第十六話 新たな策略

 幸村ゆきむらはミラナの執務室しつむしつを訪ねた。部屋へやに通されるとミラナは机に向かって、手紙てがみを書いていた。

「あら、幸村。来たのね」

 ミラナは顔を上げると微笑んだ。ジュギフが来てから、これといった戦いがきているわけではないが、その表情ひょうじょうには疲れがえる。

 事務仕事をする時に使っているのだろう銀細工ぎんざいくの入ったメガネに、彼女かのじょ黄金色こがねいろの髪がハラリとかかった。

「どうかしたの?」

 ミラナは髪をかきあげながら聞いた。

(おいたわしや……はやくなんとかせねば)

 幸村は、そのミラナの疲れの色を見ておもった。女王じょうおうという立場たちばにあるとはいえ、まだ十代じゅうだいの娘に強大きょうだいな敵から圧力あつりょくを受けつづける環境かんきょうは、非常ひじょうに辛いはずである。

 幸村はう。

「今のジュギフとの膠着状態こうちゃくじょうたいを動かすための、さくを考えました。ミラナどのにも協力きょうりょくしていただかければなりませぬ」

「何をすればいいの?」

「まずはジュギフへ、文を書いていただく。あと用意よういして欲しいものがあります」

 幸村は文の内容ないようと、用意するべき物について説明せつめいしだした。

 ミラナは静かに聞いている。聞きわると、すこし考えて言った。

「……わかったわ。用意しましょう」

 幸村はミラナが快諾かいだくしてくれて安堵あんどした。ミラナの協力無しでは、この策は実行じっこうできない。

 これで仕事しごとはなしは終わりだ。

「お疲れではないですか?」

 幸村は聞いた。聞かなくても疲れているのは、見ればるのだが。

「えぇ、大丈夫だいじょうぶ。私が見張りに立っているわけでもないしね。兵や幸村よりは楽させてもらってるわ。フフ」

 ミラナは笑って言った。

(何かやることのない方が疲れることもある)

 幸村は思った。机の上の書きかけの手紙に目が入った。

 ミラナは、その視線しせんを感じとり言う。

「いまアズニアへ援軍えんぐん催促さいそくをする文を書いていたの。無駄むだだとは思うんだけどね……」

「そうですか」

 幸村は、うなずいた。確かに無駄だとは思うが、ミラナなりにやれることをしようとしているのだろう。


「さて、幸村の言ってた品と文、今から準備じゅんびするわね!明日あすまでにはなんとかする!」

 幸村の策に、希望きぼうを見出したのか、ミラナは両手りょうてを上げて背筋せすじを伸ばすと立ち上がった。

「マーサ!ちょっと手伝って!」

 廊下ろうかに出てこえをあげる。

 その様子ようすを見て、幸村は微笑み

「では、お願いします。それでは明日」

 言うと、ミラナの執務室を後にした。

「さて、オレも準備をしないとな」

 幸村は一人ひとりつぶやくと、自室じしつへと向かった。


 翌日よくじつ

 幸村は、軍使ぐんしの印である白旗しろはたをかかげると、芦毛のうまに乗り城門じょうもんから南の平原へいげんへと出た。赤揃あかぞろえのよろいかぶとは着けていない。朱鞘しゅざや長剣ちょうけんを一本差している。佐助さすけも続く。忍者装束にんじゃしょうぞくを思わせる紺色こんいろ洋服ようふくに、ところどころ黒い鉄の防具ぼうぐをつけている。

 前線ぜんせんに立つ、オーク、リザードマン、ダークエルフたちの鋭い視線を感じるが、かまわず馬を走らせる。ジュギフ本陣ほんじんのある、南の丘へ。


 丘の前には、さくと門が築かれ本陣の守りが固められていた。

 幸村は言う。

「軍使である。拙者せっしゃはウェダリアのぐんを預かる将、真田幸村さなだゆきむら貴軍きぐん大将たいしょうにおり次ぎ願いたい」

 門番もんばんをしている青みがかった肌のオークたっが、何やらささやき合うと、奥へと入っいてった。

 少しすると、そのオーク達にばれたのだろう漆黒しっこくのマントを羽織はおりったダークエルフがやってきた。副将ふくしょうのザクマである。

「これはこれは。幸村どの。将軍しょうぐんみずから軍使として来られるとは。ご苦労くろうな事ですな」

 ザクマは、丁寧ではあるが事務的じむてき挨拶あいさつをのべた。続ける。

「では我軍の大将ガズマス公にお通しします。どうぞ中へ」

 オークたちが門を開いた。ザクマが先導せんどうして中に入っいてく。幸村、佐助はザクマに続き中に入る。

「幸村どの、こちらで下馬げばを」

 ザクマに促され、馬を降りると徒歩とほで本陣の中を歩く。オーク、ダークエルフたちがいそがしそうに工事こうじをしている。その様子を横目よこめに、ひときわ大きい灰色はいいろ天幕てんまくへと案内あんないされた。

「こちらへ」

 ザクマ、幸村と佐助を先に通すと、その天幕へと入っていった。


「ガム、ゴフ、ゴク、グフ……うむ、何者なにものか?……ガム、ゴフ……」

 大将ガズマスは、食事中であった。脂ぎった肉の塊を焼いた物を、ベチャベチャと忙しそうに咀嚼そしゃくしている。丁度食べ終わったようで、その食い散らかしをオークたちが片付けていた。

 精悍せいかんな顔立ちのオーク、ダークエルフたち数人すうにん、鋭い視線を幸村に向けている。大将、副将に仕える親衛隊しんえいたいだろう。

 ガズマスの横には、大人だいにんの男ほどもある巨大きょだい戦斧せんぷが立てかけられている。刃には血の跡であろう、黒ずみが見られる。

(こんなものを振ることができるのか?)

 幸村は思うが、目の前のガズマスのその禍々まがまがしい巨体きょたいであれば可能かのうなのだろう。戦場せんじょう出会であえば、恐るべき相手あいてだ。

「こちらは、真田幸村殿さなだゆきむらどの。軍使として来られました」

 ザクマが言った。ガズマスは満足まんぞくげに腹をさすり

「ゲフ!……ゲフォ!!……ゲーップ!!!……あー、食った食った……うむ、軍使か……」

 と言った。目を細め、幸村を値踏みするように見ている。

 幸村はその視線を意に介さず、一歩前に出ると、一片いっぺんの手紙を取り出した。

「ミラナ女王陛下じょうおうへいかからの書状しょじょうです」

 ザクマに渡す。ザクマはそれをガズマスに渡そうとする。

「ザクマよ、よい。読んでくれ……ゴフ……グフ……」

 不愉快ふゆかいそうにガズマスは言った。

(ザクマめ、ワシが字が読めんことはわかっているだろうに……細かい嫌がらせを……ゴフ……グフ……)

 ガズマスは、あごでザクマに早く読むように促した。

 ザクマはうなずくと手紙を開封かいほうする。その内容に素早すばやく目を通した。その表情におどろきの色を浮かべる。


 ザクマは言う。

「ガズマスさま、ミラナ女王陛下は───」

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