆息たんそくれる。

 薄暗うすぐらい天幕の中、刀身は魔力のゆらめく山吹色やまぶきいろの光をほのかにはなち、あでやかにかがやいている。

(ウェダリア王家に伝わる宝剣ほうけんか……欲しい……)

 ザクマは目を細めて見ている。

 まさに今、目にしている剣こそ一国に値すると言って良い名品であった。

 幸村は、剣をさやおさめた。魔力の光が部屋へやからえる。


 ザクマは、ウェダリア王家が大量たいりょうの魔導器を持っているというはなしを疑っていたが、今更いまさらそんなことはどうでも良くなった。少なくとも目の前にある魔導器は、確実かくじつに持っているものなのだ。

(……コイツら、殺るか……)

 ザクマは思った。幸村らを生きて返さなければ、これらの魔導器はすぐ手に入る。だが軍使を殺すことは、ガイロクテイン侯爵がもっとも嫌うことの一つ。知られれば死罪しざいまぬがれまい。軍使がかえらなければ、かならずウェダリアがさわぐ。ガイロクテイン侯爵に知られずに、今すぐ魔導器を奪うのは無理むりだ。


(……いかん、冷静れいせいになれ……)

 ザクマは呼吸こきゅうを整えると、落ち着いた声で話し出した。

「いや結構けっこうな品々、眼福がんぷくでした。降伏の件は我々われわれだけでは決めかねる。ガイロクテイン侯爵にもご相談そうだんするゆえ、今日のところは、お引取りを」

「わかりました。失礼いたす。良いお返事へんじを」

 幸村、佐助は引き上げていく。ザクマは親衛隊と共に門まで送り届けた。


 立ち去る幸村たちを見送みおくると、ザクマは足早あしばやにガズマスのもとへともどった。天幕に入ると、ザクマはすぐにげる。

「ガズマス様と二人で、お話する。ほかののものは外すように」

 ガズマスをくオークたちが、続々ぞくぞくと出て行った。


 ガズマスは口元くちもと下卑げひた笑いを浮かべ、言う。

「ザクマよ、あいつら良い物もってたよな〜。どうする?考えがあるのだろう?協力きょうりょくしよう……グフ!!……グフ!」

 ザクマも口元を歪めてニヤリと笑うと言う。

是非ぜひとも。さて、このウェダリアの降伏の件であるが───」

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