第十五話 二人の将は考える

(果たして、攻めてくるのか……?)

 幸村ゆきむらは、ザクマが悠然ゆうぜんうまを進めるのを見送みおくると、慌ただしく動き出した。

「敵が来るやもしれん。武器ぶき確認かんにんを」

 城門じょうもん城壁じょうへき、そして「真田丸さなだまる」の兵たちにこえをかける。

 兵たちは緊張きんちょうした面持おももちで、やり、弓、クロスボウ、長剣ちょうけん準備じゅんび、確認を慌ただしく行う。

 幸村は、南にえるジュギフ本陣ほんじんに目を向けると、佐助さすけに聞く。

「どう見る?」

 佐助はう。

「はて……どうですかな。様子ようすを探ってまいります」

「うむ、頼む」

 佐助は軽々かるがるとした動作どうさで、立ち去った。

 

 一刻いっこくは過ぎたか。ジュギフに動きはい。

 幸村は城門の上のやぐらから、ジュギフ本陣の様子を伺う。

 何やら、ジュギフの兵たちが、慌ただしく動き出した。だが武装ぶそうしていない。

(……これは、まずい……)

 そこに佐助がもどってきた。幸村に報告ほうこくする。

御館おやかたさま、どうも攻めてくるつもりは無いようですな」

 幸村、うなずく。

「守りを固めているか?」

「はい、あの南端なんたんの丘に城塞じょうさいを築くつもりのようです」

「……そうか。佐助、ご苦労くろう

 佐助の労を労うと、幸村は考えだした。

 恐れていたことがきようとしている。


 それから三日みっかが過ぎた。

 幸村たちウェダリアの軍勢ぐんぜいは城にこもり、ジュギフぐん警戒けいかいつづけた。だが、一向いっこうに攻めてくる様子は無い。ジュギフは、淡々と工事こうじを進めている。丘には堅牢けんろう陣地じんちが出来上がりつつあるのが、うかがい見える。


 ウェダリアの市街しがいをおおう城壁の外は、東にアラニ川という川が流れ、天然てんねんの堀となっていて、西は海に面している。ここをとそうとするならば大軍たいぐんが展開出来る土地とちのある、南か北からしか攻めることができない。

 守るに強い要害ようがいであった。


 ガイロクテイン侯爵こうしゃくは、ウェダリアが兵を集め守りを固めていることを知ると、ここを無理押しに攻めることを嫌った。無駄むだに兵を損じる恐れがある。

 そこで、北部方面軍ほくぶほうめんぐん指示しじを出した。

「ウェダリアが降伏こうふくに応じなかった場合ばあいは、世の到着とうちゃくを待て」と。


 ガイロクテイン侯爵は、五万の本隊ほんたいを率いて、西の国ナギアを制圧せいあつしつつあった。これがわれば、カヌマを経由けいゆうし、一路いちろウェダリアへ向かう。

 今は五月ごがつの半ば。初夏はつなつである。ウェダリアは北国ほっこくゆえに冬には雪が降るが、まだ半年はんねんは間がある。ガイロクテイン侯爵は、本隊を率いて遅くとも秋までには、ウェダリアに到着。ガズマス、ザクマ率いる北部方面軍と合流ごうりゅうし、冬になる前に一気いっきにウェダリアを攻め落とす。

 そういう考えであった。


「グフ……ゴフ……もう、やることが無いな、ザクマよ……グフ……ゲフ」

 ガズマスは巨体きょたいらし、うろうろと本陣を歩き回り、要塞化工事の様子を見るともなく見ていた。

(もう……コイツ、落ち着かないヤツだな……)

 ザクマは少し嫌そうな顔をしたが

「そうだな」

 と応じる。たしかにそれにかんしては同感どうかんである。

 ザクマの謀略ぼうりゃくによってウェダリア城内じょうないを撹乱し、ガズマスの突破力をってすれば、兵の損失そんしつはあるだろうが、このウェダリア城。落とせぬわけが無い。ザクマはそうおもっている。

(この豚も調子ちょうしに乗ってて扱いづらいが、オレがなだめすかして上手くコントロール出来できるだろう)

 ザクマは、うろうろと歩き回るガズマスを見て思っている。


 しかし、ガイロクテイン侯爵の命令めいれいに背くわけにはいかない。ガイロクテイン侯爵は、命令違反には容赦無い懲罰ちょうばつを加えてきた人物じんぶつである。それは長年ながねんつかえた幹部かんぶだからといえ、変わりはない。

(だがな……うまみがない……)

 ザクマは思う。ガイロクテイン侯爵の本隊が来てから、この城が落ちてもザクマへの評価ひょうか褒美ほうびは知れたものだろう。

 順調じゅんちょうにいけばガイロクテイン侯爵のシナジノア島征伐とうせいばつは、もうすぐ終わってしまうかもしれない。西のナギアが落ちれば、ウェダリア、その北国のアズニア。これで終わりだ。このウェダリアを落とすのは、ザクマが莫大ばくだいな褒美、財宝ざいほうを手に入れる最後さいごのチャンスになるかもしれない。

(さて……どうしたものかな……)

 ザクマは考えている。


「さて……どうしたものかな……」

 幸村は考えている。

 城門の上の櫓から、南の方向ほうこうを見る。下の方には、「真田丸」の正方形せいほうけいさくと、その中で待機たいきする兵たちが見える。視線しせんを地平線方向に転じて、ジュギフ本陣を見た。着々と要塞化が進んでいる。


 これは幸村がもっとも恐れていた展開てんかいであった。

 はなし単純たんじゅんだ。敵には待っていれば援軍えんぐんが来る。こちらには来ない。

 おそらく、あの丘に陣取るジュギフの軍勢は、本隊の到着を戦わずに待つつもりなのだ。佐助の集めた情報じょうほうから考えても、ほぼそれで間違いはなかろう。

 今の段階だんかいでも、兵力差は三倍を超える。本隊が到着すれば、敗戦はいせん確定かくていである。

(あの日、攻めて来てくれればかったものを……)

 幸村は、ザクマが降伏勧告こうふくかんこくに来た初日しょにちに、攻撃こうげきしてきてくれることを望んでいた。

 だが、もっとも幸村が望んでいない、持久路線の作戦さくせんをジュギフはとった。

 敵に増援ぞうえんが来る可能性かのうせいがある以上、ウェダリアのとるべき方針ほうしんは、早期決戦しかない。


「困ったな、これは。どうすれば良いか……」

 幸村は、つぶやいた。

 とにかく、この城に攻めてきて欲しい。それ以外いがいに勝つ方法ほうほうはないと幸村は考えている。理由りゆうはいくつかある。

 まずは、ウェダリアのほうが兵力へいりょくが少ない。ジュギフ一万に対して、こちらは三千。

 次に、こちらの方が兵が弱い。相手あいては、いくされした魔物まものたちだ。そもそも一対一いちたいいちでも、並の人間にんげんは勝てない相手だ。

 となると、有利ゆうり条件じょうけんで戦うしかない。

 つまり、こちらは城に頼り防御を固めて攻撃でき、相手には身を守る術がない場所ばしょ。そこに攻めてきて欲しいのだ。

 

───そう、この城門。この城壁。そして「真田丸」に


 さらに四日よっかが過ぎた。ジュギフがウェダリアに襲来しゅうらい一週間いっしゅうかん

 相変あいかわらず、ジュギフ北部方面軍は、丘の要塞化工事を淡々と進めている。


 ほうぼうで情報を集め、考えつづけた幸村は、一つのさくを考え出した。

「これで行ってみるか」

 一人ひとりつぶやくと、ミラナの元へと向かった───

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る